プレイヤーの友達を作るにゃ!
第14話 きっかけ作りなんてお手の物だにゃ
パキラはガロンディアの街の噴水公園に向かっていた。スタンピートと一緒に屋台が立ち並ぶ市場の通りを重い足取りで歩いている。白いケモミミを前に倒したまま、斜めがけにしている茶色いバッグのベルトを両手で握っている。
「……怒ってるかな。ルードベキさんは凄く不機嫌そうな顔してたし、カナリアさんはわざと言葉をかぶせてたよね」
「う~ん……どうだろう? ルードべキアさんは魔具師で有名になってから、フレ申請は受け付けないって聞いたことがあるよ。らしい話になっちゃうけど……」
「そうなんだ……」
「だから、気にすんなって! 」
「仲良くなったら、いつかフレンドになれるよね」
「……めげないね」
「うん! 」
くよくよすることも多いけど、切り替えが早く何事も前向きに考えられるのがパキラの長所だ。スタンピートはそんなパキラが羨ましくもあり凄いヤツだと常々思っている。ーー市場を抜けた先に見えるカフェのオープンテラスで楽しそうに談笑しているプレイヤーたちが目に映った。
「そうだ、パキラ。今日はさ、のんびりしないか? 最近、ずっと戦ってばかりだったからさ」
「いいねっ。チュロス食べながらお喋りってどう? 」
「俺、ドリンク買ってくるよ。パキラは何がいい? 」
「んと、アイスコーヒーSサイズ! お金は先に渡すね」
パキラはスマホ画面からチャリンと15ゴールド分の黄金色のコインに具現化すると、スタンピートに手渡した。商店やレストランなどの商業施設ではスマホ決済が使えるが、プレイヤー間では具現化しないとやり取りができなかった。
しかも銀行のように1日当たりの利用限度額が設定されている。商会を通さないアイテムの売買や高額取引をしたい場合はゲーム会社が管理するヘルプセンターに行かなければならなかった。厳しい審査と高い手数料のせいか利用するプレイヤーはほとんど見受けられない。
「サンキュ。じゃあ、いつものとこで! 」
「おっけ! いつものとこで! 」
スタンピートはいつもの屋台ではなく、ちょっぴり高いがとても美味しいと評判のコーヒー専門店フォリンに向かった。コーヒー通の料理人職プレイヤーが1人で切り盛りしている店で、ひと口サイズのマシュマロトーストも人気だ。
NPC販売員を利用していないプレイヤーの店舗は不定期営業が多いため、足を運んでも店が閉まっていてがっかり……なんてことがそれなりにあった。今日は開いてますようにと祈りながら、スタンピートは足早に歩いて行った。
噴水公園にある2種類の味しかないチュロス屋台は今日も買い物客がいなかった。パキラはプレーンにするかシナモン味にするか考えながら白いベンチに座った。足をぶらぶらと揺らして、噴水前でハトに餌やりをしている老夫婦を眺めている。
日差しは暑くもなく、寒くもなくちょうど良かった。噴水から聞こえてくる水音の心地良さと、白いハトのリズミカルな首の動きが催眠効果を促しているのか、パキラは眠気を感じてゴシゴシと目を擦った。
「シナモン味のチュロスを1つ下さい」
買い物客の声をきいたパキラは閉じそうになってた目をぱちくりと開けた。チュロスを購入している様子を物珍しげにジロジロと眺めた。
ーーここで買う人がいるなんて珍しい! 市場のチュロス屋台の方がたくさん種類があって、人気なのに。頭に猫を乗せているけど、新しい課金の帽子なのかなぁ……。
そう思いながら観察していると……香箱座りをしていた猫は隠していた前足をにゅっと出してパキラに目線を向けた。何か楽しいものを見つけたような、くりくりとした瞳でじっと見つめている。
ーーにゃふふふふ。きっかけ作りなんてお手の物だにゃ。
しばらくの間パキラとにらめっこをしていた猫は買い物客の頭からストンと降りると、にゃああんと鳴きながらタタタタタと走り出した。パキラの足元にすり寄ってぐるぐると喉を鳴らしている。
ほっこりした気持ちになったパキラはブーゲンビリアの花がそこらじゅうに咲き乱れ、あなたしか見えない! という花言葉がくるくると自分を中心に回っているような感覚に包まれた。
目元口元を思いっきり緩ませながら、すり寄る猫を抱き上げた。錆色の柔らかいに毛に包まれた喉元をくすぐるように両手の指を動かしている。パキラは思いがけず発生した癒されタイムを心の底から歓迎した。
「ちょっか、きもちいぃのか。良い子でちゅね。よちよち」
