第6話 憧れ

女王蜂のHPは後半分にまで減っていた。その時、


 「キィィィィィィィィィ!」


 女王の雰囲気が変わったと思うと、


 斬撃、刺突が目に追えないスピードで繰り出される。怒涛の連撃。

 

 「雰囲気が変わった!」


 「第二形態だ.....!」


 レベルアップした<危機感知>のお陰で、致命傷は避けられているが、どんどんと体に傷がついていく。


 ピロン♪ピロン♪

<耐久Ⅲ>が<耐久Ⅳ>にレベルアップしました。


<痛覚遮断Ⅴ>が<痛覚遮断Ⅵ>にレベルアップしました。


 怒りに燃えていても、本気で殺しにかかってこない。相手は相当私達を下に見ている。


 そこに付け入る事ができれば....!


 だが、ナーフは<危機感知>も<耐久>も持っていない。これ以上攻撃を受ければ死んでしまう。


 「ナーフ、後ろに下がって!」


 「.....わかった」


 ナーフは背後に退き、魔法での援護へ移った。


 私は、女王の攻撃を走り回り、避け続けている。その隙にナーフが雷魔法を撃ってくれている。


 「サンダーボルト!」


 女王の素早さを持ってしても、雷の速さには勝てない。防御の体制を取るが、全くの無傷では居られない。


 「ギィ....」


 しかし、女王は攻撃を食らっても動きを止めることは無く、直ぐ様攻撃の体制に入るので、それ以上の攻撃はできない。


 シュッシュッ


 女王は細剣を巧みに使い、私に浅い傷を付けるに留めている。それでも、

 早く倒さないと、殺される前に失血死する。時間との勝負だ。


 女王は、魔法を使う程の敵でもないと言う様に、毒液も吐かなくなった。


 剣での一騎打ちだ。鞄から木の短剣を出した。使い方もさっぱりわからないが、護身用にナーフが作ってくれた。何も無いよりはマシだ。


 カッ


 初撃は何とか防いだ。


 ザシュッッ


 しかし、ニ撃目。攻撃を腹部に食らってしまった。剣の腕では勝てる筈がない。

 それでも、やるしか生き残る方法は無いのである。


 カンッカンッ


 わざと私の攻撃を受けているのだろう。攻撃した隙に背中を切り付ける事も出来るだろうに。


 時折、女王は目に追えぬ速さで四方八方から切り掛かってくる。舐めては居ても、時間が経てば勝手に死ぬ様に考えられている。


 カキンッ


 女王の体めがけて剣を振るうも、リーチも、技術も足りない。


 もう一度攻撃を加えようと振りかぶった時。振り下ろされた先に女王は居なかった。


 ブスッ


 音の聞こえた方を瞬時に振り返ると、ナーフの腹に細剣が突き刺さっている。女王はそれを捻り、ゆっくりと引き抜いた。


 弱き者を痛ぶるのを愉しむかのように。


 「ギギギギギッ!」


 笑っている。


 ナーフが、血を吐きながら、ゆっくりと地面へ倒れる。


 その瞬間、私の中で何かが切れた。


 「絶対殺すッ!!」


 無茶苦茶な剣筋で斬る、斬る。だが、女王には届かない。全て防がれてしまう。


 カンッカンッカンッ


 「ゼェ、ゼェ」


 息が上がり、動けなくなる。女王はおちょくる様に何もして来ず、じっと私を見つめている。


 「ギギッ」


 心の底から、ナーフを傷つけたコイツが憎い。でも、今の私では打つ手が何も....一刻も早く倒さないと、ナーフが死ぬ!!


 .......いや、本当に何も無いのか?


 剣の腕は勿論女王の方が上、このまま戦っても無惨に負ける。

 何か.....私でも出来る攻撃は.....!



 そんな絶望的な状況で、ある日の事が、走馬灯の様に思い出される。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 





 「お母さん。見て!凄いねぇ!」


 「そうね。滅多に見られない物だもの。しっかり見ておきなさい。」


 幼少の頃、母に連れて行ってもらった中国舞踊の舞台。


 今でも鮮明に覚えている。


 圧巻だった。優美な、長い袖、豪奢な扇。それを大きく広げて踊る様は、世界で最も美しいと称されるモルフォチョウの様だった。


 「きれい.....」


 舞台の上で踊るお姉さんは、キラキラと輝いていて、自信に満ちた表情をしていた。


 私もああなりたい。幼心に思った。


 そして、今。


 短剣を、あの扇子のように使えたら。

 炎の魔法を、あの袖の様に使えたら。


 過去の舞踊を思い描く。すると、体中に魔力が巡る感覚がある。体の中の魔力がどんどんどんどん膨れ上がっていく。


 ボゥッ


 もう体がはち切れると思った瞬間、短剣には真っ赤な炎が宿り、服には長い炎の袖が付いた。


 何方も超高密度の魔力。


 (綺麗.....)


