第8話 あるじさまの友達作りを手伝うにゃ!
ふぁああ! と大きなあくびをする奏の膝に空中を泳いでいたビビがストンと飛び降りた。さぁ、撫でて癒されなさいと言わんばかりに、ノルウェージャンフォレストキャットのような容姿をしたサビ猫が奏に向けたお尻を高く上げている。
「ビビはいつも可愛いな。ーーふれあい広場作ろうかな。ウサギやモルモットでいっぱいのやつ」
「ふつうにゃ。ふつうすぎるにゃ」
「えええっ」
「せっかく神ノ箱庭にいるのだから、小型モンスターふれあい広場にするにゃ」
渋い表情の奏の膝から尻尾をピンと立てながら、オットマンに移動した鯖猫は得意げな顔で話を続けた。
「始まりの地付近を含めたあちこちに、あるじさま好みの可愛くて、ふわふわなのがいるにゃ」
「そうなの? 」
「モニターに映ってるにゃ」
「ごめん、ーー全然、見てなかった」
「どこにどんな種類のモンスターがいるかはーー図書館で調べるといいにゃ」
「ここでも調べられるんじゃないの? 」
「ひきこもりはダメにゃ! 外にでるにゃ! 」
ビビはジャンプして奏に体当たりすると、ギャンギャンと説教をし始めた。叱られているのに何故だか嬉しい気持ちになった奏はニコニコと微笑んでいる。それに抗議するかのようにビビの尻尾が膨らんだ。
「人の話を全然、聞いてないにゃん! 早くポータル開けるにゃ! 」
奏はふわふわ毛のビビがパシパシと肉球で自分の足を叩いているのを眺めながら、分かった分かったと言って、街に繋がるポータルを開けたーー。
「図書館は何処にあるんだったっけ?」
「ランドルという街のバッハベリア城の近くにあるにゃ」
「ここはーー」
「ランドルにゃ」
「ちょうどよかった」
プレイヤーではない奏はどこでもフリーパスで行くことができた。それなのに王立図書館ではなく、図書館の利用許可クエストを受諾できるバッハベリア城に向かって歩いていた。奏の頭にいるビビが不満そうな顔でキョロキョロと辺りを見渡しているーー。
「……ここじゃないにゃ」
「久しぶりに王女様と話がしたいなぁって思ってさ。それにクエストを受けにくるプレイヤーと友達になれるかも? 」
「出会いのきっかけにするにはいい手にゃ。早速、行くにゃ! 」
明るい光が差し込む美しいバラの庭園に、クエストを配布するエレオノーラ王女が立っていた。予想に反してプレイヤーは誰1人としていなかった……。奏はがっかりしたが、気を取り直してストレートで長い金髪をキラキラと輝かせている王女さまに話しかけた。
「エレオノーラ王女さま、こんにちは」
「ご機嫌よう。いいお天気ですね」
「そうですね。白い雲が眩しいです」
「ぜひ薔薇の庭園でおくつろぎください」
「きれいな薔薇がいっぱいですね」
「ご機嫌よう。いいお天気ですね」
「えっと……」
「ぜひ薔薇の庭園でおくつろぎください」
「王女のセリフが2つしかないにゃ」
「あはは……そうだね。図書館に行こうか」
城の門近くまで咲き誇る赤い薔薇に囲まれた小道は花の香りで溢れていた。奏はそこから見える大きな城に入ってみたかったが、ビビに中身が作られていないからスカスカだと言われてしまった。がっかりした奏はトボトボと城前広場に続く橋を渡った。
バッハベリア城の東方面にある王立図書館にたどり着いた奏はわき目もふらずにモンスターコーナーへ駆け込んだ。ダンジョンとフィールドのモンスターが載っている本をそそくさと手に取り、うきうきしながら閲覧机を探した。
「あるじさま、こっちだにゃ」
ビビは案内係のように先頭を切ってトコトコと空中を歩いている。奏は可愛いモンスターを早く見たいという気持ちを抑えて、2冊の本をぎゅっと胸に抱えた。
「ダンジョンにも可愛いモンスターっているのかな」
「スライムは可愛いと思うにゃ」
奏は閲覧机に静かに本を置くと、浅く椅子に腰かけて、ゆっくりと1ページ目を開いた。ビビは机の上から1センチほど身体を浮かせて奏と一緒に目次を覗き込んでいる。機嫌よく尻尾を左右にパタンパタンを振っている様子から、スライムはオススメなのかな? と期待を膨らませた。
目次にあるモンスター名に触れると自動的にパラパラと本がめくれた。奏は面白いと思って眺めていたが、ビビが何度もこのエフェクトを見るのはだるいといって、すぐに設定をオフにしてしまった。情緒がないような気がして、奏は少しむくれた。
設定をどうやって変えたのか気になって、机の上の本のあちこちを食い入るように見つめた。どうしても分からなくて、ビビに聞いてみたがそれはまた今度といってはぐらかされてしまった。釈然としないままページに表示されている画像に目を向けた。
少し透けている黄色くて丸い物体のイラストをきょとん顔で眺めている。
「これがスライムなの? ーーへぇ、ゼリーみたいにぷるんぷるんしてて、美味しそうというか……触ると気持ちよさそうだね。夏の抱き枕にピッタリな感じだ」
初めて見るモンスターのイラストに感動した奏は身を輝かせてはしゃいだ。そんな彼をちらりと見たビビはすまし顔でイラストをペペンと前足で叩いた。
「プレイヤーを溶かして食べるにゃ。その様子がエグくて、なかなか可愛いのにゃ。にゃふふふ……」
「え、ええっ!? うわぁ……。それはちょっと、見たくないかも。ーーあれ? ビビ、次のページのイラストは『 ? 』になっているよ」
