第27話 はい、戻りました。ボーノでっす。
江戸中期に瀬戸内海でよく見られたという
カナデは青空を飛ぶカモメを眺めながら遊園地のアトラクションのようなシチュエーションを楽しんでいた。時折り、尻もちをついたり転がったりしていたが、その度に甲板は柔らかいビーズクッションに変化して彼を優しく受け止めていた。ミンミンとキャーキャー言いながら楽しそうに笑っている。
「ミンミンさん、あのピンクのクマ、大きくてちょっと怖かったけど、名前は可愛かったね」
「アイラブベアだったっけ。ーー屋台に縫いぐるみがあるかもよっ。あっはっは! 」
「蜂の名前は、甘いハチミツだったよ! 次に出会うモンスターはどんな名前かなぁ」
らぶりーな蜂のイラストに甘いハチミツっ! と書かれたTシャツが売ってそうだ。ミンミンの頭に嬉しそうにTシャツを着ているカナデがぽわんと浮かんだ。さすがにそんなのもはないだろうと、この時はすぐに打ち消したが……想像通りのものを目にして大笑いした。というのは、ダンジョンを出た後の話だ。
ボーノは樽から甲板にボディープレスをして跳ね返るを繰り返して遊んでいた。バスケットボールのようにバウンドしている彼に続いてアイノテも甲板に飛び込んでいる。そんな彼ら尻目にディスティニーとマキナは船内に続く扉を開けて階段を降りて行った。
船内は外と切り離されている空間なのか、まったく揺れなかった。気分が悪くなった方はこちらにというポスターが壁に貼ってある。過激なアトラクションについていけないプレイヤーや乗り物酔い対策として用意された場所のようだ。
階段の先にある部屋には緊急連絡用の電話とゆったとしたソファやスポンサーのロゴ入りのペットボトル飲料が入った冷蔵庫が設置されていた。
ディスティニーとマキナは船内に何かきっとあると真面目な顔で話しながら、あちこちにあるドアを開けて探索していた。予想通りに宝箱を発見した彼らは箱を開けたいと言っていたカナデを呼んだ。
「カナデ、本当にリアに鑑定してもらわなくていいのか? 」
「うん。マキナさん、あのね……呪いの宝箱かなぁってドキドキしながら開けたい! 」
「カナデさんはチャレンジャーですね」
「巻き込まれたら大変だからディスティニーさんはもう少し離れてて! あっ、ミンミンさんもだよっ」
ディスティニーはミンミンやマキナと同じようにほっこりした表情を浮かべた。自分には姉しかいないが、弟がいたらこんな感じなんだろうか。目を緩ませてカナデが宝箱を開ける様子を眺めている。
宝箱の結果は……ゲームマネー1万ゴールドだった。思ったよりも金額が大きかったことにミンミンは、おおっ! という感嘆の声を漏らした。カナデは呪い箱じゃなかったことにちょっと不満だったようだが、このお金で面白Tシャツを買いたいと言ってマキナを喜ばせた。
次のエリアが近くなったのか、大型木造帆船は水面をゆっくりと水鳥のように静かに移動し始めた。カナリアはゴロンと寝転がっているルードベキアの隣で、ビーズクッションのように凹む甲板に座りながら、青空を流れる雲を眺めていた。
「ねぇ、ルー。これって小さい子ども専用のエア遊具に似てない? 」
「あぁ、大きな公園とかイベント会場にあるやつか」
「大人になってもこんな風に楽しめるなんて素敵ね」
「ちょっと、過激すぎる気がするけどな」
「そこはVRの世界だからってことでっ。ーーあっ、カナデ! さっき、500ゴールドがちゃりんってお財布に入る音がしたよ。カナデはどうだった? 」
ホクホク顔をしながらマキナと手を繋いでいるカナデに、カナリアが手を振っている。彼女はミンミンと同様にカナデがゲットした金額の大きさに驚き、ハート型クッキーをご馳走でしてねと微笑んだ。カナデはカナリアのおねだりが冗談だと察していたが、彼女にプレゼントしたい気持ちがスーパーボールのようの跳ね回ってしまった。後で絶対に屋台で買おうと心のメモの1番上にそっと書き込んだ。
宝箱から出るアイテムはパーティメンバー全員に、イベントアイテムのラブチョコやゲームマネーなどが、ランダムで手に入る仕様だった。10ゴールドだったルードべキアがカナデとのあまりの差に大爆笑している。各々、戦利品を確かめて談笑している間に……船は薄暗い巨大な洞窟に入っていった。
岩壁沿いに作られた6メートルほどの幅がある桟橋に降りて、進んだ先の右手に入口のような穴が開いている。ルードベキアはアイノテやボーノと共に、メンバー全員が降りるのを待ちながら、じっとそれを見つめた。
「あの先がボスエリアかな」
「そうだと思いまーー」
「今までの傾向だと3つ目がボスエリアだと思われます」
