第7話 現実に本体がある中身入りプレイヤーと何を話したらいいかわからないよ

「まるでアニメみたいだーー」


 ぼそりとつぶやいた奏は映画館のスクリーンのような画面でワイバーンと戦うプレイヤーの姿を食い入るように見ていた。時折、ゆったりとしたした茶色の革製のソファから身を乗り出して、あぁ! と叫び、頑張れ! と応援している。


 手に汗を握りながらハラハラしている奏の膝には愛猫を模したナビゲーターのビビが乗っていた。ビビは奏以外には興味がないという風に、モニターに目を向けることなく丸くなっている。彼らが心配で不安になった奏は大きなため息を吐いた。


「ねぇ、ビビ。ドラゴンがカッコイイって思ったから見始めたんだけど……鎧の人、大丈夫かな……。苦戦してるみたいなんだけど、ここのモンスターってとっても強いの? それに弓の人と、刀の女の子が、かなり離れちゃってる」


「プレイヤーにとっては『遊び』だから、気にすることないにゃ。死んでも教会で復活するから大丈夫にゃ」


「でもデスペナっていうのがあるんでしょ? 」


「それはこの世界のルールだから仕方ないにゃ~ん。あるじさま、画面見るにゃ。撤退って叫んでるにゃ」


「うん、声が聞こえたよ。じゃあ、皆んな無事に……。鎧の人、あんなに赤いトカゲみたいのに囲まれてるけど、逃げられるのかな」


「無理だと思うにゃ。雑魚のワイバーンをサクッと倒せないなら、力不足ってことにゃ」


「うわ……ビビって容赦ないね。ーーあっ! あぁあああ……鎧の人が……」

「アタッカーが傍にいない上に、回復役が逃げたなら仕方ないにゃ」


「このゲームの世界はもしかして、かなりシビアなのかな? こういうゲームってやったことがないから、不安になってきちゃった」


「ビビがいるから大丈夫にゃ。ーーあるじさま、アタッカー2人だけが残ったみたいにゃ」


 光る線で模様が描かれている壁に、ぼよんとぶつかって跳ね返るプレイヤーの姿が正面のスクリーンにアップで映し出された。背もたれにずっしりと寄り掛かっていた奏は何が起きてるんだろうと思いながら大きく目を開けた。


「あの壁は何? ねぇねぇ、ビビ、あの壁! 」


「ボスが展開した戦闘テリトリーの壁だにゃん。これは生け簀タイプだから、ボスを倒すまで翡翠湖エリアから出られないにゃ」


「そんな……2人だけになっちゃったのに……。僕が助けに行けないかな? 」

「この間いったダンジョンのこと覚えてないのにゃ? あの時と同じになるにゃ」



 興味半分で出かけたダンジョン探索のことを思い出した奏は……深いため息をついた。ドキドキしながら飛び込んだ洞窟は大きな蜘蛛や、神話に出てきたような怪物がウロウロ歩いていた。


 突如垂れ下がってくる細長い光る虫にビックリしながらも、お化け屋敷みたいだと言って楽しんでいた。ゲームだからモンスターとの戦いがあるのかな思っていた奏はまったく攻撃する素振りを見せない彼らを不思議に思った。


「ビビ……ダンジョンってこんな感じなの? 」

「あるじさまはまだプレイヤーじゃにゃいから、モンスターの攻撃対象から外れてるにゃ」


「そうなんだ……。倒し放題になるのかな? 」

「当然ながら、こちらからも攻撃できないにゃ」


「ええ~……。じゃあ、こうやって眺めるだけなの? 」

「そうにゃ、散歩だと思って奥まで行くにゃ」


 奏は残念に感じたが、戦い方が分かるようになるまではあちこちを見て回るだけでいいかもしれないという気にもなった。洞窟内の鍾乳洞を眺めながらボスがいる部屋に入った奏は吸盤のついた巨大内タコ足を見上げた。


 ナイスバディな人間の女性の身体が持つボスモンスターは道中で出会ったモンスターたちのように奏を気にすることなくその場に佇んでいた。近くに行って大きな吸盤を触ってみたが微動だにしなかった。


 奥壁に隠し部屋があると言ったビビに教えられた通り、壁を触るとガラガラと崩れた。宝箱のフタは通常はシーフスキルの解錠を使わないと駄目らしいが、すんなりと開いてしまった。お宝を手にした奏はいろいろな感情が入り混じったような顔になった。


「これボス討伐報酬ってやつでしょ? こんなに簡単じゃつまんないよ! 」


 

