FairyTale

夜瀬凪

【FairyTale】

 この国には随分と昔から語り継がれている物語があります。この国の子供たちはこの物語を聞いて育っていくのです。


 戦争の果てに壊滅状態となった小さな国のお話です。西の方に位置し、木造の家々が並ぶ美しい国でしたが、戦でその美しい町並みも破壊されてしまいました。その国の小さな村に、十ほどの年の少女がおりました。少女の家も周りと同じく、戦争に全てを奪われ貧しい生活をしていました。少女の名前をリーナといいました。


 リーナに父はいません。徴収されて、兵隊となって戦場に行って、それからもうずっと帰ってきていません。それでも懸命に、母と祖母と、女三人で暮らしていました。けれど、ついにこの前、栄養失調で祖母が死にました。戦争が起こってからは、食料はこんな小さな村には、特に女には、回ってこないのだと母が泣きながら、近所のおばさんと話していました。

 リーナは祖母が生前たくさん持っていた布地の中でも高価そうなものを隣町の商店へ売りに、荒れた道を歩いていました。一人で歩くのは寂しいですが、忙しそうに働く母を見て、リーナは口をつぐみました。


「ねえねえ、あなた」

 ため息を付きながら歩いていると、どこからかリーナと同じぐらいの年の少女の声がします。

「ああ、そう、あなたの腕の中よ」

 言葉の通りに自分の腕の中の布に目を落とすと、先程まで布しか無かったはずのそこに、羽のついた小さな人らしきナニカがいます。

 リーナはおもわず声をあげました。

「あなた、だれ?なんで、そんなに小さくて、羽がついているの?」

「あたしは、シルキー・フィリ・サリア。シルキーでいいわ。あたしが小さくて、羽がついていて、可愛らしいのは、妖精属だからよ。フェアリーよ。聞いたことくらいあるでしょう?おチビちゃん」

 シルキーと名乗ったそれは、矢継ぎ早に話します。どうやら女の子で、祖母がよく話してくれた御伽話に何度か出てきたことがある妖精、というやつのようです。リーナは、可愛らしいとは別に言ってないのですが、まあ、可愛い見た目なのは事実です。肩ぐらいの茶色の髪の毛、透き通るような肌にくりりとした目。白い蝶々のような羽で、ふわふわと宙に浮かんでいます。まっさらな白のワンピースは腕の中の布とよく似た生地で出来ているようです。

「わたし、おチビちゃんってほどじゃあないわ」

 そりゃあ、祖母や近所の長老に比べれば、リーナだってチビですが、一人で用事を任されるくらいの年齢ではあります。手のひらに乗るサイズの子に言われたくはありません。けれど、シルキーは言いました。

「やぁね。十分おチビよ。あたし、こうみえて、あなたよりそこらの長老より、よっぽど長く生きてるのよ。おチビちゃん。」

 シルキーはふわふわ飛びながら、パチンとウインクしました。こんなに小さい生物が、そんなに長生きだなんて信じられませんが、もうこの状況自体が信じられません。リーナはとりあえず不満を口にしました。

「でもおチビちゃんは嫌。わたし、リーナって名前がちゃんとあるの」

「あら、そう。で、リーナ。ルアラからあたしのこと何か聞いてない?ルアラ、死んじゃったんでしょう」

 ルアラ、とは無くなった祖母の名前です。なぜこのシルキーと名乗る妖精が知っているのでしょう。シルキーのその軽い言葉にリーナは胸がつまりました。祖母が死んだことが未だに信じられないのです。信じたくない、というほうが正しいかも知れません。その現実を見ないようにしていたのです。まるで、言葉が心に刺さるようでした。

「…何も聞いてない。おばあちゃんと知り合いだった?」

「あら、あなたルアラの孫だったの。ちょっと目のあたりが似てるかもね。まあ、いいわ。あなたこの布を持って一人で何処へ行く気?」

 シルキーはリーナのことなど気にもせず、喋り続けます。

「売りに行くの。たぶんこの布が一番高いって母さんが。貧乏だから、食べる物がないの」

「ふうん。そう。また、持ち主が代わるのね」

 シルキーの言い方に引っかかりを覚えたリーナは尋ねました。

「持ち主って?シルキーこの布と関係があるの?」

「そう!リーナあなた小さいわりに賢いわね。あたし、この布から離れられないのよ。この布の妖精っていうの?東の言葉でツクモガミっていうんだったか。ああ、でもわたし“カミ”じゃないわ」

