第3話 特攻隊志願

子どもが入隊すると、二カ月後から面会が許されると聞いていた両親は、秋が深まる十一月上旬、金沢駅から普通列車で上野駅まで行き、そこから山手線、中央線を乗り継いで八王子まで行き、武が訓練している八王子予科練の施設まで出向いた。

母は、武の好物の牡丹餅を拵えていた。隊門にいた番兵と衛兵伍長に息子の名を告げ、石川県から来たことなど、事情を話し、

「ぜひ面会をさせて欲しい。」

と頼んだが、里心が着くと思われたのか、なかなか首を縦に振ってはくれなかった。

「一目会わせてくれ。このままでは金沢へ帰るに帰れんがや。」

と、母が作ってきた牡丹餅を見せながら、土下座し、涙ながらに頼んだ。すると老夫婦の細い涙に憐情を催したのか、隊内案内役の班長を呼び、見学と言う名目で、面会ができるよう計らってくれた。

班長が兵舎まで案内してくれ、牡丹餅と一緒に分隊士室へ入れてくれた。そこには、七つボタンの制服に身を包んだ武が既に待っていてくれた。別の人間が、すぐに呼びに行ってくれたようだった

分隊士が気を利かせ出て行ったが、武の態度はそっけなく、石川県から一日かけてやってきた両親に対して、進んで目を合わせようともしなかった。とはいえ、父母も息子の元気な姿を見るだけで十分だった。

「母ちゃんの牡丹餅をあるぞ。食わんけ。」「いや、いらん。」

武はどれだけ勧めても最後まで口に入れようとはしなかった。見張りでもいたのかもしれないが、分厚い壁を感じる武の態度に最後、母は泣いてしまった。

十分も過ぎた頃、

「時間です。」

と、分隊士が呼びに来てしまったため、面会時間は終了となった。午後の訓練が始まっているとのことで、武はさっと敬礼をして、早くも兵舎を後に駆け出していった。

せっかく作ってきた牡丹餅は、とうとう食べてもらえなかったので、お重ごと分隊士に差し出した。分隊士は預かります、と短く返事をした後、すぐに両親を隊門まで案内した。あの牡丹餅は武の口には入らず、お偉いさんの口に入ってしまうのか、と思うと、とうとう父の目にも涙が浮かんだ。

 武から直筆の手紙と小包が届いたのは翌年の夏であった。

 手紙には、予科練としての教育は順調に進み、翌年二月初めには第一学年の課程を修了したこと、すぐに第二学年に進み、操縦術と偵察術の専攻に分かれての勉学が始まったことが書かれていた。そしてこの夏、特別攻撃で敵軍に体当たりにすることになり、国のために散ることができる喜びに打ちひしがれていると綴られていた。結びに、今日まで育てて下さってありがとうございました、とあり、もう必要はないからと丁寧に畳まれた衣類が入っていた。生きて金沢に戻ることがないと、几帳面な文字でつづられた文章に、強い意志を感じた両親は、

「まるで自殺するもんの遺書や。」

と言い、武の衣類を抱いたまま慟哭した。

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