 短剣に宿った炎は、あの日見た扇と同じ、形、色。全てを焼き尽くす様な炎の色。


 袖に付いた長い炎の装飾もまた、あの日見た衣装と同じ、燃え盛る炎の色だ。


 (<舞姫Ⅹ>)


 夢中だった。いつの間にか、最大までレベルが上がった舞姫を自然と選択して、子供の時に見た舞踊を真似する。


 ピロン♪

<舞神Ⅰ>が<舞神Ⅱ>にレベルアップしました。


 <舞姫Ⅹ>の効果により、踊っている時のみ、素早さは 84×4=336。


 四倍の速度になり、女王の素早さを上回った私は、女王と一気に距離を詰めた。舞姫は一秒間にMPを1消費する。今のMPは58。58秒で倒し切らねばならない。


 そうか、踊りに攻撃を混ぜれば良いんだ。


 私は、あの女性の様に踊れているだろうか?


 怒りは消え、ただ踊りを楽しんでいた。


 突然の敵の覚醒に、女王は防御が間に合わない。


 踊りながら炎の斬撃を次々と与えていく。あの日の女性はもっともっと輝いていた。


 女王の攻撃も、軽やかな宙返りで避け、空中で数回斬撃を加える。


 笑って、優雅に、華麗にただ舞う。


 もっと美しく踊りたい!


 炎を纏わせた攻撃は、食らった所から傷が広がっていく様だ。じわじわとHPが削られる攻撃に、女王の顔にも余裕が無くなっていく。


 さっきまで圧倒されていた女王に対して、何も思わなくなっていた。


 着地した後も、攻撃を緩めることは無く、何度も何度も高速の連撃で切り付ける。女王のHPはみるみるうちに減っていった。


 MPは残り 54/58


 HP 30/170


 「ギギギ.....」


 (楽しい.....何時迄もこうしていたい。)


 舞う、舞う。すると、女王は咆哮した。


 「ギィィィィィ!!!」


 <速度上昇Ⅰ>、<ポイズンⅧ>、<刺突Ⅶ>、<毒針Ⅹ>、<斬撃Ⅲ>


 女王は持てるスキル全てを発動させた。後ろへ大きく飛び、回避する。


 細剣には<ポイズンⅧ>による猛毒が付与され、擦れば死ぬ、最恐の剣が出来上がった。


 今度は私の番とでも言う様に、女王は全力で切り掛かって来た。


 炎の扇をくるりと動かし、全ての攻撃を弾く。それでも女王は攻撃をやめない。


 <速度上昇Ⅰ>で更に速くなった剣撃だが、私には及ばない。懐に入り込み、頭、腹、脚に一撃ずつ斬撃を加え、大きく背後へ下がる。


 「ギ.....」


 <速度上昇Ⅰ>、<斬撃Ⅲ>、<刺突Ⅶ>、<斬撃Ⅲ>、<刺突Ⅶ>


 これが女王の本気。最初からこの力で来られたら一瞬で決着は着いていた。だが、本気を出すのが遅過ぎた。


 MP 50/58


 女王は獲物だ・っ・た・者の成長を許してしまったのだ。


 「遅い」


 今度は、私が狩る側だ。


 炎を限界まで短剣に集め、空高く飛び、体を捻って回転して、女王の喉元を掻き切った。


 女王の頭が吹っ飛ぶ。


 女王は、鳴き声をあげる事もなく、最後までこちらを睨みつけながら、死んだ。


 短剣を握る手を見ると、短剣は、あまりの熱で燃え尽きてしまった。


 MP 48/58


 「鑑定」


<女王蜂クイーンビー>

・殺人蜂キラービー種を束ねる王。知能が高く、細剣を使いこなす。巣の蜂が全滅しなければ出てこないため、その針や、素材は高く売れる。


 ピロン♪

<鑑定Ⅱ>が<鑑定Ⅲ>にレベルアップしました。


 女王は、強かった。

 今回の戦いは、どちらが死んでいてもおかしく無いギリギリの戦いだった。


 ピロン♪

レベルが12→18に上がりました。


 ステータスウィンドウ

 名前 エリス・サラ

 年齢 15歳

 レベル 18

 スキル

 <鑑定Ⅲ><言語取得Ⅹ><舞姫Ⅹ><舞神Ⅱ><危機感知Ⅱ><痛覚遮断Ⅵ><耐久Ⅳ><突進Ⅱ><音速Ⅰ>

 称号

 「慈愛神の加護」「舞神の加護」

 ステータス

 HP 115/115 +59

 MP 111/111 +62

 攻撃力 122 +55

 防御力 122 +55

 素早さ 152 + 68

 精神力 139 +60


 状態 出血


 女王との死闘が、ようやく終わった。





ーーーナーフ視点


 


