第4話 大いなる誤算

 倒しても倒しても次から次へと湧いてくるワイバーンにパキラたちは翻弄されていた。スタンピートは簡単に倒せると聞いてた雑魚に矢を撃ちこみながら、話が違うと文句を言っている。イライラしてきた彼は翡翠湖の守護龍に狙いをつけた。


 だがすぐにそれを察知したかのように、雷をまとう黒雲がスーッと戦うパキラとスタンピートの上に集まった。自分の主に手を出させまいと、ごろごろと唸りながら牙を剥いた。


 突如、何の前触れもなくーードーンという音と共に、スタンピートとパキラの身体が稲妻に貫かれた。黒髪に乗っている白いケモミミと、明るいオレンジの髪が小刻みに揺れている。ビリビリした感覚でしばらく何もできなかったスタンピートが叫んだ。


「雷ダメージめっちゃ痛ぇ! 若干麻痺くらったしっ。リンジェ回復、頼む!」

「はぁい! ちょっと待ってね」


 リンジェは慣れた手つきで猫型バッグから回復ポーションを取り出して、スタンピートにポイッと投げた。すぐに体力が回復したスタンピートはーー狙いをつけただけで察知してしまうボスよりも雑魚を先にどうにかしないと駄目だったと反省した。


 瓶がパンと割れた音を聞いたパキラはワイバーンの硬い鱗に日本刀をぶつけながら、リンジェに痛みを訴えていたーー。


「すっごい痛いです。リンジェさぁん、回復を貰ってもーー」

「あ、ごめーん、パキラちゃんの分なーい」


 パキラは無いと即答されて、じわっと涙目になった。パーティメンバーからお金を集めて、たくさん用意している回復ポーションがもうないならば、撤退した方が良いんじゃないかと思い始めている。


 なかなかダメージが通らないワイバーンを相手にしながら、パキラは職業ギルドでサムライ職の新しいスキルを取ってくればよかったと嘆き、ワイバーンの群れに囲まれて耐えてるゲイルに自分の考えを言おうかどうか迷った。


「リンジェ回復」

「ゲイル任せて! 」


 リンジェが明るい笑顔で回復ポーションを投げている姿にパキラは驚愕した。何か言ってやろうと思ったが、衝撃的すぎて言葉が見つからず……口をパクパクと動かすだけしかできなかった。


 ーーさっき無いっていったのは、私の分だけ無いってことなの? 私だってポーション代払ってるのに……リンジェさん、ひどいよ……。


 パーティで回復という役割を担っていたリンジェのお仕事は、ゲイル時々スタンピートで、パキラは回復の対象に含まれていなかった。たまにはこちらを気にして欲しいと頼んだことがあったが、リンジェは涼しげな顔で、後衛火力の在り方を語るだけだった。


「パキラちゃんはポーションを使う暇がないゲイルッチと違って、後ろでいくらでも使えるでしょ。自分で回復して! 」


 ゲームの先輩であるリンジェに嫌われたくなかったパキラは、スタンピートのことは気にするのにずるいと思っても、気持ちをぶつけることはしなかった。そう……今まではーー。


 さすがに腸が煮えくり返りそうになったパキラは唇を噛みながらリンジェを睨みつけた。リンジェは岩陰に身を潜めて、ちらちらとワイバーンと戦うゲイルを見ている。パキラは自分には一切目を向けない彼女に怒りを爆発させた。


「リンジェさん、何やってんのよ! 隠れてないで、戦って!! 」

「嫌よ!! 爬虫類は苦手なのっ! 」


「なにそれ!? こんな状況なのに? 」


  パキラは呆れすぎて……それ以上リンジェに何か言うのを止めてしまった。ワイバーンを相手にするのが忙しくて、彼女と口喧嘩する暇も、あれこれ余計なことを考える余裕も無くなっていたからだ。これを倒したら、ゲイルに退却の提案をしようと自分に言い聞かせた。


 だが……炎の悪魔と言われるワイバーン口から吐かれる炎を回避するのは至難の業だった。地面を蹴って手をつき、前転するパキラを燃やそうと、くるりと旋回してたワイバンが正面から突進している。


