第42話 またヤンチャしてさ、指名手配されろよ

 VRシンクロゲーム神の箱庭に点在している各街では大型アップデートで盛り上がっていた。だがザイガンは……人気のないフィールドで風景を眺めていた。独りでポツンと草むらに座っている。心地よい風がタンポポの綿毛を飛ばしてる光景の中で、彼は大きなため息を吐き出した。


「俺……こんな所で何してんだろーー」


 薄いガラスに包まれたがらんどうな心が坂を転がっている……。それは教会にある棺桶に勢いよくぶつかって、パリンと砕けて散った。黒い蓋を瞬間を思い出したザイガンは立膝に腕を置いて項垂れた。


 身につけていたレベル50の装備品が外れていたため、プレイヤーレベルが下がってたことはすぐに分かった。慌ててスマホを取り出し、インベントリをチェックすると、装備品は全て収納されていた。ほっと胸を撫でおろしたが……ザイガンは急激にやる気を失くし、棺桶から出ることなく現実世界に帰った。


 ヘッドセットを外した彼は身体を丸めて眠り、大学のオンライン講義を聞き……レポートを書いてーーふて寝をした。日常生活を普通通りに行うことで、忘却の彼方に嫌な記憶を追いやろうとしていた。神の箱庭でバレンタインイベントが盛り上がっていたようだが、あえて目を背けた。


 日常のルーチンからゲームを外して過ごしているうちに、気付けばあの出来事から数日が過ぎていた……。


 何しても気分が晴れず、趣味は寝ることです! と言えるほどよく寝ていた。今日もベッドに横になってウトウトと居眠りをしている。良い夢に身を委ねて、ほっこりしたような表情を浮かべていたが……急に顔をしかめた。


 彼は瞼を閉じたまま、手探りで着信音が鳴ったスマートフォンを探しーー大あくびをしながらうっすらと目を開けた。


「誰だよ、気持ちよく寝てたってのに。 あ~、太田かーー。……は? おいおいおい! 俺が箱庭で指名手配されてるって? 何だよそれ!! 」


 ガバッと身を起こすと、コミュニケーションツールОLМのメッセージを食い入るように見つめた。大学の友人の太田はゲームでも現実でも挨拶程度で深い付き合いではない。そんな相手からの突拍子もない話に目を疑った。


 とは言っても心当たりがないわけではない……。


 今までも警官NPCの目をかいくぐり、料理人職の店舗にスキル解錠を使ってスリルを楽しんだことがあった。さすがに資金を奪うようなことはしなかったが、その他にもフィールドでレンタル別荘を見つけてはドアを開けまくって遊んでいた。


 最近はそんなことをする気力が無くなっていたため、差し当たって思い当たるのは……例の……デスリターンしたアレだ。


「あの商人……ギルトにチクったのか? あいつらが言ったぐらいはこんなことにはーーあの眼鏡野郎か! 防犯カメラも使ってたのか。くそっ!」


「指名手配なんか冗談じゃないっ! 太田の手を借りるのはしゃくだが……そんな事言ってられないな。早めになんとか……明日にしてくれだと!? 勘弁してくれよ。明日は午前中にメンテがあるじゃないか!! 」


 お願いしますというスタンプを使った後に、忙しく指を動かして頼み込んでみたが、今日はデートの約束があるという理由であっさりとフラれてしまった。あいつ、いつの間に彼女をゲットしたんだよ……。太田の勝ち誇ったような笑みが文面からも手に取るように分かった。


「ちくしょう、なんかムカつく! 」


 怒りに任せて携スマートフォンを床に叩きつけようとしたが思い留まった。ついこの間、機種変更したばかりだ。こんなことで破損でもしたら、割に合わなさすぎる。労わるように枕元にそっと置いて、再びベッドに転がりーー眠りについた。



 次の日、始まりの地の教会の裏手に現れた太田のキャラクター名はオオタだった。いつもはネーミングセンスが無さすぎると言って馬鹿にしていたザイガンも今日に限ってはさすがにそんなことを口に出ことは出来なかった。


「よっ、ザイガン! 相変わらず名前も見た目も厨二病だな」

「……今回はよろしく頼む」


「ははは。お前が何も言い返さずに大人しいなんて、雪が降るな」

「手早く済ませて欲しいんだけど……」


「分かったよ。両手を出してくれ。ーーさっき、警察で捕縛アイテムを購入してきたんだ。ってか、お前にこれ使うとかまじで笑えるな。写真館でカメラマン雇えば良かったよ。記念にこの手錠をかける瞬間を撮ってもらいたかったわ。ぶはっ、ぶははは」


