第13話 推しと仲良くなりたいっ

 まんまる豚亭でテーブルに突っ伏していたパキラは、脳内会議でミニミニパキラと会話をしていた。助けてくれた人の名前が分かっただけでも良しとしよう! と彼女が言っている。気持ちを切り替えようと思って、何となくスマホを眺めた。


「あ……。ピート来てたんだ。合流しよっとっ」


 ガロンディアの街の教会の裏方にある噴水広場は外灯の淡い光で照らされていた。待ち合わせ場所である白いベンチの傍にはチュロス屋台がひっそりと佇んでいる。今日も買い物客はいないんだろうなと思って目を向けると、スタンピートがチュロスを買っていた。


「よっ! パキラ、いつも悪いね。今日も宜しく」

「こちらこそ、よろしくっ」


 翡翠湖でのパーティ壊滅事件から2週間ほど経っていた。パキラは固定パーティメンバーから離れようと考えていたが、すっかりスタンピートと打ち解けて、ほぼ毎日、一緒に冒険をしてた。今日も彼と遊べることが嬉しくてウキウキしている。


「ピート、今日は何する? どこでも行っちゃうぞぉ。えへへ」

「あはは。経験値稼ぎの手伝いが面倒になったら、いつでも言ってね」


「そんな事、言わないって! ピートがデスペナもらったのは私のせいでもあるし……」


「それは何度も言っているけど、違う! 俺がドジっただけだからっ」


 食べてと言わんばかりに口元に向けられたスタンピートのチュロスを、パキラは何気無くかぶりついた。あ、しまったと思ったが、すまし顔でもぐもぐとシナモン味を楽しんでいる。


「ピート、ありがと。……あれから私さ、ちょっぴり人間不信気味なんだ。ーー冒険者ギルドのパーティ募集に参加するのが怖い。だから、その、ピートがいっしょに遊んでくれて嬉しい」


 パキラは白いケモミミをピコピコと動かしながら、はにかむような笑みを浮かべた。思わず愛いと心の中でつぶやいたスタンピートは……ハッとしたようにチュロスを見つめた。


 ーーこれ……このまま俺が食べていいのか? 


 どうしたものかと少し迷ったが、後で食べるかとボソッとつぶやき、さりげなくスマホにシュッと収納した。このゲームの菓子類は消費期限がないため、いつでもベストな状態で口にすることができる。


 スタンピートは食品倉庫で永久に眠るアイテムから目を外すと、照れ臭そうに笑った。


「お、俺もパキラといっしょに遊べて嬉しいよ」


 白いベンチにちょこんと座って、嬉しそうに笑みを浮かべているパキラを見ながら、オレンジの髪の毛を右手でポリポリと掻いた。


「そういえば、ゲイルは来なくなっちゃったな。リンジェは毎日、ログインしているみたいだけど」


「私……リンジェさんにフレンド切られた」

「えっ!? う~ん……。気にすんな! 俺と楽しく遊ぼうぜ、戦友! 」


 パキラはそう言ってくれるスタンピートの優しさを素直に受け取った。彼は以前のようなチャラい発言や、『らしい』という語尾を使うことが少なくなっていた。


 パキラは自分の言葉に耳を傾けてくれるスタンピートを背中を任せられる仲間として信頼するようになっていた。


「あ、そうだ。翡翠湖で助けてくれた人なんだけど、ルーっていう名前だった」

「まじか! パキラ、その人と話した? 」


「し、してない……なんて挨拶していいか考えててーー」


 顔を赤らめながら、口ごもって、ごにょごにょと言っているパキラの様子から、スタンピートはいろいろ察して、そっと見守った。


「そうそう、夕べさ、やっとカンナさんからあの笛の登録者名をゲットしたよ。『カナリアさんがフレさん2人といっしょに助けに行った』ってメッセに書いてあった」


「情報料が高いカンナさんに聞いたの? 」

「そう……ですーー」


「大丈夫? すっごい高い料金、とられなかった? 」


「そ、そんなに高くなかったよ。大丈夫だって。パキラが気にしてたし、俺もお礼が言いたいなぁって……」


「お金払うよ! ピート、いくらかかったの? 」

「いらないよ。本当に、そんなに高くなかったからーー」


 スタンピートは翡翠湖の情報で稼いだお金で、カンナから情報を得ていた。結果的にプラマイゼロになってしまったが、緊急支援の笛をパキラに送る前に確認しなかった自分が悪いと思って気にしなかった。


