第16話 大切な友人

「もっと女の子ウケする様なオシャレな部屋にするにゃ! 」


 ビビにそう言われた奏はモニターだらけの薄暗い警備員室のようだった部屋をバリ島のヴィラ風に改装した。


 半野外のオープンリビングルームにはリゾート風ソファやアジアン家具を設置してゆったりくつろげる空間を意識した。ベッドルームの隣にある書斎の本棚はまだスカスカだったが、本を入手できるようになったら、少しずつ埋める予定になっている。


 さらに、製作の特訓をするための工房部屋と、いつでも温泉に入れる日本風のヒノキ風呂を作った。透明度が高い海と青い空が見える庭にはリビングからすぐに飛び込めるプールが澄んだ水をたたえている。設備が充実しているキッチンの冷蔵庫はたくさんの食材で満杯になっていた。


 奏はこれを機に料理にチャレンジしようと意気込んでいる。


「ビビ、どうかな? 僕的には、ものすごぉく、良くなったと思う! ーー図書館に現実世界の情報が載ってる本があってよかったよ。トラベル本があるなんて思わなかった」


「様々な企業が協賛してるから、何でもあるにゃ。大手のブックストアが販売コーナーに出店してるから、新聞や雑誌、漫画も手に入るにゃ! 」


「わぁ! 僕、漫画を読んでみたいなぁ」


「リアルマネーしか使えないけど、健一さまにおねだりすれば、きっと買ってくれるにゃっ」


「僕ね、ピートがよく話してる『レッツ突撃太郎団』っていうギャグマンガを読んでみたいんだ。あとね、パキラが好きだっていってた物凄く長いタイトルのアニメも見てみたい」


「健一さまが動画配信サービスの申し込みをするって言ってたにゃ。きっとすぐに、ここで見られるようになるにゃん」


「ビビ、楽しみだね! お父さん、明日来るって言ってたから、この部屋を見たら、すっごく驚くだろうなぁ」 



 父親の健一は殺風景な薄暗い部屋で暮らす息子をとても心配していた。もっと人間らしい生活をしてほしい……そう思った彼は自宅の内観や近所の風景を撮った画像データを持参して、奏に会いに行った。


 だがすぐに、取り越し苦労だったと分かって、安心したように微笑んだ。目を皿のようにして眺めた室内は、生活空間というより旅行で行く海外リゾートな雰囲気だった。健一はおしゃれな家具や美しい庭の風景に感嘆の声を漏らした。


 ーーこんな素晴らしい空間を創り出せるようになったのか。


 息子の成長に驚きつつも喜んだ健一は胸がジーンと熱くなっていくのを感じた。そんな彼に……キャラクター年齢設定が12歳の奏が幼子の様に抱きついている。奏は元気だった小学生時代の時と同じような無邪気な笑顔を父親に見せた。


「お父さん! 今日はどのくらい、ここにいられるの? 僕ね、一緒に街へ遊びに行きたいな。ランドルのお城を一緒に見に行こうよ! あっ、それとね、雪がいっぱい降ってる街で雪だるまを作りたいな。雪合戦とかできるかなぁ。あとねーー」


 明るく話す奏の頭を撫でながら……健一は家族3人で暮らしていた懐かしい記憶を思い浮かべて、薄っすらと目に涙を滲ませた。


 ーー妻が生きていたらどんなに良かっただろう。


 こぼれ出ようとする涙を指で押さえて込み上げてくる感情をコントロールすると、息子を強く抱きしめた……。


「頻繁に会いに来られなくてすまない」

「お父さんは、お仕事が忙しいんだから気にしないで。僕なら大丈夫だよ」


「奏は優しいな。何か困った事があったら遠慮なく父さんに言いなさい」


「えっとね……図書館の販売コーナーで売ってる漫画を読んでみたいんだけど……」


「あはは。じゃあ、お小遣いをあげよう。後で父さんが奏のスマホにリアルマネーを振り込んでおくよ」


「ありがとう、お父さん! あ、そうだ! あのね、プレイヤーの友達ができたんだよ! 」


「凄いじゃないか。さすが父さんの息子だ! 」


 健一は息子を抱き上げると、庭の景色を堪能できるアジアン風のソファにゆっくりと腰掛けた。膝の上で嬉しそうに笑っている奏に穏やかなまなざしを向けている。


「友達はどんな子なのかな? 」


「えっとね。工房塔で知り合ったんだけどね、ルードベキアさんっていう魔具師の人! いろいろと製作について教えてくれる優しい人だよ。この間、弟子にして下さいってお願いしたら、いいよ! って言ってくれたんだ! 」


