第21話 銀の獅子商会
銀の獅子商会本部の1階にある受付でカナデはあたふたと慌てながら、スマホを取り出していた。緊張しずぎて、スマホをお手玉しそうになっている。ほっと息を吐いて、職人ギルドカードを画面に表示しようとしたがーー。
ーーどのアプリか分かんなくなっちゃった。どうしよう……。
プチパニックになったのか、カナデはいろんなアイコンをぽちぽち押し始めた。ビビに聞くことさえ忘れて、額から汗を流しながらあわあわしている。その様子を見ていた受付嬢NPCのリザが優しい瞳をカナデに向けてスッと画面を指差した。
「カナデさま、こちらの職人パスポートアプリをタップして頂ければ、ギルドカードを表示する項目がございます」
「あっ! そうでした。ありがとうございます。えっと……これですね! 」
カナデがスマホ画面を見せると、受付嬢NPCリザは表示されているバーコードの上に右手をかざした。ポーンという音がを聞いたカナデはやっと安心したような表情を浮かべた。
「カナデさまの職人登録が完了しました。では、無料譲渡商品の帰属解除の依頼の件ですが、こちらの本部でお手続きさせて頂きます。ーー手数料は使用される方のご負担となります。お支払いにつきましては、手続きを担当するスタッフにーー」
スタンピートとパキラもがっちがちに緊張していた。新しい武器が手に入る喜びと、商店ではなく商会の本部で手続きするという驚きが入り混じり、受付嬢NPCのリザへの応答が噛み噛みになっている。
ひよこみたいで可愛いと思った受付スタッフ一同がほっこりしていた……かどうかは定かではないが、3人はバナナのイラストが描かれたパッケージのひと口チョコをそれぞれ貰った。
カナデの頭上にいるビビが受付嬢たちに頭を撫でられている頃、銀の獅子商会本部の執務室では団長のリディがパソコンのモニターを睨んでいた。公式で発表された大型アップデートの前情報と、現実世界のちょっとしたツテで手に入れたリーク情報を元にアレコレと今後の戦略を練っている。
ーーゲームなのに会社で働いているようだ。
フッと笑いを漏らしたリディはキーボードを叩く手を止めて、少し冷めてしまったコーヒーに口をつけた。ソーサーにカップを置いて再びモニターに目を向けると、副団長マーフの、う~んという唸り声が耳に届いた。
マーフは執務机前にある応接用ソファで眉間にしわをよせながらノートパソコンを眺めている。
「団長、ちょっといいです? 受付から要確認のメッセが入ったんですが……妙なんですよ」
「妙と言うと? 」
「無料譲渡による帰属解除依頼なんですけど……依頼者である職人のプレイヤーレベルが34なのにーー製作物レベルは35なんですよ」
「……そのプレイヤーの職人登録日は? 」
「ついさっきです。いま手続き用の部屋に案内中ですが……会います? 」
「……そうだな。直接会った方が良さそうだ。1階の応接室Aに案内を頼むよ」
「了解で~す」
通常ならば自身のプレイヤーレベルよりも、高いレベルの製作物は作れない。きっと何か抜け道があるに違いない……リディは不敵な笑みを浮かべながら、茶のジャケットを羽織った。
「やっぱり本部での手続きってひと味違うのね……」
パキラは紺のベルベッド地のロココ調ソファをそっと撫でて、感動したようなため息を漏らした。カナデは口をポカーンと開けて部屋の装飾を眺めているスタンピートの隣で、緊張した手を握りしめている。
お喋りができなくて暇を持て余したビビが大あくびをしていると……ノートパソコンを小脇に抱えた茶髪の男性が部屋に入ってきた。彼は爽やかな笑顔を見せながら、カナデの向かいのソファに浅く腰掛けた。
「こんにちは、始めまして。銀の獅子商会団長のリディです。私が帰属解除の手続きをしますね。では、鍛冶師のカナデさん。作品を具現化してーーこちらのテーブルに乗せてください」
「は、はい」
リディはソファ前の長机に置かれた日本刀をさりげなく取ると、スキルを使って製作物のプロパティを開いた。記載されている製作者のプレイヤーレベルと製作物のレベルをチェックしている。マーフが言った通りだと納得するように頷いた後にDPSの数値に目を移した。
思わず驚いて、え? と言いそうになったが言葉を飲み込んだ。キョトン顔をしているカナデたちの前で、ノートパソコンを開き、商会で扱っている同等の日本刀『荒神』の情報と見比べている。さらに、インスタントカメラを取り出してプロパティ表示を撮影した後に……にっこりと微笑みながら口を開いた