 女王のHPは半分まで減っている。このままいけば、勝てる!


 僕は、女王はもう撃つ手がないと、油断していた。


 「キィィィィィィィィィ!」


 女王のオーラが急に変化した。


 「雰囲気が変わった!」


 「第二形態だ!」


 女王の突きや斬撃のスピードがグンと上がる。

 エリスは初めて見る光景に驚いていた。しかし、<危機感知>を駆使し、ギリギリで攻撃を避けれている。


 名前持ちネームドの魔物が、こうもあっさりやられる筈は無かったのだ。


 「ナーフ、後ろに下がって!」


 しかし、僕は攻撃を避けきれず、負傷してしまった。

それを見たエリスが、僕に後ろへ下がるよう言う。


 僕が後ろに下がるべきなのを頭では理解する。しかし、エリス一人に前衛を任せるのは、途轍もなく悔しい....!!


 「.....わかった」


 エリスが死に物狂いで戦っている後ろで、安全な場所からただ魔法を放つだけの、僕の弱さに反吐が出る。


 「サンダーボルト!!」


 魔法も、一瞬女王の動きを鈍らせるだけに過ぎず、エリスに攻撃する隙を与えてあげられない。


 僕は魔法だけが取り柄なのに。何も出来ず、家からも勘当され、た無能な僕に出来るのは、魔法だけなのに。


 (悔しい....ッ!もっと力が有れば!)


 すると、女王が毒液を吐くのを辞めて、剣だけを振るっている。エリスは、僕が作った短剣を取り出して、応戦し始めた。


 明らかに有利なのは女王蜂だ。しかし、エリスも必死で食らいついている。


 フッ


 女王が視界から消えた。エリスも戸惑っている。一体....


 ブスッ


 お腹が、熱い。


 腹を見ると、細剣が突き刺さって、血がぼたぼたと垂れていた。エリスがこっちを引き攣った顔で見ている。

 

 「ギギギギギッ」


 女王は僕から細剣をゆっくりと抜き、エリスの方へ戻って行った。


 (あぁ。また、僕は足手纏いの、守られる立場なんだな。)


 体の感覚が無くなっていく。刺された所だけが、燃えるように熱い。


 「絶対殺す!」


 エリスは、僕の為に怒ってくれている。嬉しいよ。でも、そんな事しないで、僕の事を置いて逃げてほしい。足手纏いの僕なんか.....


 「ゼェ、ゼェ」


 怒りに任せた無茶苦茶な太刀筋で女王に切り掛かっていたが、息が上がった様だ。でも、女王は何もせず、エリスを見ている。すると、エリスの肩の上下が止まった。


 エリスの魔力が異常なほど、どんどん高まっていく。


 次の瞬間、持っていた短剣には鮮やかな赤色の炎が宿り、扇の形になった。更に、服には、同じく鮮やかな赤色の長い長い袖が付いた。


 エリスは目にも止まらぬ速さで女王と距離を詰め、見た事の無い異国の踊りを舞っていた。咄嗟のことに、女王は防御も出来ず、エリスの攻撃を全て食らう。


 (綺麗だ.....)


 女王が攻撃しても、エリスは華麗に避け、逆に何度も斬撃を加えていた。さっきまで圧倒されていたのが嘘の様に、女王のHPはどんどん減っていく。


 笑いながら踊るエリスは、自身にも炎を宿したかの様に、緋色に輝いていた。


 「キィィィィィ!」


 女王が今更本気を出そうが、エリスの勢いは止められない。女王の頭が宙に浮いていた。


 でも、僕はもう眠いや....


 エリスは、ただひたすらに綺麗だった。最後に見れたのがエリスの踊りで、良かった。


 でも、僕もあんな風に誰かを守れる様になりたかったな....


 目を閉じかけた時、頭の中で音が鳴り響いた。


 ピロン♪

レベルが6→12に上がりました。

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