ルードベキアの問いに応えようとしたアイノテの言葉をボーノが甲高い声&早口で遮った。カナデと仲良く下船していたカナリアが思わずブホッっと噴き出している。
「ちょっ、ボーノさん……ごめっ。笑いが。ホントごめんなさい」
「カナリアさん、気にしないでください。私はこの姿でアイノテさんのポジションを奪おうと思ってます」
パーティメンバー全員が桟橋に降りたのを確認したボーノは、ちょこちょこと短い脚で歩き出した。その後ろに続いたルードベキアがにやにやしながらアイノテの腕を肘でつんつん突いている。
「アイさん、ボーノさんにお笑いポジを奪われちゃってますよ」
「な、なんだと……ボーノさんに吾輩のポジーー」
「次のエリアに行くにはこのロープに捕まって移動するみたいですね」
「……ボーノさん、わざとかぶせてますね? 」
「もちろんです。はははははははは」
「やばい、ボーノさんが壊れてる。カナデ君、ちょっと離れよう」
ミンミンに腕を引っ張られたカナデは声を出して笑った。大勢の友達と遊ぶ楽しさを実感して、嬉しさで目を潤ませてる。カナデはメンバーに気が付かれないように左手で目を擦った。
突き当り左に見える海中から生えたように立っている木製の大柱から、岩壁の穴を抜けた奥までワイヤーロープが伸びている。滑車がついたロープが1本垂れているということは、コレに掴まってジップラインしなければならないようだ。だが、ハーネスらしきものはどこにも何も見当たらない。
移動中に手が滑って落下したらどうなるのだろうか……ボーノはじりじりと桟橋の端に移動しながら、深い穴底を恐る恐る覗き込んだ。
「ものすごく深そうですね」
穴の右手には羽を広げた鳥を乗せたトーテムポールが立っていた。アイラブベアがいた島の道沿いでも見かけたものと似ている……ルードベキアは観察するように眺めた。軽く触れると鳥の目が青く輝き、青線で描かれた魔法陣が地面に出現した。
「このトーテムポール……たぶんチェックポイントだと思うんだけどーー」
「穴に落ちて試してみるといいんじゃない? 」
あっけらかんと喋るカナリアがメンバーとジャンケン大会の輪を作ろうとした時、カナデが桟橋から軽く身を乗り出した。
「僕が落ちてみる」
「え、ちょっ、カナデ君! 」
落ちようとしていたカナデをミンミンは腕に抱き留めた。ほっとしたのもつかの間、慌てて移動する途中で足元にある何かをポーンと蹴り飛ばしたことに気付いて青くなった。
「しまった! 」
真っ黒な大穴に上に浮かんだボーノがンミンの視界からストンと消えてしまった。あぁぁぁぁという甲高いエコーがかった声が暗い穴底から響いているーー。
「ボ、ボーノさん、ボーノさあぁぁぁぁぁあん!! 」
「はい、戻りました。ボーノでっす。やはりこの像がチェックポイントですね」
大穴を覗き込んでセリフっぽく叫んでいたアイノテが振り返ると……2頭身のボーノが歩きながら手を振っていた。ボーノはディスティニーやルードベキがアニメのワンシーンみたいだったと語る声を聞いてにやにや笑っている。
「ボーノさん、申し訳ない……足元を見てなくて……」
「ミンさん! 素晴らしいキックでした! 」
ボーノは頭を下げて謝罪しているミンミンに右手の親指を立ててグッドサインを見せた。
「はい、ではターザンしますよ! レッツゴー! 」
にこやかな笑顔を振りまきながらボーノがパンパンとリズムよく手を叩いた。合いの手ポジションを奪われたアイノテが早速、ロープを掴んで、あ~ああ~と叫んでいる。移動用のロープは使用しているプレイヤーがある定度桟橋から離れれば、すぐに出現するようだ。
カナデはポンと魔法のように目の前に垂れたロープをぎゅっと握って、滑車が滑る音をアイノテの真似をした叫び声でかき消した。マキナの頭上にいたビビはちょっと移動が速いロープウェイに乗ってるように感じていた。目をくりくりと大きく開けて楽し気に尻尾をぶんぶんと振っている。
ルードベキアやカナリア、ディスティニーもそつなくジップラインを終了したがーー。ミンミンはロープを手にしながら不安げな表情を浮かべた。
「ボーノさん、このロープに手が届きます? 」
「……届かないですね」
「やっぱり‥‥…では、俺が抱えていきますよ。あっはっはっは! 」
「ちょっ待ったぁ! せめておんぶとか、俵担ぎとか。ミンさんっ、ミンミ~ン! 」
ミンミンはボーノを左腕で小脇に担ぐと、勢いよくダンッと地面を蹴った。踏ん張る場所も掴むものもない状態のボーノは手足をだらんとして、深い穴底を見ながら叫んでいる。
「うわあああああああ! めっちゃ怖いぃぃぃ! 」
