#2 - 第8話

 二件目の犯行は、雨の中で行われた。

 被害者の名前は、藤木ふじきかい年齢は27歳、男性。死因は頭部外傷によるもの。

 社用で外回りをしていたところ、背後から襲われた様子が近隣の監視カメラ映像に収められていた。被害者はイヤホンつけていたようで、背後の人影に気が付いていないようだった。人通りが少なかったことにより通報や検知が遅れたこと、雨により体温が奪われたことも影響し、残念ながら搬送された病院で先ほど息を引き取った。

「打撲跡は前回と酷似。恐らく同一犯による犯行だ」

「隠す気がありませんよね」

 大場がそう言うと、保立も頷いた。

「今回もアバタースーツを着用。監視カメラ映像に移っていたのは中肉中背50代くらいの男性だ。アバター映像はいくつか所持してるようで、前回のとは異なっている」

「アバターのモデルはいるんですか?誰かに罪を着せようとかそういう意図は? 」

「解析したが、一件目、二件目共にツギハギだらけの合成人物だった」

 大場と田所は大きなため息をついた。

「まぁ、そう悲観するな。新しい手掛かりはいくつかある」

 そう言って、保立は右手で地面を指差した。

下足げそこん……」

 保立は傍らの鑑識ドローンを起動させると、搭載された高機能ALS(科学捜査用ライト)を照射し、目に見えない潜在足跡を浮かび上がらせた。歩幅、左右の足の間隔が広い不規則な足跡が見えてくる。

「そうだ。前回の現場にも同じ下足げそこんがあった」

 足跡の踵の内側部を連ねる歩行線が不規則になるのは肥満者・妊婦・中年以降の女性に多い。両足を極度に拡げバランスを保ちながら歩くためだ。

「足跡の微物検査、靴の種類、メーカー等は法科学鑑定にデータを回している。少しずつ犯人に近付いているな」

 保立はドローンのライトを消した。

「また、被害者の前科・前歴の項目は情報閲覧禁止事項となっている」

「……またですか」

 大場が呆れたような声を上げる。

「あぁ、こっちは小野塚さんが解除要請中だ」

 保立はP-Watchを叩くと、大場と田所の端末にデータ送付した。

「被害者は一度改名をしていてな。今送ったのが以前の名前だ」

【秘匿事項】氏名:河内かわうち 輝人てるひと

 目の下にくまを作った田所が、悔しそうに唇を噛んだ。

 田所の異変に気が付いた大場は、声をかける。

「田所さん、少しは眠れたんですか?」

「え? あぁ、一回家に帰ったけど、あんまり……」

 疲れた様子で田所はぽつりと呟いた。

「俺がちゃんとタグ番号を引き出せてれば、事前に警護するなり、この人は死なずに済んだのかな……」

 保立は溜息をつくと、大場に軽く目配せをした。

 大場は小さく頷くと、思いっきり田所の背中をはたいた。

「ぁ痛って! 」

「気合入れてくださいよ。そんな辛気臭い面をしていたら、ホトケもおちおち成仏できませんよ」

 田所は何かを言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「……わかったよ」

 いつも通りの調子を取り戻した田所に、保立は少し安堵の表情を浮かべる。

「うちの隠ぺい体質が生んだ被害者だな。俺たち警察全員の責任だ」

 そう言って、保立は右手で田所の肩を軽く叩いた。

「やっぱり二人目も、七年前の河川敷の事件に関係してましたね」

「七年前? 」

 田所の確信めいた発言に、大場が疑問の声を発する。

「すまん。お前にはまだ共有していなかったか、七年前に渡会わたらいばしでホームレス殺人事件があってな。被害者はその事件に関与している可能性がある」

 保立が、やや慌てた様子で大場に補足説明をする。

 大場は、その言葉に胸のざわめきを覚えた。

「……渡会わたらいばし。私の下宿先の近くですよ」

「あ! あと、鑑識ドローンが見つけた遺留物も、まだ見てなかったよな」

 そう言うと、田所は透明なビニール袋へ包まれた押収物を大場に見せた。

 中にはペンダント型の緊急通報装置。三毛猫のチャームがついてある。

 思わず息を飲んだ。

「どうした?」

 血相が変わった大場に、保立は心配そうに声をかけた。

「あ……いえ、田所さん、もっとよく見せてもらっていいですか? 」

 指紋がつかないよう白手袋に包まれた右手を伸ばす。手が、わずかに震えていた。

「え? うん」

 怪訝な顔をした田所は、押収物を大場に手渡した。

心臓が早鐘のように鳴る。押収物を丁寧に確認した。

 結果は……こんなことがあるだろうか……。

「……私は、この持ち主を知っています」

 間違いなく大場が越子に渡したものだった。

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