第30話 ずばっと、ばしゅっと、ボタンをドーンだっ!

 紫色をしたハート型の『怨恨』を打ち破ったことで、全ての石造りの祠も石畳みの中に消えてしまった。まだ生き残っている小型モンスターのアイゾウたちを防ぐのにちょうど良いと思ったのに……。ルードベキアは残念そうにつぶやきながら、リフレクトスクロールを足元に落とした。


 4つのドーム型の魔法壁が千切りパンのようにぴったりとくっついている。


 その中から、マキナはヴィーナスの弱点属性を検証していた。ディスティニーがスマホのメモアプリでマキナが言う数値をメモっている隣でアイノテが弓スキル連射を発動している。


 カナリアはアイゾウたちにダガー2本の柄尻を接続した飛来刃を投げつけていたが……幼子のように鼻をすするカナデが気になって手を止めた。カナデは涙をこぼさないように口をへの字にして、我慢をしているようだった。時間がたてば白虎は元通りの姿に回復するーーミンミンが言った言葉を心でつぶやいている。


 誰がどう見ても……カナデがショックを受けているのは一目瞭然だった。胸が痛くなったカナリアはそっとカナデを抱き寄せて、幼子を慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。


「カナデ、マッキーが弱点属性を見つけたら、一緒に白虎の仇を討とうね」

「うん、うん。……カナリアさん、僕は白虎のために頑張るよ」


 カナデはカナリアを心配させまいと笑顔を見せて、片手剣の柄をぎゅっと握りしめた。少しだけ雰囲気が和んだ場にマキナが右手で頭を掻きながらヒョイっと割り込んだ。


「え~っと……ちょっといいかな。あいつ水に弱いみたいだ」


 アイノテがいそいそと武器を弓からヴァイオリンを変更している。ルードベキアは考えるようなポーズをしていたが、決心したような表情を浮かべて、スマホのインベントリの消耗品からピンポン玉サイズの紙を7枚取り出した。


「水属性の武器がある人はチェンジよろしく。無くても僕が取って置きを出すから問題ない。アイノテさん、属性ダメージダメ増加の曲お願いしますね」


 アイノテがヴァイオリンで精霊の歌を奏でている間に、ルードべキアは青い線で魔法陣が描かれた紙をメンバーに見せた。初めて見るアイテムに目を丸くしているカナデに微笑みを向けながら説明を始めた。


「これはエンチャントシールって言うやつで、貼ると10秒後に、水属性ダメージボーナスが攻撃に乗る魔法が発動するんだ。持続時間は1分。……販売していないやつだから、他言無用でよろしく」


「ルードベキアさん、これ売ってないの? 」


「そうだよ、カナデ。つい最近、僕が開発したやつだからね。しばらく様子見してるんだよ。だから、秘密厳守だっ」


 口を両手でパッ抑えたカナデの肩に、ポンと左手を置いたカナリアが先生に質問する生徒のように右手を挙げた。どのくらいダメージボーナスが増加するのか気になるようだ。だが、ルードベキアは……なぜか正確な数値を言いたがらず、使ってみれば分かると言って言葉を濁していた。


 ペタペタと手の甲にシールを貼って準備が整った彼らは、消えかかっている魔法壁内で円陣を組んだ。


「では……れでぃごうれいっ! 」


 アイノテの合図に笑いを漏らしながら、カナデはスキル俊足で加速しているカナリアの背中を見ながら走った。レベル30台の自分の攻撃は、レベル52と表示されているボスに通用しないと分かっている。しかし……ボスに1撃入れたい! という思いが自然と足を動かしていた。


 水属性の音符が滝のように女神ヴィーナスの頭上に降り注いでいる。身を清めたまえ! とアイノテのいう声が響く中、ルードベキアが撃ったロケット弾が彼女の後頭部で爆発した。豊かな髪を肩から胸元に垂らしているヴィーナスは大鎌の刃をボーノに叩きつけた後に挨拶をするように左手を軽く挙げた。


「手下を召喚する気か! 」


 やっとアイゾウたちはほぼいない状態になったというのに……面倒くさいことになりそうだ。ボーノが大きなため息を吐き出していると、急にヴィーナスが左腕をだらんと垂らした。小さなつぶらな瞳にもはっきりわかるぐらい腕に亀裂が入っている。