「あの……。うちの猫がごめんなさい。服、汚れてませんか? 」
幸福オーラがほとばしる世界に囚われていたパキラはハッと我に返った。現実世界の飼い猫に話しかけるように、赤ちゃん言葉を使っていたことに気付いて、パイ投げのクリームで顔を隠したいぐらい恥ずかしくなった。
膝にいる猫を見ながら、こわばったような顔をしていたが、すいへいりーべぼくのふね、すいへいりーべぼくのふね……と元素記号周期表を心の中でつぶやいて、何事も無かったように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。とっても可愛い猫ですね。私もリアルで猫を飼ってるんですっ」
「そうなんですか!? あっ、えっと……初めまして、こんにちは。僕はカナデって言います。その
「うふふ。こんにちは、私はパキラです。こんな可愛いペットアイテムがあるんですね。良いなぁ、私も欲しいです。クエスト報酬ですか? 」
「えっと……」
どうしても入手先が気になったパキラは猫を腕に抱えて立ち上がり、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「あっ。もしかしてレアドロ? ……じゃなくて、ユニークドロップアイテムなんでしょうか!? ってことはボスモンスターですよね。フィールドボスですか? それともダンジョンのボスでしょうか? 」
カナデは頬を紅潮させて、ぐいぐいと詰め寄ってくるパキラに、自分の指輪が変化したと言えず……何て説明すれば良いのか分からなくて口ごもった。
「えっと、その……違うんだ、その
「え、違うんですか? あっ、課金ペットなんですね! しつこく聞いてごめんなさい……。私は無課金だから、課金アイテム屋さんに行った事がなくて……知りませんでした」
「き、気にしないで下さい」
勘違いしてくれて良かった……カナデはホッと胸を撫でおろしたが、パキラの腕の中で人間のようにニヤニヤと笑うビビに気が付き、顔から汗を吹き出した。慌ててポケットから白い綿のハンカチを出して、汗を拭いている。
カナデは父親にメールを送る時のように糸電話を思い浮かべると、自分にしか見えないカップに心の中で、もっと猫らしくして! と叫んだ。ビビは素知らぬ顔で受信用のカップを、前足でパシッ弾いて転がしたーー。
「あれ?
お目当ての品をゲットできたスタンピートはパキラに抱えられている錆び色の猫を間近でしげしげと眺めた。顔を近づけすぎたせいで、パン! とおでこを肉球で叩かれたが嬉しそうに顔をほころばせている。
あちこちに連れ歩けるペットアイテムは廃ることが無いブームに乗っていた。少し前の小規模アップデートでペットグッズメーカーと提携した専門店が追加されると、こぞってプレイヤーたちが群がった。
無課金のパキラは興味を示さなかったが、スタンピートはトイプードルのペットアイテムを持っているフレンドと見に行ったことがあった。
「にゃんこも可愛ええのぉ。めっちゃ癒されるわ」
「ピート、お帰り。えっと、この
「よろしくっ。俺はスタンピート。あ、パキラ、これーー」
スタンピートは紙製の手提げ袋の口を開けて中身をパキラに見せた。ドリンク2つとひとくちマシュマロトーストがちょこんと座ってハローと手を上げている。そんな風に見えるほどパキラは驚いてしまった。
「これ、フォリンじゃないの!? うそっ、今日、オープンしてたの? 気付かなかった……。って、15ゴールドじゃ買えなかったでしょ! いま、お金をーー」
「いや、いいよ。それよりも、俺にも猫ちゃん抱かせてっ! 」
パキラは申し訳ない気持ちになったが、スタンピートの行為に甘えて、笑顔でお礼を言うと、猫のビビを彼に腕に預けた。ビビはちょっと嫌そうな顔して、相撲取りのようにスタンピートの顎を両前足で交互に突っ張りを入れている。
「むひょぉぉ。肉球が気持ちいぃぃ。ビビちゃんもっとぉぉ! あ……逃げられちゃった」
「あはは、ピートったら、そんなにぎゅっと抱きしめたら駄目だよ。それにしても、ペットアイテムがこんなに可愛いって知らなかった」
「課金アイテム屋に行けば、ハムスターから大型犬まで、いろんな種類があるよ。猫もいいけど、俺は断然、カメ派! 」
スタンピートはそう言うと、スマホからリクガメを具現化して、2人に見せるようにドヤ顔で抱えた。カナデはリクガメを初めて見たことが嬉しくて、キラキラと目を輝かせた。
