#2 - 第2話

「保立くん、今から面会申し込みをしたら、明日には毎田には会えるかな? 」

 執務室に帰る道すがら、ふいに小野塚が尋ねてきた。

「やっぱり、そうなりますか……」

 保立は小さくため息をついた。

「やっぱりって何?」

 小野塚は笑いながら振り返る。

「先程の会議、納得してなさそうに見えたので」

 一瞬目を丸くすると、小野塚は困ったように肩をすくめた。

「バレてたか。保立くんには敵わないな」

「一応、面談の申込はしておきますが、さすがに明日は無理だと思いますよ」

「そうかぁ……う〜ん、この違和感は早めに消化したいんだけどなぁ……」

 小野塚は手に持ったタブレット端末でトントンと肩を叩いた。

「その違和感は、急いで確認しなきゃならないことなんですか? 」

 直近で処理しなければいけないタスクは山積している。

 補佐役の保立としては、仕事の優先順位は気になるところだ。

 小野塚は一寸間を置くと、廊下のガラス窓に目を向ける。

 先程まで晴れていたのに、いつの間にやら空が曇り始めていた。

「法務局に俺の同期が何名か出向しているんだけど……」

 小野塚は、そう前置くと声のトーンを少しだけ落とした。

「再教育プログラムを受けると、別人のようになるらしいんだよ」

「それは、プログラムが成功だったということではないんですか?」

 保立は純粋な疑問をそのまま口にする。

 小野塚は静かに首を振った。

「文字通りの意味だよ。趣味、嗜好、行動まで、まるで、この社会に誂えたような性格へと変わるらしい」

 保立は、ぴたりと歩みを止めた。

 小野塚は笑っていなかった。

 雨が窓を叩き始める。

 今日の降水確率は低かったはずだが、本降りとなるのだろうか。

 保立は思わず眉間を押さえた。

「……藪をつついて、蛇を出すことになりませんかね?」

 小野塚は苦笑する。

「どうかなぁ……何にせよ。現時点では与太話を君に聞かせている自覚はあるよ」

 保立は声を潜めた。

「つまり、再教育プログラムは洗脳に近いものかと思っているわけですね?」

 小野塚は、無言で頷いた。

 正義の名を冠するこの男は、疑念を持ったまま自分の仕事をしたくないのだろう。昔から少々潔癖なところがある。

 保立は背中に冷や汗をかくのを感じた。

「勝手なことをすると、上からまた目をつけられますよ」

「またって……」

 小野塚は困ったような声を出すと、続けて小さなため息をついた。

「まだ気にしているの? あれは自分の意思だよ。保立くんが気に病むことじゃない」

 そう言って保立の肩を叩いた。

 顔を上げ窓の外を見ると、雨足が先程より強くなっている。

 正しくあろうとすることが、必ずしも組織に所属する上で良いことなのか。

 保立は、今でもそれに答えを出せないままでいる。

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