「モーションカット、なぁあいす! 」


 ボーノの雄たけびのような声援を聞いたディスティニーはにっこりと微笑んだ。日本刀のスキルで手下召喚のモーションカットに成功してほっとしている。


 サムライ職専用の武器である日本刀の攻撃スキルは至近距離が多いが、1つだけ射程距離がほぼないものがあった。対象から離れれば離れるほどダメージが高くなる斬刃を放つスキル斬撃。突如湧いてくるモンスターから遠距離プレイヤーを守る役割を担当した時、彼らの傍にいながらボスに高ダメージを与えることができる便利なスキルだ。


 このスキルだけでダンジョンをクリアするという遊びがサムライ職プレイヤーの間で一時期、流行ったことがあった。探索する場所にもよるが、なかなか鬼畜で楽しいらしい。もちろん、ディスティニーもその中に1人であることは間違いない。


 ディスティニーはスクロールの魔法壁を使っていない3人の遠距離攻撃者を守りながら、女神ヴィーナスの頭上にちらりと目を向けた。


 ーー魔法が発動するまで、まだ時間がかりそうだ。


 音符の滝が流れていた位置よりもはるか上空に満月のような水球が浮かんでいる。それは粘土をこねているように動いて、角が生えたドラゴンの頭を形成していた。魔術書を開いているマキナはヴィーナスを静かに凝視したまま微動だにしない……。ディスティニーはマキナの視界を邪魔するアイゾウをスキル突剣で吹き飛ばした。



 その頃カナデは真剣な表情でヴィーナスのかかとに何度も片手剣を振り下ろしていた。カナリアは臆せずに果敢に挑む彼の様子に笑みを零しながら、ミンミンが組んだ手に右足を乗せた。


「そぉれっ! 飛べ! カナリアさん! 」


 ミンミンによって勢いよく上空に昇ったカナリアは、少し前かがみになっていたヴィーナスの背中を蹴り飛ばして、彼女の肩に乗った。頭頂部を水流でえぐるように連撃を繰り出している。さらにダガー鯨の歌が放った衝撃波がヴィーナスの体内を駆け巡り、白い大理石で彫刻されたような髪の毛に小さな亀裂を入れた。


「いい感じでダメージダメが入ってるわね。それならーー」


 手ごたえを感じて、さらにスキル綾目を発動しようとしたその時……カナリアはポタポタと落ちてくる水滴に気が付いた。思わず見上げた彼女の瞳に、大きな口を開けた巨大な水龍が映っているーー。あっ……と発する間もなく、青い光が脳天から足元まで突き抜けていくようなゾクッとした感覚に襲われた。


 カナリアは砂山の天辺から崩れる砂と共に地面に滑り降りると、安心したように微笑んだ。だが、カナデやミンミンは時が止まったかのように固まっていた。


 しばらくの間、沈黙が流れていたがーー。


「ええええええ!? 」


 ーーと言うボーノの甲高い声がエリア全体に響いた。どうやら彼は、まだまだ時間がかかると思っていたようだ。ボスのターゲットを自分に維持するという孤独な仕事をしていたため、メンバーがどんな作戦を行ったのか気になって仕方がない。


「誰に聞くのが1番いいんだ!? 」


 ボーノは取り合えず、呆けているミンミンの足を小さな手でバンバン叩いたーー。


 頭だけの巨大な水龍がヴィーナスを飲み込む一部始終を見ていたディスティーとアイノテは口をポカーンと開けていた。ボーノの声で我に返った彼らは油が切れたロボットのように首を動かして照れくさそうなマキナを見つめた。


「なんていうか……瞬殺? でしたね……」


「弱点属性を突けばすぐ終わるんだな……。いや、ウィザードの魔法ダメージおかしいでしょ! 」


「いや、あれはーー」


 理由を言おうとしたマキナの腕をルードベキアが肘でドンっと小突いた。ルードベキアが作ったエンチャントシールのおかげで、ダメージ数値がチート級におかしかったことは……言ってはいけないやつらしい。


