第26話 生き残ればオッケーな島と意地悪妖精の呪い箱
ついさっきまではしゃいでいたカナデはすっかり意気消沈して静かになっていた。頭上のビビが肉球をカナデのおでこにぺたぺた押し付けていたが、下を向いたままトボトボと歩いている。アイノテはもちろん、しんがりをしているマキナも心配そうにカナデの背中を眺めていた。
ルードベキアは重苦しい空気を感じていたが、カナデにかける言葉が思いつかなかった。。取り合えず、エンカウントする前に一旦止まった方がいいかもしれない。そう持って口を開こうとしたが、カナデと手を繋いで歩いていたミンミンが先に声を上げた。
「ボーノさん、ちょっとストップして下さい。ここで隷属獣を出しま~す」
「ミンさん、オッケーで~す。準備が整ったら、教えて下さい。ちなみに、10メートルほど先で店舗を構える予定なので、後衛組はこちらで待機になりーーマス! 」
ボーノは語尾を力強く言って、ちょっとテンション高めです……っぽくしてみたが、カナデの表情は変わらなかった。ミンミンは弱々しく笑って気恥ずかしそうなボーノに目配せすると、自慢の隷属獣『白虎』を召喚した。4つ足で立った白虎の頭までの高さは主人であるミンミンの背丈の2倍ほどあった。
すぐにカナデは精悍な顔つきでふわふわの白い毛並みの白虎に心を奪われた。猫のように香箱座りをしている姿を食い入るように見つめている。
「すごく……カッコイイね! ミンミンさん、触ったら怒るかな? 」
「はっはっは! 撫でられ待ちしているから大丈夫だよ。それに、褒められてとても喜んでるよ」
頭を下げた白虎の頬を、カナデは嬉しそうに撫で始めた。思ったよりもふんわりとした毛並みに幸せを感じながら、目を細めてすり寄るミンミンの隷属獣にぴったりとくっついている。カナデの元気を奪っていたしょんぼり達磨はあばよ! ……と言って去っていった。
白虎の頭に乗ったビビが得意げな顔でポーズをしてカナデを笑わせている。誰もが笑顔が戻ったカナデ見て安心したような表情を浮かべ、3体で1パーティと思えるピンク色のクマに目線を移した。彼らは体操をしているようにぴょんぴょんと跳ねたり、訓練をしているかのようにヤシの木に拳をぶつけていた。
「では、お題をクリアしちゃいましょうか! アイさんヨローーデス! 」
ボーノはアイノテのヴァイオリンの音を聞きながら、カナリア、ディスティニーと共に走り出した。店舗を構えると言った地点で2人と目で合図を交わして、10メートルほど先にいる背丈がボーノの2倍ぐらいあるように見えるピンククマパーティに挑発スキルをぶつけている。さらに、パラディンスキル聖なる鎖で1体を自分に引き寄せた。
くりくりっとした目のピンククマはキョトン顔で2本足で立っていたが、すぐに不気味な微笑みを浮かべながらボーノに覆いかぶさろうとした。ボーノは素早く回避すると、スキル縦乱舞を使って何度も大楯をぶつけた。眩暈を起こしてぐらぐらと揺れるピンククマの背後から、カナリアが叫んだ。
「お客様、何名様ですかっ! 」
軽くジャンプしたカナリアの、あらゆる角度から素早く7回ダメージを与えるスキル連撃で大幅なダメージを受けたピンククマは右膝を地につけた。態勢を整えるために立ち上がろうとしているがーー。
「窓際のお席でよろしいでしょうかっ! 」
ーーと叫んだディスティニーに身体を4つに切り分けられてしまった。為すすべもなく白い粉をまき散らして霧散している。
「お次のお客様を迎えーーマス! 」
語尾を強調するスタンスを崩さないボーノが必死に走っているピンククマたちをスキル剛の渦で一気に、自分に引き寄せた。悪態吐くことで敵を怒らせて自分に注目を集めるという範囲挑発スキル、大いなる悪態を発動してコミカルな動きをしている。
便利なスキルではあるのだが……ちょこまかと素早くあちこちに動きながら、ば~かば~かと叫ぶモーションは果たして必要なのだろうか? ボーノは笑いをこらえているカナリアとディスティニーを横目でちらっと見て気恥ずかしそうな顔をした。
「カナデ君、見えるかな? ボーノさんが範囲挑発スキル使ってるよ」
「あんなに広い範囲を動けるんだね。あ、終わっちゃった」
ピンククマたちは黒い目に炎が燃えるモーションを浮かべて、お腹のハートマークを思いっきり見せるように両手を振り上げた。その瞬間に、ドンッドンッドンッという銃声が鳴り響きーーボーノから見て右の個体の頭に穴が開いた。チョコレートのような甘い匂いがする血しぶきが空中を舞っている。
