第34話 扉が開かない家
不機嫌そうな声の主はコートのフードを被ったまま、銀縁の眼鏡の奥にある目をしかめていた。ディグダムは自分が待っていたルードベキアに会えた嬉しさで顔をほころばせたが、魔法壁から出て大丈夫か迷ってしまった。結局、レイピアを構えているザイガンが気になって、そのまま喋り出している。
「魔具師のルードべキアさんですよね。俺は萬屋商会のーー」
「訪問先の家に解錠スキルを使うのが、君たちの道理なのか? しかも壁の向こうから挨拶とは……失礼にも程があるぞ」
ディグダムは言葉に詰まった。これにはぐうの音もでない。慌てたように魔法壁から飛び出して、誠意を見せなければと謝罪の言葉を必死に並べている。
楽しい対人戦が始まろうとしていたというのに、新たなプレイヤーの出現で興が削がれたのか、ザイガンは面白くなさそうにレイピアを鞘に納めた。この場を去っても良かったのだが、最大レベルの10である解錠スキルで開かない扉が気になって、ぺこぺこ頭を下げているディグダムを横から突き飛ばした。
「おい、なんでこのドア開かねぇんだ?」
ザイガンはルードベキアのコートの胸倉を両手で掴んで、自分とほぼ同じ背丈の彼を乱暴に引っ張った。
「黙ってないでなんか言えよ? 俺の解錠スキルはレベル10だぞ。おかしいだろ? 」
「手を放してくれないか? 」
「はぁ? これレンタル別荘だろ、どんなチート技を使ってんだよ。職人なら職人らしく、お客様である、ハンター様を敬えや」
「あんたね、黙りなさいよ! ってか、ルードベキアさんを離しなさいって! ーーきゃぁ」
ルードベキアを助けようと立ち向かったイリーナの言葉はザイガンに届くことなく、しかも軽くポンと突き飛ばされてしまった。コロンと草むらに転がった彼女はぶつけた肘を擦っている。
「イリーナ! ザイガン……貴様! 」
狼藉者を押さえつけようと伸ばしたディグダムの手を、バチンと右手で払ったザイガンは彼らから距離をとってレイピアを抜いたーー。
ディグダムはルードベキアからザイガンを引きはがすことに成功したが、武器を抜いているシーフ職相手にどう立ち回ればいいのか、皆目見当もつかない。目をザイガンに向けたまま、カバンの中を手探りで使えそうなアイテムを探した。
ーーくそっ。このままじゃ、まずい。何とかザイガンを抑えないと……。
職人クラス対ハンタークラスという、ついさっきと同じような構図にディグダムは焦りを募らせた。そんな彼とは裏腹にザイガンは楽しそうな笑みを浮かべて、相手を馬鹿にするようにレイピアの刃先でくるくると小さな円を描いている。
「ルーなんちゃらさんよ、課金にも防犯扉なんてないんだぜ。どうやったんだぁ? 」
ザイガンはレイピアを構えながら、立っているだけで何も言わないルードベキアにゆっくりと……近づいて行った。
「おいおい、びびってねぇでさ。種明かしをーー」
「いい加減にしろ!! 」
大きな怒鳴り声に怯んだのか、ザイガンが後ろに飛び退いた。眉間に大きな縦溝を作って舌打ちをしている。ディグダムは安堵したように息を吐き出しーーいつでも対人リフレクトスクロールを落とせるように、ザイガンを警戒しながらルードベキアに話しかけた。
「すまない、このシーフのザイガンは護衛として雇ったんだが、いろいろあってパーティから離脱したんです。俺たちの商会とは関係なくてーー」
「もう帰ってくれ……」
凍結光線が出ているんじゃないかと思うぐらいの冷ややかな視線に、ディグダムは硬直して何も言えなくなってしまった。おろおろしているうちに、ルードベキアはテレポートスクロール使ってザイガンの横を通りすぎると、青い扉を開けて家屋の中へ入っていった。
ザイガンは家屋への進路を邪魔するように立ち塞がっていたのに関わらず、見くびっていた相手に難なく通り抜けられた上に、扉を鍵で開ける仕草がなかったことに激しい憤りを感じた。レイピアを風切り音が鳴るほど振り回して、顔を紅潮させている。
「なんだそれ、どういう仕組みだよ! 教えろ! 」
青い扉に向かって思いつく限りのありとあらゆる暴言をザイガンが叫んでいる。さらにシーフ職のスキル解錠を