「あ、それから一緒にいた2人については、カナリアさん本人に止められているから、教えられないって、言われちゃった」


「そっかぁ……」


 パキラはふと、カナリアという名前が心に引っかかった。もしかして、あのエルフ耳の美女はーー。 


「私、さっきカナリアさんと鉢合わせたかもしれない! 」

「マジで? 」


「ちらっと見ただけなんだけど、恩人の銀髪さんに『リア』って呼ばれてたから、多分そうだと思う」


「……カナ、リアで、リアか。ーーってことは……『ルー』は愛称なのかもしれないな。鉢合わせた場所は? 」


「まんまる豚亭! 」


「明日、俺もいっしょに行くよ」

「うんうん、また会えるかも。助けてくれたお礼を言いたい! 」


 2人であれこれ話しているうちに、ゲームの世界はいつのまに夜が明けて、空が白んできた。明けの明星の姿がスッと消えて、雲1つない真っ青な空が広がっている。スタンピートは絶好な狩り日和になったと喜んで、自然に笑みがこぼれた。


「さて、パキラさん、そろそろ現場に向かってもよろしいでしょうか? 」

「もちろん! 現場でフィーバーおういえ! ってやつだね。急ごう」


 翡翠湖から帰還して以来、パキラはくだけたセリフを言うようになっていた。たまに、びっくりするような冗談をいってスタンピートを笑わせている。今日の冒険もきっと楽しくなるに違いない。彼らは談笑しながら、街の門前にある乗合馬車の停車場に向かった。


「ピートのレベ上げしやすい狩場ってちょっと時間かかるよね。頑張って騎乗アイテム買おうかなぁ。でもなぁ……新しい日本刀も欲しいし、スクロールとか服とかも欲しいんだよねぇ……」


「確かに騎乗を使えば、かなり早く移動できるけどさ。俺はこのゆったりとした移動も、冒険の醍醐味だと思うんだよね。俺はもうちょっと、こういうシチュエーションを楽しみたいな」


「そっか。そうだよね! いかにも旅って感じがしていいかも」


 スタンピートとパキラは街道を走る乗合馬車にゴトゴトと揺られている。ゆっくりと流れるトリプルレインボーを背景に、カラフルな色彩のオウムに似たモンスターが群れ成して飛んでいるのが見えた。パキラはこんなの光景はなかなか見れないよと言って嬉しそうに指を差した。


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「ねぇ、ピート。張り込みしている刑事みたいだよね」

「アンパンと牛乳? ぶはっ」


 パキラとスタンピートは夕べの作戦通りに、今日はいつもより少し早い時間に集合して、まんまる豚亭の庇を支えている柱の影に立っていた。楽しそうに談笑しながら、お目当ての人がやってくるのを待っている。


 声に出して笑いそうになるのこらえているのか、時折、手で口を押えていた。漫才のような会話に発展した時、カナリアと思しき美女が銀髪の男性プレイヤーと一緒に歩いているのが見えた。


 ーー今日も銀髪さんとふたりきりで楽しそうだな……。


 さっきまではパキラは明るい笑顔を見せていたが、急に火が消えたように静かになった。その様子に気付いたスタンピートはしょんぼりしている彼女の頭を優しくポンポンと叩くと、ロックオンした2人をオレンジ色の瞳で追いかけた。


「パキラ、あのふたり? 」

「うん……」


「店に入る前に~。レッツ突撃太郎団っ! 」

「それ、ワイドショーの取材コーナーのタイトルだったっけ? 」


「ぶっぶ~っ! 違いますがな。少年誌のギャグマンガのタイトルでーーじゃなくて、ほら、パキラ行くよ! 」


 足を上げているが前に進まないパキラを引きずりながら、スタンピートは2人のプレイヤーの進路を塞いだ。


「あの、こんにちは。カナリアさんですか? 」


 立ち塞がれてムッとしたのか銀髪の男性プレイヤーが美女を守るように、ずいっと前に身体を出した。彼は斜めがけしている専用収納ベルトに刺さっているスクロールに手を伸ばそうとしている。



 その仕草にギョッとしたスタンピートは早口で、言葉を続けた。


「俺はカンナさんに笛を送ってもらったスタンピートと言います。翡翠湖ではありがとうございました」


 ぺこりとお辞儀をしているスタンピートの隣でパキラも感謝の言葉を述べた。だが、緊張しすぎて語尾をおもいっきり噛んでしまった……。あまりも恥ずかしくて、フライパンにワインを入れてフランベしたように顔から火が出ている。


 スクロールに伸ばしていた手を降ろした銀髪の男性プレイヤーは翡翠湖で素材をゲットして喜んだことは覚えていたが、人助けをしたことはすっかり忘れていた。カナリアは無言のまま思い出そうとしている彼の隣に移動すると、笑みを浮かべた。


「こんにちは、カナリアです。パキラさんはあの時、岩の隙間にいた人ね。無事だったみたいで良かったわ。えっと、スタンピートさんは……ちゃんと確認しなくて申し訳ないんだけど、大丈夫だったかしら? 」


「あ、俺は……死んだ後に、パキラに笛を送ったので、カナリアさんたちが来てくれた時は、始まりの地にいました。あはは……」


「そうだったのね……。間に合わなくて、ごめんなさい」

「と、とんでもないです。気にしないで下さい! 」


「……では、機会があったら、またお会いしましょう」


 ーーえっ!? うそっおお! まだ銀髪さんの名前を聞いていない! 


