第二部~歪められたゲームの世界

運命の昼下がり

第40話 みんなぁ! 待望の大型アップデートが来たよ!

 タンタンタラララ、タンタンタンタンーー。両手で抱えないと運べない大きさのオルゴールが丸テーブルに置かれている。大道芸人NPCがオルゴールを奏でるためのハンドルをゆっくり回しながら語り始めた。


 むか~しむかしあるところに、とても仲のよい兄妹がいました。兄のヴィータは魔法の笛で怪物退治の仕事をしていました。妹のクイニーは料理が得意でしたーー。


 ある日、兄のヴィータは森で暴れる怪物を退治した褒美にーージャジャジャジャーン! オーディン王から会話できる美しい魔法の人形をもらいました! 妹のクイニーはとても喜び……。



 ヒュ~、ドーン。バラバラバラ……。


 ランドルの街に花火の音が鳴り響いている。バッハベリア城の真上に火薬の華が鮮やかに咲いた。夜空からゆっくりと青空に変わると、城前の広場から上空に向かって無数のカラフルな風船と白いハトが一斉に飛び立った。


 そしてプレイヤーがどこから見ても正面に見える大型モニターが浮かび上がった。


「みんなぁ! 待望の大型アップデートが来たよ! 」


 公式萌えキャラアイドルらいなたんが叫ぶような仕草をしている。彼女はこの日ために用意された衣装を身にまとい、スカートがふわりと浮くようにくるりと回転して両手を上げた。


「今回の目玉は~サブ職業の追加だよっ! 好きな職業を選んで、メイン職業と切り替えながら遊ぼうっ! 」


「さらに~! たくさんの楽しいクエストを配布する、ユニークNPCたちが登場するよ! 見つけたら話しかけて! ーー彼らはなんだかいっぱい秘密があるみたい。わくわくしゃちゃうねっ。キャンペーンボスもどこかに現れるから探してね! 」


 らいなたんの顔が画面いっぱいになるまで顔がアップになった。右手の平を口元に添えて、誰かに内緒話をするようなポーズをしながら囁くように喋り始めた。


「……こっそりみんなに教えちゃう。獣王ガンドルはぁ、どこかの森に潜んでいるみたいだよーー」


 今度はらいなたんが万歳した全身に切り替わった。トリプルレインボーを背景にして、数個のプレゼントボックスがキラキラと光りながら飛び跳ねている。らいなたなんは驚いたり、嬉しそうにしたりと様々な表情でそれらを追いかけ、黄色地に赤いリボンの箱を手に取った。


「報酬アイテムを集めて、らいなたん商店で買い物をしてね。こ~んなにたくさんのアイテムをゲットできるチャンスだよっ」


 生き物のように跳ねていたプレゼントボックスから、次々とアイテムが飛び出した。武器から始まりマイルームの家具や衣装などが画面に映し出され、プレイヤーたちはモニターに釘付けになった。


 さらに、らいなたんが持っている箱から出現した2頭身の妖精たちが小さな杖を振った。すると、各街に流れ星が降り注ぎ、ログインしている全てのプレイヤーに24時間、攻撃と防御力が50パーセント上がるバフが付与された。どとめきと喜びの歓声があちこちから沸き起こった。


「何と交換できるかはーー集めてからのお楽しみっ! 他にもいろ~んな追加要素や変更ポイントが、たぁくさんあるよ! スマホに表示されている、このアイコンを押してねっーー」


 スマホをプレイヤーに見せるように持ったらいなたんのアップから、大型アップデート情報アプリのアイコンにズーミングされた。絵本を開いているらいなたんのイラストを見たプレイヤーたちは、スマホを取り出して、早速アイコンを押している。


 映像は右手を上げて大きく手を振っているらいなたんの上半身に切り替わった。


「みんなぁ! 大型アップデートをい~っぱい、楽しんでねっ。ばいば~い」



 広場や公園にある屋台から美味しそうな匂いが辺りに漂っている。アップデートによって追加された、有名レストランなどのコラボ料理やデザートが並んでいた。プレイヤーたちは我先にと買いに行き、あっという間に行列ができてしまった。


