第29話 初見はてんやわんやだよね
パーティメンバーの誰もが、女神ヴィーナスのあの攻撃は危険だと口々に言葉に出した。彼女の手下であるアイゾウたちの爆誕は止まっていたが、まだちらほら残っている。しつこく攻撃してくる彼らミンミンとカナリアが防ぎ、遠距離組のマキナとアイノテはヴィーナスに攻撃をしていたーー。
「アイさん、ディスさんが飛んでくる! 」
「やばいぶつかるぞ、皆んな逃げろ! 」
ボウリングボールのようにゴロゴロと転がっているディスティニーがメンバーの間を通り過ぎていった。勢いありすぎてエリアの入口付近まで到達してしている。痛そうにヨロヨロと立ち上がる彼を助けるために遠距離組が走って行った。
カナリアはアイゾウたちを蹴散らしながら浮かない顔していた。ひと休みをするために、臨機応変にメンバーのサポートをしているルードベキアにプロテクトスクロールを投げてそこに飛び込んだ。
「ねぇ、ルー、また近距離が不利なボスなのかしら」
「地に伏せれば大丈夫っぽいね。ディスさんは雑魚に齧られてたけどーー」
「伏せている間の雑魚処理が問題ね。それとどうやら、ボスは物理耐性もあるっぽいの」
「弱点属性をマキナに調べてもらおうーー。できれば……ボスの他の攻撃スキルも見たいな」
「初見だから気持ち分かるよ。そうね、もう少し様子を見るとしてーー。ディスさん、お帰り、大丈夫? あの脱出方法、前に見たことあったけど凄いわね」
「ははは……かなり無理くりな方法ですけどね。ちょっと目が回ってます」
ディスティニーがアイノテに支えられて合流した頃、1人でヴィーナスの相手をしていたボーノが険しい顔になった。ヴィーナスが今までにない両手を天に掲げるというモーションをしている。
「違うスキル攻撃が来るぞ! 」
叫んだボーノの各種防御スキルは絶賛発動中だが、彼はいざという時のために無敵バグがある大楯の喜びを使えるように身構えた。カナデは緊張して硬い表情をしていたが、ルードベキアたちはどんな攻撃を仕掛けてくるのかわくわくしていた。
「範囲攻撃だろうけど、どんなのがくるかな……」
「モーション長いわね。正月イベみたいに戦車系のトラップ出すのかしら」
「リア、ボスから蝶みたいのが出てきたぞ」
「ってことは、アレが降ってくるのかしら? 」
カナリアの注目を浴びた紫の蝶のような物体は女神の周りをひらひら舞いながら天井に登っている。竜巻のように渦巻くほど、上空に集まったそれらの1つ1つに目を凝らすと『怨恨』という名称を見ることができた。
「ミンミンさん、あの竜巻が襲ってくるのかな? どうやって戦えばいいんだろう」
「こんな時はエリア内に安全地帯っぽいのが出るはずなんだよね。あ、やっぱり」
ミンミンが目線を向けた先に稲荷を祀っているような小さな石造りの祠があった。緑色の淡い光を発しているそれは、1か所ではなくエリア内のあちこちに出現している。
「ルーさん、
「ミンさん了解!
「ルー! 3人までしか入れないかも」
カナリアは10メートルほど離れた祠にディスティニーやアイノテと潜り込んでいた。狭そうに肩を寄せ合っている。
「じゃあ、僕とマキナはーーって、いない! もう移動してたのかっ」
ルードベキアは慌てたようにテレポートスクロールを握った。3メートルほどしか移動できないが、急いでる時や緊急回避時には便利なスクロールだ。彼はボディバッグとクロスするように、肩から斜め掛けしているスクロール専用収納ベルトに上段5つは必ずこれを差し込んでいた。
その一方でヴィーナスの身体から生まれた『怨恨』たちはプレイヤーの数に合わせた軍隊を作り上げていた。各部隊は、獲物をロックオンすると……ばさばさという羽ばたき音を響かせながら突撃を開始した。
「ルー、分裂したぞ。各個撃破系か!? 」
「マキナ、魔法で吹き飛ばせないか? 」
「試してみるよっと! レッツ爆炎! 」
マキナは何度も指を鳴らして
武器を弓に変えたアイノテが次々に放った白い閃光が軍隊の表面にいる『怨恨』を削っている。カナリアも柄尻を合わせて繋いだダガーをブーメランのように飛ばして応戦していた。『怨恨』の軍団からの遠距離攻撃は見られなかった。
「やつらは体当たり系ですかね」
ぼそっとつぶやいたディスティニーは真っすぐ自分に向かってくる相手を見据えながら……スッっと緑色の線をまたいだ。腰を落として左手で日本刀の鞘を握り、刀の柄に右手を添えている。カナリアとアイノテはちらっとそんな彼をちらった見ただけで声をかけることはしなかった。
ーー再びサムライの究極スキルを使おうとしている!
