第18話 やあやあカナデ君、何かお困りかな?

 現実時間の朝早くからカナデは工房塔の3508号室に篭っていた。多くの会社員が通勤電車に揺られている時間帯のせいで、ログインしているプレイヤーの姿はかなり少ないようだ。ゴールデンタイムに賑わいを見せる1階のカフェテラスは閑古鳥が鳴いている。


 工房塔はピサの斜塔が真っ直ぐになった様な外観で各街に必ずあった。商会の店舗と同じく、どの街から訪れても同じ空間に繋がっていた。


 1階には、工房部屋と店舗レンタルなどの受付所、利用案内所の他、談話スペース、ファストフード形式のカフェがあり、4基ある中央エレベーターから各階に移動できる。2階にはサービスが充実した職人ギルドがあった。製作や販売の相談所、職業訓練所は職人なら誰でも利用できる。また職人プレイヤーの開発知識を促す、専門図書室も設備されていた。


 3階から24階は商人や料理人、商会用のレンタル店舗スペースで、こちらは1ヶ月契約だ。部屋の大きさによって料金が決まっている。レンタルチケットは、ゲームマネーだけではなくリアルマネーで購入することもできる。


 25階より上は、職人クラス専用工房部屋が円形の外壁に沿って立ち並んでいる。使用料は無料だが、1回の予約で5日までしか借りられない。各階には基本素材が手に入る自動販売機が設置されている。


 そして課金になるが防犯システムも充実していた。レンタルすれば、警備員NPCを雇ったり、防犯カメラを設置したりできる。押し込み強盗や質の悪いプレイヤーから身を守るために利用する職人クラスは多いようだ。カナデも何かあったときのために、警察や冒険者ギルドに証拠として映像を提出できる防犯カメラを設置している。


 

「日本刀って、中級からだったよね? 」


「そうにゃ! 職業専用武器は全部中級からにゃん。初級で作りやすい片手剣や小盾か難なくこなせるようになってから、進むにゃ。その後は、上級、超級ってあるにゃん」


 カナデはビビに見守られながら金床前にある椅子に座ると、脚気の検査の時に使うハンマー型の器具のような槌を両手で握った。


 3日ほど前、工房塔で製作の特訓を頑張っているカナデに会いにスタンピートとパキラが遊びに来た。受付でルードべキアの所在が聞けるかも! とパキラは目を輝かせていたようだったが、商店の時と同じく個人情報保護を理由に丁寧に断られていた。


 ガッカリしているパキラを見たカナデはーー種子島がそんなに欲しかったのかと、気の毒に思った。鍛冶師であるカナデは、製作リストに載っていない『種子島』を作ることは出来ない……。


 ーーそれならば、サムライ専用武器である『日本刀』をパキラに贈ろう! 


 そう考えた彼は昨日から5日間、工房部屋を借りて、まずミニゲームに似ている製作にもっと慣れようとしていた。


 カンカンと槌を叩く音がリズミカルに響いている。燃える炉に手を近づけても熱さは感じないが、身体から大量の汗が噴き出していた。白いボア付きの上着を脱いで面白Tシャツ姿になったカナデは深いため息をついた。


「むずかしいなぁ……。ルードベキアさんは音楽に合わせて叩けばいいって言ってたけど……。ねぇ、ビビ、僕はリズム感がないのかな? 」


「自販機で買える素材でいっぱい練習すればいいにゃん。……それにしても、何でそのTシャツをゲットしたにゃん……」


「え? 猫のイラストが可愛いなぁって、思ったんだけど? 似合わないかな」


「なんでソラマメを弾き飛ばしている猫のイラストなんにゃ……。しかも、『猫砂はまめに掃除しろ! 』っていう文章! シャレにゃ? シャレなのにゃ? 微妙すぎるにゃ……」


「あはは、これいいでしょ? マキナさんのオススメをお父さんと一緒に買ったやつなんだよっ」


「マキナめ……。あるじさま、とっとと製作の練習するにゃ! 」

「うん、頑張るね。えっと……この初心者の片手剣の曲はーー」


 製作工程はいわゆる音ゲームと呼ばれるものに似ていた。椅子に座ると出現するモニターの画面上から流れてくる〇を、曲を聞きながらタイミングよく画面中央より少し下にある枠線と重なった時に、槌で金床を叩くというものだった。