「ずいぶんと饒舌だな」

「だってよ、こんな愉快なことが他にあるかよ。マジうけるわ」


 オオタの嫌味ったらしいセリフはインデンの街の警察署につくまで続いた。彼にしてみればここぞとばかりに、今までの鬱憤や恨みを晴らすような気分なのかもしれない。さらに調子に乗ったオオタはザイガンの背中を押したり、小突いたりしていた。


 ザイガンは不満げな表情を浮かべつつも、反抗はしなかった。自分のしたことは返ってくるというが、乱暴をされるほどオオタに何かしただろうか。いじめた側は自分がしたことを忘れてしまいがちだと言われるが……ザイガンは全く身に覚えがなかった。


 ーー太田とは大学でちょこっとゲームの話するだけの付き合いだぞ。仲良く飯を食いにいったことすらないのに……。ゲームで名前をいじったせいで、こんな仕打ちを受けているなら理不尽すぎる。


 しおらしくしていることが気に入らないのか、オオタは警察署の前でーーもっと指名手配犯らしくしろよと言って、ザイガンの後頭部を強く叩いた。どうやらこれは……こいつの性根が悪いだけだのようだ。立場が弱い人間を見下して馬鹿にしている気がする。彼は警察NPCに連行されるザイガンをさも面白げにニタニタと笑っていた。


「ざまぁ。ーーお前のせいで俺は……」


 勇気を振り絞って告白したのに……なんであんなヤツが良いのか……。気になる子にフラれたことを思い出して、苛立ちを覚えた。オオタはそれを払拭するために、牢屋に入れられてしょげているザイガンの姿を想像した。ーーざまぁという言葉をぶつぶつと連呼している。


 懸賞金はかなりあくどいことをやったのかと思わせるほど金額が高かった。臨時収入に喜びの笑みを浮かべて、ザイガンが放免される警察署の裏口に回った。


「なんだよ、もう出てきたのか……。もっと牢屋にいれば良かったのに」

「は!? 今何て言った? 」


「何でもないよ。ごちでした! じゃあ、またな」

「待てよ。いくらかバックしてくれるって言ったよな」


 軽く舌打ちをしたオオタはパパっとゴールドを分散して具現化すると、コンビニの支払い時に小銭をばらまく迷惑客のように、ぽいっと放り投げた。ザイガンの足元にチャリンという音が響いている。


「またヤンチャしてさ、指名手配されろよ。俺が儲かるからな。はははっ! 」

 

 オオタの侮蔑したような視線をひしひしと感じながらも、ザイガンは押し黙っていた。嘲笑する彼に目を向けずに、デスペナルティによって何割か目減りしているだろう資金を増やすためにゴールドを拾った。謝礼の言葉はどこかに消え去り、悔しさだけが募っている。


 だが、相手を見下すような態度をとる輩なんて相手にしても仕方がない。ゲームではブロックして、現実世界では今後の付き合いは遠慮しよう。友達は選んだ方が良い。そう自分に言い聞かせながら……ザイガンはその場を後にした。


「あの野郎、性格悪すぎるだろ! 懸賞金は8割も持っていきやがったしーー」


 畑を囲っている白い柵を何度も蹴り飛ばして憂さ晴らしをした後に、大型アップデートで賑わうインデンの街から逃げるように西門へ向かった。ゆるやかな坂を足早に歩いている。うつろな目に映った派手な飾りつけの電灯や追加コンテンツのポスターがさらに心を虚しくさせた。


「……ぼっちの俺には関係ないな」


 レンタル騎乗ペット受付所にできた人だかりを一瞥して、青々とした草原に足を踏み入れた。初期クエストで採取する薬草があちらこちらで、蛍のように青く光っていた。この辺りはレベルが低い小型モンスターが多く生息し、危険なモンスターが出現することは滅多にない。


 ザイガンは周囲に誰もいないことを確認してから草むらに座った。傍に咲いていたリンドウのような花弁に似ている薬草を手折って、輝いている様をぼんやりと眺めている。


「……ちゃんと確認してみるか」


 ポケットから取り出したスマホでステータスを見た途端……ザイガンは顔をしかめた。


「多少は覚悟をしてたよ……してたけどよ、あんまりじゃないか! こんなの、ひどずぎる……。たかがゲームなのに! いくらなんでもーーこれはやりすぎだ! 」


 カンストレベルだったプレイヤーレベルは40になっていた。各スキルのレベルも……目も当てられないほど下がっている。重宝していたスキル解錠は最悪なことに、レベル10から……1になっていた。スキルクエストを受け直してクリアすれば、レベルは上げることができるが……。


 えぐられて血まみれになってしまったメンタルで、もう一度頑張れるだろうか?


