第15話 メイドインルードべキア

 何としてでもパキラは、魔具師であるルードベキアとお近づきになりたかった。しかし、まんまる豚亭前でチャンスがあったのにも関わらず、フレンド登録を交わすことができなかったため……いま現在、ログインしているのか、そうでないのかが、さっぱり分からなかった。


 その後も、ガロンディアの街のまんまる豚亭で連日張り込みをしたせいか、ルードべキアはぱったりと姿を見せなくなってしまった。銀の獅子商会の武器防具屋で、職人さんに会いたいと相談してみたが、受付嬢NPCに丁寧に断られてしまった。


「職人の個人情報は、お教えできませんって……分かるよ、分かるけどさぁ。少しぐらい協力してくれてもいいのにーー」


「あぁもう!どうやって探せば良いの? ……カ、カンナさんを頼っちゃう? ううっ……いくらかかるかな……」


 ーーカンナ様、情報料はおいくらでしょうか……。


 物は試しに相談メッセージを送ってみたが……金額を見て目が飛び出るぐらい驚いて絶句した。


「じゅうおくごーるどぉおおおおおお! 」


 セリフにエコーがかかって身体中に反響している。そんな感覚に覚えながら、スマホを握る手を小刻みに揺らしている。


「ルードべキア氏の情報を欲しがるプレイヤーは多いのでーーって、こんな金額……絶対に払えないよ! わざと高額にしているのかな。……別の方法を考えよう! 」


「今日は……ピートは仕事で忙しいからログイン出来ないって言ってたしーー名探偵パキラが頑張るしかない! って、張り込みとか、居そうな所を探すとか、そのぐらいしか出来ないんだけどねぇ……」


 フレンド登録しなければメッセージのやり取りは出来ない。現実世界でも問題になっているストーキングや詐欺などを防止するためらしいが……。パキラは自分を棚に上げてぶつぶつと運営に恨み言をつぶやいた。


 パキラは公式萌えキャラアイドルらいなたん人形で飾り立てたマイルームを飛び出して、市場を何となくぶらぶらと歩いたが、気が付くといつもスタンピートと待ち合わせをしている噴水公園でポツンと立っていた。

 

 白いベンチに座ったパキラは噴水の水が流れる音を聞きながら、膝に乗せた手をじっと見つめて、小さくため息を吐いた。


「パキラ? 」


 ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、頭に猫のビビを乗せたカナデが立っていた。カナデは、やぁ、こんにちはと挨拶をして、パキラの隣にちょこんと座った。


「どうしたの? 元気ないね、何か悩み事? 」


 パキラは、男性プレイヤーを探していることを相談して良いものか悩んだ。ドン引きされるんじゃないかと不安になって、花がしおれていくように徐々に表情を曇らせている。


「何か困っているの? 僕に相談してみない? 1人で悩むよりも2人の方が良い案が浮かぶかもしれないよ? 」


 カナデに優しい言葉をかけられたパキラは瞳を潤ませて、ぼそぼそと喋り出した。


「あのね……。魔具師のルードべキアさんに会いたいの。フレンドじゃないから連絡できないし、銀の獅子商会に相談したら断られちゃったの」


「ルードべキアさん? 僕、さっき工房塔で会ってたよ」

「えぇっ! カナデ、そんなトコで何してたの? 」


「あれれ? 言わなかったっけ? 僕の職業は、職人クラスの鍛冶師だよ」

「あ……ごめん、そうだったねーー」


 パキラはカメラマンNPCに依頼したカメ&ネコ様の撮影会時に、みんなで職業を含めたいろんな話をしていたというのに、ルードベキアのことで頭がいっぱいすぎて、すっかり失念していた。


 カナデはルードベキアとの会話を思い出して楽しそうに笑っている。


「ルードべキアさんって、気さくで優しいよね。工房塔の設備の使い方がわからなくて、アワアワしてたら声をかけてくれたんだ」


「そうなんだ……うーー」


 思わず、パキラは羨ましい……という心の声が漏れそうになって、言いかけた言葉を飲み込んだ。タコ糸で縫い付けたようにしっかりと口を結んでいる。


「レベルを聞かれてね。33の鍛冶師ですって答えたら、相談したいことがあったらいつでも連絡してって言ってくれて、フレンドになったんだよ! それとね、一緒にいた女性プレイヤーのーー」


 カナデは腕に抱えているビビのふわふわな毛を撫でながら喋っていたが、友達が増えたことが嬉しくて、少し興奮気味になっていた。パキラが面白くなさそうな態度で相槌を打っていたが、気にすることなく顔をほころばせている。


