第28話 必殺技をかっこよく叫べ!

 アイノテの笑いポジションをすっかり奪ったボーノが気泡がゆっくりと吹き出ている石畳を颯爽と走り抜けている。彼はタンっと軽い音を立ててジャンプをすると、愛らしい体格にピッタリのデフォルメメイスで力強くーー女神像ヴィーナスの左足の指に叩きつけた。  

  

 途端に、階段3段分の高さに設置されていた石像の白い瞳がオーシャンブルーに変わった。


「はぁいっ! 挑発からのスタンっ! そ~れっ」


 挑発スキルを使ったボーノが女神ヴィーナスの背中が後衛側に向くように素早く回り込んだ。いつもと違う調子のボーノにカナリアとディスティニーは頬をひくひくと動かして笑いの神と戦いながら、タンク役のボーノのターゲット維持を待った。だが、パラディンスキルの範囲挑発を見た途端に、あっさりと敗北してしまった。


「ば~か !ば~か! ば~か! って、このモーション、この姿だと似合う! 初めて大いなる悪態が好きになったぞーーからの盾乱舞ぅ! 」


 ボーノが軽やかにヴィーナスに盾を何度もぶつけてていると、スキル大神の鎧で出現させた白い鎧にハート形の矢じりが刺さった。ーーカツっという音と同時に大きな爆発を起こしたが、スキル天神要塞で防御力を大幅にアップしていた彼は微動だにしなかった。不敵な笑みを浮かべている。


 羽を生やした少年姿のキューピッド・ネタミ、ソナミ、ツラミがウラミに続いて矢を飛ばしていた。その攻撃はパーティ全体のサポート役であるルードベキアが笑いをこらえながら投げたリフレクトスクロールの魔法壁によって跳ね返りーー体長5メートルほどある女神ヴィーナスの周辺でボンッという爆発音が響いた。


 ここぞとばかりに、スキル多眼でキューピッド4体をロックオンし終わったマキナが指を鳴らして稲妻を落としている。アイノテはヴァイオリンに顎を乗せて、カナデにチラッと目を向けたーー。


「唸れ雷電! 刮目せよ! 」

「ちょっ、アイさん。急にどうしたんです? 」


「ふっ……たまにはカッコよく叫ぶのもいいかなとーー」


 目をキラキラと輝かせているカナデに気が付いたマキナがにやりと笑った。


「あ、なるほど。ん~『轟け、神雷槌! 発動するまで5秒かかるよっ。ど~ん! 』……難しいな」


「ぶははっ! カナデ君は喜んでるけど、ミンさんがドン引きしてますよ」


 アイノテとマキナが必殺技を考えながら繰り出した攻撃をくらったネタミとウラミはばらばらに砕けて消滅した。麻痺効果でぷるぷると震えているキューピッド・ソナミは回避する間もなく、軽くジャンプしたミンミンの隷属獣白虎の鋭い牙に嚙み砕かれた。


 バリン!


 ガラスが砕け散るような音を耳にしたボーノは顔を歪めた。女神ヴィーナスはボーノの盾乱舞や遠距離攻撃組の麻痺効果がある攻撃を受けていたのにも関わらず、リフレクト魔法壁を叩き割ったのだ。


 彼女はキューピッド・ツラミに降り注ぐ雷を遮るように手を伸ばして彼を救出したかと思うとーー遊んでないでこいつを倒せと言わんばかりにボーノの前にポイッと放り投げた。


「ボスは反射、スタン、麻痺耐性ありんこ! ルーさん、スクロ無しでヒールのみヨロ! 」


 叫ぶボーノの大楯からハート型の矢じりの爆発音と大鎌の刃の衝撃音が響いている。ボーノはメイスでタタタンとリズミカルに撃ち付けながら、持続時間が終わった防御系スキルを順番に発動し直した。その間に白虎がキューピッド・ツラミをバレーボールでアタックするかのように前足を振り下ろして石畳に叩きつけた。


 ボーノはその様子に笑みを零していたが、異変に気付いてヴィーナスを見上げた。急に動きをピタリと止めた彼女は軽く挨拶をするかのように左手をスッと上げている。


「警戒警報! 何か来ます! 」


 石畳の隙間から噴出していた泡から、大型犬サイズのヒルのようなモンスターがぽこんと出現した。エリアのあちこちで次々に生まれた彼らは女神ヴィーナスに仇なす敵に向かって床を這いずっている。


 カナリアは無数の小型モンスターの這いずり音を聞きながら、ロックオンしている相手にスキル首魁を使った。ヴィーナスの頭上にぽんっと浮かんだドクロマークを見ずに、大理石彫刻のような見た目の右足アキレス腱にーー必殺! らせ~つ! と叫びながら、両手に持ったダガーを振り下ろした。


