第25話 ラブチョコを集めよう!
ショコラダンジョンはいくつかのエリアに分かれているようだった。バレンタインイベントアプリにはパーティで楽しめるミッションやちょっとした戦闘が待ち受けていると記載されているが、詳しい内容は分からなかった。イベント初日ということもあり、商会に売るための攻略情報を真剣にまとめながら進めているプレイヤーたちはかなり多かった。
8人までパーティが組めると教えてもらったカナデはワクワクしながらダンジョンに通じるドアを見つめていた。カナデはまだレベル30台だったがカンストが7人もいることから、ダンジョンレベルはおのずと50になったようだ。
ミンミンが自分たちがいるから大丈夫だよと言って豪快に笑っている。カナデは彼の光る歯を眺めながら、白地にお化けのようなドロドロした5段重ねチョコレートケーキのイラストと『血汚冷吐』という文章がプリントされてる、マキナとお揃いTシャツの裾を左手でぎゅっと握った。
カナデの頭上にいたビビは、くあぁと大きなあくびをしてのんびりしていたが、内心では悶々としていた。
ーーバレンタインなのに何でそんなおどろおどろしいTシャツなんにゃ……。
マキナのセンスには毎回、びっくりさせられるが、こんなTシャツを作る運営や企業にも驚きを隠せなかった。ゲームだからという基準で作ってるのだろう。このぐらいの遊び心はあった方がいいのか? カナデに変な影響を与えなければ良いのだが……などと考え込んでいる。
カナデは何となくずっとルードベキアのコートの袖をずっと掴んでいたが、1つめのエリアに入った途端にパッと手を離して、お題が書かれているボードに向かったアイノテの後ろを追いかけた。大きな白い洋風門扉の横にあるイラストで分かりやすく描かれた説明ボードを読んでいる。
「抱きしめて壊せ? 」
「カナデ君、制限時間内にハートの風船を抱き潰せば良いっぽいよ」
「アイノテさん、武器を使っちゃ駄目なの? 」
「注意事項にスキルや武器を使用した場合は
「僕にあんな大きな風船が壊せるかなぁ」
「小さいサイズもあるみたいだよ。ほら、あそこの地面に近いやつはどうかな? 」
アイノテと作戦を練っているカナデの頭上に乗っていたビビをマキナがヒョイと持ち上げて自分の肩に乗せた。機嫌よさそうに閉ざされた門扉の隙間からエリアを覗いている。
ガロンディアの街の噴水公園に似たエリアに、たくさんのハート型の風船が浮かんでいた。制限時間内に破壊してポイントを稼ぐとイベントアイテム、ラブチョコを貰えるようだ。
メンバーに準備が良いかを確認したカナリアが門扉の中央にあるボタンを押すと、公式萌えキャラアイドルらいなたんの声でカウントが始まりーー門扉がバンッと勢いよく砕けた。
カナデはびっくりして仰け反って転びそうになったがアイノテに支えられて事なきを得た。にっこりと笑う彼と一緒に軽快な音楽を聞きながら、狙いを定めていたハート形風船に向かって走っている。
「カナデ君、普通に割るんじゃつまらなくないか? 」
「どうすればいいの? 」
アイノテが、いよ~っ! という掛け声に合わせながらパンッと風船を割った。彼の真似をしたカナデは楽しそうに笑いながら、今度は一緒にやりたい! と言ってはしゃいでいる。
ボーノはできれば高得点を得たいと密かに思っていた。真面目な顔で丁度良さげな位置にあるハート型風船にスッと手を伸ばしては淡々と割っている。だが……初見はワイワイ楽しみたい派のミンミンに、狙っている風船を横取りされ始めーー予定している数に到達できない状況になってきた。大笑いするミンミンにプチ怒な表情を見せた。
「ちょっとミンさんっ、さっきから何で邪魔するんですか! この風船は絶対に……渡しませんからね……」
「あっはっはっは! 抱きつぶしたもの勝ちですぞ! さぁ、それを俺に譲るのです……それとも、ボーノさんを抱きしめーー」
「断る! 断固としてーーやめろぉお! 」