 ふとパキラがルードベキアに会いたいという理由がピーンと閃いた。


「パキラ、もしかして……ルードベキアさんに会いたいっていうのはーー」


「えっ!? ……ルードべキアさんて気難しいイメージだったから、少し驚いたの。それで、その……有名な魔具師だしーー」


「ーーうん、分かったよ。協力するね! 」


 パキラは顔が燃え上がってるんじゃないかと思うぐらいの熱さを感じて下を向いた。彼女がいる男性に片想いをしてることが恥ずかしくて、両手で顔を隠している。そんなパキラを励まそうと思ったカナデは明るく元気な声を出した。


「パキラはルードベキアさんにーー」

「うあああ! はっ!? ご、ごめん。続けて……」


「えっと、ルードベキアさんに、種子島の製作依頼をしたいんだよね? その気持ち、分かるよ! さっき話したけど、見せたもらった改造銃が、本当にカッコイイんだっ! 僕も使ってみたいなっ」


「え? ……種子島? あっ、種子島ね! うん、そう、タネガシマガ、ホシイナァ……」


 パキラは急に気が抜けて、語尾がほぼ棒読みになってしまった。不純な動機でルードべキアを探していたことがバレなくて良かったと思うと同時に、さっきとは違う恥ずかしさが込み上げた。申し訳ないという気持ちを妄想のミニパキラが悲しそうに抱きしめている。


 それでも会いたいという気持ちが捨てきれず、カナデに縋った。


「あのね。ルードベキアさんに種子島の相談したいんだけど、会えるかな? 」


「んーっと、まだ工房いるみたいだから大丈夫じゃないかな。依頼を受けてくれるか分からないけど、メッセージを送ってみるね」


「うん、ありがとう! 」


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 パキラは勘違いしてくれたカナデのおかげでルードべキアと再会を果たすことが出来た。工房塔の3303号室で瞳孔からハートマークを発射するようにルードベキアの顔をジッと見つめている。


 嬉しさのあまり頬を緩ませていたが、カナデに肘で突かれて、はっとしたように我に返るとーー取ってつけたように種子島についての想いを話し始めた。これだけ熱く語れば、自分に興味を持ってくれるだろうと思って、製作の相談をしてみたがーー。


 ルードベキアはにこりともせずに、ぶっきらぼうに言葉を吐き出した。


「日本刀のスキルクエストしかやっていないなら、種子島での火力は期待出来ないですよ。諦めて、強い日本刀を手に入れた方が良いと思います」


 けんもほろろに突き放されて、パキラはぐるぐると回転しながら奈落に落ちていくような気分になった。魔具師の製作リストには日本刀は無いため、依頼することができないが、職人はプレイヤーレベルに合わせた武器が作れる。


 その事を知っていたパキラは彼が製作を断る理由はないだろうと考えていた。依頼すればちょくちょく会える、そして仲良くなれば……とかなり邪な気持ちが動いている。そのためなら、あまり興味はない武器にお金を投じても構わないと思った。


 パキラは種子島よりもルードベキアと繋がる接点が欲しいという一心で、かなりしつこく負けじと食い下がった。


「ーー日本刀しか使っていなかったので、種子島のスキルクエストをやろうと思ってるんです。リアルで銃器に興味があったので、ゲームの世界でぜひとも使ってみたいんです! 」


 ルードべキアはつらつらと言葉を並べ立てるパキラのセリフをしばらく聞いていたが、困惑したような顔をして大きなため息を吐いた。


「……素材を渡せば安く武器が手に入るって、勘違いしているプレイヤーが多いから、商会を通さない取引はNGにしているんです」


「安く手に入れたいとか全然、思ってないです! 私はルードべキアさんの作品がどうしても欲しいんです! ……何とかなりませんか? 」


「武器防具は商会で買うのがセオリーでしょ。職人を困らせるのは止めてくれるかな? 」


 ルードべキアが答えるより先に、部屋に入ってきたカナリアがかなり厳しい口調で言いながら、凍ってしまいそうなほどの冷たい微笑をパキラに見せた。


 ーー助けてヒーローってメッセ送ってくるから何事かと思ったけど、こういうことだったのね。カナデのお願いが断れなくて、しぶしぶ会うことを了承した、って感じかしら……。


 カナリアは紙の手提げ袋をカナデに手渡すと、商会からの依頼を消化するために忙しくてルードベキアがピリピリしてる旨を説明しながら、ドアを開けた。カナデは納得したように頷いて、笑顔で通路に出たが、パキラが断固として動かなかったーー。


