世界は私を中心に廻ってる

かんなぎ

世界は私を中心に廻ってる!

僕、いや、私は転生体質だ。

過去に二回生まれ変わっている。

最初に生まれ変わりに気付いたのは、中年のおじさんになってからだった。

娘が顔を赤らめながら好きな人が出来たの、と妻に内緒話をしているのをつい、うっかり立ち聞きしてしまった時に気が付いた。

あれ、自分はこの光景を何処かで見た事があるぞ?と。


次に転生に気付いたのは、小学校に上がった時だった。

隣の家のお姉ちゃんが、バレンタインデー用のチョコクッキーを練習してるらしい、と疲れた顔をした母さんがボヤいた。

チョコクッキーが大量に入った保存用の袋に、これは女の子としてどうなの、と顔を歪めた瞬間。

あれ?この袋、何処かで見た事があるぞ?と、気がついた。





私は五回転生している。

毎回|その時(・・・)が来るまで気がつかないという事に、今日気が付いた。

朝起きて、テレビを付けて今日がバレンタインだという事を思い出した。

畜生、生徒達からチョコレートを没収して恨まれる日なんて糞食らえ、だ。

年増の妬みだの、いき遅れの厚化粧だの好き勝手言われるなんて全く、これっぽっちも楽しくない。

クラスの色気付いた女子達を思い浮かべただけで、げんなりとする。

そういえば最近、藤村美奈子が隣のクラスの秀才にお熱ではなかっただろうか。

手作りのチョコクッキーで喜んで貰えるなんて、打算が混じらない青少年が相手の場合のみだ。

惚れた腫れたで騒げる年頃はいいよなあ、とアイスコーヒーを一気飲みしたところで思い出した。

あれ、なんで私は藤村美奈子がチョコクッキーを渡すって知ってるんだ?





私は十一回転生している。

娘にチョコクッキーの作り方をねだられた時に思い出した。

娘は壊滅的に料理が下手だ。

だから何度も何度も作り直し、更には隣の奥さんも巻き込んで、毎日毎日チョコクッキー作りに精を出した。

勿論、隣の坊やが残念な人を見る目で娘を哀れんでいるのも、旦那がしょんぼりとした顔でクッキーを頬張っているのも知っている。

けれど、私は彼等の正体に気付いている事は言うまい。

私だって、何処までがそうなのか、なんて知りたくもないのだ。

だから、目を瞑ってひたすらにクッキー生地を練る。

もしかしたら、単なる私の妄想なのかもしれないのだし。





俺は十六回転生している。

隣のクラスの藤村が、佐藤を屋上に呼び出した、と誰かが叫んだのを聞いて思い出した。

あれ?俺、これを知ってる?と。





僕は二十回転生している。

朝、チョコクッキーを飼い主に貰って思い出した。





私は四十二回転生している。

夜、文也お兄ちゃんが何とも言えない顔で、明日はバレンタインか、と呟いたので思い出した。





わしは六十七回転生している。

孫娘にグッとくる告白の仕方を聞かれて思い出した。





私は百回転生してる。





私なんて二百回転生している。





あたしなんて、うっかり数え忘れた。





僕は、数え切れない程転生している。

おじさんにも、おばさんにも、女の子にも、男の子にも、妹にも、母親にも、父親にも、犬にも、鳥にも、転生してきた。

毎回毎回このバレンタインデーを迎える前に思い出し、これを越えると全て忘れてしまうのだけれど、僕は生まれた時から全部覚えていた。

今迄にない事だ。

そして、更に特別な事に、今回の僕は佐藤文也だった。

藤村美奈子にチョコクッキーを渡される役割だ。

流石にもう気付いている。

一番最初の自分が誰だったか、なんて。

僕は時折考える。

この先もまだまだこの世界は廻るのだろうか、と。

もういい加減に終わらせたい気持ちで一杯だし、チョコクッキーはもう食べ飽きたし、自分で僕への告白のアドバイスをするなんて貴重な体験は二度としたくない。

今日で決着がついてくれ、と祈る気持ちで屋上に立つ。

精一杯おめかしをして、精一杯女子力を高め、精一杯根回しをする、なんていうこっぱずかしい【私】を待ちながら。





某月某日。

私はアンニュイな表情が素敵な佐藤君に恋をした。

手作りのチョコクッキーを渡したくて、お母さんに作り方を教えて貰った。

七割方お母さんに作って貰う結果になってしまったが、味が最優先なのだから仕方あるまい。

佐藤君には言わなければいいだけの話だ。

今日この日の為に、お母さんにも、隣の家のおばさんにも、近所のおじいちゃんにも、親友のミカにも、愛犬のタマにも、部活の先輩にも、果てはお父さんにまで協力してもらった。

クッキーの味も、男の子にとって魅力的な上目遣いの角度も、髪の結び方も、呼び出し方も、皆からお墨付きを貰った。

ここまで努力したんだから、例え想いが通じなくたって伝える事に意味があるんだ!

さあ、今日こそ鞄に忍ばせたチョコクッキーとラブレターを渡す!

待ってて、佐藤君!


私は、意気揚々と屋上の扉を開けた。




そして、世界は私を中心に廻りだす。

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