第19話 カナデとカナリアと愉快な仲間たち

 パラディン職ボーノ自慢の騎乗アイテム8人乗りの車輪付き船が颯爽とフィールドを駆け抜けていた。狂暴なモンスターたちが街道から外れて移動している船を次々と襲い掛かっていたが、運転手であるボーノ以外のレベル50のプレイヤー4人が甲板から軽く彼らを捻り上げていた。


 カナデは投げ出されないようにシートベルトをした椅子から、ただただ驚いていた。


「凄いや! 船の騎乗なんて初めて見ました! 海賊みたいでカッコイイ! 」

「ふっふっふ。そうでしょう、そうでしょう」


 ボーノがカナデの反応に満足して何度も頷いている。


「それに、あんなにいっぱい怖そうなモンスターが来てたのにあっという間にいなくなっちゃった! カナリアさんのお友達は、すっごく強いんですね! 」


「ふっふっふ。そうでしょう、そうでしょう」

「あははっ。カナリアさんはボーノさんのモノマネが上手ですね」


「似てた? よし、かくし芸として極めちゃおうかなっ。さらなるネタを手に入れたらカナデに披露するねっ」


「うん、僕、楽しみにしてますね」


 カナリアとはしゃいでいるカナデの会話を聞いていたボーノは複雑そうな顔をしている。


「う、うーん……。カナリアさん、それはちょっと勘弁して下さいよ。なんかルードベキアさんの目線が怖くなる気がするんで……」


「え、なんでルーが怖くなるの? 」

「だって、カナリアさんとルードベキアさんってーー」


「わぁ、カナリアさん、見てみて! 虹が3つ重なってる! 綺麗だなぁ」


 ボーノが言いかけた言葉はカナデの嬉しそうな声にかき消されてしまった。カナリアはボーノもいろいろと誤解しているようだけど、まぁいいかと気にせずに、シートベルトを外したカナデと一緒に船の縁からトリプルレインボーを眺めた。


「カナデ、これは箱庭でもなかなか見られない現象だぞっ。きっと今日はラッキーなことが3つはあるよ! 私の分もあげるから、6つだ! ついでに、ここにいるメンバー全員の分も貰っちゃえっ」


 あははと楽しそうに笑うカナリアの隣で、さらにワクワクが止まらなくなったカナデは空を駆ける銀色の羽が生えた馬の群れに目を奪われていた。あれもモンスターなの? とミンミンの袖を引っ張り、指を差している。カンストメンバーたちはそんなカナデの姿に顔をほころばせた。


 カナデの興奮冷めやらぬまま、雨蜘蛛がいるというナムカーン湿地帯に到着した。カナリアは狩りを始める前にメンバーを集めると、再確認をするように喋り出した。


「あのね。カナデはレベル33の鍛冶師だから、皆んな、よろしくねっ」


「オッケー。カナデさん、ドロップ品は全部あげますよ」

「落ちてるアイテムはどんどん拾って下さいね! 」


「了解之介っ! カナデ君の護衛は俺とミンミンにお任せあれっ。レッツエスコートっ」

「そうそう、俺とアイノテさんの傍にいれば安全だっ! あっはっは! 」


 カナデはドキドキしながらミンミンとアイノテの間を歩いている。カナリアたちは、明るく冗談を交わしながら雨蜘蛛をどんどん狩っていた。


 キラキラ光っているのが雨蜘蛛の糸だよとミンミンに教えてもらったカナデが拾うのが忙しくて嬉しい悲鳴を上げているとーー滑るように湿地の水面を走って来たカナリアが目を白黒させているカナデにポンとドロップアイテムを手渡した。


「カナデ、拾うのが大変だったら、ミンさんとアイさんにお手伝いしてもらうといいよっ。じゃあ、経験値もザクザク入るように、もっといっぱい倒してくるね! ふふふっ」


 カナリアは水属性の音波が獲物を体内から破壊する追加効果が確率で発生するというダガー鯨の歌で、隠密スキルを使いながら泥の中から飛び出してくる雨蜘蛛たちを軽やかに瞬殺していった。


 スキルのオンパレードだなと思いながらその様子を眺めていたバード職のアイノテはパーティメンバーにバフ効果を付与できる専用武器ヴァイオリンを出していたが、必要ないなと思ってすぐにスマホに収納した。代わりに腰にウィップをぶら下げて歩いている。