「大変お待たせして申し訳ありません。こちらの日本刀『荒神』の所有者になられる方はーー」
「私です! 」
満面の笑みを浮かべたパキラが元気よく真っすぐに右手を挙げた。彼女の左手は銀の獅子商会メンバーズカードを表示した携帯を握りしめている。
「では、我が商会の商店をご利用いただいたことはありーー」
「会員カードあります! こ、これですよね」
パキラは焦り過ぎて言葉をかぶせてしまったとすぐに気付いて、バツが悪そうに下を向いた。リディは特に気にすることなく、商会のスキルを使って日本刀『荒神』の帰属解除を行うと、ノートパソコンに接続したバーコードリーダーでパキラのスマホに表示されているメンバーズカードを読み取った。
その作業を見ていたスタンピートは、この大規模商会の団長が……俺たちのために、自ら来てくれた! という感動と緊張感から倒れそうになっていたが、意識が飛ぶことなく、速やかに弓『雷神』を手にした。
「リディさん、俺……ログアウトしたら、この感動を日記に書きます。今まで書いたことなかったけど、ーー今日から書きます! ありがとうございます! 」
興奮しすぎて暴走気味のスタンピートがリディの手を取り、ぶんぶんと振っている。リディは笑顔で対応していたが、カナデが帰ろうとしていることに気付くと、慌てたようにノートパソコンのフタを開けた。
「カナデさん! うちの商会がニューフェイスの職人支援を行っていることは知っていますか? 簡単なテストと面接がありますが、審査を通過すれば素材や金銭の援助が受けられるようになりますよ! 」
リディがくるっと回してカナデに見せたノートパソコンには若手職人を支援します! という企画ポスターが表示されていた。カナデは興味ありげに記載されている文章を読んでいる。
「初めて知りました! 教えて下さってありがとうございます。えっと申し込みは、本部の受付なんですね。この後、絶対に申し込みします!! 」
リディは嬉しそうな表情しているカナデを観察するように眺めていた。ハッキングツールを使ってチートをしているようには見えないが、何か絶対に隠している……直感的な何かがそう告げていた。
ルードベキアのような商品ができるなら儲けもの、危険なら運営に通報すればいい。そう思いながらカナデの両手を握って、弾けるような笑顔を見せた。
「カナデさん……私は貴方の素晴らしい作品に感動しました! そして、才能が無限に広がるのが見えました……。私が直接、全面的にバックアップさせて頂きたいので、ぜひ、フレンド登録をお願いします! 」
リディの演説のような身振りと誉め言葉に圧倒されたカナデはーーはい、お願いします、という言葉が自然に口からこぼれた。そして、びっくりどっきり体験をした銀の獅子商会訪問は終了した。
無事にカナデが作った武器を手にすることができたパキラとスタンピートは銀の獅子商会本部の門前で興奮していた。胸がジーンと熱くなったパキラは放心状態で歩いているカナデの肩を後ろからポンポンと軽く叩いた。
「カナデ、凄いね! 団長自らバックアップだなんて、びっくりしちゃったよ」
「銀の獅子商会団長がフレンドかぁ……。俺、自慢しちゃうっ」
「ピート、団長さんとフレ登録したのはカナデだよ? 」
「うん、わかってる。俺のチームメンバーが団長と友達なんだ、って自慢する! くぅ、すげぇ! 」
「もう! だめだよピート。カナデが困っちゃうよ」
「うん、分かってる。分かってるよパキラ。いま、ちょっと言ってみたかったんだけなんだ。へへへっ」
応接室での出来事を思い出したのか、スタンピートが前面バックアップ! と大きな声で叫んでいる。彼らの会話を聞いていたカナデはワクワク感が溢れて止まらなくなっていた。一緒に素晴らしい作品を作りましょうというリディの言葉が炭酸の泡のようにパチパチと弾けて心を刺激している。
「……今日は本当に、凄い経験をした日だったね。ピート、これから試し撃ちに行く? 」
「それ、ナイスアイデア! メイドインカナデの弓でパシュパシュっと華麗に倒しちゃうよん」
カナデは師匠であるルードべキアの仲間入りをしたような気がして嬉しくなった。顔がほころばせて喜びを噛みしめた……。
「あら、偶然ね。こんにちは。ケモミミ3人衆だなんて可愛い。ふふっ」
「カンナさん! お久しぶりです。翡翠湖の件ではお世話になりました」