 今まで何度となく危ない目にあった事はあるが、いつもうまく切り抜けていた。失敗することもなくゲームで死んだ経験もなかったというのにーー。ザイガンは1番楽しかった時の記憶フィルムを映写機に取り付けた。フィルムはカタカタと音を立てて回り……思い出のスクリーンに映像を流している。


 明るい茶髪の男性プレイヤーが明るい笑顔を浮かべた。


「いやぁ、ザイガンさんは凄いですね。解錠がレベル10だなんて」

「そんな大したことはーーあるかな。あはは」


「自分まだ6ですよ。8止まりが多いって聞きましたけど、レベルをあげるスキルクエストって難しいんですか? 」


「どうだろう? 俺は特に危なくもなくスルっと10になちゃったからね」


 並んで歩いていたもう1人のシーフ職プレイヤーがため息を吐いている。


「さすがっすね、ザイガンさんは! 羨ましいっす~。俺なんかこの間、レベル9クエやばすぎて逃げ帰って来たっすよ」


「へえ、そうなんだ」


「ザイガンさん、勝ち組ですね。尊敬しちゃいますよ! 」

「……そんなに褒められるとーーもっと褒めていいよ? なんてね」


 彼らの後ろを歩いていた女性プレイヤーが杖をぎゅっと握りながら真剣な眼差しをザイガンに向けた。


「あの、ザイガンさん。今まで死んだことがないって本当ですか? 」

「俺はデスペナとは無縁の男だからね。ふふっ」


 羨望の的からデスペナルティによって奈落に突き落とされた現実を、ザイガンはどうしても受け入れがたかった。青い空に白い雲、そして跳ねるバッタや青く光る薬草……何もかもが気に入らなくて、そこら中の草をむしりまくっている


「クソゲーがあああ! やめる! やめてやる! こんなゲーム! ちくしょおおおお! 」


 だがしばらくすると、何事も無かったかのように風景は元に戻った。草が風に揺れる様を見て虚しさを感じたザイガンは膝を抱えて小さくなった。


「あいつのせいで……」


 街を守る塀をじっと見つめながら、がりがりと親指の爪を噛んでいる。彼は今まで1キャラのみというゲームシステムに何ら不都合も不満も感じることもなくプレイしてきた。


 そう、今までは……。


 勝ち組というプライドは、ズタズタに引き裂かれ、大切に作り上げたキャラクターをキズものにされたという怒りが……じわじわと身体と精神を支配していった。やがて怒りは恨みに変わり、その矛先はゲームでも、運営でも無く……ルードベキアに向けられた。


「あのクソヤローに復讐してやる!」



 そしてザイガンは、クソヤローに復讐するために、青い扉の家が建っていたエリアにやってきた。草むらと1本の木しかない場所で、ゆっくりと腰を下ろして小さいシルエットにしか見えないモンスターを眺めている。


「ここにくれば、あいつがいると思ったのによ。何にもないじゃん。……つまんねぇな」


 復讐したくてもどこにいるのか、皆目見当もつかなかった。見つけたたとしても、大型アップデートでデスペナルティが無くなった今では……首を落としても、意味が無いような気がした。


「空虚×空虚な気分だな。身体の真ん中に大穴が開いているというか……竹輪っていうか、ドーナツの方が近いか? 」


 ふとそんなことを考えて、笑みを漏らしたザイガンの耳に鈴の音が聞こえた。チリンという音が連続で鳴り響き、徐々に大きくなっている。ザイガンは鳴りやまない音に苦痛を感じて、両手で耳を塞いだ。


「ザッザザザザー。あるじのザザザザーザザザザッ」

「耳がーー頭が……痛てぇ。くそっ、何だ? 」


「獣ザザザッザザザー祝福をーー」

「何なんだよ! 」


 黄金色に光る小さな鈴が音を立てながらコロコロとザイガンの足元に転がっている。


「ーー鈴? 」


 小さな鈴はこつんと黒いブーツに当たると……真っ黒いを何か放射した。ーーザイガンは黒い手に包まれるような感覚を覚え……気を失った。

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