 ダンジョンなのに面白みがない! と叫んだあの時と同じ状況になるならば、翡翠湖に行ってもワイバーンを倒せない自分はプレイヤーを助け出すことは不可能だと納得した。映像を見るのがつらくなった奏はモニターから視線を外した。


 ビビは空中でくるりとバク転宙返りをして、ふんわりと奏の頭に乗ると、しょんぼりしている彼のおでこを肉球でぺんぺんと叩いた。


「はい、モニターに注目にゃん! あの2人は森に逃げ込んだから、生還出来るかもしれないにゃ。きっと逆転ホームラン的なドラマチックな展開が待ち受けてるにゃ」


「本当? それなら、無事に街に戻れるように応援しようかな。ビビ、ゲーム用語がまだよく分からないから、解説してくれる? 」


「お任せにゃっ。野球の実況中継並みにビビが喋りまくるにゃ~ん。ではモニターをちょちょいのちょ~い」


 正面にある大画面スクリーンを挟んで左右それぞれに12面のモニターが並んだ。右側には樹木の傍でしゃがんでいる女性プレイヤー、左側には茂みの草刈りをしている男性プレイヤーの姿が映し出された。


「正面はビビが映画っぽく切り替えるにゃ。にゃふふふ」

「あはは……そんなに凝らなくてもいいよ」


「これでプレイヤーに興味を持ってくれるなら、ビビは頑張っちゃうにゃん! プレイヤーの友達をいっぱい作るにゃん」


 ーープレイヤーの友達か……。ビビは簡単そうに言うけど……困ったなぁ。


 幼いころに母を亡くした奏は、中学生になった頃から入退院を繰り返し、さらに10年近く……病院関係者や父親以外の人間とコミュニケーションをとったことがなかった。それゆえに、この世界にログインするプレイヤーに話しかけることができず苦悩していた。


「現実に本体がある中身入りプレイヤーと、何を話したらいいか分からないよ」


 どうすれ良いか考えた結果、奏はソファとモニターしかない部屋を作った。プレイヤーの行動を観察すれば、友好的手段をとる方法が分かるかもしれないと考えたからだ。そして毎日、ワクワクしながら映像を眺めていたーー。


 しかし……怒鳴り声や、汚い言葉で罵るプレイヤーを見てからは、彼らに対する苦手意識が芽生えてしまった。積極的に仲良くなろうという気持ちは空気が抜けた風船のようにしぼんでしまった。


「あんな汚い言葉を直接聞いたら、立ち直れなくなるかも。しばらくはビビだけでいいや……」


 プレイヤーとの会話を諦めた奏は街にいるNPCに片っ端から、こんにちは! と声をかけることが多くなった。今日の天候から街の説明まで、様々な話を聞けることが物珍しくて、毎日通った。


 だが一巡してしまうと……どこに行っても見た目がほぼ同じで、同じセリフしか言わないNPCたちに、段々と不満を募らせるようになった。


「人間は貪欲な生き物だから、物足りなさを感じるのは仕方がない事にゃ。それならプレイヤーと仲良くなってーーにゃふふふっ」


 空中で身体を伸ばしてくつろいでいる最中に、お腹をフニフニと触られたビビはくすぐったそうに身体をくねらせた。爪を出さずに肉球のみで、奏の手の甲にクリティカルヒットを与えている。パンッパンッという良い音が薄暗いモニター部屋に響いた。


 ダメージを受けるどころかますます癒された奏は明るい声で笑いながら、長くて柔らかい毛で包まれているビビの背中にポスッと顔を埋めた。その後は何も喋ることなく動かずに……じっとしていた。


 様々なプレイヤーが映し出されている各モニターの光が奏の身体を照らしている。


 寝ているように見えたが、どうやらそうではないようだった。長い沈黙が悲し気に感じられるほど、重苦しい空気が流れている。奏の心境を察したビビは枕に徹したまま、優しい声で話しかけた。


「あるじさま、健一さまに会えなくて寂しいにゃ? 」


「……うん。お父さん、最近、物凄くお仕事が忙しいみたいなんだ。今は住んでる世界か違うって、頭では分かってるんだけど……もっとお話ししたいし、もっと一緒にいたい。この間だって、オセロしてる途中で帰っちゃったしーー」


 顔を上げた奏は両手で目を覆って、グスグスと泣き出した。大人に囲まれた病院暮らしから、いきなり独りになったことで、寂しい気持ちが膨らんでしまったようだ。奏の身体は大人に育っていたが、今までの生活環境のせいか心はまだ小さな子どもと変わらなかった。


