#2 - 第7話
ディスポーザブルライターの着火レバーを指で押す。
火口ノズルから出てきた火に口に咥えた煙草の先端を押し付けると、短めに強く息を吸った。
「一恵、もしかして煙草を吸ってるの?」
大場の背に父親の
大場は呆れたように、半分開けた窓の外に白い煙を思い切り吐き出した。
「半年前から吸ってる」
大場の回答に誠司は、驚いたように声を上げた。
「半年前? 」
「そうだよ。気づいてなかった?」
あえて、何でもない風を装う。本当は嘘だ。早く気が付いてほしかった。
「まだ十三歳だろ? 二十歳未満で喫煙を開始した場合の死亡率は、非喫煙者に比べて5.5倍なんだ。健康に悪い。やめなさい」
研究職らしくデータを持ち出してくる誠司の父親らしいまっとうな言葉に、大場は苛立ちを覚えた。
「明日で14歳になるよ」
誠司が、はっとした表情を浮かべる。
大場は自嘲気味に笑った。
「忘れてた? そうだよね。約束したのに進路相談も仕事で来てくれなかったもんね」
「……ごめん」
「行動が伴ってないんだよ!」
そう怒鳴ると、誠司は心底申し訳なさそうに項垂れて、ぼさぼさの鳥の巣頭を掻いた。
いつもそうだ。気が弱くて、喧嘩をしたくても、黙ってぶつかって来もしない。
父の気を引きたくて吸った煙草を、携帯灰皿に乱暴に投げ入れた。
「お父さんは私と向き合う気が無いんだね」
そう呟くと、大場は立ち上がった。
「一恵!」
背後に誠司の慌てた声が聞こえる。
続けて、けたたましい時計のアラーム音が室内に鳴り響いた。
ゆっくりと目を開けると、いつもの見知った八畳の和室が目に入った。
「……夢か」
覚醒しきっていない身体で布団から右手を出し、目覚ましのアラームを止める。
半身を起こし小さくため息をついた。頭痛がする。
十二年前、父親とした最後の会話だ。
14歳の誕生日の夕方、誠司は高層ビルから転落死した。
警察はそれを『自殺』と断定した。仕事、家庭による精神的ストレスが原因だそうだ。
憔悴しきった大場が家に戻ると、冷蔵庫に不格好な苺のホールケーキがあった。
前日の一方的な口論が尾を引いて一言も喋らず部屋を出たのが今でも悔やまれる。
自殺を考える人間が、果たしてこんなことをするだろうか。
くしゃりと大場は自分の髪に指を通す。
間髪入れずに左腕のデバイスがコール音を鳴らした。すぐに非接触ディスプレイを表示させ、応答ボタンを押下する。
「はい」
「予定時刻より早くにすまないな。まだ寝ていたか? 」
保立だった。
「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」
「実は、先日と同様の手口で二件目が発生した」
「分かりました。すぐ支度をします」
「悪いな。場所は今からお前のデバイスに送る。直接現場へ向かってくれ」
「了解」
目が覚めると、いつも通りの慌しい一日が始まる。
だが、その当たり前の一日に父親はいないのだ。
それを自覚する瞬間が、大場はどうしようもなく苦手だった。
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