第17話 チーム白ケモ結成記念、試着カーニバル!?

 カナデにはカンストプレイヤーのルードベキアたち3人以外にも、大切な友達が2人いたが父親には黙っていた。その友達と初めてフレンド登録を交わした時、あまりにも嬉しくて涙がこぼれた記憶がふっと蘇り、気恥ずかしくなってしまったからだ。


 ーー今度会うときにスタンピートとパキラの話をしよう。


 父親との楽しかったひと時の余韻に浸りながら、カナデはガロンディアの街のファストトラベル地点である教会の敷地から噴水公園に向かった。


 待ち合わせ場所の白いベンチにパキラとーーオレンジの髪に白いケモミミを乗せたスタンピートが座っていた。カナデはパキラとおそろいのケモミミが羨ましくて、ぴこぴこと動く耳を、思わず……指でつまんだ。


 スタンピートは気にもせず、お道化たようにーー耳があるのに……耳があると言って、自分の白いケモミミを両指で差した。


「さてさて、これ如何にっ! なんつって。これさ、去年のハロウィンイベでゲットしたヤツなんだけど、俺も似合ってる? 」


「うんうん! いいねそれ、僕もーー」


 ーーとカナデが言いかけた時に、頭に乗っていた錆び猫のビビが彼の額に連続肉球パンチをお見舞いした。ピンクの肉球が良い感じでヒットしたようで、パパパンという小気味よい音が響いている。


「うわぁ、ビビ、何するんだ! 」 


 ビビはパキラとスタンピートがお腹を抱えて笑っている様子をチラリと見ながら、ヒソヒソとカナデの耳元に囁いた。


「あれはイベクエ品の帰属アイテムにゃ。あるじさまなら、データコピペでバーンと出せるにゃ」



 それからバリ風ヴィラに改装されたマイルームに戻ったカナデは、ビルダー奏にビルドを切り替えるとーーやぁ! はぁ! と奇声をあげながら、アイテムを作り出そうと頑張った。そして今朝、ひと晩かけて、やっと……データコピペでバーンという感じで、白いケモミミを作ることに成功した。


「ビビ見て! ほらほらーー」

「さすが、あるじさまにゃ。でも夜更かしはだめにゃ! 」


「ごめん、次から気を付けるね。……急になんか眠くなってきた」

「しょうがないにゃぁ。いい夢をみるにゃ」



 気持ちよく眠って目を覚ました奏は壁にかかっている2つの時計のうち、現実世界の時間を表示している方を何度もチラチラと眺めていた。アジアンリゾート風のソファに腰掛けて、クッションを抱えている。


「ねぇビビ、パキラ達はそろそろログインするかな? 」

「まだ現実世界は17時にゃ。あるじさま、何か食べるにゃ」


 ゲームの世界では食事でエネルギー供給することなく活動ができる。だが、人間らしい生活をして欲しいと思っていたビビはできるだけ、現実世界の時間に合わせて食事や睡眠をとらせるようにしていた。たまに今回のように夜更かしで時間がずれるようなことがあったがーーそこは大目に見ているようだ。


 そうだねと言った奏は白いケモミミを早く見せたくて、落ち着きなくソワソワしながらも、父親がよく作ってくれたホットケーキにチャレンジしている。ビビはトッピングのホイップクリームを作ろうとガラスボウルに入れた生クリームを、ふわりと浮かせた泡立て器で勢いよく攪拌していたがーー。

 

「にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃっ!? 」

「ビビ、大丈夫!? 」


 白い塊がビビの顔を隠していることに気付いた奏がフライパンをイイ感じで温めていた火を止めて、あたふたと拭くものを探すーーというハプニングが発生した。さらに砂糖を入れ忘れたとビビが項垂れ……キッチンは奏のにぎやかな笑い声に染まった。


 ビビとの楽しいクッキングを終えた奏は現実時間が20時過ぎに、ガロンディアの街に繋がるポータルを開いた。ポンッと教会の敷地内に飛び出して、ファストトラベルしたプレイヤーのふりをしながら鍛冶師カナデに切り替えると、いつもの待ち合わせ場所へ走った。


 噴水公園ではハトに餌やりをしている老夫婦の傍で子どもNPCたちが楽しそうに笑っていた。噴水にコインを投げて幸せを祈る男女のNPC。お喋りをしながら歩く3人の年配女性NPC……様々な光景が日当たりのいい公園を彩っている。