 ーー健一さまが12歳の身体をあるじさまに与えた理由が、だんだん分かってきたにゃ……。


 出会った頃のビビは初期設定として健一から与えられたデータを元に、聞かれたら応えるというプログラム通りのナビゲートをしていた。だが、奏と一緒に暮らしているうちに、だんだんとそれじゃいけない気がすると思い始めていた。


 奏の頬を伝う涙をザリザリと舐めていると、雛を育てているような不思議な感情が生まれてきた。これは父性と言うよりも母性に近いかもしれない……。ビビは奏の母、百合のデータが入った宝石箱がゆっくりと開いて行く感覚を覚えた。


「あるじさま、健一さまは、大型アップデートのために頑張ってるにゃ。きっと面白くてわくわくする友達NPCがくるにゃっ。……元気出すにゃ」


「うん……。そしたら、無理してプレイヤーと友達にならなくてもいいかな……」


 今日こそはプレイヤーに話しかけてみようと思ったことが何度かあった。しかし、勇気を振り絞って街に出かけても……いざプレイヤーを前にすると怖気づいて、近づくことができなかった。


 ーーNPCなら大丈夫なんだけどなぁ。明日、お父さんが来るってメールが来たからその時に話してみようかな。


 この頃の奏はビビに次があると言われても、NPCの方が良いと考えるようになっていた……。


 そして待ちわびていた健一がログインすると、奏はすぐさま駆け寄り父親の大きな手をぎゅっと握った。


 会えた嬉しさで自然と笑顔になった奏は自分の願いをきっと叶えてくれると期待しながら口を開いた。


「お父さん、僕……会話のキャッチボールができる友達NPCが欲しいな」

「え? う~ん……。友達が欲しいならプレイヤーがいいんじゃないか? 」


「プレイヤーはちょっと怖い……。まだNPCの方が良いなって思ったんだ」

「そうか……。友達NPCかぁ……」


 奏の相談にはいつも明るく任せなさいと応えていたが……そのお願いに関しては非常に困った顔になった。いくら開発総責任者でも新しいNPCを勝手に追加するのは難しかったからだ。


「我が儘だったかな。お父さん、ごめんなさい……」


 健一はしょんぼりとうなだれる奏を抱きかかえると、ポツンと置いてあるソファに座った。奏に笑顔を見せていたが、白い壁に囲またこの部屋は、ベッドがないだけの病室のように思えて不安を感じていた。今まで以上に、息子のことが心配になった……。


「ーー奏、父さんがプレイヤーと友達になれる方法を伝授してやろう」


 帰らなければいけない時間がくるまで、健一は本の読み聞かせのようにずっと喋り続けたーー。そして、現実の世界に戻った彼は息子から良いヒント貰ったと喜び、満面の笑みを浮かべた。



 それからしばらくたったある日、奏はいつものようにぼんやりとモニターを眺めていた。父親からメールが届いたことに気付いた彼は顔をほころばせながら、ウィンドウオープンと大きな声で叫ぶとすぐに、穴が開くんじゃないかと思うほど文章を見つめた。


 ーー次の大型アップデートで学習機能がついたNPCを導入することになったから、きっと奏の良い友達になるんじゃないかな。さらに、父さんが内緒でいろいろな要素を追加するから、楽しみに待っててくれ。


「わぁ、お父さんありがとう! ビビ、どんなNPCが来るのか楽しみだね」

「わくわくするにゃ」


「そうだね、わくわくするね。お笑い芸やコントとかしてくれるかな? 」

「それはーーどうかにゃ……」


「ずっと待ってるだけってつまらないよね。何かしたいね」

「目標を作るにゃ」


 奏はうんうんと唸りながら考えた結果……ビビにあれこれ言われた通りの目標を立てた。


「プレイヤーと友達になろう。最低でも1人! ガンバルゾオ……」

「人数が甘々すぎるにゃ! せめて3人は欲しいにゃ。しかも最後は棒読みにゃ……」


「小学生以来、友達らしい人なんていなかったから、どうすればいいか分からないんだもん……」


「気合ですにゃ」

「友達って気合で作るものなの? 」


「何事も気合で乗り越えるのですにゃ」


 何を言っても全て気合ーーと、返されそうだなと思った奏は25枚のモニターに映るプレイヤーたちの姿に目を移した。だが、小学生の時にみたTVドラマの警備室みたいだな……と思った途端に、なんだか気が滅入ってしまった……。


「モニター見るの飽きた! 」

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