「それはネタバレ防止にゃ」
「そうなんだ……ちょっと残念だなぁ」
さらにページをめくるとやはり同じようにイラストが無かった。モンスター名も記載されておらず、〇〇地方に生息といった感じで詳細は伏せられていた。どうやら一部のモンスター情報は自身で冒険して集めなければいけないようだ。
「これなんか何なのかまったく分かんないや……。次のページはーーあっ、ねぇねぇ、この苔だるまっていうのはイラストがあるよ! まりもみたいでコロコロしてて可愛いね。うわっ、でも、体長が2メートルもあるんだ……」
「回転しながら高速で移動して、プレイヤーをひき殺すにゃ。岩に当たると跳ね返る様子がスーパーボールみたいで可愛いにゃん」
「ビビの可愛いツボって、ちょっと変わってるよね」
「そ、そんなことないにゃ! ちょっと待つにゃ! 」
ビビが勢いよく尻尾をぶんぶんと左右に振ると、苔ダルマから一瞬でふんわりとした生き物のイラストが載っているページに移動した。
「ーーこ、このフェネギーとかふわっふわっにゃん! 体長50センチの小型にゃんよ? 」
「わぁ、本当だ! この子を飼ってみたいな」
「カバンや帽子のために狩られちゃう可哀そ可愛いモンスターで、めちゃくちゃ気性が荒いにゃん。手をだしたら速攻でがぶっとされるにゃ~ん」
思わず、ええ~? と叫んだ奏の後ろで、王立図書館で働く女性司書NPCがわざとらしくゴホンと咳払いをした。だが奏は気にすることなく楽し気にビビと談笑している。さらに続けてゴホンゴホンという声が聞いて、やっと奏は何だろうと思って振り返った。
「利用されている他の方の迷惑なりますから、お静かにお願います。それと、そちらの猫ちゃんですが、机の上に乗るのはーー」
女性司書NPCは尻尾をぼわっと膨らませているビビの足元に顔を近づけると、眼鏡が落ちないように左手で押さえながら、右手でスッと机の上を撫でた。猫が浮いているのを確認した彼女は、もっと分かりやすく浮いてくださいと言って立ち去った。
「ぶはっ。あの時、本当に面白かったなぁ。あんなこと言うNPCがいるなんてね。ーーアプデで追加されるNPCって、もっと人間っぽいのかな? もふもふ系がいるといいな……」
正面の大画面スクリーンには滑空するワイバーンが口を大きく開けてる映像が流れていた。奏はあんまり可愛くないなと顔をしかめて、膝にいるビビ目を移した。ふんわりした生き物のようにビビの尻尾がパタパタと激しく動いている。
「にゃにゃ! なんで尻尾を掴むにゃっ! ビビが実況中継をしているというのにっ! 」
「だって、あの赤いトカゲーー」
「ワイバーンにゃ……」
「ワイバーンが可愛くないんだもん」
「にゃんですとぉぉ! スタンピート危うし! だが、隠密スキルで間一髪セーフ! っていう、手に汗握るシーンだったというのにっにゃにゃん! 」
「あはは……ごめん。録画とか……ないよね? 」
「あるわけないにゃん! ぷんぷんにゃんっ」
「あっ、ビビ! この刀の女の子、凄いよ! ほらほらっ」
「サムライ職のパキラちゃんにゃん。なかなか良い動きしてるにゃん」
奏は白いケモミミを揺らしながら、木々の隙間をうまく利用して戦うパキラの姿に釘付けになった。パッと2分割になったスクリーンの右側に森の中を走っているスタンピートが映った。奏は身を乗り出して、彼の姿を目で追い、ビビの躍動感ある解説に耳を傾けた。
「スタンピートが森を走り抜けているぅぅ! そしてパキラはぁ、諦めないド根性魂が炸裂しているぞぉ! おっとぉお! 2体のワイバーンが同時にパキラの左右から狙っている! 」
語尾にゃがついていないビビの実況を、奏は少しだけ、あれ? と思ったが、すぐに気にならなくなった。両手をぎゅっと握りしめて、瞬きせずに映像を眺めている。
「危ないっ、太い尻尾がーーパキラの細い腰をーーこれは上手いっ。樹木を使って回避したぁああ! さらに、もう1体のかぶりつき攻撃をスキル受け流しで防いでいるぅぅ! 解説のビビさん今の動きどうでしょう? 」
「実況のビビさん、今のはフットワークがかなり良かったですね。あとはカウンタースキル見切りでエクセレントタイミングを連発すれば、ワイバーンはかなり楽に倒せると思います」
「ああぁ! ワイバーンがボディアタックでパキラ潰そうとジャン~プ! おっとぉ、これもパキラは軽やかに避けたぁぁ! 」
「今のはノックバックできる突剣を使うと良かったかもしれませんね。使わないということは、スキルレベルが低いんでしょうか」
「なるほど、私は扇撃を発動しないことを不思議に思ってーーあぁ! 左腕を食いつかれたぁああ! これはまずい、これはまずいぞっ! ワイバーンの牙がパキラの腕に深く食い込んだぁぁあ! 」
危ない展開に驚いた奏は息を飲んだ……。ガンバレ! と叫びながら、彼らの脱出作戦が上手くいきますようにと心から願った。
「この人たちに会ってみたいな……」
ビビはぼそりとつぶやいた奏の言葉を聞き逃さなかったーー。主人がやっとプレイヤーに興味をもったことを大いに喜び、あるじさまの友達作りを手伝うにゃ! と心の中でむふふと笑った。
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