 ほんわかした雰囲気の中、タタタタと走るカナデの姿が目に映ったスタンピートはにこやかな笑顔で手を振った。


「よ! カナデ。俺らとお揃いのケモミミ、めっちゃ似合ってるぅ」

「やぁ、ピート! 僕も2人の真似をしてみたんだけど、どうかな? 」


 パキラは似合うねと言いながら、白いベンチから立ち上がってカナデに駆け寄り、後から続いたスタンピートは2人の肩にポンと手を置いた。


「なぁ、なぁ。これってーーチーム白ケモミミ爆誕! じゃね」


「ぷはっ。ピートの言う通りだね。。ーーそうだ! もう少し短くして『チーム白ケモ』にするのはどう? 」


「パキラ、語呂が良いっ 」


 えへへと笑うパキラの前でスタンピートはカナデと手をパンッと叩き合ったがーー手を上げたままピタッと動きを止めた。どうやら、ピキューンと何かが閃いたようだ。不思議そうな顔をしているカナデの手のひらに、追加で良い音をパパパンと響かせてニコニコしている。


「良いこと考えちゃった~。今日はさ、チーム白ケモ結成記念として、試着カーニバルってどうよ? 」


「試着カーニバル? 」


 パキラとカナデはパッと顔を見合わせて首をかしげていたが……急に笑い出した。何を言わんとしてるのかピキューンと分かったようだ。彼らは楽しそうに大通りの商業地区にある銀の獅子商会の衣装専門店を目指して歩き出した。



「ねぇねぇ、これ見て! どう? 」


「おおっ! パキラ、すげぇ似合うじゃん ーーカナデ、こっちのやつ2人で着てみないか? 」


「うんうん。ピート、皆んな並んで写真を撮ってもらおうよっ。カメラマンさん、すみませ~ん! 」


 彼らはパーティを組んでいれば何人でも1人分と同じ値段で、時間内なら何枚でも撮影してくれるというフィッティング写真サービスを利用していた。更衣室の木製の壁前で自分なりの決めポーズで撮ってもらっている。


「カナデっ、さっきピートと撮ってた写真見せてっ」

「パキラがこそっと1人で撮ってたやつ見せてくれるなら良いよ? 」


「うっ、バレてたのか……。このデータ、リアルに持っていけたら、3人の写真をスマホの待ち受けにするのにーー」


 画像はその場ですぐにスマホにデータ転送されるため、写真フォルダを開けば互いに見せ合うことが可能だった。しかし、データ交換、現実世界への持ち出しは不可となっていた。


 プライバシー保護やネタバレ防止、はたまた政治家の密談スクープを阻止するためだとか……様々な噂が流れているが、実際はどんな理由なのかは定かでない。


 プレイヤーがSNSで写真をアップすればゲームの宣伝になるだろうにと、パキラが不満げにぶつぶつとつぶやいている。この世界でしか生きられないカナデは……友達と一緒に写真を撮ったという事が嬉しくて心を躍らせていた。


「友達といっしょに試着して見せ合うって楽しいね」


「だろう? カナデ様、このカーニバルをお気に召していただき恐悦至極でございます。ーーなんてな」


 仰々しくお辞儀をしているピートの言葉に反応したのか、パキラの白いケモミミがピコンと動いた。何か良いことを思い付いたらしい。


「カナデ、ピート! 3人でおそろいの服を着てみない? 」

「いいね。おっ、このユニセックスのセーラーマリン風フルセットなんかどうよ」


「賛成っ! 私、すぐ着替えてくるっ」

「僕もっ」


「おおう……みなさん、素早いですなぁ。俺も着てこようっと」


 パキラは白いセーラージャケットに胸元はリボンでショートパンツは紺を選んだ。カナデはパンツの色を白に変えた、ほぼデフォルトだったが、スタンピートは紺のだぼっとしたワイドパンツにサスペンダー、ボーダー柄Tシャツに紺のスカーフなど、あれこれこだわったようだ。


 フィッテングルームから出てきた彼らは木製の壁前に集合すると、お互いのコーディネートを見せ合った。パキラは口元を緩ませながら、胸元のリボンをキュッと結び直している。


「フルセットだけど、部位ごとにチョイスできるなんていいよね。これなら他の人とかぶることが少ないかもっ」


「だよね~。俺も少しこだわってみましたっ」


 ファッションにこだわりがないカナデは選択肢が多すぎて混乱した結果のチョイスだった。スタンピートのコーディネートを驚いたような目でじっと見ている。


「僕、パンツの色しか変えてないや……も、もういっかいーー」


 カナデはそう言ってフィッティングルームに入ると、小さな椅子の上ちょこんと座っているビビにこそっと小さな声でアドバイスを求めた。だが、ビビはあくびをするだけで、返事をすることなく丸くなってしまった。


 ーー自分の力でどうにかしろにゃってことなんだね。ううっ……頑張るよ。頑張るけど、選択肢がいっぱいありすぎて、どうしたらいいか分かんないよぉお!


