[お試し]魔王と勇者の世界征服(仮)

行記(yuki)

#001 普通の村

「フ~、フ、フ~♪ フ~、フ、フ~♪」

「…………」


 何もない草原を、1台の馬車が行く。


「それで"クロウ"、次はどの街を滅ぼすんだ?」


 馬車を操作する男は、羊を思わせる巻角のデーモン。数百年前、この大陸を蹂躙し、統一目前まで人類を追いつめた伝説の魔王の転生体だ。


「まだ滅ぼすとは決まっていないから。"イグニス"。お前、本当に直情的になったよな」


 男の膝の上で鼻歌交じりに恐ろしい事を言い放つ少女。見た目こそ無邪気な黒髪の子供だが、その正体は竜人であり、大人の体や竜の力を発現させられる上位の幻獣人。彼女は前世で、絶対強者である魔王を相打ちまでもちこみ人類を救った勇者であった。


「ハハァ! わりと、元からだったはずだが?」

「あぁ~。言われてみれば、たしかに」

「だろ~」


 2人はまた、同じ時代、同じ大陸に生を受けた。再度、世界の命運を賭けて戦うかに思われた2人だが…………そうはならなかった。


 その理由は酷く単純。どちらも非人類、魔族側に生まれたからだ。もちろん前世から続く因縁はあるが、それはまた別の場所を向いていた。


「おっ、村が見えてきたぞ」

「あの村か? 燃えているように見えるが」

「奇遇だな。俺にもそう見える」


 地平線の彼方で、黒い煙がたち上がる。その煙は、煮炊きや製鉄の煙とは違う、雑多なものを無差別に燃やす炎が放つソレであった。


「人族を一番殺した生物は、何だと思う?」

「人族だろ? 同族で争う生物はそこそこ居るが、それでも人族のソレは特別激しく、何より醜悪だ」


 勇者と魔王は引き分けた。しかし人類は、指導者や戦士が死んでも直ぐに代わりを用意できるのに対し、魔族はそうもいかない。中でも種族を限定しないロード種は希少で、統制不能におちいった魔族を各個撃退する形で人類の勝利。世界は平和に…………はならず、金と権力をめぐって人類同士で殺し合いながら、徐々に支配域を拡大していった。


「……めて! ……子だけは、……は!!」

「知るか……! ……れば股を開……!!」


 村に近づき、その悲惨な光景が見て取れるようになっていく。


 踏み荒らされる畑。焼き払われる家々。殺し、犯し、弄ばれる命。それはまさに狂気。人類の中でも人族と呼ばれる種族は性格面の個体差が激しく、善にも悪にも容易に染まってしまう。


「まったく、これが私の守ったものだと言うのだから…………なっ!!」


 馬車から飛び降りるイグニス。体に炎を纏いながら、その黒髪を赤熱させていく。


「だから! 本気を出すなら、先に服を脱げって言ってるだろ!!」

「まだまだ、この程度が本気なものか」


 成人女性と思えるほどの体躯になったイグニス。彼女は竜人であり、炎竜の血が流れている。


「はぁ~。そうかもな」


 続いてクロウが馬車を下りると、その馬車は灰となって散っていく。それは彼が魔力で紡いだハリぼてであり、そこに乗せていた魔力を配収したため原形を保てなくなったのだ。


「なんだ、娼婦か? こんな田舎に…………ギャアァァァアアア!!」


 2人に気づいて近寄った賊が、火だるまになって転げまわる。あたりに肉の焼ける臭いが立ち込め、さらに賊が集まってくる。


「まさか…………悪魔か!?」

「道を開けろ。村長に…………いや、お前たち(賊)の代表も付いて来い」

「なぁ!? いきなり…………ギャアァァァアアア!!」

「わぁ、わかった! ボボボ、ボスを、今呼んでくる!!」


 2人は立ちはだかる賊を有無を言わさず殺していくが、それでも村を救う事はしない。それは2人が、人類に属さない種族である事を物語っている。





「まったく、なんでこんな大事な時に、魔族に出あっちまうかな」

「そそそそ、それで、高位の魔族様が、この村に何の御用でしょうか?」


 村の中心部は木製の質素な防壁で守られており、彼らはそこで決死の籠城戦を繰り広げていた。


 絶望と狂気が交差する戦場を、2人は涼しい顔で割って入り、絶対的な力でもって両代表を防壁の前の広場に引き吊り出した。


「俺たちはアイルベル山脈の死の谷に国を築いた。用件は1つだけ。我が国と交易を結ぶか否かだ」

「はぁ!? 魔族と交易だ??」


 魔族は基本的に生殖行為で繁殖しないので、家族以上の集団を形成するのは稀。そんな中で魔族が国だの交易だのと提案したのだ。これは奇跡であり、それと同時に人類存亡の危機となり得る事案であった。