 初級の5秒から上級になるほど曲は長くなり、〇も数が増えていくようだった。タイミングやコツがあるようだが、カナデは上手くいかないことの方が多かった。超級になると歌が入るらしく、カラオケボックス化しているという噂が一時期流れたらしい。


 たまたま歌っている職人を見たプレイヤーの話に尾ひれがついたようだった。ルードベキアは笑いながらーー実際はそれどころじゃない、こんな感じだと表情を作ってカナデに見せていた。


 そこまで到達するにはどのくらい時間がかかるのだろう。だが、焦らずに自分のペースで行こうとカナデは心に決めた。楽しみながらやっていればすぐだよという師匠の言葉を信じて、リズミカルに槌を振っている。


「うわぁ! ヤッタよ、ビビ! 初めて品質2が出来たっ。5秒の曲をクリアしたから、次はもうちょっと難しいやつをやってみようかなーー」


 モニター画面と曲は製作者本人にしか感知できないため、槌を叩く音だけを聞いているビビは暇そうに何度もあくびをしていた。部屋の中に溢れている失敗作と買い手がつかない品質1をぼうっと眺めていたが、天井にあるシミのようなものが気になって、前足でタシタシと叩いている。


「パキラはレベル33って言ってたから……将来を見越してレベル35の刀を作ろうかな」


 練習に疲れてきたカナデは、スマホの製作リストをタップして日本刀一覧を表示した。ずらりと並んでいる画像を見ながら、キックスターターを何度も蹴っているのにバイクのエンジンがかからない時のような声を出している。


 カナデはまたもや迷いの森に入り込んでしまったらしく……困り顔でビビがいる天井を見上げた。


「うーん……。ねぇ、ビビ。どれがいいと思う? 」

「見た目が美しくて、ピカピカなのがいいにゃ! 」


「それ……ビビの好みじゃないの? 」

「お、女の子はみんなそうなのにゃっ。これなんかどうにゃ? 」


 ふわっと空中に浮きながら、ビビが爪をにゅっと出して指した日本刀は…‥柄巻つかまきが桃色で、さやはショッキングピンクの地に鮮やかな赤い牡丹ぼたんが描かれていた。紅色のつばにはピンクの宝石が3個ついている。


「えー? パキラには似合わない気がする。もっと……何ていうか、武士道ちっくなイメージ? 」


「あるじさまの方がよく分かっているにゃ。ビビに聞かないで自分で探すにゃ」


 ビビはピクピクっと小さく耳を動かしながら小ぶりなあくびをすると、カナデの膝にもぞもぞと潜り込んだ。眉間に軽い溝を作って、スマホを食い入るように眺めているカナデのお腹辺りを、むにゅむにゅと前足で交互に押しながら、ぐるぐると喉を鳴らしている。


「よし、これにしよう! 素材は……見た事がないのがあるなぁ。雨蜘蛛の糸、雷神の手、オリハルコン鉱石……。スマホの素材リストは、手に入れたアイテムしか表示されないしーー」


「あるじさま、工房塔2階の図書室で調べるといいにゃ」

「その手があったね。ありがとう、ビビ。早速、行ってみよう」


 カナデはそう言いながら、機嫌が良さそうなビビを抱き上げてお腹に顔を埋めた。柔らかい毛の感触に癒されながら、スーハースーハーと猫吸いをしている。


「や、止めるにゃ! マキナの真似するんじゃないにゃっ」


 前足を突っ張ってカナデの腕から抜け出したビビは空中でくるんくるんと回りながら、無造作に床に置いてある小楯の上に音立てずに降りた。


「あるじさま……このたくさんの失敗作ーーまだここに置いておくにゃ? 」

「あ、邪魔だよね。図書室に行くついでにリサイクル機に投げよっか」



 ガション、グイィィィン。


 オフィスにある業務用シュレッダーを大きくしたような機械が次々と製作したアイテムを食い尽くしている。巻き込まれ防止アシストシステムが働いているから大丈夫だとルードベキアに教えてもらったことがあったが……それでもなんだか怖くてカナデは1歩離れた場所から失敗作を投げていた。