「フィールドだと来るまで5分かかるけど、現行犯逮捕してくれるんじゃないかな」
2人が携帯をごそごそとカバンから取り出している間にーーザイガンが家屋にグレネード投げつけた。凄まじい爆発音と爆風が巻き起こり、イリーナとディグダムは思わず耳を押さえた。
「な、なんなのよっ。あいつ、馬鹿じゃないのっ! 」
「イリーナ、大丈夫か? ーーなんだこの音……」
ディグダムは警告を促すようなスイープ音にぎょっとして家屋に目を移した。特に変わった様子は見受けられない。何が起こるんだと身構えていると、公式萌えキャラアイドルらいなたんの可愛い声が聞こえてきた。
「ーーみんなぁ、いいかなぁ? さん……にーいちぜろぉ! 」
「ちょっ。3の後がめっちゃ早すぎない!? 」
すぐにツッコミをいれたイリーナはディグダムに笑顔を見せていたが、地面から出現したタレットに気付いた途端に顔面蒼白になった。逃げようと言いたいが言葉が上手く出てこない。意思表示をするために、目を大きく見開いているディグダムの腕をバンバンと叩いた。
樹木の枝にスナイパーライフル、青い扉前にアサルトライフルが2丁、計3丁の銃器が獲物の頭部に赤い点を照らしている。
「防衛タレット!? 」
ザイガンの脳裏にメンテナンス後に追加されたという防衛システムのアイテム情報が一瞬で流れた。
ーーリアフレが言ってたトラップ型か!
流石に分が悪すぎる……。ザイガンはスキル隠密を発動しようとしたが、ひと足遅かったようだ。悲鳴を上げる間もなく、頭部に銃撃を受けて身体が分解されてしまったーー。
愕然としているディグダムとイリーナの足元に、直径2メートルほどの赤いマーカーが照らされている。
「イリーナ逃げろ! 」
彼らは脱兎のごとく駆け出した。それはもう必死過ぎるぐらい、必死で両腕を大きく振っている。背後でミサイルが発射されたような音が聞こえたが、振り返らずに2つの赤いマーカーの間を通り過ぎた。
マーカーに落ちたミサイルが戦争映画のワンシーンのように爆発した。爆風が地面をえぐり土埃と石が周囲にまき散らされーーディグダムとイリーナの頭にパラパラと砂や小石が落ちている。
さらに真後ろに落ちたミサイルの爆発で2人の身体がふわっと前方に押し出された。
「うああああ! 」
「きゃあああ! 」
ディグダムは上手く着地出来たが、イリーナはつんのめって転んでしまった。
「イリーナ、大丈夫か! 俺の手に掴れ」
「ありがとぉ。ーーぅああ、ディグやばい走って! 」
ちょうど後ろを向いていたイリーナの目に新たなミサイルが発射する瞬間が映った。ディグダムに手を引っ張られながら、ぜぇぜぇと肩で息をしている。乱暴を働いたザイガンを雇ってしまった萬屋商会の落ち度を、ルードベキアは責めているのかもしれないが、これはあんまりじゃないだろうか。
デスリターンだけは嫌だ……せっかくここまでキャラクターが育ったというのに、ペナルティを受けるなんか冗談じゃない。イリーナは涙目で走り続けた。
「これ、どこまで追ってくるのぉぉぉ」
「イリーナ、あそこまで走れ! 境界線が見える! 」
ディグダムとイリーナは戦闘テリトリーの境界線を過ぎてすぐに、座り込んだ。無事に切り抜けたことを喜び、歓喜の声を上げている。
「無傷だよ、奇跡だ! 本当にビックリした! ディグ、あんな防衛タレットがあるんだね」
「俺も初めて知った。新しく追加されたやつかもしれない」
「ねぇ、ディグ……。ルードベキアさんを怒らせちゃったみたいだね」
「そうだな……。マキナさんに連絡しよう。きっと誤解を解いてくれると思う」
「それにしてもさ。高価な課金防衛アイテムさまを体感できたなんて、なかなかないよね」
「……俺は、2度とごめんだ」
「あはは……。そうだよね」
ディグダムは力なく笑うイリーナの背中をやさしくポンポンと叩くと、険しい表情でスマホを握った。やっと魔具師ルードベキアと会うことが出来たというのに、あのシーフに全てを台無しにされるとは……。ディグダムは己の不運を呪って、がっくりと肩を落とした。
「イリーナ、冒険者ギルトにザイガンの暴挙を報告しよう」
「私はヘルプセンターに行って運営に通報するよ」
