第45話 新しいクエスト配布NPC(下)
ピエロの大きな声の後に人形たちはカタカタと動き出した。左腕に銀髪で青い瞳の可愛らしい人形を抱えた女の子が目元に右手を当てている。男の子は心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
「ぐすっ、ぐすっ……。お兄ちゃん、どうして、お人形さんは笑ってくれないの? 私のことが嫌いなの? 」
「そんなことはないよ。ほら、魔法の人形は手をぎゅっと握っているよ」
「でも……私はこんな冷たい顔のお人形は嫌なの。この子の笑顔が見たいの」
「人形が笑わないのは……『心』がないからだよ」
「お兄ちゃん、人形の心はどこにあるの? ぐすっ、ぐすっ……うわああんっ」
ザザザザザッーーザザザザザッ……。
「あぁ、人形の心はどこにあるのでしょう? 妹は笑わない魔法の人形を嘆き、ずっと泣いています」
舞台にせり上がった宝箱の蓋が開いた。男の子が箱に頭を突っ込んでゴソゴソと何かを探している。ピエロは明るい声で話の続きを喋り出した。
「どうやら……兄がおもちゃ箱から良いものを見つけたようです。ジャジャーン! 」
銀色のハート形をした小箱を男の子が観客に見えるように両手で掲げた。ライトに照らされてキラキラと輝いている。
「******の玩具箱から、こんなものを見つけたよ。これを魔法の人形の胸に入れてみよう」
「お兄ちゃんが怪物退治のときに見つけた******の玩具箱? 」
「そうだよ。中にはいろんな宝物が入っているんだ。きっとこれもすごく良いものだよ! 」
「キラキラ光っていて素敵ね。お兄ちゃん、お人形さんの胸に早く入れて! 」
男の子が女の子に近づくと、ハート型の銀箱はすぅっと……人形の中に吸い込まれるように消えてしまった。どうやって消したのだろうか? そう思う暇もなくピエロが大きな声を張り上げた。
「すると、何ていうことでしょう! 魔法の人形はにっこりと微笑みながら、妹の手を握ったではないですか! 」
パンッ! パンッ! パンッ!
数個のクラッカー音が鳴り響き、ピエロの周辺に紙吹雪が舞った。銀髪の人形はぐんぐんと大きくなって、背丈が女の子の半分ほどになった。床に立った人形はピエロに操られることなく、スカートのすそを両手でつまんで会釈をしている。
「****、いつも遊んでくれて、ありがとう」
「お人形が笑った! お兄ちゃんありがとう。なんて素敵な笑顔なのかしら! あぁ、嬉しいわ。あなたを妹のようにずっと可愛がるわね」
女の子はぎゅうっと人形を抱きしめた後に手を握った。
「お人形さん、一緒にこっちに来て! ******のおもちゃ箱に姉妹の証が入ってるはずよ」
青い物体が空中に2つ、宝箱からポンと浮かび上がった。舞台まではかなり離れているというのに、なぜかそれがドロップ型の青い宝石が付いたイヤリングだとすぐに分かった。
「ーーほら、あった! このサファイアの耳飾りの1つをあなたの耳につけてあげるわ。もう1つは、わたしに耳にーー。これで今日からわたしは、あなたのお姉ちゃんよ! 」
「****お姉ちゃん。大好きよ」
「わたしもあなたが大好きよ」
楽しそうに踊っている彼女たちの前で男の子は自分をアピールするように両手を大きく広げた。
「この人形に名前を付けてあげようよ! 」
「大丈夫よ、お兄ちゃん。もう名前は決めてあるの。それはねーー」
ザザッザザザ……ザザッザザ……ザザザッ。舞台が一瞬にして暗くなると同時に足元が崩れた。ぼやっと光っている赤いシートの観客席が暗い穴に吸い込まれるように落ちている。落下するときに感じるゾワッとした感覚と恐怖心が全身を襲った。
「ぁああ! うわああああああ! 」
コーコッココココ。コケッ、ココココッ。
自分の悲鳴で目が覚めたマキナは額から流れる汗を拭った。大樽の上に腰かけた状態で、動悸が止まない心臓を落ち着かせようと、握りすぎてしわがついたTシャツの胸元を左手で掴んだ。
「っつ……。頭がーー痛い」
ズキンズキンと脈打つようにひどく痛むこめかみを、思わず両手で押さえた。鶏の声と犬のスピスピという寝息を聞きながら、物事を考えられるぐらい和らぐのを待ったーー。
「……なんか変な夢を見ていた気がするーー」
思い出そうとした途端に、顔をしかめるほどの激しい頭痛に襲われた。無理に思い出す必要はない、腑に落ちない感情も無理やり捨てよう……自分にそう言い聞かせると、すぐさま、ミントのような爽やかな清涼感を覚えてーー痛みが引いていった。
安心して顔を上げると、白い柵に囲まれた畑が瞳に映った。農夫NPCがため息を吐きながら畑を荒らすカラスを眺めている。
「この風景は見覚えがあるな……。ここはインデン? ゲームを始めたばかりのころに、農夫にはお世話になったけど。なんでこんな所に……俺はガロンディアにいたはずなんだけどな。バグか何かで飛ばされたのか? 」
大樽から降りて、膝に乗せていたアンティーク調の茶革トランクケースを地面に置いた。何かがおかしいと感じて、自身をぺたぺたと触って身体検査をしている。右手の甲に見覚えが無い青いタトゥーがある以外は身体については大きな変化はないように見えた。だが、いつも身に着けていたウエストバッグとスマホが見当たらない。
他に気になる点といえば『急がば回れ』というTシャツにべったりと付いていた赤いキスマークが消えていたことぐらいだ。