 順番待ちをしている彼らはそれぞれスマホを手に持ち、アップデート情報を見ながら談笑している。


「おい、デスペナ廃止だってよ!」

「まじか、やったね! あれつらかったよな……」


「あぁ、なんてこったい。もっと早くアプデ来てほしかった……。俺さ、昨日死んじゃったんだよね……」


「おいおいおい、シーフの解錠が弱体化してるじゃないか」

「ナーフ万歳。シーフ職ざまぁ」


「目玉はやっぱり、サブ職の追加か……。職業選択の自由化もいいけどーー」

「俺、メインがテイマーだから別職に変えよっかなーーって、課金しないとダメなのかよっ」


「わたしメインが鍛冶師だから、サブ職をシーフにしてダンジョンで素材掘りしようかな」

「いいね! 弱体化されたけどダンジョンでは解錠あると便利だよね」


 大道芸を披露しているピエロがプレイヤーと住人NPCに囲まれ拍手喝采を浴びていた。そのすぐ傍を新規導入されたアイスクリーム店のジェラートを2人の女性プレイヤーが美味しそうに食べながら歩いている。こんなにいたのかと驚くほど、どの街もプレイヤーだらけだった。


「それにしてもさ、バレンタインイベの直後に大型アプデとか驚いたよ」

「だよね。ーー俺さ、公式の告知サイト見てから、めっちゃ楽しみにしてたんよ」


「ってことで、早速、釣りにいこうぜ」

「それいいな。道具はーー」


「追加されたキャンプ場でレンタルできるってさ」

「ホントだ。おおおっ! 釣った魚の塩焼きサービスがあるってよ! 」


「キャンプ道具レンタルもあるじゃん。このでっかいソーセージ食いてぇ……」

「俺はこの、かぶりつき肉ってやつ……絶対食いたい! よだれでるぅ」


「なぁ……。キャンプ場って入場制限あったりするんかな……」

「あるかもしれん! い、急ごう! 」


 彼らは釣りを存分に楽しみ、美味しい料理を食べている自分を想像しながら、慌てた様子で駆けて行った。



 街門ではレンタル騎乗ペットの受付所が人込みに埋もれていた。3人の騎乗管理NPCが順番に並んでいるプレイヤーたちの要望にテキパキと応えている。


「お次の方はーーはい、こちらのドラゴン型ですね。では騎乗人数、レンタル期間、レンタル金額をご確認の上、決済アプリの提示をお願いします」


「えっと、2人用で、とりあえず3時間っとーー値段は少し高い気がするけど、これでお願いします」


「ありがとうございます。すぐにご用意いたしますので、この番号札を持って、あちらの厩舎前にお願いします。初回サービスとして無料レンタルチケットをお渡しております。どうぞ」


「えっ、まじで? やった! 」


「さらに、こちらのQRコードからスタンプカードをダウンロードしていただけますと、特典がございますので、次回から是非ご利用下さい」


 レンタル騎乗ペットはモンスター型のみで見た目がドラゴンのようなものから、少し変わり種まで用意されていた。レンタル期間は1時間、3時間、6時間の3つから選択するようだ。また、移動速度や騎乗できる人数は種別によって違うため、案内係NPCが配っているメニュー表をプレイヤーたちはしげしげと眺めていた。


 平原フィールドを様々な種類のレンタル騎乗ペットが駆け抜けている。ストレートの金髪をなびかせた女性プレイヤーが大笑いしながら手綱を掴んでいた。


「うふふっ。あははははは! このレンタ騎乗ーーおかしすぎるっ」

「なんでそんなん選んだし。キモすぎね? 」


「ええっ、キモ可愛っしょ。あははははははっ」


 彼女を乗せているレンタル騎乗ペットは、長いまつげに潤んだ瞳、葉斬りされた頭に小さな葉が芽吹いているーー白い大根だった。主人を背中のシートに乗せて腕を力強く振っている。にょきっと生えた白い足には赤いハイヒールを履いていた。


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 新しく追加されたファームステーションでは様々な職のプレイヤーたちがQRコードスマホをかざして、マニュアルアプリをダウンロードしていた。ここからプレイヤー毎にマイエリアと言われる畑と牧場を借りることが出来たが、レンタル料がかかるため二の足を踏んでいるプレイヤーも少なくない。


 そんなプレイヤーたちの興味をゲットしようと、ステーションの扉を挟んだ両側の壁に、ででんと『初回1週間無料お試しパック』のポスターが貼られていた。釣られたプレイヤーたちが続々と受付に詰めかけている。


 チュートリアル終了後に畑をレンタルした料理人職のセルタはキャベツとトマト、そしてかぼちゃの種を購入した。農業に役立つ知識が豊富なお手伝いNPCマーサと楽しそうにお喋りしながら、レンタルした機械で効率よく種を蒔いている。


