第24話 神のアルゴリズム
宴会場で人間を観察するのにも飽きたので、ダンジョンマスターは静かな城内を探索し始める。
警備兵たちを催眠の術で眠らせ、城内を隈無く散策して行った。
しかし、得られたものは何もない。まったく面白みのない城だ。
何気なく庭園の方に出る。外は真っ暗だった。
空を見上げると、天守が月にかかっているのが見える。
地下に棲む悪魔にとって、ここまで高さのある建造物を作る意味がわからなかった。
実際、ペンブラック城の天守はネバーグリムでもっとも高い位置になるように意図して設計されていた。まったく何の意味があるのやら。
薄暗い庭園の中に人影を見つける。宴に招待された客人の一人か・・・。
その人物は、ガーデンテーブルの上に、碁盤目が描かれたシートを敷き、なにやらゲームのようなものを楽しんでいる。
「こんなところで何をしているんだ?」
「・・・。"タグル"というゲームだよ」
白黒にわかれていて交互に駒を動かして行う。見た目はチェスのように見えるが根本的に違うゲームだ。
「ずいぶん駒の数が少ないな」
「本当はもっと駒を使う。これは、わずかな道のりを考えるエンドゲームだよ」
「少し興味がわいた。ルールを教えてくれ」
「いいだろう」
ルールはシンプルだが単純なものではない。各局面での選択肢の数が多く、詰め方を考えるだけのパズルでも複雑性は高かった。
「ふむ。飲み込みが早いな」
当たり前だ。人間などと頭の出来を比べられるのはむしろ心外だ。
というか、ちょくちょく誘導じみたヒントを与えられたので勘づいたことがある。この遊びは対人を想定して行われていないのかもしれない。つまり・・・
「・・・これは黒側の必勝形なのか?だからパズルだと言ったんだろう」
相手の男は一瞬だけ驚いた表情を見せた。
だが、すぐに眉をひそめ、険しい顔を作って見せる。
「そこまではわかっていない。・・・そのように見える局面でも打開できる可能性はあるかもしれない」
お互いが沈黙した。
それからは二人で試行錯誤し、お互いの最善手を模索していった。
「ところで、なんでこんなマイナーなゲームをやろうと思ったんだ?」
「こういうゲームが王や貴族の嗜みだと言われる理由と同じだ。思考力を養うため。しかし私の意志で始めたんじゃない」
「誰だ?」
「・・・・私の兄である"王"エルバートに、戦においての戦略的な駆け引きと、エリアコントロールの方法を学ぶことを期待されて」
――――こいつがエルバートの弟。
思いもしなかった。祝典の主役が、こんな誰もいない庭園の片隅で一人ゲームをしているとは。
王族という立場にもかかわらず、俺の態度のことはまったく気にも留めていないようだ。
「しかし、所詮はゲーム。戦がこのように単純でないことはわかっているよ」
「ほう。では、その複雑さの要因とは何だと思う?」
王弟は暫く考える。
「改めて聞かれると難しいな・・・だが、興味深い問いだな。教えてくれ」
「私が思うに、実戦で最も戦局を左右するのは情報の偏りと偶然性だ」
「なるほど・・・。ゲームとはむしろ真逆だな。ところで君は何故そんなことを知ってるんだ?」
「ダンジョンを経営している悪魔だから」とは口が裂けても言えないので、聞こえないフリ。
「そして・・・どんな局面も、それまでの手の流れと、それに続く手の流れだけから決まる。それを形にするのはゲームの根底に流れる法則だ」
王弟は黙って頷く。
「しかし、現実にはそんな法則を無視した局面が訪れることもある。これは予測の問題ですらない・・・しかし最も憂慮しなくてはならない」
これは、もう一つの戦局に関わる要素からも導けないことだ。常に可能な状況を考え、不可能な状況をそぎ落としていなければ、情報とは判断の足しにすらならない。それを決めるのがゲームの根底に流れる法則。何か実例をあげるなら、あのエイダという魔術師はまさにそうで、ルールをぶち壊して思いのまま自由な動きをする駒の様だ―――。
「――――時には、ゲームの目的に反するように見える行動が、重要な意味を持つこともあるということだ。・・・見つけたぞ、"最善手"を」
「なに?」
ダンジョンマスターは、局面を初期構成に戻してゲームを最初からスタートした。
そして、その最善手までの局面を一人で駒を動かして作り上げる。
彼が見つけた手は、白い駒が後手となったとき、必勝形に持ち込むための"最短経路"だった。
定石に反し、それまでは無意識的に回避されていた手だった。通常、意思決定のため予測に用いるゲーム列の長さを遥かに超えた段階から有効な一手になり、そのためにゲーム全体が新たな展開に移行する。
「・・・なるほど、盲点だったな」
二人はその後もパズルを解き続けた。後に、あらゆる道筋から、終局まで最善手を選び続け白側が必ず勝利するという事実が見出された。
「ふっふ。こんなに興奮したのは久しぶりだ」
王弟は笑っていた。
「そうか」
「まだ名を聞いてなかったな」
「俺か?・・・俺は・・・ジョーだ」
「ジョー?貴族らしくない名だな。まあいい。また相手を頼むぞジョー。私の事はマテウスと呼んでくれ」
「いいだろう」
人間と交友関係を持つつもりはなかったが、王族の一員として利用価値はあるかもしれない。
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