「間違い探し的な違いはあるが、これも不具合の一環か? こんなトランクケース、このゲームにあったっけかな……」
トランクケースを大樽に乗せて、カチッと金の金具を外して開けると、黒革の手帳がぽつんと1つだけ入っていた。他には何もない……。不思議に思いながら、手に取った手帳をパラパラとをめくってみたが、何も書かれていなかった。使い道もよく分からずマキナは途方に暮れた。
「これはヤバイ……。スマホが無いってことは、ディグダムさんと同じように、ログアウト出来なくなったってことだよな。しかも一銭も持ってないから、乗合馬車にも乗れないじゃないか。早くルーの安否を確かめたいのにーー」
寝そべっていた茶色い犬が立ち上がって農夫の方に歩いている。マキナはそれを眺めながら困った表情を浮かべて、大きなため息を吐き出した。
「今回の大型アプデはバグだらけだなーー。仕方ないヘルプセンターに……って閉鎖されてるんだっけ? 」
それは本当なのだろうか? マキナは脳裏に現れた疑問と書かれたうちわをくるっと回して、猜疑心を表にするとパタパタと仰いだ。ーー百聞は一見に如かず……人の話を鵜吞みにしないで自分の目で確かめよう。黒革の手帳しか入っていないトランクケースを持って、インデンの街の中心部にあるヘルプセンターを目指した。
「ねぇ、ミキちゃん。みてみて。絶対そうだってーー」
「でもさぁ、ニナちゃん……プレイヤーっぽくない? キャラ名称が出てないしぃ」
「ほら、右手に青いタトゥーがあるじゃん。アプデ情報アプリのヒントに出てるよ」
「ホントだ。えっとユニークNPCがプレイヤーに混ざって隠れているよーーか。ふむふむ……」
「かくれんぼシステムなんだってさ」
「見つけ出さないとクエストもらえないんだ? 」
「ねぇ、行ってみようよ」
「うん、わかった。人違いだったら、『ごめんなさい』って謝ればいいよね」
バレンタインイベント限定の羽付きリュックを背負った女性プレイヤーたちが、意を決して駆け出した。彼女たちは目標の人物の進路を塞ぐように立ちはだかったが、少し顔を赤くしてもじもじし始めた。この期に及んで人違いだったらどうしようと心配しているようだ。
「ミキちゃん、ほら早く言ってっ」
「えっとぉ、あのぉ。『私と一緒にあそびましょ』」
「は? 」
逆ナンパのような言葉に驚いたマキナは思わず1歩、後退った。マキナは何が何だか分からず、キョトンとしたまま、石のように硬直してしてしまった。しばらくの間、沈黙鳥が飛んでいるような光景になっていたが、頬をひくつかせながら、お揃いファッションの彼女たちに目を移した。
「えっと、申し訳ないけど遠慮します」
「あれ? ニナちゃんどうしよう」
「キャラごとに合言葉が違うみたいだよ。ミキちゃん、ほらスマホ見て」
「あの……すみませんが、急いでるのでーー」
「あっ、待って!! 」
立ち去ろうとするマキナの右腕をニナが両手でがっちりと握りしめた。これも大型アップデートの一環なのだろうか……スマホの情報アプリを見ていないマキナはさすがに困惑した。腕を振り払いたいが、女性相手に手荒なことをしたくない。
どうしようかと考えている最中に、スマホを眺めていた女性プレイヤーのミキが口を開いた。
「えっと、えっとーー『怪物退治はお手のもの』」
その言葉を聞いた途端に……マキナの視界が急に暗くなった。何も考えることができず、思考も身体も停止している。自分と言う存在が宙に浮かんで、スクリーンで映画を観ているような感覚に陥った。
ニナは腕を掴んでいた相手が光輝く様に驚いてパッと手を放した。合言葉を発したミキと同じく大きな瞳を見開いている。
「ミキちゃん、変身したよ! めっちゃカッコイイ! 」
「ニナちゃん、やっぱり笛吹ヴィータだったんだよ! 」
「変なTシャツ着てたから違うかと思ってたけど、当たりだったんだね」
「うんうん。変なTシャツだったけど、変身後は超かっこいい! 」
彼女たちは押しキャラに出会ったときのようにキャーキャーという黄色い声を上げた。その声を聞きつけたプレイヤーがヘルプセンター前にいる笛吹ヴィータの元に続々と集まってきた。笛吹ヴィータは彼らが自分の元にやって来るのを待っているのか、優しく微笑んだまま立っている。
「笛吹ヴィータだって? 」
「ホントだ! 」
「クエストもらおうぜ! 」
「やっば、イケメン貴族じゃんっ」
「見つけた奴、お手柄だな! 」
初めて登場するユニークNPCをひと目でも見ようとさらにプレイヤーたちが詰めかけた。瞬く前にインデンの街の中心部は人で溢れかえり、『わあっ』という歓声と同時に拍手が沸き起こった。
誰もが見守る中、笛吹ヴィータはとても優雅で流れるようなお辞儀を見せた。左手を背中に回して、大きな羽付き帽子を頭からスッと右手で取る姿に、多くの女性プレイヤーたちが見惚れていた。熱がこもったような小さなため息があちらこちらから漏れている。
顔を上げた笛吹ヴィータは魅了魔法を使っているのではないかと思えるほどの、魅惑的な笑顔を振りまくと、おもむろに口を開いた。
「こんにちは、冒険者さん。見つけてくれてありがとう。私からの依頼を楽しんで下さいね」
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