 セルタはオレンジ色のジョウロに手押しポンプで水を流し込むと、額の汗をタオルで拭った。


「植えてから30分で収穫出来るのかぁ。たのしみだな。野菜にランクが付くみたいだけど……それは後々攻略を考えるとして、お試し飼育の牛と豚のお世話をやってこようかなーー」


 畑と牧草地の管理もしてくれるお手伝いNPCに後を任せて、セルタはマイエリアの牧場に移動した。


 白黒模様の牛が草を食み、牛と変わらない大きさのピンク色の豚がごろっと転がって居眠りしていた。その隣でダチョウサイズの鶏がキョロキョロと辺りを気にするように歩いている。


「あはは、背中に乗れそうだな。まさか短時間でこんなに大きくなるなんて思わなかったよ」


 子牛は通常サイズっぽかったというのに、子豚とひよこはかなり大きかった。お手伝いNPCによると……品種改良をすることによって、野菜も家畜もより質の高いものになるらしい。


「マーサは小ぶりな方が品質が高いって言ってたな。ファームステーションにある品種改良ルームに行ってみるか」


 品種改良ルームでは多くプレイヤーたちが設置されている器具を確かめていた。この器具は傍に立つだけで順番待ちをすることなく、使用できるようだ。セルタは目の前に開いているウインドウを眺めているが……使い方がさっぱり分からない。


「こんにちは。あの、ここで品種改良ができるって聞いたんですけど? QRコードマニュアルってどっこにあるんでしょうか? 」


「あぁ、そこにいるNPCから貰えますよ」


 質問に答えてくれたプレイヤーが指した先には、腕組みをした農夫NPCが立っていた。QRコードは彼の広いおでこと、配っている簡易説明のちらしにプリントされていた。セルタはにこやかに笑っている農夫NPCの額にスマホをかざして、さっそくマニュアルを開いた。


「肉質ランクってこんなにあるのか!? ーー質のいい肉なら高くうれるだろうし、めっちゃ旨そう! それと、ここで品質改良の講義を無料で受けられる……だと! これは申し込みしなきゃだなっ」



 ファームステーションに隣接している野外カフェテラスではプレイヤーたちが集まっていた。彼らは今日、出会ったばかりの初対面同士だったが、和気あいあいと楽し気に語り合っている。


「俺、シーフだけどさ。引退してーーファーマー目指しちゃいます! 」

「俺は米や麦の品質改良を頑張ろうかな」


「農作物の品質ランクが高いとバフが付くらしいね。トマトとかすぐかじれるヤツは使えそうだよ」

「いままでと違って、食は力の源ってのを実感しそうだな」


「私はこの野菜たちで、この世界のバフ王になります! なんてね」

「おおお! 農業クイーン爆誕っ! 」


 周囲に放牧されている羊の群れが一斉に顔を上げるぐらいの笑いが上がった。



 多くのプレイヤーが拠点にしているガロンディアの街も、プレイヤーでごった返していた。シュラスコやケバブの屋台が得に大盛況で、まだ行列が出来ている。ポップコーンのバケツには大型アップデート限定のらいなたんイラストが描かれていた。その他にもマキナが喜びそうな面白Tシャツ専門屋台や、大型アップデート特別記念グッズ店、衣装・アクセサリーの屋台も中央公園に立ち並んでいた。


 商業地区がある大通りで子どもNPCが嬉しそうに、月型の黄色い風船の紐を引っ張っている。その風船を配っているピエロがいる通り沿いに、ゲーム会社の運営が管理するヘルプセンターと診療所があった。


 プレイヤーの様々な不具合症状に対応する診療所の白い壁に囲まれた真っ白なベッドの上に……ルードベキアは寝かされていた。開いている窓からアップデートで賑わう音が聞こえている。


「なぜだ? なぜ、何の反応もないんだ……」


 黄金色の小さな鈴が……眠り続けるルードベキアの胸の錠前に弾かれて転がっていた。声の主は考えるような仕草をした後に、その鈴をルードベキアの額に乗せてーーゆっくりと……スフレパンケーキに画びょうを刺すように、指で押し込んだ。


 しばらくの間、様子を見ていたが……何の変化も起きなかった。がっくりと肩を落として、ため息を吐いている。


「だめか……。仕方ない、彼は後にして他に行こう」


 声の主は残念そうな表情を浮かべた後、黒々と渦巻くポータルを開けてその中へ入っていった。

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