#1 - 第2話

 東京圏郊外、防犯Cエリア。

 閑静な住宅街へ差し掛かったところ、菰田は野外の駐車スペースへ警察防護車両を移動させた。

「電子タグの反応が近いです。一度こちらを拠点とします」

 車を停車させると、菰田が運転席から振り返る

「了解しました。状況は随時連携しますので、宜しくお願いします」

 人当たりの良い笑みを浮かべ、小野塚は菰田へ頭を下げた。

「あっ、はっはい! こちらこそ!」

 菰田もすかさず頭を下げた。勢いで彼女の首の関節が大きく鳴る。

「大丈夫ですか? 首がすごい音しましたけど…」

 小野塚は、心配した様子で菰田へ声をかける。

「は、はい! 大丈夫れす!」

 今度は舌を噛んだらしい。

 若手であがり症の彼女をはじめて紹介された時は、捜査一課二係一同、不安を抱いたものだが、それは杞憂に終わった。

 彼女は正式な警察職員ではなく、消防庁 救急局からの在籍出向者になる。

 官公庁もミニマル化を推し進め、業務内容が重なる面は出向という形で人材補填をする。菰田のように組織を跨ぐケースも増えて来た。

「気を付けてよ。あんた仕事以外はおっちょこちょいだから」

 大場は警棒をベルトに吊り下げながら、抑揚のない声で菰田へ声をかけた。

「あ、ありがとう。大場さん」

 ぱっと菰田の顔が華やぐ。

「お前は相変わらず態度がデカいのな」

 田所が後ろから呆れたような声をあげた。

「本当にな」

 保立も同意し、何かあったら言って下さいねと、菰田へ小さく会釈した。

 大場と菰田は同い年だ。敬語はやめてほしいというのは菰田からの希望だったのだが、この扱いの差に大場は少々納得がいかないものを感じた。

 防護車両のバックドアが開き、各々降車する。

「どうかお気をつけて」

 菰田はやや緊張した面持ちで紺色の隊員服の膝をぎゅっと握った。心配性な彼女らしい。救護係の立場、心から出た言葉だということが伝わる。

「大丈夫ですよ。俺には自慢の肉の盾がありますから」

 田所は、自身の太鼓腹を叩いて菰田に自虐を披露する。冗談めかして言うが今の警察官の扱いとして概ね間違いないように思う。警察官も随分と様代わりした。捕縛対象が武装している可能性もあるというのに、非致死性ひちしせい武器ぶき以外の所持は認められない。生傷の絶えない仕事だ。

「割りに合わない仕事だが、給料分は頑張らないとな」

 保立は、そう言うと両手を組んで一つ大きな伸びをした。

 『当人含め親族は優先的医療費免除がある』という特約に惹かれて志望したと、彼が酒の席で言っていたのを大場は思い出した。

 福利厚生目当ての警察官は保立を含め非常に多い。国民皆保険の崩壊以後、この国の医療は階層化が進んだ。庶民は無料の標準医療の順番待ち。富裕層は追加料金を支払い、高水準医療を優先的に受ける。健康を保つ秘訣は金持ちであることだ。

 需要と供給のバランスが崩れた現医療体制だが、AIサポート技術の拡充と他の職種に細かく医療業務が分散されることにより、何とか維持出来ている。

「今日は麻酔銃の出番が無いといいんだけど……」

 小野塚は、そう言うと周囲を見渡した。

 麻酔銃。正式名称は、特殊とくしゅ改良型かいりょうがた 遠隔えんかく接種用せっしゅよう注射ちゅうしゃとう TG-78 HINAGESI

 医師法、医療職の法改正、銃砲じゅうほう刀剣類とうけんるい所持しょじなど取締法とりしまりほうの規制緩和により、麻酔における適切な知識を身に着けた職員のみ使用が許可されている。正式名称で呼ぶ者はほとんどいない。持ち出し時は音声の使用許可申請が必須なため、『宣誓銃』と揶揄して呼ぶ職員はいる。

「無抵抗で戻ってくるようなタマですかね」

 防犯Cエリア。対象の位置座標は、分類:1(エ365864-M)が起こした事件現場地区だ。何が目的か分かったものではない。大場としては悪い方向へと思考が巡る。

「そうであってほしいよ」

 小野塚は淡い期待をそのまま口にした。

「それじゃ、行こう」

 小野塚が一歩踏み出す。大場もすぐにその後へ続いた。

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