彼らがじゃれている隙に、ディスティニーが取り合ってる風船をふっと笑みを零しながらバンッと割った。早い者勝ちですから! と言ってドヤ顔をしながら去っていこうとする彼をボーノが口を開けたまま見ている。
「あ……ディスさん、まじですか」
「ぶはははは! ディスさんにやられたっ」
ハート形風船はあちこちに沢山あるというのに、1つを取り合うというゲームに3人は夢中になった。誰かが狙うとすぐに飛びついて、割ることに成功するとガッツポーズをするを繰り返している。
ルードベキアは目の前を通り過ぎるミンミンたちに目もくれず、効率的に風船を割る方法を考えていた。眉間に縦じま作って、独り言をつぶやくぐらい自分の世界に浸っていたが、いきなりカナリアに脇を突かれて、ひあっ! という甲高い声をあげてしまった。
赤くなった顔を誰にも見られないようにコートのフードを深く被って、さらに突こうとするカナリアから逃げ出している。ルードベキアのおかしな声を聞いて笑っていたマキナはビビの爪で風船が割れるか試していた。爪を切るときのように前足を軽く押して、風船に近づけてみたがーー。
「やっぱ割れないか。……ビビも風船割りゲームに参加できるといいなと思ったんだけどな」
「うにゃん」
「うん? 下に降りたい? 」
ストンと石畳みに降りたビビは低い位置にあるハート形の風船を見つけると、ぴょんと飛び乗った。パンッと勢いよく割れる直前にジャンプして、次々に風船を割っている。
「おお! ビビ、ブラボー! ブラボー! 」
ビビに拍手喝采したマキナが1つも風船を割らないまま時間切れのパンパカパーンという音がエリアに響き渡った。噴水の上に出現したモニターに、ポイント32/100と表示され、パーティメンバーそれぞれのスマホにラブチョコを8個がメールで送られた。
ミンミンはボーノとディスティニーの間に入って肩を組んで、豪快に笑った。
「32ポイントって、50は超えると思ってたんだけどなぁ。あっはっはっは」
「3人で1つの風船を取り合うと言うゲームに夢中になりすぎたのが敗因ですな……」
生真面目なボーノが浮かない表情を見せたが、ディスティニーは気にせずに楽しもうと言った風な明るい声を出した。
「あはは。ボーノさん、初日は遊ばないと! 次回、本気で稼ぎに行きましょう。ーーそういえば、マキナさんは猫ちゃんと遊んでばかりで働いてませんでしたね」
「あ、俺のせいーーかも? あはは……ビビちゃんが割りたがっていたからねぇ。手伝わないと……」
かなり多くの風船をビビが調子よく割っていたが、どうやらポイントには繋がっていなかったようだ。マキナはディスティニーの視線から逃げるように、石畳でぐねぐねと身体をくねらせてるビビを撫でている。
ルードベキアはかなりの数をこなしていたが、カナリアに脇を突かれて以来はほぼゼロだったため、若干バツが悪そうに下を向いた。スタートから終了するまで、かなり多くの風船と楽しく戯れていたのは、アイノテとカナデだけだった。
アイノテはカナデと顔を見合わせて、自信たっぷりの表情を浮かべた。
「俺はカナデ君と頑張ってたぞ! ーーね、カナデ君」
「うん、僕はアイノテさんと一緒にかなり割ったと思うよっ」
「この点数はほぼ、俺らが稼いだってことだな。皆、我々を崇めたまえ! 」
左手を腰に当てて、右手をスッと前に出したアイノテと、ハニカム笑顔を見せるカナデを囲んで、漫画のワンシーンのようにメンバーがシュタッとひれ伏した。ノリがよすぎる上に息がぴったりな行動に、すぐさま彼らはお腹を抱えて笑い転げた。
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「うひゃぁぁあ! 」
「うほほほほほほ~」
「あははははははっ! 」
