#1 - 第5話

 がくりと膝から崩れ落ちた弘子を大場は片手で受け止めた。

 麻酔銃をホルスターに収める。弘子が握った両手をほどきナイフを回収した。そのまま、廊下にほっぽり投げると、毎田の顔面すれすれに蹴り飛ばした。

 毎田は眼前に飛び込んできたナイフにさして驚くわけでもなく、ニヤニヤとした笑みを大場に向けて浮かべている。

「……大場……」

 小野塚が、何が言いたげな表情を浮かべ名前を呼んだ。

「何でしょうか?」

「あーいいや……あとで話そう」

 あまりのふてぶてしさに説教をする気持ちが削がれたらしい。小野塚は次の言葉を飲み込んだ。

「とりあえず、彼女を運ぼう……。保立くん、田所くんも手伝ってくれ」

 よろよろと立ち上がった小野塚の言葉に呆けた田所と保立も我に返る。慌てて走ってやってきた。

「お前!マジかよ!ほんとさぁ…本当にお前は…」

 頭を両手でかきむしりながら田所が吠える。保立も切れ長のつり目を更につり上げた。

「被害者を撃つ奴があるか!」

 思い思いの言葉を一斉に喋られても耳は二つだ。大場は、かったるそうなそぶりで、はいはいと形だけの相槌を打った。

 女性とはいえ意識を失った人間一人を抱えるのは中々の重労働力だ。

「俺が運ぶ。手を離せ」

 保立は意識を失った弘子を支えると、同じく女性の大場にそう指示をした。

「担架は?」

「この通路じゃ余計に邪魔になる。お前はエレベーターホールで待機してくれ。そこから担架を使う」

「了解」

 エレベーターに乗り込む保立を見送り、大場は踵を返す。

 小野塚と田所は、毎田を立たせるために足枷を外している。外した枷はそのまま球状に戻った。

「ほらよ」

 田所が大場に向けて投げて寄越す。掌に綺麗に収まった。

球型きゅうがた 追跡ついせき装置付き《そうちつき》手錠てじょう

 投擲することにより、内部に追跡装置が対象を補足、拘束する球型の手錠。武装した 対象と距離を保ちながら拘束することが出来るように開発されたものだ。

 両脇を支えられ身体を持ち上げられた毎田と大場は目が合った。

「助けてくれてありがとう」

 白々しく毎田は大場へ礼を告げる。

 ぴくりと大場の顔が、わずかにひきつった。

 両腕を拘束されたままの毎田は、そのまま品定めするような視線を大場に投げかけた。

「まぁ、でも少子化対策に貢献した身だからな。当然か」

「お前、いい加減に……」

 冗談めかして言う毎田に、田所が怒りの声を上げる。

 大場はニッと口の端をつり上げた。

 そして、男の股倉に勢いよく蹴りをお見舞いする。

 毎田は、勢いよく上体を前方に折り曲げ悶絶した。

「うっ……!」

小野塚と田所は呻き声をあげた。続けて非難めいた視線を大場に投げかける。

―― あんたたちが蹴られたわけじゃないでしょうが。

 大場は内心独りごちた。

 毎田は脂汗の浮く顔で大場を睨み付ける。震えた脚が内股になっていた。

「クソ女……これは……どう見ても……過剰……防衛だぞ……」

 大場は軽蔑の目で毎田を見下ろす。

「世のため人のため去勢の手伝いをしてやってんだよ」

 小野塚は頭を抱えると、大きなため息を一つついた。

「今回は、そういう屁理屈で行くのか……」

「ふざけんな! ……大問題だろ!警察官がこんな…」

 悪態を吐き続ける毎田に、小野塚が困ったような笑みを浮かべる。

「悪いね。警察は身贔屓だからさ」

 小野塚は懐から銃身を抜き毎田の首へ当てた。

「さて、そろそろ眠ろうか」

 ぷすりと首に小さな痛みを感じた次の瞬間、毎田は意識を手放した。

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