身体はまだ動き出そうとしていたが、植物の根っこが幾つもの肉塊に切り分けていた。美しい桜の花が咲き乱れる中、内臓がはじけ飛び、手足がごろんと転がった。一瞬の出来事ですぐに白い粉になったが、ミンミンは慌てたようにカナデの目を塞いでいた。
「えぐっ。最近、急に演出が生々しくなってきたような気がするのは俺だけだろうか……」
「ミンミンさん、花が咲くスキルがあるんだね」
「あ、見ちゃってたかぁ。あれはヴァイオリンの乱れ桜っていう攻撃スキルなんだよ」
「じゃあ、アイノテさんの攻撃だったの!? ヴァイオリンって凄いんだね! ルードベキアさんの種子島もカッコイイ! 」
カナデに褒められて満更でもない顔をしたルードベキアはカナリアがジャンプ攻撃でダメージを与えているもう1体に何発か散弾を撃ち込んで、ピンククマの両腕を吹き飛ばした。
「射程距離は短いけど、この散弾銃式種子島は使えるな」
「ルー! それ、俺も欲しい。今度は偶然に出来たやつだからとか言わないよな? 」
「え? ちょっ、マキナ、こんなに前に出てきて良いのか? 初見だから周囲をちゃんと見てないとやばいと思うんだけど? 」
「あ……。しまった、つい……」
マキナは突如現れるかもしれない敵に対処するという役割を担っていたのだが……銃声音を耳にしてしまったせいか、ワクワク感を止めることができず、一番後ろからボーノたちに近い位置にいたルードベキアに所に来てしまった。すぐさまパッとウィザード職固有のスキルであるテレポートを使って、自分の立ち位置に戻り、何事もなかったような顔して周囲を見渡している。
慌てふためくマキナを眺めていたアイノテはヴァイオリンから絶賛スキルレベル爆上げ中の弓に切り替えて、愉快そうに笑った。
「マキナさんの種子島愛は深いの巻きーーな、なんてな。うげ、上にでっかい巣と蜂!! 」
アイノテが何となく見上げた上空に、建売住宅でよく見るような2階建て家屋サイズの蜂の巣とプレイヤーの背丈ほどある蜂が蠢いていた。30メートルの高さがあるナツメヤシからぶら下がっているようだった。
ーーリアルだったら重すぎて折れるな。いやそもそも、こんなでかい蜂はいないわ!
自己完結したアイノテは無限湧きの可能性がある巣を破壊するのが先決だと察して、弓から白い閃光を飛ばした。
「お家を破壊させていただきまっす! 」
スッと吸い込まれるように蜂の巣に入り込んだ矢じりは内部で回転しながら5つに分裂すると、次々に爆発していった。追い打ちをかけるように、ウィザード職のマキナがリズミカルに何度も指を鳴らして、
白虎のプロテクトシールドで守られていたカナデは素早く対処する彼らを不思議そうに見ていた。少し首をかしげてミンミンの腕を引っ張っている。
「ミンミンさん、ずっと思ってたんだけど、アニメみたいに技名を叫んだりしないんだね? 」
「え? え~っと、爆裂なんちゃら~っとか? 」
「うん、ウィザードってファイヤーボール! って叫ぶんだと思ってたんだけど、マキナさんいつも無言だから不思議だなぁって」
「あはは。このゲームは詠唱がないからねぇ。その代わり発動するまで時間がかかる魔法があるみたいだよ。あとでマキナさんに聞いてみるよいいよ」
攻撃時にスキル名称を叫ぶウィザード職もいないことはないが……マキナは常に淡々と戦っていた。生き残った蜂共に視線を向けながら、ウェストバックから取り出した
マキナが流れ作業のように指をパチンと1回鳴らすとーー氷が蜂たちを包んだ。空から降ってくる氷塊をディスティニーがスキルで出現させた侍魂という刀が真っ二つに割っている。ピンククマとの戯れが終わったカナリアもダガー2本をつなぎ合わせて飛ばす、飛来刃で地面に落ちる前に砕いていた。
ミンミンはいつでも回避できるようにカナデを後ろから抱えて、白虎に指令を飛ばしていた。白虎は迫りくる巨大な氷塊に向かって、扇状に衝撃破を出してダメージを与えるととも弾き飛ばした。さらにふわりと浮かんだそれらに向かって猫パンチを繰り出している。
最近取得した弓スキル銀鏡のテストをしていたアイノテはため息を吐いていた。ディスティニーたちのように空中で完全破壊したかったのに、出現した弓のドッペルゲンガーの威力が弱すぎて上手くできない。ルードベキアが散弾を撃ち込んでいる音を聞きながら、スマホのメモアプリにスキルレベル不足について書き込んだ。