パーティメンバーそれぞれがジェットコースターに乗っている時のような声を上げている。現実世界だったら摩擦でお尻から火が出てしまうんじゃないかと思うぐらいのスピードで、長い長い木のトンネルを滑り降りていた。時折、青い空と着地点と思われる島がぱかっと開いた隙間から垣間見えた。
誰もがゾワゾワする感覚を覚えながら遊具で遊ぶ子どもたちのようにはしゃいでいる。カナデはカナリアに後ろから抱きかかえられて滑り降りていた。幼稚園の頃に母親と一緒に滑り台で遊んだ記憶を思い出して微笑み、嬉しそうな叫び声を上げている。
だが、スピードを緩和する砂地に着地した途端に、着火剤に火がついたように顔が熱くなった。体格は12歳の年齢設定になっているが……本当は20歳を超えた大人だったと今更ながら気が付いて、ジェットコースターみたい楽しかったねと笑うカナリアの顔をまともに見ることができない。
カナリアは顔を真っ赤にしてうつむいてるカナデは具合が悪いのではなく恥ずかしがっていると、今度はすぐに察した。ルードベキアの肩を叩いてフォローをお願いしている。カナデは後で体格年齢をもっと上げようと心に誓ったが、ルードベキアの顔を見た途端にすっかり忘れて、彼のコートの袖をがっちりと掴んだ。
「はい、皆さん。このエリアのお題は『全ての敵を倒して生き抜け! 』です。取り合えず、このまま小道を進もうと思いますが、隊列はーー」
砂浜で話をしているパラディン職ボーノの背後に、不自然にクロスしたヤシの木の間に細い道があった。目を凝らすとピンクのクマがラジオ体操をしているような動きをしていた。それに気づいたルードベキアとマキナがブホッと噴き出して笑いをこらえている。
ボーノは2人の様子に何事かと思って振り返ってすぐに目線を外した。
「これはーーやばいですね。え、俺……耐えられる? 耐えられるのか? パラスキルの天声に笑い耐性あったっけ? アイさんっ、バードのバフで何とかなりません!? 」
「ボーノさん、そもそも論になりますが……笑い耐性というものは無い! 」
「デスヨネー。……このゲームってタンク職を笑わせて無力化させよう系が多くない? まじで困るんですけどぉ」
ボーノの女子高校生のような口調にどっと笑いが沸き起こった。腹部分にあるハートマークだけを見て笑いをこらえるといった彼のために、バード職のアイノテがヴァイオリンでパーティメンバー全員の攻撃と防御が上がる戦禍の旋律を弾いている。
「では、皆々様、いざ出陣ーー」
「之助っ! 」
「ちょっ、ボーノさん、良いとこ取りしましたね……」
「は~い。行きますよ~」
機嫌よさそうなボーノの後にシーフ職のカナリアとサムライ職のディスティニーが続き、その後を散弾銃式種子島を持ったルードベキアが歩いている。カナデはミンミンの隣でトロピカルな島の雰囲気を醸し出す森をきょろきょろと眺めていた。ふと、右手にある鮮やかな赤のハイビスカスが気になって近くで見てみたくなった。
ふらっと進路を変えた途端にーーそれは、ぼわっとカナデの倍以上の大きさに膨れ上がり、獲物を捕捉しようとするモンスターのように唸り声を上げた。すぐにミンミンがウィップで散らしたが、尻もちをついてしまったカナデは腰を抜かしたのかすぐに立てなかった。
「こ、怖……怖かっ……」
「うんうん、びっくりしたね。カナデ君、もう大丈夫だからね」
「ミンさん、道から外れると発動するということは……モンスターじゃなくて、毎回、必ずあるびっくり要素ってやつですね」
「確かにそれっぽいね。カナデ君、いまアイさんの話を聞いてたと思うけど、今のはプレイヤーを脅かすギミックなんだ。害はないけど、たぶんーー」
他にもあるだろうと聞いたカナデは……起こしてくれたミンミンの手を離せなくなった。ぷるぷると子犬のように小刻みに震えている。ミンミンは現実世界にいる年の離れた弟を思い出して、カナデの手をぎゅっと握った。
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