「パキラさんは、デスペナを避けられて良かったわね。私はスタンピートさんから情報を貰えたから、助かったわ。ーーところで、こんなところで何をしているの? 」
「カンナさん、実はですね……さっきーー」
興奮冷めやらぬスタンピートは大げさな身振り手振りで、銀の獅子商会での出来事を語り始めた。情報をお金に変えるカンナに事細かに余計なことを喋っている。危機感を感じたパキラはスタンピートの腕をきゅっとつねった。
「ピート、あんまり喋っちゃだめだよ! 」
「あっ。そうだね……ごめん」
だが時は遅し……カンナはお金になりそうな匂いをカナデから嗅ぎとっていた。自分に夢中にさせて貢がせる作戦を本気で進めようと思案している。まずは自然にフレンド登録を交わしてから、じわじわと搾り取ってやろう……カンナは獲物を狙う肉食獣のような目でカナデを見つめた。
「カナデ君ってぇ、すごいのねっ。私もぉ、銀の獅子商会の団長が褒めた作品を見てみたいなぁ」
その言葉にすぐさま反応したスタンピートが上機嫌でスマホのインベントリから弓を出した。見せるぐらいなら大丈夫だよねとパキラに言って、笑顔で装飾の素晴らしさを語っている。カンナは笑顔を保ちながらスタンピートの話を聞いていたがーー。
ーーお前はお呼びじゃねぇんだよ。くっそ、うざっ! どっか行け、ボケカス!
という風に心の中では悪態をついていた。ちらっとカナデに目を向けて、もっと直接的なきっかけを探している。ふと、カンナは変わった毛並みのペットアイテムが傍に寄り添っていることに気が付いた。しめしめと思いながら、極上の美少女スマイルをカナデに見せた。
「ねぇ、その猫ちゃんはぁ、カナデ君のペット? 私も猫ちゃんが大好きなんだぁ。抱っこしてもいい? 」
カンナは返事を待たずにカナデの足元にいた錆び猫を抱き上げようと手を伸ばした。だが、彼女の手が近づくや否や、錆び猫は唸り声をあげて飛び退き、街路樹に登ってしまった。
「あれれ? 嫌われちゃったのかなぁ。悲しぃ」
右手を軽く口元に当てて、美少女アイドル風しょんぼりポーズで可愛さアピールし、さらに上目遣いで視線を飛ばせば……イチコロだろう! カンナは自分に惚れこむカナデを想像して、にやけそうな口元を必死に抑えた。
しかし、カナデはそんな彼女を見ることなく、パキラとスタンピートの腕を引っ張っていた。
「あの、すみませんが、僕たちこれから狩りに行くので失礼します」
「え? ちょっと、カナデ君? 狩りなら私も一緒にーー」
「同じレベル帯だけプレイしたいので遠慮します。カンナさん、さよなら」
きっぱりと断られたカンナは彼らの背中を眺めながら、わなわなと震えている。いつもならすぐに男を落とせる技をシカトされたことが信じられなくて、美少女らしからぬ怒りの表情を露わにした。
カナデはビビの行動が尋常ではないと感じていた。何も言わないが……きっとカンナは危険人物なんだろう。あまり近寄らない方がいいかもしれないと思いながら歩いている。
カンナの言動がリンジェとかぶって複雑な心境だったパキラはあの場から逃げることが出来て、気持ちが楽になっていた。だがスタンピートはいきなり腕を引っ張られて、訳が分からない! という風に顔をしかめていた。
「カナデ、カンナさんは確かに守銭奴だけど、俺らを助けてくれたし、良い人だと思うよ? 」
「……ピート、僕はビビが逃げる人は信用できない」
カナデとフレンドになった団長のリディは銀の獅子商会の執務室で微笑を浮かべながら、執務机のモニターに目を向けて、スピーカーから聞こえる話し声に耳を傾けていた。彼らの表情が分かるように映像倍率を上げたが……3つの白いケモミミは逃げるように遠ざかっていった。
「団長、この防犯カメラの映像は新たにファイルを作って保管しときますね」
「あぁ、マーフありがとう。よろしく頼むよ」
「それと、私もリアルで調べてきます。では、お先に落ちますね」
「お疲れさん……」
リディはプリントアウトされた写真を手に取って、背もたれに体重を乗せた。複雑そうな表情でノートパソコンに表示されている日本刀『荒神』のプロパティと見比べていたが……Nо.1の刻印がされているインスタントカメラに目を移して、ふふふと笑いをこぼした。
「まさかルーみたいな職人がもう1人出現するとはな……」
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