第23話 都市の悪魔

 人間の知る悪魔の中で、大半の悪魔は地下に存在する。

 ただし、残る悪魔が全て地上に存在するという意味ではなく、残りは実在の悪魔とは似ても似つかない「想像の産物」だ。

 人間が実際に悪魔を目にすることはほとんどなく、ダンジョン攻略を行う冒険者ではない一般市民が目にする機会があるのはウォーロックくらいのものだ。ただ、このモデルはあまりに人間らしく、悪魔像の原型にはならない。彼らの思い描く姿、想像された悪魔はもっと飛躍している。


 例えば、王都では悪魔は瘴気と密接に関係している。

 王都の地下には、巨大な公共下水道が張り巡らされているが、そこは悪臭が蔓延し、病原体とその媒介者に溢れたろくな整備もされない、ほとんど未知の世界だった。人間はこの世界に蓋をして目を背ける。彼らの恐怖は、"瘴気"が地下から洩れだして災厄をもたらすかもしれないというものだ。そこは明らかな人工物でも、彼らにとっては地下世界に近く「悪魔の巣窟」だと信じられている。



 長い長い火の典礼の儀式が終わり、やっと宴会が始まった。王弟の姿は見当たらない。主役が欠席とは。これじゃあ何のための集まりかわからんが・・・大勢の招待客はその理由を気にも止めていない様子で盛り上がっている。ということは、理由はだいたい察しがついているということだ。変わり者か、引っ込み思案なのか、おそらくそのどちらかだろう。


「おいあんた、もしや悪魔じゃないだろうな」


 ダンジョンマスターは、急に知らない男に話しかけられ身構える。


「誰だ?」


「へっへ・・・。人相の悪い、瘴気をたっぷり吸い込んだような顔をしているぜ。言い当てられて驚いたろ」


 急に話しかけられ悪魔だと言われても驚くことはない。目の前に現れたのは、頭の悪いただの酔っ払いだ。


 もう一人、連れのような男が現れて、俺に絡んできた酔っ払い男と話しはじめた。

 よかった。酔っぱらいの戯れ言でも、契約に触れるレベルまで話が発展しないとも限らない。こういう連中はまわりがうまく制御していないと何をしでかすかわからないからな。


「なにをやってるんだ」


「お前、悪魔が怖いか?コイツの顔を見ろ。痩せこけて、目つきの悪い・・・悪魔憑きに見えるだろ」


「いいや。怖くないしまったく見えない」


「なんだと?・・・まあ、俺も原因がわかってるものは怖くない。ヒック・・・。瘴気がそうさせると知っているからな」


 コイツらは我々のことを、お化けだとでも思っているのか。


「大酒のみは悪魔憑きにならんと言うしな」


「そうだぜ。お前らわからねーだろうけどな・・・人が悪魔憑きにならん為には火酒か、混成酒が必要なんだ。とりわけ酒精の強いな」


 そう自信満々に言いながら、男はえずき始めた。

 悪魔云々の前に、体が拒絶しているのになぜ飲み続けるんだ。この馬鹿は。


「あーあ。まぁ今日は調子が良い方か。普段は混ぜ物がされたような安酒をありがたがってるような身分だからな」


 人間の中でも、酒を好む個体は多い。彼は酒から力を得ていると考えているようだが、やはり人間の考えることだ。その逆を考えると真実に近くなる。つまり、普段幾分か理性を保って見せているのが、「酒の力」で本性を隠し通すことが出来なくなった結果だ。彼は本来の姿に戻っているだけなのだ。


 話を聞いていた別の男が口を挟む。


「お前らは悪魔を追い払うのにどうしてヒルに血を吸わせたりする必要があるのか考えたことがあるか。もっとよく考えてみろ。悪魔憑きなんて医者が私腹をこやすのに流した陰謀だ」


「おお~。・・・へへ。すごーい。それは思わなかったなぁ。えへへ。鋭いなお前。ヒック」


「・・・」


 人間が悪魔に対して持つ認識はこの程度のものだ。

 この街ではよく言われる風説のようだが、どちらも悪魔への対処法とは程遠い。

 そして、ただの馬鹿話で終わらなくなると、儀式と同じで、無意味な因習と化すだろう。こういうことは人為的でない障害がすべて悪魔の仕業だと考えてるタイプの人間が流すデマから始まるのだ。




 そのとき、宴会場のどこからか怒声が響く。


「聞こえたぞライラック。もう一度言ってみろ」


「何がだ?」


「私の部下を能無しだと言ったんだろ」


「ああ。ダンジョンを奪い返されたとき報告があまりにも遅いので対処しきれなかったんだぞ。お前の部下が報告を遅らせたからだ」


「対処しきれないのは命令系統に問題があったからだ。・・・ライラック。聞かせてもらおう。ダンジョンが奪い返されたとき、お前はどこへいたんだ」


「俺は現場に携わっていたとも」

 

「いいや。お前はその場にいなかった」


 そこへ、見たことのある人物が仲裁に入る。

 その男は、ダンジョン攻略の最高指揮官であるレディットだった―――。


「そのくらいにしておけ。王弟殿下の祝いの席で」


「ふんっ。こいつが言い掛かりをつけてきたんだぞ?」


 ライラックはレディットの顔色を伺うようにそう言った。


「エルバート王が責任追及はしないと仰ったんだ。・・・王の期待に応えられなかった自分達の無力さを自覚すればそれで十分だろう」


「そうだとも。わざわざこの場で責任追及することは間違いだ。あいつは俺の事を悪く言いたいだけなんだよ」



 暫くすると、ライラックは席をはずし、会場を離れた。


「ライラックさま。どちらへ」


「俺は忙しいんだよ。お坊ちゃんの誕生会より優先すべきことがある」


 彼が悪魔によって操られていることは、まだ誰も気付いていないようだ。本人でさえも。

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