 困り果てたカナリアは彼女に打撃を与えられるが、少し可哀そうかもと思って止めた作戦を実行することにした。スマホからもう紙袋と茶器を取り出してテーブルに置くと……普段は絶対にこんなことはしないんだけどねと思いながら、椅子に座っているルードベキアの銀髪を撫でた。


「ルー、貴方が好きな黒オリーブのスコーンを買ってきたから、お茶を用意するわね」


 じゃあまたーーと言ってカナデに手を振っていたルードベキアは、まんまる豚亭でカナリアと相談した作戦が実行されたと察した。この様子を見てパキラが諦めてくれないかなと願いながら、歯の浮くようなセリフをあれこれ考えている。


「僕の好みを把握してるなんて、嬉しいよ。ーーこれシュリさんの店のやつだろ? オープンしてたんだ? 」


「ちょこっと様子見にログインしただけで、まだお店はしばらくお休みにするって言ってたわ。これはルーに食べて欲しくて、シュリさんに無理を言って作ってもらったの」


「そうだったのか……リア、ありがとう。じゃあ、一緒に食べようか。僕の膝においで」


「いやだわ、ルーったら……。まだカナデが通路にいるのに恥ずかしいわ」


 自分の存在を忘れたかのようなイチャイチャ会話を聞いたパキラは若干、棒読み的なセリフだったのにも関わらず、気付くことなく……天井から頭にタライが落ちたような衝撃を受けて、すごすごと部屋から出て行った。


 こうして、パキラの種子島の製作依頼を利用してルードべキアと仲良くあれやこれやしちゃおう作戦はあっさりさっぱりすっきり失敗に終わった。


 ルードベキアとカナリアはというと……パキラが通路に出てぱたんとドアを閉めた瞬間にパッと離れてーー良い演技だったと笑い合いながら、黒オリーブのスコーンにかぶりついた。



「……パキラ、役に立てなくてごめんね」


「そんなことない。カナデのおかげでルードベキアさんに会えたから嬉しかったよ。ありがとう」


「んーっと……種子島を見に商会の武器店に行ってみる? 」


「うん、ルードベキアさんが作った種子島がどのくらいの値段なのか知りたいから行こう! 」



 彼らが訪れた銀の獅子商会の武器防具屋の内観は、現実世界にあるショピングモールのように広々としていた。1階は受付嬢NPCが3人常駐する案内所が3つあり、奥にあるエレベーターで各売り場に行くことができる。


 いつ来ても内装が豪華だな……と思いながら、パキラは受付嬢NPCに武器の検索をお願いした。


「使用レベル33、品質ランクは問わない、ブランド名ルードベキアの種子島ですね。少々お待ちください」


 パキラは待っている間にガラス張りの壁際にあるカフェをぼうっと眺めていた。美しい日本庭園の白梅を楽しみながら和やかに談笑しているプレイヤーたちが見える。このフロアは3階まで吹き抜けいて、壁は全面ガラス張りだった。ガラスの向こうの風景は暦やイベントに合わせて様々に変化するらしい。


「お待たせいたしました。申し訳ありませんが、在庫切れになっております」 

「えっ……。あの、使用レベルを外して、もう一度、検索してもらえますか? 」


 受付嬢NPCが、かしこまりましたと言ってすぐに検索終了の合図が鳴った。提示してもらったデータをじっくり見ると……レベルキャップである50用ものしかなかった。


 ブランド名ルードベキアの品質レベル1の価格は……受付嬢NPCから聞いた通常の相場の23万ゴールドをはるかに超えた128万ゴールドだった。パキラは鶏になってしまったのかと思うほど、『こ』を連呼している。


「こ……こ、んなに高いなんて!? 」


「すぐに5F種子島売り場の専用フロアにご案内できます、ぜひお手元でご覧いただいてーー」


「セール品はないんですか!! 」


「申し訳ありませんが、こちらのブランドにはございません。セール品をお求めの場合はーー」


 にっこりと微笑んだ受付嬢NPCがお得な製品や、人気上昇中のオススメブランドの案内をしている。パキラがサムライ職でも使えるルードベキアの他の製品はないのかと聞くと、メディーサの魔盾を案内用モニターに表示したーー。


「ほわっ!? ゼ、ゼロの数が……え? ちょっと待って、目が悪くなったかな? これ、リアルだと家が買えるよね!? ええええ!? 」


 パキラは口から魂が出ているんじゃないかと思うほど、大きくあんぐりと開けて石のように固まった。

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