#2 - 第13話
「申し訳ありませんでした」
小会議室に入室するやいなや、綺麗に45度。大場のお辞儀に出迎えられた。
面食らった小野塚は、思わず指で顔を掻いた。
「そういう殊勝な態度取られちゃうと、調子狂っちゃうなぁ……」
小野塚は、会議室の椅子を引くとゆっくりと腰かけた。
「とにかく座って」
笑顔でそう促すと、大場は遅れて席に着いた。
「まぁ、呼び出した理由は分かっていると思うけど」
小野塚は少しだけ身を乗り出した。
「どうして、あの時、麻酔銃を下ろしたの?」
「……すみません」
大場は力無く呟いた。声にいつもの元気がない。
「大丈夫、その時に起きたことゆっくり話してくれればいいから」
大場は目線を左に動かすと、一瞬迷った様子を見せるとぽつりと呟いた。
「とんでもないこと言いますけど……」
「大丈夫、覚悟はしている」
小野塚はそう言って強く頷くと、大場からじろりと睨まれた。
「……気付いたら、麻酔銃を下ろしてました」
「無意識だったってこと? 」
小野塚が聞き返すと、大場は困ったような表情を浮かべ、静かに頷いた。
「……自分でもおかしな事を言っていると思います。あの後、すぐ簡易バイタルチェックを行いました。睡眠不足からくる一時的な不調と自分は判断しています」
「そのバイタルチェックの結果、差し支え無ければ俺にも送ってもらえるかな?」
「はい」
大場はすぐに左手のP-watchを操作すると小野塚の端末に転送した。
転送されてきたバイタルデータを確認すると、確かに睡眠の質と数値が悪く、それ以外は特に気になる点はなかった。
「申し訳ありませんでした」
タブレットに表示されたデータに目を通していた小野塚は顔を上げる。
大場が再び頭を下げている。
「体調管理含めても私が全面的に悪いです。反省しています」
小野塚は苦笑する。
こういう時の大場は冷静だ。起きた事象に自分の行動のどこが悪かったかは自分なりに分析して答えを提示してくる。しっかりしていると思うが、やや自己完結する悪い癖がある。
「音声データ、聞かせてもらったよ」
「……一段落つくと、何となく会話を聞かれるのは気まずいですね」
大場は、気恥ずかしいようで会議室の壁側へ視線を泳がせた。
「君は、あの二人の内面に自分を見ちゃったんじゃないかな?」
小野塚がそう言うと、大場はぴたりと動きを止めた。
「配属された時、君の身分調査結果に粗方目を通している。信用第一の商売だからね」
「本当に嫌な商売ですね……」
大場は、ぽつりと呟いた。
小野塚は困ったような笑顔を浮かべた。
「ごめんね。知られたくないこともあっただろうけど……」
「大丈夫です。職員のプライバシーなんてあってないようなもんですから」
「棘のある言い方だなぁ……」
大場は目を伏せると、諦めたような笑顔を浮かべた。
「白状すると……止めないほうが、あの二人は救われると一瞬だけ思ってしまいました」
小野塚は静かに口を開いた。
「それは看過できないな」
「そうですよね」
大場は自嘲的な笑みを浮かべた。
「星浦局長は、貴太くんを再起してもらうよう検察に頼んだみたいだよ。何より本人が矯正医療センターで正式な手続きを踏んで社会復帰することを望んでいたからね」
「……良かった。あの子は、ようやく父親に向き合ってもらえたんですね……」
そう呟いた大場は、どこか悲しげで少し貴太を羨ましがっているようにも見えた。
「長岡越子の件は、アバタースーツを提供した反社組織の存在が見えてきた。そもそも彼らに唆されなければ、彼女は今回の凶行を思いつかなったかもしれないしね。裁判はこれからだけど……世間の声は彼女に同情的だ。情状が考慮されるだろう」
「そうですか」
大場は、少しだけ安心した表情を浮かべた。
「生きてさえいれば、いくらでもやり直しは出来る」
小野塚の話に静かに耳を傾けていた大場は、やがて観念したように顔を上げた。
「……懲戒処分ですか? 私」
「いや、一週間の自宅謹慎」
小野塚は、今回の処分を言い渡した。
「きっかり反省して再来週からはバリバリ働いてもらうからね」
会議室の窓に、連日不安定だった天気が嘘のような青空が広がっていた。
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