 あれこれ悩んで迷いの森にハマってしまったカナデは出口に這い出すために最初のスタイルに戻った。カナデは苦笑いしながらフィッティングルームから出てきたが、パキラとスタンピートは似合ってるよと言って、カメラを構えるNPCの前でにこやかな笑みを見せた。


 3人でいろいろなポーズを楽しんだ和やかな撮影会の終了後、パキラは服のあちこちを確認するように見ながら、う~んと唸っていた。どうやら、ちょっと欲しくなってしまったようだ。


「これ、いいなぁ。どうしようかなぁ……」


「そこそこ値段いいから、懐とよく相談した方がいいぞ。ーーじゃあ、次は……俺はこのビジネスマンスーツにしよう。カナデも着ないか? 通勤風景を撮ってもらおうぜっ。ぶははっ」


 スタンピートがシチュエーションのジェスチャーを見せてカナデを笑わせている一方で、パキラは値段を見てため息を吐いていた。買えないことはないがーーミニミニパキラのささやき声が買う買わないという袋を乗せた天秤をグラグラと動かしている。


 ーーこれ可愛いよね、買おうと思うんだけど……。

 ーーでもさ新しい日本刀を手に入れた方がいいんじゃない? 


 ーー騎乗アイテム貯金をちょっとぐらい使っても……。

 ーー買うならさ、この間、試着した新作がいいんじゃない?


 ガタンと傾いた袋をぎゅっと抱きしめる妄想を浮かべながら、パキラはフィッティングルームに飛び込んだ。それとほぼ同時に入れ替わるように出てきたカナデは、いたずらっ子のような表情を浮かべているスタンピートの演技指導を受けながら、カメラに収まった。


 吊革に掴まりながら立ち寝をしているサラリーマンというタイトルの写真がスマホの写真フォルダに転送されると、スタンピートは素晴らしい演技だ! とカナデを褒め称えた。


 3時間ほど試着して写真をたくさん撮ってもらったが、チーム白ケモメンバーは何も買わずに店を後にした。パキラはスマホ画面に指を滑らせて画像を眺めている。


「カメラマンNPCって今まであんまり使っていなかったけど……。いいね、癖になりそう」


「俺も、そう思った! 1日の利用料が300ゴールドだったもんな。お財布に優しすぃ」


「あ、ピートがまとめて払ってくれてたんだよね。100ゴールド渡すね」

「僕もっ」


 パキラとカナデがスマホを取り出した姿を目にしたスタンピートはそれぞれのスマホの上に手をパッと置いた。


「いいって、ここは俺が奢っちゃう。その代わりデ、ス、ガ! 明日、俺の経験値稼ぎでビシバシ働いてくれたまえ! あ、賃金100ゴールドって安すぎるか……」


「あはは! ピートありがとう! 僕でよければ、いくらでも手伝うよ」

「私も! ありがと、ピート」


 スタンピートは嬉しそうな笑顔を見せていたが、商店前のモニターに映し出されていた現実世界の時間に気付くと小さなため息を吐いた。


「楽しい時間ってあっという間だよな。そろそろ寝るね。じゃあ、またな!」

「私も、ログアウトするね。またねっ」


 彼らがこの世界から去る姿を見送ったカナデは……しばらくポツンと立っていた。スマホ画面に表示されている画像を黒い瞳に映して、頭の上に乗っているビビに話しかけた。


「ビビ、楽しかったね。ねぇ、ゲームマネーだったら少し増やしても大丈夫かな? 」


「……100万ゴールド以下なら、ビビが誤魔化せるにゃ」


 カナデは思い立ったようにさっきまでいた銀の獅子商会の衣装専門店に戻ると、セーラーマリン風フルセットを着用している集合写真を受付嬢NPCに見せた。


「この女の子が来ているセットってプレゼントできますか? 」


「はい、もちろんです。ご購入頂きますと、プレゼントボックスのアイコンがスマホのインベントリに表示されます。こちらはメッセージアプリでの送付は不可となっております。開封せずに、そのままの状態で具現化して頂ければ、お相手の方に贈ることができます」


「手渡しすればいいんですね。 あの、このプレゼントボックスって、色を変えられますか? 」


「はい、包装紙やリボンの種類を多数揃えてございます。こちらをご覧下さいーー」



 カナデが相談している声を、すぐそばで立ち止まって聞き耳を立てているプレイヤーがいた。彼女はチラッとではなく堂々とカナデの姿を記憶するように見つめている。


 ーー今時、衣装フルセットをプレゼントしようとするヤツがいるんだな。しかも、あれって、そこそこ高いやつじゃないか。あいつ……見た目しょぼいけど、金持ちか。ククク……。


 ふわっとしたピンクの巻き毛を指でいじっていた女性プレイヤーは、可愛らしいワンピースのフリルを揺らしながらエレベーターに向かって歩き出した。ニタニタ顔を見られないように口元を手で隠しながらーー。

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