「ほう……、弟子入りしたくなるほど凄いプレイヤーなんだね」


「うん、尊敬してるんだ! お店に作品を見に行ったんだけど、目が飛び出るほど値段が高くて、びっくりしちゃったよ! 僕もいつかルードベキアさんみたいに、強くてカッコイイ武器を作れるようになりたいなぁ」


 転生に近いシチュエーションでVRゲーム神ノ箱庭にやってきた奏はビルダーというチート能力を備えた身体になっていた。ある程度のルール守ってゲーム運営を害さなければ、どんな場所にでも自由に行ける上に、まるで創造主のように色々な物を作り上げることが出来た。


 だが……プレイヤーのようにクエストを受けたり、モンスターと戦ったりすることは出来なかった。


 ーーチート能力ってのいうのがあっても、プレイヤーの友達と一緒に遊べないなら、つまんないよ。


 そう思った奏はビルドシステムを自分を構成しているプログラムデータに追加した。さらに設定画面を作ると、ビルダー奏とプレイヤー達と冒険が出来る鍛冶師カナデをビルド登録した。ビルド切り替えで、プレイヤーとしても活動することが可能になった。


 奏はやっとスタンピートとパキラに会いに行けるようになったと喜んだ。健一はビルドシステムを教えなくても作った奏を褒めたたえーーうちの会社で働くか? と冗談めいたことを言った。



「あとね、ウィザードのマキナさん。ルードべキアさんと仲が良くて、いつもコントみたいな会話してる。お兄ちゃんが2人できたみたいですごく楽しい。ビビとも仲良しなんだよっ」


 奏は鍛冶師カナデとして製作を頑張ろうと工房塔に通っているうちに、ルードベキアの元へ遊びに来たマキナと知り合った。初めて出会ったその日、カナデは白いプリンのような柄のTシャツから目が離せず、デカデカとプリントされた文字を思わす口に出した。


「『パンナコッタは、なんてこったの親戚か? 』……え? こんなTシャツ初めて見ました! 」


「これ良いだろう? さっき、こんなのも買ったんだよ。ぜひ、見てくれ! 」


 マキナは青地にCADデータが描かれたTシャツを自慢げに手で広げた。プリントされている白い文字を読んだルードベキアは呆れ顔をしていたが、ツボにハマったカナデは大笑いした。


「あはっ、あはははは! 『ひさしの字は似ているが赤の他人です。』ってっ。あははははは!! 」


 マキナはリアルで着ないようなものを集めているようだった。カナデの楽しげな笑い声を聞いてご満悦な表情を浮かべている。


「フフフ……。俺の唯一の趣味を理解してもらえてうれしいよ。それにしても、フレ登録拒否病を発症していたルーが、新しいフレンドを作ったなんて驚いたよ。ーー俺ともぜひフレンドになろう! 」


 それからマキナはカナデが工房塔にいる時は、何かしら美味しい差し入れを持って遊びに行くようになった。さらにカナデの期待に応えるように、面白い柄のTシャツを披露していた。その後は必ずと言っていいほど、ビビのお腹に顔うずめてスーハースーハーしている。


 ビビはマキナが帰ると……屈辱にゃ、マキナ許すまじにゃ、もう来るにゃ! と怒ったようにつぶやいていたが、マキナがやって来るとすぐに出迎えに行くので、本当は大好きなようだ。



 健一は協賛店舗が提供している商品の細かい詳細までは把握していなかったため、奏が話すTシャツの話が可笑しくて、大笑いしていた。かなり興味を惹かれたのか、実際に目にしたいと思い始めた。


「あっはっは! そうか、そんなTシャツが売られてたのか。父さんもチェックしてみるか……」


「ええ!? お父さんも面白Tシャツが好きだったの? 知らなかったっ! じゃあ、僕とお揃いで着ようよっ」


「それは良いアイデアだ。今度、そのマキナさんと言う人に会った時、オススメの店を聞いてくれると嬉しいな」


「うん! 絶対に聞いてくるよ! あ、それでね、たまにだけど、僕を狩りやドライブに連れて行ってくれるカナリアさんって女の人とも友達になったよ。ヒーローみたいでカッコいいんだ! 」



 カナリアは製作の腕を磨こうと頑張るカナデを弟のように可愛がっていた。ーーある時、彼女はレベル25以下のプレイヤーと取り引きをして手に入れた、登録者カナリアの緊急支援の笛をカナデに5つ渡した。