「ミンさん、やっと我らの活躍する場がやってきましたぞ。さぁ、合体スキルバキュームを発動しーー」


「カナデ君、俺の隷属獣に拾わせるからサクサク集まるよ。あっはっは! 」


「わぁ、あのパンダさん動きがとても速いんですね。動物園でみたのとは大違いでびっくりしちゃいました」


「あっはっは! 特別仕様だからねっ! ーーん? アイノテさんどうしました? 」


 アイノテは弱々しく笑いながら、射線を頭に何本か描いたような顔でドロップアイテムを拾っていた……。心配になったカナデがそんなアイノテの手をぎゅっと握った途端、彼は満面の笑みに切り替わり、スキルバキュームを使ったかのように、転がるボックスを高速でスマホに収納していった。



 30分ほどの雨蜘蛛との戯れが終了した彼らは次なる素材を求めて移動を開始した。カナデはアイノテとミンミンから次々に出されたアイテムをインベントリに収納する作業に追われている。その間にメンバーを乗せたボーノの船はガルルカ山の麓を通り過ぎて、徒歩でしか入れない登山道ぎりぎりのところまで突き進んだ。


「カナデさん、オリハルコン鉱石は登山道を登りながらゲットできますよ。ほら、ここにもあります」


 パーティメンバーのデスティニーが笑顔で場所の説明をしながら、カナデの手を引いている。カナリアや他のメンバーたちも歩きながら、鉱脈を探していた。


「カナデ! 受け取って! 」

「カナリアさん、ありがとう! 」


 カナリアがオリハルコン鉱石を投げて渡しているのを目にしたアイノテとミンミンは競走を始めたのか、我先にとダッシュした。かなり先まで登って戻ってきた彼らは山のようにアイテムを積み上げ、あまりの多さに目を丸くしているカナデを眺めながら満足げにうんうんと頷いた。


 忙しくアイテムを収納しているカナデ様子が何かに似ていると思って、カナリアはじっと眺めていた。ハムスターだ! と気が付いた彼女は、カナデと重ね合わせて、口の中にどんどんヒマワリの種を入れている様子を想像しながら、両手を頬に置いて顔をほころばせた。


「カナデ、良かったね! あとは雷神の手が欲しいんだよね? 山頂にいる雷神イーライがドロップするから、頑張って登ろうね」


「ちゃんと名前が合ったんですね! 図書室の本に名前がなかったから、ちょっと気になってました。画像もなかったから、どんな姿なのか楽しみだなぁ」


 カナデは岩がごろごろとあちこちに点在する登山道を、ワクワクしながら登って行った。時々立ち止まり、高山植物がところどことにある景色を見渡している。道中、岩石系のモンスターが出現しカナデたちの行く手を阻んだが、カンスト衆があっという間に片づけてしまった。


 さらに進むと羽の生えた小鬼のようなガーゴイルたちがバサバサと飛んでくるのが見えた。ディスティニーは弱点の説明をしながら、カナデにトラップアイテムである投網グレネードを手渡した。


「では、カナデ君、わたくしアイノテが、タイミングの掛け声をいれましょう! 」

「あ、カナデさん、もう投げていいですよ」


「ええ!? ディスティニーさん、俺にも活躍させて下さいよ~」

「大丈夫です、アイノテさんの力は山頂で発揮されますから! 」


「あはは。僕はアイノテさんの合図で投げたいです」

「な、なななんと! いい子なんじゃぁ。……はいっ、ではレッツアタック! 」


 笑いながら投げたグレネードから放たれた網は迫りくる黒いガーゴイルたちを絡めた。カナデがもぞもぞと動いて網から抜け出そうとする彼らを、どうやって倒すのだろうと不思議に思っていると、ミンミンのウィップ雷華乱らんからんがその名の通り、雷をまき散らしながら乱れ咲いた。

 

 カナデは沢山の雷の華がくるくると踊るように回っているような攻撃をじっと眺めていたが、投網を焦がすほどの落雷が眩しくて、思わず目を閉じた。アイノテにポンポンと肩を叩かれた時には、ガーゴイルたちは跡形もなく消え去っていた。


 感嘆の声を上げたカナデは手を叩きながらミンミンに凄いを連発した。


「あっはっは! カナデ君ありがとう! 」


 山頂近くまで来たところで雷神イーライが仁王立ちしているのが見えた。カナデはどんなモンスターだろうとワクワクしていたが、巨大な体躯と三叉槍のような武器を見た途端に背筋が寒くなるのを感じた。ボーノはオロオロしているカナデに笑顔を見せながら大丈夫だよと声をかけると、バナナの房のような岩を指差した。


「カナリアさん、このバナナ岩付近がイーライの戦闘テリトリーの境界線ですよ」


「ボーノさん、ありがとう。さすが攻略の鬼だね! ーーカナデ、雷神イーライは低レベルプレイヤーをすぐにタゲって攻撃してくるから、パーティを抜けてここで待っててくれる? ドロップする素材はパーティ帰属にならないから、あとで渡すね」