2人はわくわくとドキドキが溢れる心を抑えながら、ディスティニーを見守った。『怨恨』たちはディスティニーの期待を裏切ることなく、真っすぐに正面からぶつかった。その瞬間を見たルードベキアは目が大きく見開いて、
「マキナ! すごいぞ、ディスさん、めっちゃめちゃスゴイ。まじで! 」
「ルー……WEB編集者のくせに語彙力なさすぎるぞ」
マキナが顔を向けた時にはすでに『怨恨』軍団が消滅した後だった。ヴィーナス本体にカウンターダメージが入っていないということは、『怨恨』は完全に切り離された個体のようだ。ディスティニーは満足げな顔をして祠の魔法壁に体当たりをしている敵に刀を振り下ろした。
イワシの群れがパンと弾けて霧散するような光景をカナリアとアイノテは間近でばっちり見ていた。動画に残せたら何度でも見てしまうだろう。カナリアはモニター前で興奮している自分を思い浮かべて口元を緩ませている。
女神とランデブーをしているかのように仲間からポツンと離れているボーノはドーナツ状になった『怨恨』集団のアタックを大楯で防いでいた。彼らはボーノの周りをぐるぐると円を描くように高速で移動しながら、刃物のような鋭い切れ味のハートの丸みを帯びた部分で獲物を斬り裂こうとしている。
ボーノは臆するどころか、にんまりとほくそ笑んだ。ボール状の『怨恨』軍団が襲って来た時、メイス戦乙女から放たれたヴァルキリーの剣がやつらに風穴を開けたのを目にしていたからだ。
「お前らが聖属性に弱いのはお見通しだ! いっきに片をつけさせて頂きーーマス! 」
パラディンスキル剛の渦によってひとまとめられた『怨恨』たちは聖属性の巨大な剣、断罪剣に貫かれた。両手を掲げたまま天井から洩れる光を眺めてるようなポーズをしているヴィーナスの傍で、瞬く間に消滅した。
ふっと笑いを漏らしたボーノは、仲間を助けに行くために石畳を照らす光の中に1歩足を踏み出したーー。しかし……その光が何かに遮られて、大きな影が落ちている。ハッとして反射的に構えた大楯にヴィーナスの大鎌が撃ち付けられた。地面に足が食い込んだんじゃないかと思うほどの衝撃にボーノは顔を歪ませた。
「くそっ、油断した。このまま止まってればいいのに……働きものだな! 」
ミンミンたちを襲っている『怨恨』軍団は、前足でハエを叩いているような動きをしている白虎に目を向けることはなかった。彼らはプレイヤーのみにターゲットマーカーを付けているようだ。祠の防御壁にハートの身体を撃ち付けては上空に舞い戻るを繰り返している。
カナデは『怨恨』という名称が蟲のように蠢く様にゾッとして、Tシャツの裾を握っていた。鳥肌が立っているのがはたから見てもよく分かった。
カナデを安心させるように笑顔を見せたミンミンは、攻撃の手を休めてスマホから段ボール箱を取り出した。
「カナデ君、この中にグレネードが入ってるから、あいつらに投げつけてくれるかな」
「わぁ、いっぱいあるね。ミンミンさん頑張るね! 」
カナデは赤いグレネードを手に取って、前方上空で旋回している敵を睨みつけた。ロックオンしたことが分かる円のマーカーが視界に表示されている。マーカーの線が赤から射程距離内にはいったことを示す青になった瞬間に、カナデは直進してくる敵に向かって勢いよくグレネードを投げつけた。
先頭の『怨恨』に直撃したグレネードは大きな音を立てながら爆発した。さらに小さな炎を撒き散らしている。幾つかのハートは群れからはじき出され、火がついた身体を消そうとしているのか身をよじっていた。
ミンミンとエアタッチしてすぐに、カナデは段ボール箱から緑のグレネードを掴んだ。このまま祠の傍で戦えば、多少時間はかかるかもしれないが残り全てを排除することは可能だろう。
誰もがどう思っていたその時ーー祠が石畳に消えた。
「え!? ぁああああ! ランダム
「ミンミンさん、どうしよう!? 」
10メートル先にポコンと祠が再出現しているのが見えるが……もうすぐそこまで紫色の虫のような2つの大群に近づいていた。ミンミンはカナデを守るように抱きかかえて、その場にしゃがんだ。
「白虎、プロテクトとシェルターを頼む!」
「ミンミンさん!? 」
「カナデ君、じっとしててね」
白虎は雄たけびを上げて守護壁を作り上げると、主人の上に覆いかぶさった。カナデはふわっとした毛に包まれる感触を覚えながら、ミンミンにしがみついた。
「あっ」
「あぁ!? 」
1つの祠の中でカナリアとマキナの声がダブった。互いにこれはまずいという表情を浮かべている。彼らの足元にスライディングしてきたアイノテが石畳に手をついて、敵の位置を確認しようと頭を上げた。
「やばい、ルーさん、早く! 」
「ルー!! 」
手を伸ばすマキナの手を掴もうと、ルードベキアがジャンプした途端に弾き飛ばされた。背中を石畳に打ち付けて転がっている。