彼らは移動石ではなく、戦闘中でなければどの街にでも瞬間移動できる商人職の固有スキルーー宝船を使って、ランドルの街に戻っていった。
その頃ルードベキアは円形の家屋の前で組んだ手を上にあげて身体を伸ばしていた。小さなシルエットにしか見えないモンスターたちをしばらく眺めていたが……くるりと振り返り、青い扉前にある2丁のアサルトライフルに目を移した。
「あのシーフは自業自得だとしても……少しやりすぎたかな? 」
右手で頭をポリポリと掻いて、ずり落ちそうな伊達メガネを左手の中指で少し上げた。
「このホーミングミサイルは、派手な割に性能と威力は低いけど……映画みたいな光景になって面白いな。ーー脅し用にピッタリだ」
ルードベキアは鼻歌交じりに防衛タレットを次々に回収し始めた。銃器の上にある赤いボタンを押せば、ピンポン玉サイズのカプセルに収納されて、スマホの防衛システム専用アプリのインベントリに送られる。使う時はそのカプセルを任意の場所に落とすか投げれば設置出来る。
どんな場所でも使えると思って、昨日から1週間レンタルにしたが、仕様説明を改めて読んでがっかりしたような声を出した。
「ホーミングミサイルって工房塔だと使えないじゃん……。よくよく考えたらあんな狭いところじゃ無理があるか。マキナがいればなぁ、フィールドで遊べるのに……。非常に残念だ」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこにいってしまったのだろうか。そう思うほどの穏やかな日差しの中で、ルードベキアは腕組みをした。壁が水色で屋根が赤い家屋を少し左に首をかしげて眺めている。
「これがレンタル別荘だって? 」
フフッと笑った後に、ドア横にある持ち主にしか反応しない収納ボタンを押した。家屋はしゅるるると小さくなって、スマホに吸い込まれるとーーインベントリの騎乗アイテム一覧に収納された。
以前、ルードベキアは闇商会に雇われた護衛という名目のプレイヤーたちに拉致されたことがあった。寄ってたかって殴られた上に、高く売れるものをどんどん作れと彼らに脅された。警察のヘルプコールを使おうとしたものの、喉元にダガーの刃を押し付けられて、スマホ取り出すどころか、どうすることも出来なかった。
マキナがミンミンやボーノたちを引き連れてルードベキアを救出したが……冒険者ギルドと警察署は動いてくれなかった。防犯カメラの映像やカメラマンNPCの写真などの確実な証拠がない限り、プレイヤー間の争いごとには関与できないらしい。
そんな経験から、ルードベキアはよく知らない商会と1人で会うのは危ないと心から実感した。その後はマキナかカナリアに同行をお願いしつつ、どうしても彼らと時間が合わない時や不測の事態に備えて、防御力が高くてすぐに逃げ込めるような騎乗アイテムを開発しようと奮闘した。
そして、このハウス型騎乗が出来上がった。
喜び勇んでフィールドへ行ったというのに……家屋の重さでタイヤが潰れて走行できず、ルードベキアはかなり落胆した。気を取り直して実施した防御力実験は、マキナやカナリアの攻撃を受けても壊れないという、驚きの結果だった。
これは本当に騎乗なのかと笑いが漏れる中、スキル鑑定眼でプロパティを覗いた銀の獅子商会の団長リディは防御力数値に驚いて、しばらくの間、口を開けたままだった。ということは……通常の騎乗よりも非常に優れた防御力があるのは明らかなようだ。
「いくら防御が高くても、走行できないハウス型なんて使い道ないだろ」
実験を手伝ったマキナが呆れ顔でそんなことを言っていた。彼はタオルやハンカチを出さずにTシャツで顔の汗を拭っていたのだが……確かあの時の柄は、蓋つきのごみ箱からはみ出た魚の尻尾をかじっている猫で『ここに美味しいものがある』と書かれていた気がする。
ルードベキアは思い出し笑いをしながら、眩しそうに目を細めて、西に傾いた疑似太陽の光を右手で遮った。
「マキナ、走行できなくても役に立ってるよ」
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