 シルキーは表情をころころ変えながら、話します。“ツクモガミ”は東の言葉というだけあって、聞き慣れない響きの音をしていました。

「へえ、おもしろいね。……こういうの、売らないでー、とか言わないの?おばあちゃん、そういう話してくれたけど。で、それから冒険に巻き込まれるんでしょう?」

「やっぱり賢いのねー、さっすがルアラの孫。別に売らないで、とか言わないわよ。ついでに冒険もなし。物っていうのは、世の中を巡り巡るものだし、食べる物に替えられるなら、替えるでしょう。人間の営みなんてそんなもの。そうじゃない?」

 そうじゃない?と聞かれても、リーナには少し難しくて、言っていることの意味は理解できません。

「ていうか、この布よく裁断もされず、このまま残ってたわね」

「……おばあちゃんがこれだけはもったいないから、って」

 ふうん、と言った妖精は、そういえば祖母が無くなったと聞いても悲しむ様子はありません。どういう関係かはわかりませんが、ずいぶんあっさりしています。妖精というのはそういうものなのでしょうか。

「ルアラらしいわね。いいこと教えてあげる。この布ね、シルクなのよ。昔の腕のよい職人が丹精込めて作った一級品。ルアラの保管の仕方もいいから高く売れるわ」

「……シルク、」

 シルクとは、蚕からできる布のことでしたか。ものすごく高い布らしく、リーナは今まで見たことなどありません。母もシルクだとは知らなかったでしょう。今、この手の中にある布がシルクだと聞いて、リーナは手が震えました。リーナたち一般庶民には手の届かないはずのそれをなぜ祖母が持っていたのでしょうか。

「さて、リーナ。おしゃべりはこのくらいにして、さっさと歩きなさい。暗くなる前に帰らないとでしょう」

「……うん」

「何か、話でもしてちょうだい。そうね。あなたのこととか。なんでもいいわよ、この町はどうしてこんなに荒れているの?」

「東の国と戦争してるんだって、この国は。だから男の人は皆戦争に行くの。残されたわたしたちは貧しい暮らしをしいられてる、ってお母さんが。」

「大変なのねえ。」

 シルキーはどこまでも他人事のように頷きます。

「おばあちゃんがね、亡くなったのはね、栄養失調なんだって。食べ物が手に入らないから。今ね、とっても高いのよ」

 そう、とシルキーはどこか遠くを見るような目をしました。

「どうしたの、シルキー」

「ルアラと出会ったのも、戦中だったな、と思って」

「そうだったの」

 しばらく話をしながら町へと続く道を歩きます。


 隣町が、すぐ目の前に見えてきました。商店は、町に入ってすぐのところにあります。

「ねえ、リーナ」

「なあに。シルキー」

「この布が売られたら、あたしもその布の中で眠りにつくわ。今回はたまたま目を覚ましただけ。布地が服になったら、あたしもどうなるかわからない。仲間たちは次々音信不通になっていった」

 シルキーは、淡々と静かに話します。それ以上でもそれ以下でもないというように。

 リーナは声を振り絞ります。たったさっき会ったばかりなのに、どうしてかすごく寂しくて、悲しいのです。笑っていたわけでもない、ほんの少しの時間のこの会話が、リーナにはとても貴重で輝いて見え、一生忘れられないもののように思えたのです。

 もっとこのフェアリーのことを知りたいと思ったのです。これだけの会話で、足りるはずがありません。

 こんなに素敵なのに二度と会えないだなんて!

「ねえ、シルキー、」

「どうしたの?おチビちゃん」

 すぐそこに見える商店では、おじさんとおばさんが話しています。

 リーナは今度はおチビちゃん呼びに言い返すこともなく、泣きそうな顔で言いました。

「願いが、あるの。叶わないと思うんだけど」

「大丈夫、あなたが願えば、なんだって叶うわ」

「……わたしが、願えば、?」

 本当に願いは、叶うのでしょうか、本当に?

 今まで大抵の願いは叶ったことがないのに。

「ええ、それに相応しい覚悟と努力があればね。きっとよ」

 シルキーはくすり、と笑います。

 長い沈黙のあと、リーナは願いを口にしました。

「、また、会える?」

「会えるわ!いつか、あたしを探しにきてね。それとも、あたしがあなたに会いに行くのかしら。どちらでもいいわね。素敵よ!」

 シルキーはこれほど嬉しいことはない、とでも言うような笑顔で笑いました。

「あたしと、あなたの世界が再びつながる日を心待ちにしているわ。あたしのこと、忘れないでね。リーナ」

 シルキーはじゃあね、と姿を消しました。もう、妖精がいた残り香一つありません。

 そして、リーナは商店へ向かいます。


 その後、リーナがどうなったのかは伝えられていません。彼女が実在した人物かどうかも今では不確かなのです。けれど、この物語は語り手によって少しずつ細部を変えながら、この国で語られ続けています。長らく、名前の無かったそのおとぎ話に【フェアリーテイル】という名前が付けられたのはごく最近のことです。


 おしまい。

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