第20話 ファーストオーナー

 ナムカーン湿地帯やガルルカ山脈でカナリアたちと素材掘りの大冒険をした5日後、カナデはガロンディアの街にある噴水公園でチュロスをかじっていた。辺りはだんだんと日が暮れ、街灯がぼんやりと火を灯し始めている。


 1番星を見つけたカナデは友達の顔を思い浮かべて微笑んだ。


 ーーパキラとピート、早く来ないかな。


 ソワソワしながら、星空を駆け抜ける流れ星に願い事をするように何度も心の中でつぶやいる。きっと気に入ってくれると信じて、時折にやける頬を両手でふにゅふにゅと直した。相変わらず帽子のふりをしているビビはそんなカナデを見守っている。


 ほどなくして、笑顔で現れたスタンピートはチーム白ケモメンバーであるパキラが来ていないと分かると、待ち合わせ場所の白いベンチからほど近い屋台で、2種類しかないチュロスをじっと見つめた。どっちにするか悩んでいるようだ。


「プレーンはコーヒーありの時に良く食べるから、シナモン味にするか……いや、待てよ。う~ん……カナデはどっちにした? 」


「あはは。僕はシナモン味だよ」

「ぬぬぬ! じゃあ、同じにしようかな! 」


 スタンピートが心に決めた味を注文しようと口を開いた時、自分の名前を呼ぶ声とほぼ同時に、右肩にポンと手を置かれた。反射的に振り向くとーー頬にむにゅっとパキラの人差し指が食い込んだ。


「あはは。待たせてごめん。今日は仕事が押しちゃってーー」


「おっふ……。こんな古典的な技に引っかかってしまうとは思わなかったっ! パキラもチュロス食う? 」


 仲良くチュロスをかじりながら、今日は何をしようかと彼らが話し合っている公園は煌々と外灯に照らされて、繁華街のようにとても明るかった。にも関わらず、美しい天の川を鑑賞できるほど星空が良く見えた。


 カナデは現実世界もこんな感じだったかなと思いながら、コンサートで振るサイリウムライトのように光る棒を不思議そう見ていた。流れるように動いているソレはだんだんと近づきーーお変わりはありませんか? と笑顔で声掛けをする警察官の腰でゆらゆらと揺れて、静かに去っていった。


「光ってるアレは何だろうって思ったら、警棒だったんだね! 」


「うんうん、あれキレイだよね! ひと目で警察官だって分かるようにしてるんだってさ。VRゲームって、リアルに近いじゃん? 明るさの補正が自動的に適用されてっけどさ、治安維持のために、警察官NPCが見回りしてるって公式サイトに書いてあったよ」


「そうだったんだ! 夜はやっぱりちょっと危ないのかなぁ」


「街中だったら大丈夫じゃないかな。警察直通の防犯ブザーぶら下げてる人もいるけどね」


「公式推奨だから、私もバッグにつけてるよ! 気休めにしかならないみたいだけど、無料で配られるからカナデもダウンロードするといいんじゃない? 」


 カナデが無料配布アイテムのダウンロードの仕方をパキラに教わっている間、スタンピートは星座が再現されている夜空を眺めていた。白い帆布カバンにキーホルダーのようにぶら下げて、嬉しそうに笑うカナデの声を聞きながら、おもむろに口を開いた。


「えっと……実はですねーー。レベル30に到達しました。これも、皆さまと、神の力……経験値増加ポーションのおかげでございます。キラーン」


「うわぁ、ピート、おめでとう! 僕らのレベルにあっという間に追いつきそうだね」


「ピートったら、いつの間に!? 」


「ここ最近さ、経験値稼ぎのために、ずっと早起きしてたんよ」


 2人から祝福の拍手を受けたスタンピートは照れ臭そうに笑うと、パッパッと2人の前に立って、頭を下げた。


「今まで、パキラやカナデに経験値が入らないトコばっかで、すまんかった。ありがとう! ってことで~、今日はレベル32ぐらいのモンスターがいるトコに行っちゃう? それともーー」


「あ、あのね。狩場の話じゃないんだけど、これ見てくれるかな」


 カナデはスマホのインベントリにあるアイコンを見せた。画面をのぞき込んだパキラとスタンピートは目を凝らして、少し首をかしげた。それが武器だと察したが、見た目の詳細が見えにくい画像だったせいで、カナデが何を言わんとしているのか分からなかったようだ。


 そのことに気付いたのか、カナデはポンとそのアイテムを具現化した。途端にーーパキラの紫色の大きな瞳が輝く星を次々に生み出し、彼女の小麦色の肌を照らした。さらに、レーザービームのような視線をアイテムに飛ばしている。