「うわぁ。ミンミンさん、白虎は見た目通り強いんだね! あっ、刀が浮いているよ! 弓もだ! 」
カナデは白虎の凛々しい姿を見ていたが、空中で戦うディスティニーの侍魂とアイノテのドッペルゲンガーに気付くと、物珍しそうに眼で追い始めた。大勢のプレイヤーが入り乱れて戦闘する光景に興奮したのか、落ち着きなく周囲をきょろきょろと眺めながら拍手をしている。
空の敵の駆逐が終わりひと息つくと、カナリアは楽しそうにミンミンと喋っているカナデに目を向けて微笑んだ。
「ボーノさん、カナデはすっかり元気になったみたい」
「この私が……ミンさんの白虎に負けるとは思いませんでしたが、良かったです。ふわっとした体毛を手に入れれば勝てますかね。後で課金店を覗きます! 」
「あははっ。やだボーノさんったら、そんなまじめな顔でーーあははははっ」
1戦交えたことで相手の力量が分かった彼らはパーティを2分にして戦っても良さそうだと作戦を練りながら先に進んだ。着ぐるみのような容姿にチェンジしようかと、やや本気で考えているボーノを先頭に、警戒しながら歩いている。今までの傾向ならもう2パーティぐらい出現しそうだと思われたが……次のエリアに向かう桟橋にたどり着いてしまった。
カナリアが拍子抜けしたような顔してくるりと後ろに振り返った。
「これで終わりなの? うっそぉ! 」
「カナリアさん、未取得宝箱の数が表示された看板がありますよ。3つあるみたいですけど、分散して探します? 」
船着き場にある立て看板に気付いたディスティニーが指を差している。今回は道を外れた場所でもモンスターが湧くのか分からないが、このメンバーなら2つに分けてもどうにかなるだろう。そんなことを考えていると、マキナが叫ぶ声が聞こえてきた。
「お~いっ! ここにオアシスっぽいのがあるんだけど~。宝箱あるぞ~」
マキナは何かが見えた気がして、ルードベキアとアイノテと共に、大きく葉を広げるソテツが茂る森をごそごそと進んでいた。ひっそりと佇む青く輝く宝箱を腕を組んで眺めている。すぐに開けても良かったが、嫌な予感がして3人で見守っていた。
残りのメンバーを連れ立ってやってきたシーフ職のカナリアがスキル鑑定を使って確認するとーー。
「これ、例の宝箱みたいよ」
「あっはっは! 開けると、意地悪妖精の呪いをくらうってヤツかっ」
「スルーしたら面白くないヤツ! ですな」
「ボーノさんのテンションが、さらに上がってますね」
「そういうディスさんも……ふふふ」
ディスティニーやボーノ、そして他のメンバーも、ニヤニヤしながらくるりと輪になった。カナデは、何だろう? と不思議に思いながら、ミンミンとルードベキアの間に身体を入れた。
沈黙が流れる中、アイノテがスッと右手を挙げてーーきゅっと拳を握った。
「あ、そぅれっ! 最初はグー! 」
「ジャンケンポンっ! 」
カナデは口をポカーンと開けて7人の息ぴったりな合唱を聞いていた。まさかジャンケン大会が行われるとは思ってもいなかったようだ。
そして、こんな大人数だと時間がかかるだろうと思われた勝負は、なんと1発目で決まってしまった。上手い具合に1人がチョキで、あとは全員グーだったのだ。
「マジか……。では、不肖ボーノ行きます! 」
ボーノはツカツカと宝箱に歩み寄り、怯む事なく勢いよくフタを開けた。地面に出現した濃い紫色の魔法陣の光がボーノを包み込んでいった……。
「どうなった? 目線がなんかおかしいぞ。声もーー」
ヘリウムガスを吸った時のような高い声になったボーノが仲間たちを見上げた。自分の身に何が起きたのかを確かめようとしているのか、小さくなった手であちこちを触っている。
「なんだこれは!? 俺の大楯とメイスが……小さくーーいやデフォルメ化されとる! 」
「ボ、ボーノさんーーぶっ、ぶはっ。わ、笑ってすみません。2頭身になってーーぶはっ」
冷静沈着が売りのディスティニーが笑いを必死に抑えようとしてボーノから目を背けた。カナリアは可愛いと喜び、良い経験をしましたねーーと、アイノテが吹き出している。ミンミンは白虎の毛皮に顔を押しつけて笑っているようだ。マキナとルードべキアは口を両手で押さえていたが、ふふっという声がたまに漏れていた。
カナデはというとーー僕もボーノさんみたいな姿になってみたい! と言って、さらにメンバーを笑わせた。
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