「暴れると落ちますよ~。あっはっはっは! 」
こんなことなら……あらゆる耐性に加え、恐怖耐性があがるパラディンスキル天声を使えば良かった……ボーノはぐったりしながらぐちぐち文句をつぶやいていた。だが、同じようなスキルがバート職にもあるアイノテからーーモンスターに対する恐怖耐性しか上がらないと諭されてしまった。
「なんてこったい! 」
「あ、ボーノさん、それ系列のTシャツをプレゼントしましょか? 実は布教用に何枚か持ってましてーー」
「マキナさん……ぜひ! この姿で着たいっーーというわけで、上半身の見た目を、衣装に変更させて頂きーーマス! 」
人の背丈の2倍以上ある大きなテーブル珊瑚やイソギンチャクが見える風景の中で、下半身の鎧と全くマッチしないTシャツをボーノがいそいそと着用している。ドヤ顔している彼の胸元にティッシュ箱サイズのクマノミに似た生物が数匹近寄ってきた。興味ありげにパンナコッタのイラストを突いている。
「ま、待て、これは餌ではなぁい! ハッ。パンナコッタは、なんてこったと親戚だと分かった気がします」
悟りを開いたようなボーノの発言はゆらゆらと水の流れに身を任せていたチンアナゴが驚いて引っ込むぐらいの爆笑の渦を巻き起こした。ボーノは笑いポジションに満足したような表情を浮かべながら、建物にそって大柱が並んでいるギリシャ風の神殿に向かった
神殿内部はサッカー場ぐらいの広さで白い石造りの壁と大柱に囲まれていた。水中にいるような空間の天井からは明るい光が差し込み、中央よりも少し奥にある女神像を照らしていた。石畳のあちこちの隙間からポコポコと吹き出した泡がアカモクのような海藻と戯れながら天井に上っている。
カナデがゆったりと揺れる紅藻類や褐藻類をミンミンやルードベキアと楽しそうに観察している一方で、カナリアはディスティニーと険しい表情をしていた。
「ねぇ、ディスさん、あの女神像がボスかな? 」
「立札が傍にあるってことは……すぐには襲ってこないってことでしょうか」
「俺が見てきましょう。動き出した時のために陣形はBプランでお願いしマス」
「ええ!? ボーノさん、Bプランって? Aすらないのに、待ってぇぇーー」
「あはは。カナリアさん、今までと同じでオッケーってことですよ」
アイノテが愉快そうに笑いながら、ヴァイオリンで移動と攻撃速度を上げる敏速の旋律を弾いている。おかげでボーノはどうやったらその短い脚でそんなに速く!? と思うぐらいのスピードで、あっという間に目的地にたどり着いた。女神像を守るように四方に設置されいる4体のキューピットの銅像をちらりと見た後に立札に注目した。
「カナリアさ~ん、お題があります。やはりボスのようですよ。そっちに戻りますね」
戻って来たボーノを交えた作戦会議でカナデは後衛組のマキナたちを助けるサポート役を任命された。ルードベキアから貰ったプロテクトヒールスクロールを白い帆布バッグのベルトに付いている収納に差し込み、体力と魔力を回復するポーションをすぐに取り出せるようバッグのフタをくるりと裏返した。
気合十分のカナデに微笑みを向けたカナリアはどの属性が良いのか分からないねと言いながらスマホの武器庫を見ていた。ボーノから女神像に
「あ。ボーノさん、肝心のお題は? 」
「あぁ、それはですねーー」
そういえば言っていなかったと気付いたボーノのセリフは、テープレコーダーを早送りしたような音声で誰にも聞き取れなかった。ーー速すぎてわからない、とメンバーから笑いが漏れている。
「ボーノさん、その高い声で早口は反則技だわ。笑いすぎて、お腹痛い……もう1回お願い」
「カナリアさん、失礼しました。お題は! 嫉妬に狂った女神ヴィーナスを倒せ。との事です」
「あっはっは! なかなか怖い女神さまだね。男性の奪い合いでもしてるのかな。ーーカナデ君はもてそうだから、女性問題で苦労しないように気を付けてね」
「えっ。ミンミンさん、どうやって気を付ければいいの!? 」
マキナは困惑しているカナデの頭上にビビをポンと乗せると手を軽く挙げた。心配そうにボーノを見下ろしている。
「ボーノ先生……」
「はい、マキナ君どうぞ」
「……台に乗ってる女神像を殴れます? 」
「ハッ!? ……お任せ下さい、華麗なジャンプをお見せします。では皆さん参りましょう! 」
アイノテのヴァイオリンによって、防御と攻撃が増加するバフが付与されたことを確認したボーノは、腰に手を当てて、ペロペロキャンディにデフォルメ化されたメイスをサッと天に突きあげた。
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