#1 - 第7話
大場は弘子の病室を後にした。
自販機前のベンチで優雅にコーヒーブレイク中の小野塚を見つけると、目の前に立つ。
「サインもらえた?」
小野塚が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
大場は溜息をつくとタブレットを小野塚の胸に押しつけ、隣にどっかりと腰掛けた。
小野塚はタブレットを受け取る。ジャケットのポケットから個包装の小さな袋を取り出すとベンチに投げ出された大場の手に上に置いた。
「疲れただろ。あげる」
「ありがとうございます」
バタースカッチキャンディと書かれた小さな袋が掌にあった。
「この飴、お気に入りですね」
大場は封を切ると口の中に放り込んだ。
「一緒にコーヒーを飲むと甘いカフェラテみたいな味になるから好きなんだよね」
物を食べてる時の小野塚は幸せそうだ。
コロコロと舌で飴を転がしながら、今度やってみようと大場は思った。
「どうして津村弘子の病室に入らなかったんですか?」
「ん?」
「いつもは率先して被害者のフォローにあたるでしょう。それなのに今回はなんで……」
うーんと顎に手をあてながら小野塚は答えた。
「君の言葉が一番彼女に響くんじゃないかなって思ったからかな」
「そんなことないと思いますけど……」
「でも、実際サイン書いてくれたろ?」
そう言って小野塚はタブレットに表示にされた事後報告書の弘子のサインを見せた。
「まぁ……はい」
大場がそう答えると、小野塚は満足そうに笑った。
「大場は優しいからなぁ…」
「ん?」
今度は大場が聞き返した。自己評価も何だが、自分ではそうは思わない。
「人のために怒れる人ってなかなかいないよ」
自身の短気をこう解釈するかと大場は感心した。
「物は言いようですね」
と、同時にどこまで人が良いのだろうと呆れもしたが。
「いや、本当に。ただ、やりすぎるのは君の悪いところだね」
これには、ぐうの音も出ない。大場は黙った。
「何でもかんでも肩代わりしなくていいんだよ」
「え?」
「津村さんには津村さんの人生があるように、君にも君の人生があるんだから」
小野塚はそう言うと、残った紙コップのコーヒーを飲み干した。
「さて戻ろうか」
小野塚は立ち上がった。
「これから君の大大だーい好きな報告書作成が待ってる」
そう言って、にっこりと完璧な笑顔を作った。大場は、思わずげぇと声を出した。
「……あいつに蹴り入れたの、ちょっと怒ってますよね」
「いやだなぁ。怒ってないよ。ただ、顛末書や場合によっては謝罪会見の原稿なんかも書かされるのかなと思うと、執筆業が捗るなと思ってるだけだよ」
「……怒ってるじゃないですか」
大場がそう言うと、小野塚は声を出して笑った。
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