#3 - 第3話

 大場は生分解性プラスチックのカップに氷を入れ、セルフコーヒーサーバーのボタンを押した。

 駅構内に併設された無人のカフェスペースには、刑務作業により作られた野菜や食品の土産販売をしていた。中には『更生豆腐』とネーミングされた商品もある。矯正医療センターの外観を模しており、売れ筋商品らしい。

 注ぎ終わったアイスコーヒーにサトウキビストローを差す。カップを持つと窓側のテーブル席に座る小野塚に一つ手渡した。

「ありがとう」

 小野塚が笑顔でアイスコーヒーを受け取る。

「いえ」

 ゆっくりと大場は向かいの席についた。

 テーブルには二人分の水と紙ナプキンと一人分のミルクが用意されている。

「お冷、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 小野塚は、そう言うとアイスブラックコーヒーのストローに口を付けた。

 それを見届けてから、大場はテーブルのミルクに手を伸ばす。ミルクを入れるのを覚えていてくれたのが嬉しかった。

 ブラックコーヒーを一口飲み終えてから、小野塚が大きく息を吐いた。

「職員の人、軽い脳震盪で良かったですね」

 面会室での一悶着後、応援が来た。転倒した職員の頬を叩くと、幸いにもすぐに意識を取り戻した。強打したのは頭部だったため大事を取って検査はするらしい。

「そうだね。傍目には問題無さそうに見えたから、恐らく大丈夫だと思う……」

 そう答える小野塚は、どこか上の空のように見えた。ストローでアイスコーヒーをぐるぐるとかき混ぜている。

 プラカップの中で踊る氷に気を取られていると、小野塚がゆっくりと口を開いた。

「大場」

「はい」

「テラテクトって何なんだ?」

 予想はしていた。大場は小さく息を吐く。

「……話すと長くなりますが」

「構わない」

 小野塚の目は真剣だ。

 隠しようがないことを理解し、大場は諦めたように言葉を続けた。

「テラテクトは、私の父が死ぬ間際まで担当していたプロジェクトです」

 小野塚は一寸驚いた顔をしたが、すぐに続きを促すよう目で訴える。

「分かっているのは大きく二つ。父がこのプロジェクトの主任だったこと。そして、主任でありながらプロジェクトの中止を訴えていたこと」

「……中止を? 」

 小野塚は怪訝な顔をしながら聞き返した。大場は静かに頷いた。

「研究の全容は見えていません。この12年、関係者と思われる人物には全てあたりました。情報も断片的なものばかりです」

「12年って君……警察に入る前から……」

 どこか憐憫を含んだ物言いを跳ね返すように、大場は不敵に笑った。

「私は遺族です。そういう同情は最大限利用させてもらいましたよ」

 小野塚は恥じるように視線を落として苦笑した。

「……ごめん。続けてくれ」

 大場は静かに頷いた。

「テラテクトは麻酔分析に近いものだと推察しています」

 麻酔分析。麻酔薬を静脈注射し、患者を眠らせないように面接をする精神科的治療法。

アモバルビタールやチオペンタールナトリウムなどのバルビツール酸系の麻酔薬を主に使用する。

「麻酔分析……心因性健忘の治療などに応用されているな……」

 小野塚はそう呟くと、考え込むように顎下に手を当てた。

 先程の分類:1(エ365864-M) 毎田孝行も、記憶が失われたような不自然な状態が見て取れた。やはり、テラテクトとの関連性を疑う。

「麻酔分析は、麻酔投与により無意識下の抑圧された体験や葛藤を表出させ診断するものです。意識的な抑制を排除するメリットから、こういった矯正医療センターで応用されていても不自然ではありませんが……」

 そこまで話すと、大場はアイスミルクコーヒーで一度喉を湿らせた。

「父は、テラテクトに反対していたから殺された」

 大場の目に暗い光が宿った。

「絶対にそこに何かがあるんです」

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