 背後から攻撃すると防御力を下げるというスキル羅刹を受けたヴィーナスはよほど痛かったのか、苦痛の表情を浮かべて右膝を地につけた。カナリアは笑みを漏らすと、恥ずかしげもなく腰下まで白い素肌を見せているヴィーナスの背中に向かって大きくジャンプした。


「食らえ! 鬼もびっくり鬼刃斬!! 」

「ふっ。私も負けていられませんね……。荒神降臨! 必殺連続斬り! 」


 カナリアを応援するカナデの声を耳にしたディスティニーも眉毛をきりりと上げて叫んでいた。その後も彼はアニメのキャラクターが言いそうなセリフを、カナリアと張り合うように次々と発した。カナデの喜ぶ声が自然と顔をほころばせた。


 ヒルのような姿のアイゾウという名称のモンスターたちがカナデにも迫っていた。カナデはメンバーのセリフに心を躍らせていたが、ギザギザの歯が並ぶ口だけで目がない芋虫のような、ぷっくりとした身体の生物にたじろいでいた。右手に持っている片手剣が小刻みに揺れている。


「カナデ君、ルーさんが展開したこの魔法壁の中にいれば大丈夫だよ。それにほら、白虎が守ってくれる」


 高級品と言われるリフレクトヒールスクロールで作られた魔法壁にアイゾウがぶつかっては砕け散っている。白虎は主人であるミンミンに見守られながら、気泡から次々に生まれる小型モンスターを、樽の中にあるブドウを踏むように潰していた。


 さらにミンミンのウィップから飛び出した数体の妖精が甲高い声でケラケラと笑いながらアイゾウの皮膚を引き千切っている。可愛らしい姿に似合わない攻撃を無表情で眺めていたルードベキアはアサルト式種子島で容赦なくアイゾウたちを殲滅していった。


 高い声と2頭身の自分が気に入ったボーノは、大丈夫か? と思われるぐらい気持ちが高ぶっていた。団体さんいらっしゃ~い! と言いながら、アイゾウたちをスキル剛の渦で一気に引寄せたかと思うとーーメイススキル聖騎士の槌で発動した無数のハンマーで嬲り殺していった。


「ちょっ、ボーノさん『お客さまお触りは禁止ですぅ』って、あははははっ! もう、やだ、お腹がよじれるから止めてぇ。あはははっ」


 カナリアが大爆笑しながら、竜巻のようにスピンしてアイゾウたちを蹴散らしている。周囲に無数の日本刀を飛ばすスキルで応戦していたディスティニーも笑いの神に囚われてしまったようだ。


「やっばいですね。『おやめ下さい。あぁぁ』って……私の腹筋も崩壊寸前ですよ。もう誰もボーノさんを止められませんね」


「それにしても、こいつら……無限湧きかしら? 」

「あっ。カナリアさん! あんまり離れるとーー」


「えっ、やだ、こっち団体様御一行が多すぎっ! シーフは団体戦に弱いのよぉ。うわーん。カナデ助けてぇ! 」


 何十匹ものアイゾウ御一行様をぞろぞろ引き連れたカナリアが疾風の如く逃げている。通常ならばスキル隠密でモンスターは目をくらませることができるのだが……アイゾウたちは彼女を見失うことなく真っすぐに追いかけていた。


 助けを呼ぶ声を聞いたカナデは姿が見えないカナリアを探した。どうしたらいいのか分からず、プチパニックになって魔法壁から出て駆け寄ろうとしたところを、ルードベキアに右腕をがっちりと掴まれた。えっ!? っと思って、立ち止まると、カナリアの嬉しそうな声が耳に届いた。


「お、魔法壁きたーっ。カナデありがとう! さぁ、一網打尽だっ。爆ぜろ、毒毒毒蟲ぃ! 」


 リフレクト魔法壁周囲に出来た毒だまりでアイゾウたちが身悶えている。彼らは天を仰ぎながら、パクパクと口を動かして死に際のセリフを言っているかのように毒沼に沈んでいった。口を大きく開けた個体はディスティニーの日本刀スキル一閃いっせんによって、カナリアの言葉通り一瞬にして殲滅された。


 雑魚は口の中が弱点だと言うディスティニーとルンルン状態のカナリアを遠目で眺めたカナデは、ホッと胸を撫で下ろした。だがすぐにスクロールを投げれなかった自分が悔しくてしょんぼりしてしまった。


「何も出来なかった……」

「カナデが気付いたから、僕がすぐに対応できたんだよ」


「でもーー」

「『でも』という言葉は無しだよ。これは2人の功績なんだ。ーーほら、ハイタッチっ」


 カナデはルードベキアが出した右手におずおずと軽く叩くように手を合わせた。小さく鳴った音がくすぐったくて、自然と笑みが零れた。


 気を取り直して魔法壁付近でぐだっているアイゾウに、おっかなびっくりしながら片手剣を突き刺していると、身体からオレンジ色の小さなオーラが噴き出してきた。さっきまで、モンスターに恐怖を感じていたというのに、不思議と何とも思わなくなった。