「これって……日本刀の……『荒神』!! 」

「うん、レベル35用で、品質3なんだけど使えるかな? 」


「品質3!? いま私が使ってるのってレベル28用で品質2だよっ。カナデスゴイよ! 」


 日本刀『荒神』は攻撃が命中すると確率だが、攻撃スピードが増加するという追加効果があった。サムライ職のパッシブスキル侘びのレベルを上げれば、素早く日本刀が振れるようになるが……パキラはレベル2止まりだった。


 自分に向かってくる飛んでくる竹を斬る、というスキルクエストが彼女には難しいようで、なかなかクリア出来ず、手っ取り早く武器の追加効果で上げられないものかと探していた。


 そこで見つけた日本刀が『荒神』だったのだが……追加効果がある武器はそこそこ値段が張るため、指を咥えて眺めるしか出来なかった。図らずも新作の衣装を買って散財してしまったパキラは、しょんぼりしながら、新たな決意を胸に日本刀貯金をスタートしていた。


 カナデはぽわんと日本刀を見つめているパキラの目を見てにっこりと笑った。


「ーーパキラ、この刀を貰ってくれる? 」


 いつか買いたいと願っていたものを前にして、パキラはよだれを垂らして頷きそうになったが、ミニミニパキラのちょっと待った! と言う声が頭に響いた。さすがに高額アイテムを貰うのは良くない……グーにした左手を心臓の上に置いて、物欲をぐっと押さえている。


「う、嬉しいけど、申し訳ないよ……。これを買いたいけど、まだお金が貯まってないの。だから……売った方がーー」


「いいなぁ。俺もほすぃな。羨ましいなぁ」


 遠慮するパキラの隣で、スタンピートは芝居をしているような喋り方で横槍を入れた。さらに、カナデが手にしている日本刀を羨ましがっているという演技をパキラに見せている。


「もちろん、ピートのもあるよ」

「え!? マジ……で? 」


 パキラが素直に受け取れるようにと冗談を言ったつもりだったスタンピートは驚いて目をむいた。カナデは日本刀『荒神』と同じ素材で作れる弓『迅雷』をスタンピートの眼前で具現化した。


「レベル30用で品質3なんだけど、どうかな? 」


「あわわわ。カナデーー俺はいま、猛烈に感動している……。ありがとう! 触ってもいいかな? 」


「大丈夫だよ、帰属解除しないと武器として使えないけどね」


「おおっ。おおおおっ。この弓、か、かっこいい。パキラもカナデの日本刀、持ってみなよ! 」


 スタンピートに促されたパキラは日本刀『荒神』を手に取った。黒と金が織りなす柄巻つかまきと、黒地に蝶が舞うさやをじっくりと眺めながら、感嘆のため息を漏らしている。


「とっても綺麗……」


 パキラは日本刀に取り憑かれたかのように、恍惚とした表情を浮かべた。


 漆黒の刀身は妖しい紫色のオーラを纏っているそうだが、帰属解除前なので、さやを抜いて確認することは出来なかった。商店の販売員NPCの説明を思い出しながら、日本刀『荒神』を颯爽と扱う自分を想像した。


「……カナデ、こんなに素晴らしいものをホントに貰っていいの? 」

「パキラが貰ってくれないと、リサイクル機行きになっちゃうよ」


 カナデは冗談だったが、間に受けてしまったパキラはそれは勿体なさすぎると青ざめて、慌てたように日本刀『荒神』を胸に抱えた。


「ありがとう。早く35になれるようにレベル上げ頑張るね」

「銀の獅子商会で帰属解除してもらおうと思ってるんだけど、いいかな? 」


「うん、大丈夫だよ。メンバーズカード持ってる! 」


「俺もカード持ってる! ……この弓の追加効果って、スタンなんだよね。品質3だと命中したときに発動する確率が結構いいはずだから、使うのが楽しみだよ! 」


 スタンピートは満面の笑み浮かべて、弓の弦をハープを奏でるように指でポンポンと弾くと、公式アイドルらいなたんの持ち歌のメロディを機嫌よさげにふんふんふ~んと口ずさんだ。その一方でパキラは鞘に付いた指紋のような汚れをハンカチで拭って、キュッキュと磨いていた。


 そんな彼らを眺めていたカナデは、彼らが喜んでくれたことが嬉しくて、口元を思いっきり緩ませた。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ピートとパキラが僕が作った作品の初めての使用者になるから、ずっとドキドキしてたんだ」


「私たちがカナデブランドの最初の所有者になるのね! ……なんだか私までドキドキしてきちゃったよ」


「メイドインカナデのファーストオーナーってやつか。ちょっぱやで、このブランド武器の帰属解除したいな。ーーあ、カナデ、解除手数料はちゃんと自分で払うからね! 」


 職人が製作したアイテムはブランドと呼ばれていた。スクロールなどの消耗品を抜かしたアイテムは製作者に帰属されているため、解除しないと他プレイヤーは使用することが出来なかった。