 プチパニックになったパキラは自分の横を取り過ぎようとしている男性プレイヤーの右腕を、咄嗟にがしっと両手で掴んで引っ張った。泣きそうな顔で見上げると、眉間に深い溝を作った彼とパッと目が合った。


 観察妄想日記であんなことやこんなことをしていた推しキャラに触れたという喜びがリンゴーンと鐘の音を鳴らしている。嬉しくて満面の笑みを浮かべたが、恥ずかしさが光の速さで足の爪先から頭のてっぺんまで駆け抜けた。


 パキラは熟れたトマトように顔を真っ赤にして、パッっと手を離した。


「ご、ごめんなさい。私の様子を見に来てくれた方ですよね。あの時はありがとうございました。お名前を教えて下さい! 」


 今度は噛まずに喋れた! と喜びながら、パキラは男性プレイヤーの返事を待った。彼はいきなり腕を掴まれたことを不快に思ったのか、左手で腕の埃を落とすように掃っている。


 ーーえええ……そんなぁ。あんまりだよぉ……。


 あまりの容赦ない態度に、パキラはパソコンで時間をかけてデータを打ち込んだのに停電で全てパァになった時のようにショックを受けている。


 カナリアはカチンと固まっているパキラが不憫に思えた。男女問わずグイグイ来られるのが苦手だといっても、これはちょっと良くないだろう。小さな声で、そういう態度は失礼でしょーーと言って彼を窘めると、パキラに優しく微笑んだ。


「パキラさん、無口なこの人はルードべキアよ」

「メイドインルードべキア!! 」


 パキラはすぐにスタンピートから貰ったスクロールの製作者だと分かって大きな声で叫んでしまった。驚き過ぎたのか、セリフの語尾が妙な高音になっていた。ルードベキアは勘弁してくれ……という風に更に嫌そうに顔をしかめている。


 巷で有名なブランド名が耳からスポンと入って身体中を駆け巡るような感覚を覚えたスタンピートは頬を紅潮させて、大きく目を見開いた。


「魔具師のルードべキアさんですか!? 翡翠湖でルードべキアさんのスクロールに助けられました。ルードべキアさん、めっちゃ凄かったです! ルードべキアさん、ありがとうございます! お会い出来て嬉しいです、ルードべキアさん! 」


 デパートのバーゲンセールのように大きな声で何度も名前を連呼されたルードべキアは、恥ずかさから辺りをキョロキョロと見渡した。オープンテーブルで食事をしているペアのプレイヤーがヒソヒソしているのが見えた。


 ルードベキアは顔を隠すようにコートのフードを深くかぶった。


「あまり大きい声で名前をーー」

「ルー、こういう時は『それは良かった。また購入してね』って言えばいいのよ」


 ルードベキアはカナリアに腕をパンッと叩かれた衝撃で、やっと召喚者の様子を見に行ったという記憶が蘇った。だが詳細な容姿はまったく思い出せていない。


「デスペナくらわなくて良かったデスネ」


 推しフィルターがかかっているパキラの瞳にキラキラと輝きながら、ふんわり穏やかに笑うルードべキアが映った。ぜひとも、友だちになりたい! そしてあわよくば……という欲望が頭頂部から噴火している。彼から目を離さずにゴソゴソと茶色いバッグからスマホを取り出した。 


「あの、フレンド申請をーー」

「そろそろ、いいかな? デート中だから、またね」


 カナリアはルードべキアの腕にわざとらしく手を滑らせて、パキラのセリフ掻き消すように言葉を被せた。カップルっぽく彼の腕に少しもたれて、歩き出している。


 フレンドという名目で魔具師の自分を利用しようとする輩に頭を悩ませていたルードべキアは、ホッと胸を撫で下ろした。そして、カナリアにしか聞こえない小さな声でサンキュと言うと、彼女と共に、まんまる豚亭へ入って行った。


 ポカンと口を開けていたパキラはしおしおな顔でその場にしゃがんだーー。

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