 ミンミンはゲラゲラ笑いながら、ウィップを振り回している。


「勇気りんりんパワーアップってセリフ、なんぞっ。今日のボーノさんは本当に面白ポジ炸裂ですな。ぶはっはっは! 」


「これってパラディンのバフなの? 」

「そうだよ、カナデ君。ボーノさんのーー」


「負けぬ! 冒険者たちよ勇気を授けよう! さぁ、バード固有スキル、勇者の歌を聞くがいい! 」


 アイノテのヴァイオリンから流れた精悍なメロディーに乗って、赤い音符が飛び出している。音符たちはくるくると踊るように移動してパーティメンバーたちの頭上でパチンと弾けた。


「ぬああああ! アイさん、なんばしょっとね!! 」

「ボーノさんのより、俺のスキルの方がちょっぴり数値が高い! 」


「ぬあぁに言うか! 俺の方が炎耐性数値がちょっぴり高い! 」

「いやいや、俺のーー」


 ボーノとアイノテの不毛な言い合いに笑いが沸き起こっている。普段は効果が切れた時に交互に使っている彼らのスキルは各耐性に加えて恐怖耐性があがるものだった。互いにスキルレベル10ということもあり、増加のパーセンテージはさして大差はない。イベント初日のせいか、アイノテの遊び心がつい転がり落ちてしまったようだ。


 上空のキューピッドたちはすべて消滅していたが、小型モンスターのアイゾウたちが次から次へと生まれていた。


 弱点属性が炎だといち早く気が付いたマキナが、指揮者のように大きく手を振りながら指パッチンして爆炎を飛ばしている。ーー不毛合戦が終了したアイノテもヴァイオリンの炎獄というスキルで炎属性の妖精を音楽に乗せて躍らせた。



 アイゾウたちが石畳の隙間の泡から生まれなくなり、スクロールの魔法壁を使わなくても大丈夫なぐらい数が減ってきた。ヴィーナスは狂ったように連続で大鎌を振り下ろしていたが、ボーノは何てことはないという余裕な表情で、そんな彼女の攻撃を長方形の大楯で弾いている。


 ーーメンバー全員で一斉攻撃をすれば終わるな。


 ボーノはそう思って仲間に伝えようと口を開いたが、嫌な予感がしてきゅっと閉じた。パッと見上げた彼の目に、ヴィーナスの青い瞳が燃えるような赤に変化する瞬間が映った。


「まずい、何かくる! 退避! 」


 カナリアはスキル俊足を発動してすぐに、命中すれば攻撃力と移動スピードが上がるスキル綾目を駆使して雑魚モンスターを斬りつけながら、後方にいるマキナ達の方へ一直線に向かった。ディスティニーはサムライの最強技と言われている死水しすいを使うために刀を鞘に納めた。


 納刀した状態からのみ発動するこのスキル死水しすいは、タイミング判定が5段階のうち最低ランクのチープになったとしても、受け流しは80%の確率で成功する。最高ランクのオーサムを得た場合はボスクラスモンスターを瞬殺できるほどの威力を発揮することがあった。スキルレベルを最大の10まで上げているディスティニーは期待に胸を膨らませて、ヴィーナスの攻撃を待った。


 邪悪さを増した顔つきになった女神ヴィーナスは細い光が差し込む天井に向かって悲鳴に似た雄たけびを上げている。身体の正面をボーノに向けたまま、右手をゆっくりと上げて……何かを投げるように大きく振りかぶったーーその瞬間に彼女の背丈ほどある青白い大きな手がボーノの頭上を通り過ぎた。


 ヴィーナスを中心にして平手打ちをするかのように時計回りで巨大な手が回転している。ディスティニーは自分にぶつかりそうになるタイミングでスキル死水しすいを発動したーー。


 受け流しは成功したようだが、タイミング判定が出なかった。どういうことだと困惑していると……その巨大な手は消えることなく、もう一度自分に向かってくるのが見えた。


「マジですか!? 」


 慌ててプロテクトスクロールを地面に落として地に伏せたが魔法壁はあっさりとヴィーナスの巨大な平手に魔法壁は破壊されてしまった。足に群がるアイゾウたちを駆除した後に、さすがにもう大丈夫だろうと立ち上がったのだがーー。


「まだ来るのか! あんまり使いたくなかったけどーー」


 迫りくる平手から逃げるために、ディスティニーはなりふり構わず裏技を使った。それは相手をノックバックするスキル突剣を、斜め前の地面に向かって発動するものだった。9割の確率で背後に飛ぶことができる。


 ディスティニーは着地が痛くありませんように……と祈りながらーーロケット花火のように勢いよく、空を飛んで行った。


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