 そんな主人の頭に乗っていたビビは目をくりくりさせてリサイクル機の近くにある自動販売機を見ていた。帽子のようにずり落ちそうな猫が気になったカナデは、アイテムを投げ込むのを止めて、ビビを頭から降ろそうとして手を上げたーー。


「ビビそんなに身を乗り出すなら、ちょっと降りてーー」

「リサイクルポイントが貯まってるにゃ! これで買うにゃ! 」


「ちょっ、ちょっと、ビビ! ーーああぁ! 」


 ビビはカナデのスマホに干渉して操作すると、すぐにジャンプして自販機のボタンをタッチしてしまった。カナデはゴトンと音を立てて落ちてきた星形のクッキーを困ったような表情をしながらビビに渡した。


「しょうがないなぁ、もうっ……」


「これ食べると成功率10パーセント増加にゃ! ポイントで買う商品にはバフが付くにゃ」


「そうなんだ! じゃあ、僕に後で1個ちょうだい」

「5個入ってるから3つあげるにゃ」


「わぁ、ありがとう、ビビ。もう少しで投げ終わるから、それを食べながら待っててね。飲み物もいるなら、僕の分も買っておいて欲しいな」


「ビビにお任せにゃ! このネギ味噌汁と豚汁ドリンクにするにゃ。にゃふふふ」


 マキナが買っているの見てから、ビビはずっと気になっていたドリンクだった。クッキーに合わなそうなチョイスだったが、ひと口飲んだカナデは……あまりの美味しさに2本ずつ購入してしまった。ほくほく顔でスマホのインベントリに収納すると、2階の職人ギルドに隣接する図書室に向かったーー。


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 窓際の閲覧机に座ったビビは図書入口の検索システムですぐに見つけることができるのに、あえてやらないカナデを面白そうに見ていた。カナデは本棚とにらめっこして選んだ書籍のページを忙しそうにめくっている。


「あった、これだ。雨蜘蛛の糸は……ナムカーン湿地帯にいる雨蜘蛛からドロップするーー。本に載ってて良かったよ。この隣のページなんて、図書館のモンスター図鑑と同じで『 ? 』になってる。ビビ、データをスマホの素材一覧に転送出来ないのかな」


「ページ右下にQRコードがあるにゃ」

「あっ、これだね。ありがと、ビビ」


 カナデは思ったよりも素材情報がサクサク手に入ったと嬉しそうな顔をしながら、オリハルコン鉱石を調べていたがーー。


「ページはあるけど、全然、情報が載ってない……」

「レアアイテムだから仕方ないにゃ」


「ビビはどこにあるか知らないの? 」

「知らないにゃ~ん」


 え~? という不満げな声を出したカナデは大きく伸びをしているビビを背中を撫でると、巻頭の探索機能を使って、雷神の手のページを開いた。


「ガルルカ山…… って何処だろ? 場所は書いてあるけど、モンスター名が『 ? 』になってて分かんないや。雷神の手っていう素材だから、雷神っていう名称なんだろうけど……レアモンスターなら、僕には倒せないんじゃーー」


「やあやあカナデ君、何かお困りかな? 」


 おどけた声を出したエルフ耳の金髪美女がカナデの顔を覗き込んだ。本とにらめっこの真剣勝負をしていたカナデはびっくりして、ひゃっと甲高い声を出したが、すぐにパァと明るい表情になった。


「カナリアさん! こんにちは、おーー」


 お仕事は大丈夫なんですか? と、カナデは言葉を続けようとしたが、リアル事情を聞くのはマナー違反な気がして思い留まった。口ごもった後に、汗を周囲に飛ばしているような表情になっている。それを察したカナリアは腰に手を当て、逆ピースした指の間からウインクをした。


「本日は午後休のカナリアですっ。えへっ! ーーさて、カナデは何が欲しいのかな? 」

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