 カナデは……低レベルプレイヤーを手伝うのはカンストの使命だ! と言ったアイノテから、パワーレベリング防止策がされているという説明を受けたがーー独りで待つのは寂しかった。尻尾をだらんと垂らして、下を見ている子犬のように……しょんぼりしている。


 いまにもキューンキューンと泣きそうなカナデの肩に背後から大きな手が乗った。カナデが見上げると、ミンミンがニカッと笑っていた。そして、ハムスターのような容姿でふわふわした毛並みを持つ隷属獣、天竺鼠がカナデの頭上で帽子のようにじっとしていたビビにすり寄った。


「カナデ君、俺と話しながら待とうか。カナリアさん、4人で楽勝ですよね? 」

「オッケー。ミンさん、ありがとう! カナデをよろしくねっ」


 カナデはカナリアたちを見送った後に、キャンプで使うようなスツールぐらいの高さの岩に座った。背中にもふっとした感触を感じて振り返ると天竺鼠が笑うように目を細めて、カナデを守るように立っていた。


「ーーミンミンさん、ありがとう。この子、可愛いですね」


「こいつは雷耐性があるから、飛び火が来ても俺らを守ってくれるよ。そんでもって、俺は雷神がちょ~っと、苦手なんだよね。顔がさ……怖すぎて。ぶははっ! 」


「えっ!? そんなに怖いんですか……? 僕、近くでちょこっと見てみたいと思ってたけど、そんなに怖いなら、ここで待っててよかったかも」

 

「うんうん。俺と楽しいお喋りをしよう。あっはっは! そうそう、アイノテさんの名前の由来、教えてあげようか? 」


「どんな由来なんだろ? 教えて下さいっ」

「それはね……」


 ミンミンは目をキラキラさせているカナデにニカッと笑ってキラーンと輝く白い歯を見せた。


「アイノテさん曰く、人々を愛し手助けをする『愛の手』と雰囲気を盛り上げるための『合いの手』を掛けた! ーーだそうだ。あの人らしい面白い由来だろ? ぶははははっ! これを俺が初めて聞いた時ーー」


 カナデが豪快に笑うミンミンとのお喋りに夢中になっている一方で、カナリアは素材を手にして喜ぶカナデを想像しながら、あらゆる角度から素早く7回ダメージを与える上に、ダメージボーナスが非常に高いスキル連撃を雷神イーライが涙目になるほど食らわせていた。


「カナリアさんは相変わらず容赦ないですね」


「ボーノさんがタゲ維持してくれてるからできるんですよ~。それに、ほらディスさんやアイさんだって、いまリポップしたばかりなのに……ヤバミでしょ」


 サムライ職のディスティニーはボーノがスキル挑発を使って5秒ほど待った後に、シーフスキル連撃に似たようなスキル名鏡で雷神イーライの体力をいきなり半分ほど奪っていた。さらに回復担当をしていたバード職のアイノテがヴァイオリンで徐々に体力を削っていく死の旋律と毒の持続ダメージを与える毒の盃を連続で弾いている。


 ボーノは緑色に変色した雷神イーライが朽ちていく姿に笑わずにはいられなかった。


「カナリアさん、久々にタイムアタックします? 俺が計測しますよ」


「それ、いいね! カナデはミンさんと楽しくお喋りしているみたいだから、素材を集めるついでに遊んじゃおうっ。ディスさん、アイノテさんオッケ? 目標は10秒以内かなぁ」


「問題ないですよ。俺は明鏡止水の如く、刀を構えていますからーー」

「了解之介っ! ヴァイオリンでバフ付与したら、速攻で弓に変えるわ」


 ノリノリになった彼らは心ゆくまで雷神イーライと楽しいひと時を過ごした。タイムアタックを始めて30分後、レア品だという雷神の手を大量に手渡されたカナデが、驚きすぎて口をポカーンと開けたまま固まった……といういうのは言うまでもない。



 時間がたつのは早いものでいつの間にやら、現実時間の夕暮れになっていた。街に戻ってきたパーティメンバーたちはカナデとフレンド登録をすると、笑顔でログアウトしていったーー。彼らを見送ったカナリアが愉快そうにカナデの目を見て笑っている。


「みんな良い人たちだったでしょ? 」

「うん、ミンミンさんの話、すごく面白かったです! 」


「良かったねぇ。ふふふっ。じゃあ、私はリアルでご飯を食べてきま~す。カナデ、また遊ぼうね」

「カナリアさん、ありがとう。またね」


 カナデは手を振りながらフェードアウトしていくカナリアを眺めながら、楽しかった彼らとの時間を思い返して、その余韻に浸った。

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