「そそそ、それで…………もし、その提案を断れば?」

「今のところは何もしない。非友好勢力として数えさせてもらう」

「それは……」


 つまり『国交を結ばなければ見殺しにされる』となる。それならば結ぶしかないのだが、話はそれほど単純ではない。魔族は大昔、人類の尊厳を賭けて戦った宿敵であり、とくに悪魔と呼ばれる個体は醜悪で、ひとたび関われば死よりも辛い厄災が降り注ぐ。


「「………………」」


 必死に考えを巡らせる村長。しかしマトモな答えなどない。このまま籠城を続けて賊に嬲り殺しにされるか、それとも魂を悪魔に売るか、あるいは果敢に戦って誇り高く死ぬか。村がとれる選択肢は、この3つに限られる。


「すいません!!」

「「!!?」」

「個別に話し合う、時間をください!!」

「いいだろう」


 村長の娘と思しき人物が、会議に割って入る。本来はあまりよろしくない行動ではあるが、それでもこの状況を打破するには、それしか無いと思える行動であった。





「ボス、どうなっちまうんだよ!?」

「あの2体、多分、軍隊が束になっても倒せるかどうかってくらい強いぜ!?」

「だろうな」


 賊の襲撃は計画的な犯行であり、それは"商売"ともとれるものであった。


「くそっ! なんでこんな時に」

「やっぱり商会が裏切ったんじゃないのか!?」

「んなわけあるか。相手は悪魔だぞ」


 理不尽すぎる状況、不可解な魔族の目的、取引相手への不信感。何をするにも情報不足で、何よりその立場に、主導権が無さ過ぎた。


「まずは村の出方次第だな。しかし……」

「「??」」

「村が間違った選択を選べば、その代わりとして取り入るチャンスは、あるはずだ」





「やはりココは、形だけでも魔族に従うしかないだろ」

「いや、相手は悪魔だ。ここは潔く……」

「でも! まだあの魔族が悪魔だと決まったわけじゃ!?」


 娘の言う通り、魔族は多種多様。人類から見れば関りのある悪魔が目立ってしまうが、大半の魔族は関わりが希薄で人族のことは『数ある知性種の1つ』程度の認識しかない。


「良い悪いなんてない! 悪魔は悪魔だ!!」


 娘の意見を一蹴する村長。この国では、すべての理不尽は悪魔の仕業だと教えられる。たしかに悪魔は居る。そして人類と魔族が幾度となく争い、大勢の命が失われたのは事実だ。しかしながら"教え"と言うものは、往々にして都合よく書き換えられるものであった。





「お待たせしました。村の方針が、纏まりました」

「「…………」」


 村長の言葉を、その場に集まった大勢が見守る。


「魔族と取引したとあっては、この村は(国に)潰されてしまいます。ですから…………秘密裏に協力するのは、どうでしょうか?」

「その答えは、村の総意と受け取っていいのだな?」

「え? あぁ、はい! そうです」


 探せば反対する村民はいるだろう。しかし彼は村の代表であり、その言葉は『村の意思』として扱われる。


「わかった」

「では!」

「俺たちに助けてもらうが、国には言うな。そして助かったら国に泣きついて俺たちを討伐してもらう」

「「!!?」」


 心の内を見ぬかれ、狼狽える村長たち。そしてその姿を見て、目を輝かせる賊。


「俺たちは違うぜ! お前さんに協力…………グフッ!!? なん……俺…………で……」

「「ヒィェェェ!!」」


 割って入る賊の体が、陰に喰われていく。


「ちちち、違うんです! そんなつもりは!!」

「人族はもう少し、言葉や契約の重さを学ぶべきだ」

「待ってくだ…………ギャアァァァアアア!!」

「最初から、分かっていた事だがな!」


 それまで沈黙を貫いていたイグニスが、周囲の人を無差別に燃やし始める。彼女の前世は勇者だ。しかしその活躍は、この時代に語り継がれる事は無かった。もちろん彼女は、武勇伝を自慢したい訳ではない。


 彼女はただ、失望しているだけ。そしてより、正しいと思える存在に組みした。それだけの話なのだ。


「あまり燃やしすぎるなよ。お前の炎は、魂まで燃やし尽くすんだから」

「農家が残っていれば、それでいいだろ?」

「村の施設や畑も、お忘れなく」


 魔力で作った傀儡は、依り代が無いとすぐに朽ちてしまう。手間をかければ無機物を依り代にする事も可能だが、やはり手っ取り早いのは生者をそのまま素材にする方法だ。




 こうして村は、人族に代わって焦げたゾンビが治める事となった。

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