「いってぇ……。定員オーバーってことかーー」
「ルー、逃げろ! 」
マキナの叫び声を聞いたルードベキアは慣れた手つきで武器が収納してあるスマホのインベントリから、素早くお目当てのアイテムを取り出した。
「ここで、これを使う羽目になるなんてーー」
テレポートスクロールを使わなくても余裕で祠にたどり着けると思っていた。狙いをつけた祠がカナリアたちがいた場所からの方が近いとは知らずに……マキナがテレポートで移動する背中を眺めながら走った自分の落ち度を悔やんで、ため息を漏らしている。
ルードベキアはしゃがんだままカイトシールド型の魔楯を『怨恨』に向けると、遠すぎず近すぎないタイミングを狙って……魔盾の裏にあるーー部屋の電灯をつけるときに押すようなスイッチをパチンと鳴らした。
羽を大きく広げた白金色のグリフォンが吠えながら魔盾表面から飛び出している。弾丸のように紫色のボール状の『怨恨』たちの表面を突き破りーー黄金色の聖属性の光を放った。
眩しさを感じて思わず、カナリアとアイノテは目を閉じたが、ぱんぱんと何かを叩いている音を耳にして瞼を開けた。彼らの瞳に渋い表情でぶつぶつとつぶやいているルードベキアの姿が映った。
「これも相手が砂になるのか。しかも1度の発動で壊れるんじゃなぁ……」
「ルー! いまの何なんだ!? 」
「それよりマキナ、あれ、やばくないか? 」
ガンの群れのように飛んでいた3つの『怨恨』軍団が20メートルほど上空で集合して合体していた。紫色のネジのような形態に変化して、鋭い先端をマキナたちに向けている。
「合体技あるのかよ! 」
「マッキー、ここあれに耐えられーー」
「リア、避けろ! 」
バリンとガラスが割れるような音がしたかと思うと、高速回転している巨大なネジが石造りの祠に激突した。祠がばらばらに砕け散る様を見たカナリアは他に逃げ込んだとしてもすぐに破壊されると悟って青ざめた。
マキナは身体を捻って回避しながら、上空で旋回している紫色の巨大なネジに炎魔法を撃ちこんでいた。さらに属性を次々に変えながら数値を読み上げている。
「どれも変わらないな。あ。弱点は聖属性か!? これはやばいっ」
3つが合わさった分だけ防御力が上がった『怨恨』ネジは獲物の真上に移動していた。ぐにゃぐにゃと動いて変形している。獲物を逃がさないためか直径2メートルほどだったネジの呼び径が一気に3倍に広がった。
「ルー、何とかしてくれ! 」
「はいよ。皆んな、僕の周りでしゃがんでくれ」
ルードベキアはしゃがんだ3人の真ん中でラウンド型のメデューサの魔楯を頭上に向けた。この魔盾はディレイが10分と長いため使いどころに悩むことが多いが、敵を感知すると最適な距離で発動する優れものだった。
相手を石化した上で、ちょっと気軽に言えないほどの倍率の反射ダメージと……おっとこの先は運営に知られると修正されてしまう可能性があるので言えないが、値段がべらぼうに高いのが頷けるほどのチート級の強さを誇っていた。
しかも製作できる魔具師は片手ほどしかしないため市場に出回ることが少ない。銀の獅子商会のリディ曰く、資金に余裕があるならば見つけ次第、即買いがオススメーーだそうだ。
「やつらが合体した今なら、ちょうど良いな」
威力を知っているマキナとカナリアの視線を背中に感じながら、ルードベキアは渾身を込めて製作した魔盾が発動するのを待った。魔盾は獲物を捕捉したのか、表面の描かれた蛇が動き出している。シャーッという音がルードベキアの耳に届いてすぐに、白い光が紫色のネジを先端から包むように走った。
グリフォンの魔盾とは違う冷たい光がエリア上空に昇っている。木が燃え尽きた灰のようになった『怨恨』ネジは細かい砂に変わり、ルードベキアたちの上に崩れ落ちた。
白虎はメデューサの魔盾の大きな光を背中で感じながら、猫がごめん寝しているようなスタイルを維持し続けていた。皮膚に突き刺さった『怨恨』たちの回転攻撃で、白い毛皮は徐々に赤く染まり……太い縞模様の尻尾がずたずたに引き裂かれている……。それでも身じろぎせず、彼は主人のミンミンとカナデを守っていた。
ディスティニーは蚤のように白虎の背中にくっついている『怨恨』たちに、3本のカタナが出現するスキル侍魂で攻撃していた。なかなか減らない彼らにいら立ちを覚え、眉を寄せている。
「数が多すぎる……ルードベキアさん、ヘルプ! 」
応援を呼ぶディスティニーの声に反応したのか白虎が顔を上げた。そして白虎は……スッと立ち上がると、自分の分身である
驚くディスティニー前から『怨恨』軍団は全て消滅したが……白虎の姿はどこにも見当たらなかった。
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