「おおっ! お客さん、カメの魅力が分かってますな。このつぶらな瞳……たまらんでしょう? 」
「可愛いですね! この子の名前は何て言うんですか? 」
「仙人ちゃんです! 」
パキラは、スーパーカメノコバッキンガムという横スクロールゲームのカメキャラクターと名前が同じだと気付いて、勢いよく吹き出した。口をぎゅっと閉じて笑いをこらえながら、お腹を両手で押さえている
「そ、それってもしかして、あのゲームのーー」
「勘違いしてはいけませんよ、パキラさん。カメは千年、鶴は万年と言うではありませんか。千年生きて仙人になる。そんなカメ様にあやかりたいという意味が込められているのです」
「ホントに? その話、いま作ったでしょ? 」
「ノンノンノン。あいらぶ仙ちゃんっ」
カナデは『あのゲーム』が何かは分からなかったが、ケラケラと笑うパキラに釣られて自然と白い歯をこぼした。
「ふふふっ。それなら、万年生きる鶴の方がいいんじゃないですか? 」
「カナデ君、私は鳥類が苦手なんです。キリッ」
「ピート、キリッって。あはは。もうだめ、お腹痛い」
「パキラ、笑いすぎっ! 」
子どもNPCたちがキャッキャと鬼ごっごをしている噴水公園に3人の笑い声が響いたーー。
さっきまで白いベンチで毛繕いをしていたビビがスタンピートの足にすり寄っている。仙ちゃんと仲良くしたいのかなと思ったスタンピートが地面にリクガメを置いてみると……ビビはぴったりとくっつくようにリクガメの隣に座った。
「おお……見てよコレ! 神かわいぃツーショットだよね。うはぁ、写真、撮りてぇ! そして待ち受けにしたいっ! 」
「このゲームのスマホって、写真機能が無いんだよね。こういうとき、不便」
「写真館のカメラマンNPCに依頼しろって事なんだろうな。パキラ、30分間でいくらだったっけ? 」
「あんまり利用したことないから分かんないなぁ。ピート、頼むの? 」
「頼みたくなってきた! だってこんな愛らしいカメ様とネコ様を見たらーーたまらんしょ! 」
「うっ……。確かにーー」
「なあ、カナデさん、写真館に付き合ってもらってもいいかな? それと……俺とフレンドになって下さい! 」
嬉しそうに喜んで! と即答したカナデを、優しく微笑むように目を細めたビビが眺めている。ビビはプレイヤーと楽しそうに会話しているカナデの姿が眩しく思えた。
パキラとも無事にフレンド登録が出来たシーンでは、8という数字が心のモニター画面を埋め尽くすように連続で流れ、ブラボー! と叫んでいた。もっとカナデにプレイヤーの友達を! という垂れ幕をバンと掲げている自分を想像している。
カナデは敬語を止めようと言ったスタンピートの言葉に賛同して、ついさっき会ったばかりとは思えないような会話に引き込まれていた。彼らの一言一句すべてが目新しくて、何を聞いてもワクワク感が広がった。
スマホ画面の上にゴミ箱のアイコンを浮かべて、飲み終わったアイスコーヒーのチルドカップを捨てている光景に驚き……このアイコンはこうやって使うのかと思いながら、チュロスが入っていた袋をポイッと投げ込んで感動を覚えた。
ーービビがプレイヤーの友達を作った方が良いって言った意味が分かった気がする。
独りでは開けられなかった扉が解放されて、心地よい爽やかな風が頬をくすぐっている……そんな感覚に胸が熱くなった。
合唱するような笑い声に反応したのか、さっきまでじっとしていたスタンピートのリクガメが歩き始めた。少し頭をあげてゆっくりした動作で主人に向かって進んでいる。スタンピートはリクガメの小さな頭を撫でると大事そうに抱きかかえた。
「仙ちゃんが待ち切れないみたいだ。そろそろ写真館に行こうぜ! ……えっと、課金店の近くだったっけかな? カナデは利用したことある? 」
「ううん、ないや……」
「オッケ! ピートさまにお任せあれっ。ってか、たぶん、大通りに出れば、すぐ分かると思われるっ」
「僕も仙ちゃんとビビのツーショット写真が欲しいな」
「だよね~! うちの仙ちゃん、最高っしょ! もふもふと甲羅のコラボレーション……いいね、いいね! 」
スタンピートは気の置けない友人のようにカナデの肩に腕を乗せると『皆んなで一緒に写真を撮ろう』と言って、にっこりと笑っている。
新しい友達ができたのはいつぶりだろうか……。カナデの目は薄っすらと涙が滲んだーー。
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