 すぐに察したカナリアは、あとでじっくり聞いてやろう……そう思いながら、女神ヴィーナスがいた位置にせり出た大きな宝箱を指差した。


「中身は何かな!? カナデ、開けて開けて! 」

「僕が開けていいの? 」


「いいよ! 早く早くっ」

「じゃぁ、行くよ。ド~ン! 」


 カナデが威勢よく開けた宝箱の中には……輝く金貨や王冠の上に1000ゴールドとラブチョコ10個と記載されたメッセージカードがあった。さらにフタの裏にルーレットチャレンジというタッチパネルモニターが出現している。


「カナリアさん、何が当たるのかな? 」

「たぶん、消耗品とかだと思うけど……」


「イベントアプリに中身の詳細が出てますね」

「ディスティニーさん、何が一番いいんですか? 」


「カナデさん、狙うと絶対に出ないから、見ない方がオススメですよ」

「そうだよ、カナデ! ずばっと、ばしゅっと、ボタンをドーンだっ! 」


「あはは! じゃあ、カナリアさんが言う通り、ずばっと、ばしゅっと、ボタンをドーン! 」


 ワクワクしながら、カナデがスタートボタンを押した結果はーー消耗アイテムの紅石3つだった。スマホを眺めていたマキナから、おおっ! という声が上がっている。メッセージアプリにアイテムが送付されたことがわかる着信音がメンバー各々のスマホから響いた。 


 良いものが当たったと喜ぶカナリアの顔をカナデは嬉しそうに眺めた。


 ーーいろいろあったけど、楽しかったな。ずっと片手剣を使ってたけど、今度はもっと戦えるように、他の武器も試してみようかな。



 ダンジョンの外はゲームのゴールデンタイムに突入しているせいか混雑していた。ちびっ子ボーノがプレイヤーに蹴られないようにイベント会場をちょこまかと歩いている。女性プレイヤーから可愛いという声をかけられ、注目を浴びていた。このまま屋台巡りに突入しそうな雰囲気になっていたが、カナリアが思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ。私ね、ダンジョンに入る前に、イベ写真館で撮影依頼をしておいたの。パーティメンバー全員を撮ってくれるから思い出になるし、好きな写真を選んで買うシステムだから良いかなって」


「それは素晴らしい! では、早速~参りましょう。よお~そうれっ! 」


 パンっと手を叩いたアイノテを先頭にして向かったイベント写真館も多くのプレイヤーでごった返していた。カナデはどこに行けばいいのか分からずきょろきょろしている。


「カナリアさん、どこで買うの? 」

「ふふふ。カナデ、こっちだよ」


 笑顔で手招きするカナリアについて行くと……とってもオシャレなカラオケボックスーーっぽい部屋に入った。壁ある2台の大型モニターには撮影された画像が映し出されている。カナデは一定時間で切り替わる映像に目を向けながら、ゆったりとくつろげそうなソファーに座った。


 ソファーに囲まれた3つの丸テーブルの上には写真を選ぶためのアルバムが人数分用意されていた。標準プリントサイズの写真が貼られた紙をめくっていく方式で、気になるものに触れると、B5サイズに拡大された。購入するか迷ったときは星マークを押せば、巻頭にあるお気に入りページに登録されるようだ。


 カナデは自分が写っているものだけでなく、かっこよく戦っているメンバーの写真も欲しかった。気が付けば、ほとんどお気に入り行きになっている。1枚の値段は100ゴールドだが……どうしようかと迷ってしまうほど枚数が多かった。


「う~ん……。どうしよう」

「カナデ君、悩んでる? 俺のオススメはコレ! 絶対に買いだよ」


 アイノテが買ったばかりの写真をカナデにスマホで見せたのだがーー。興味津々で覗き込んだミンミンが笑いを堪えきれずにお腹を抱えた。


「こ、これ……ぶはっぶははは! 」


「へぇ、ナイスショットじゃないですか。俺も買います。アイさんこの写真は何ページ目? ナンバーは? 」


 解呪の巻物を使って元の姿に戻ったボーノはアルバムを広げると、迷うことなく写真の下にある購入ボタンを押したーー。


 メンバー全員が絶賛するその写真には……ポカーン顔のカナデと6つの拳、そして白目を剥きながらチョキを出しているボーノの姿が写っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る