「危なくなったら、皆んなのヒーロー! カナリアお姉さんを召喚しなさい! それ無くなったら、またあげるからねっ」


 この笛の話をスタンピートやパキラから聞いていたカナデは驚いて目をまるくした。ビビは、良い人にゃ、大事にするにゃと言って、機嫌良さそうに喉を鳴らしていた。


 奏は中学生の時に使っていた帆布製肩掛けかばんによく似たバッグの内ポケットに、いつでも取り出せるようにコロンと1入れると、残りをスマホのインベントリにある、お気に入りタブに入れた。


 カナリアは狩りやダンジョンに潜るのが好きなアクティブなプレイヤーだった。〇〇に凄いヤツがいるから狩りに行こう! と言ってカナデを連れ出し、マキナやルードベキアを巻き込んでドライブに洒落込む……何て事がそこそこあった。


 その度にカナデはイベント会場でゆるきゃらを追いかけるように、はしゃぎながらカナリアの元へ走った。


「カナリアさん、どこに行くの? 」


「ふふふ。今日はね……海だぁあああ! きっと爆発するような何かが待ってるぞぉお! 」


「えっ、爆発しちゃうの? 僕、海に行ったことがないから、大丈夫かな……」


「マッキーがTシャツパワーで助けてくれるからノープロブレム! 」


「……お、おう。今日の柄は『青い空と青い海に挟まれて青くなろう! 』だからちょうどいいな」


 しばらく沈黙が流れたが……何がちょうどいいのか分からないと言った運転手のルードベキアが吹き出したのを合図に、笑いの合唱が車内に響いた。


 海にたどり着くと、カナデは子犬のように海岸の砂浜を走り回り、初めての体験に心を躍らせた。しかし、巨大なイカの王さまモンスタークラーケンが出現すると、泣きそうな顔でぷるぷると身体を震わせて怯えてしまったーー。


「カナデ、あいつの王冠をはぎ取って皆んなでかぶるぞ! レッツゴー飛来刃! 」


 カナリアはそう言いながら、両手に持っていた火属性ダガー火喰いの柄尻を接続してブーメランのように飛ばした。それは潮風を駆け抜けながら、武器の追加効果である炎龍を侍らせて、クラーケンの急所である目玉を食いちぎった。


「ーーそれでね、カナリアさんはイカの足をスパーンって切り落としちゃったんだ! 僕がすごいなって見てたら、おいでって言われてーーちょっと怖かったけど、剣で、えいって殴ったら倒せちゃったんだ! 僕、びっくりしちゃってーー」


 健一は興奮したように喋っている奏の声を静かに聞きながら……この子は長年入力したデータが作ったAIプログラムなんじゃないかという疑いの目を向けていた。


 ーー本当に人間のデータ化が成功したのか? 


 奏の身体が消えたのを目にしていたが、小学生の頃の奏を思い浮かべて人間らしい動作をひとつひとつチェックしている。


 ーーだが、今度の大型アップデートで……その疑念は消える。


 デジタルな世界に生まれ変わることが出来るこのシステムに、蟻のように群がる者たちを想像して、図らずも健一はフフフと笑いをこぼした。



「ずいぶんと、仲良くなったんだね。奏がとても楽しそうで嬉しいよ」

「うん、みんな面白くて良い人たちだよ」 


「ーーその3人は、奏の……お気に入りなのかな? 」

「え? 大切な友達だよ」


 なんとなく……ほんの僅かだが、奏は得も言われぬ違和感を感じた。喉に刺さった小骨のように心に引っかかっている。


「お父さーー」


「あぁ、そうだ。動画配信サービスの件だが、奏が作ったモニターのUSBに、この専用アイテムを差し込めば、いつでも視聴できるようになった」


「うわぁ。ありがとう! お父さん! 今やってみてもいい? 」


 父親の膝から降りた奏は楽しげに53インチのテレビのUSB差し込み口を探し始めた。電化製品情報が載っていた本を見て作ったテレビの仕様が分からなくて、ちょっとだけ困惑していたが、手伝おうかと言う父の言葉を跳ねのけて、セッティングを成功させた。


「ほら、僕にも出来たよ。1人で出来た! 」


 奏は健一の腕に頬を摺り寄せるようにピタリとくっつけて甘えながら、はじけるような笑顔を見せた。ついさっきまで、父親がいつもと少し違ったように見えて不安になっていたが、そんなことはすっかり忘れてしまったらしい。


「お父さん、街に遊びに行こうよっ。ねぇねぇ! 」


「あはは。分かった、分かった。今日は時間をたっぷり取ってあるから、ランドルの街を探索して、美味しいものでも食べよう」


「今日はいっぱい一緒にいられるんだね! ヤッター! 」


 身体全身で喜びを表すかのように、奏はその場でリズミカルに足踏みをして床をタタタタンと鳴らした。

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