 一般的に『帰属解除』と言われているものだが、それが出来るのは、職人クラスの商人職が『商会』を設立した時に取得できる『恵比寿』という固有スキルだけだった。


 そのため、武器などの通常取引は商会を通して購入するのがこの世界の常識となっていた。職人と直接取引をしたい時は運営が管理するヘルプセンターで売買契約を行わなければならない。ーーだが、今回のカナデのケースのように金銭が絡まない場合は、任意の商会で帰属解除のみを行えば問題はなかった。



 ーー2人がポイントカードっていうの持ってるなら、銀の獅子商会を選んで良かったかも。


 つい先日、カナデは工房塔の職人ギルドで眉間に深い溝を作りながら、商会を調べていた。思ったよりも数が多くて、どの商会に帰属解除依頼をしたらいいのか、見当のつかない。頼みの綱のビビはというと……そんなの自分で調べるにゃ、という風に椅子で丸くなっていた。


 カナデは蚊取り線香のような渦を巻いた生き物が、頭上からポンポン飛び出しているかのように、どうしたものかと悶々としている。職人ギルドのスタッフにオススメの商会を聞いたりしてみたが、中立的な立場なのでと言葉を濁されてしまった。


 しばらく各商会の自己紹介コメントを眺めていたが……師匠であるルードベキアの助言を聞いてからにしようと思い直して職人ギルドを後にした。


「自販機じゃなくて、1階のカフェに行ってみようかな。ビビは何が飲みたい?  」


「ビビはリンゴジュースがいいにゃ。チーズケーキとクッキーもあったら食べたいにゃ! アップルパイも気になるにゃ……」


 エレベーターの中に他のプレイヤーがいないことを良いことに、ビビは賑やかにお喋りをしていた。カナデはビビの食いしん坊ぶりが可笑しくて、ぷっと吹き出してしまった。どんなデザートがあるのだろうかと期待を膨らませながら、1階に到着したエレベータから降りたーー。


「あ、ルードべキアさん! こんにちはっ」


 カナデは会いたかった師匠と鉢合わせて嬉しそうな笑顔を浮かべた。子犬の尻尾をブンブンと振っているようなカナデに和んだルードべキアは顔をほころばせている。


「やぁ、カナデ。今日も頑張ってるみたいだね。良い作品は出来た? 」


「はいっ! ずっと篭ってた甲斐があって、自分なりに満足するのができました。相談したいことがあるんですけど、お時間ありますか? 」


「大丈夫だよ。そこのカフェで何か飲みながら話をしようか」



 アイスティーを注文したルードベキアはストローを咥えながら、器用にリンゴジュースとチーズケーキを飲み食いしているビビを不思議そうに眺めていた。カナデは冷や汗を流していたが、ビビはお構いなしに口元についたジュースをペロリと舐めている。


「ペットアイテムって専用のエサ以外も食べるんだな。知らなかったよ」

「えっ……とぉ、ビビはクジで当たったやつ……だからかな? なんて……」


「あぁ! ログインボーナスの新春お年玉クジかっ。景品なら、きっと特別仕様なんだろうな。ーーあぁ、そうそう、相談ってどうしたの? 」


「商会に帰属解除の依頼をしたいんですけど、どこがが良いのか分からなくて……」


「う~ん……そうだなぁ。直接、商会の団長に会って、自分に合うか見極めた方が良いかな。作品を大事に扱ってくれて、職人の個人情報を売らないと約束してくれるトコがオススメだよ」


「明日、友達に作った武器を渡そうと思ってるんですけど……」


「それなら、メジャーどころの銀の獅子商会が良いね。職人登録が必要だけど、運営お墨付きの大手だから安心だよ。店舗に行くよりも、ランドルにある本部に行った方がスムーズに手続きしてもらえるよ」


「いま、拠点にしている街はガロンディアなんですけど、ランドルには乗合馬車ですぐ行けますか? 」


「あ。あぁ……じゃあ、紅石をあげよう。消耗品だけど、これを使えばどの街にも飛べるからね。ついでに友達の分も渡しておこうか? 」


 カナデはイベント会場でしか手に入らない貴重な紅石を3つ受け取ると、出来立てほやほやの作品を具現化して披露した。


 そして、素材集めが大変だったんじゃないかと言って、驚いたような顔をしているルードべキアに、カナリアたちとの冒険話を、時間を気にしたビビにパシッと猫パンチを食らうまで、楽しそうに喋り続けた。

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