 敵の素早い動きにあたふたしながらも、意を決したパキラはカウンターを発動するスキル見切りを使ったーー。


「あつっ! 熱い、熱い熱い、熱い熱い熱い熱い! 」


 だが、タイミングがわずかにズレたのかパキラは炎をかぶってしまった。熱さに気が動転しているのか、草むらをごろごろと転がっている。しばらくすると火が消えたが……1体だけでこんなにも時間がかかるなら、複数で来られたらお終いだと、青ざめた……。


 ワイバーンは再び空中を大きく旋回し終わると、地面に転がっているパキラの腹にとどめを刺すために、鋭い爪を光らせた。起き上がる暇を与えられなかったパキラはーー寝転がりながらもスキル見切りを使った。ワイバーンは彼女の自慢の刀で一刀両断され、黒い粉をまき散らし霧散した。


「タ、タイミングがオーサムだった。あは……あはは……」


 サムライ職のカウンターが発動するスキルは低レベルでも使える、見切りと、レベル50で取得できる紫水があった。紫水は受け流して防御が出来る上に、見切りよりも威力が高く、タイミングが緩和される。どちらも発動した直後に5段階のタイミング評価が表示される仕組みになっていた。


 いままでパキラは4段階目エクセレントすら表示されたことがなかった。がんばって3つ目のグレート止まりだったというのに、これが火事場の馬鹿力なんだろうかと、最上級のタイミング、オーサムを心から喜んだ。


「タイミングが合えば、ワイバーンを瞬殺できるなんて凄いかもっ。もっとカウンターを使いこなせるようにならなきゃ」


 さっきまでリンジェに腹を立てていたが、パキラはそんなことは、もうどうでも良いと思えるほど、いい気分だった。さっさとこんな場所からおさらばして、固定パーティから抜けようと考えを巡らせた。


「よし、ワイバーンに狙われていないフリーダムなうちにゲイルに言わなきゃーーって、ここどこよっ! いつの間にこんなに離れちゃったんだろう? あぁ! しまった……」


 キョロキョロと周囲を見渡していたパキラが新たなワイバーンに見つかって悪態をついている頃、スタンピートは……ゲイルの挑発スキルから逃れたワイーバンにお腹を体当たりされていた。


 生い茂る森の樹木に背中が激突するほど思いっきり吹き飛ばされた彼はーー痛みで顔を歪ませた。


「くっそ。100パー痛覚じゃないのに、こんなに痛いのかよ! おかしいだろっ。ゲイルは? パキラはどこだ? リンジェは何やってんだよ! 」


 スタンピート同じようにゲイルもかなりイライラしていた。集めたワイバーンがなかなか減らず、どういうことだ! と腹を立てていた。だがアタッカーが自分の挑発から外れたワイバーンの攻撃を受けて、離れた場所に追いやられたと気が付き、焦りが募った。


 ーーこのままだと各個撃破されて、全滅してしまう。


 額から冷たい汗が流れ出るのを感じたゲイルは……それだけはどうしても避けたかった。


「撤退しよう!! 」


 パーティメンバー全員に聞こえるように大きな声で叫んだゲイルは範囲挑発スキルを使って集めたワイバーンたちに埋もれていた。大盾にワイバーンがぶつかる音がまだ彼が生存しいてる証として聞こえている。ガン、ガンと響く音を聞いていたリンジェは顔面蒼白になっていた。


「そんな……こんなはずじゃなかったのにーー。どうしよう、このままだとゲイルが……。でも、撤退なら、早く逃げなきゃ……」


 リンジェは回復ポーションを投げようとした手を止めて……ヨロヨロと走り出した。


 回復サポートがなくなったゲイルは徐々に体力が減っていくのを感じながらも諦めなかった。大楯の喜びのディレイが終わる度に発動させて、なんとか3秒間無敵スキルでしのいでいた。


 挑発スキルを使うのを止めた彼は防御姿勢のまま藻掻き、ワイバーンを大楯で押し返した。じわじわと来た道を戻ろうと少しずつ移動していたが、四方全てから圧し掛かる彼らに妨げられて身動きが取れない。


「さすがに数が多すぎる。こんなに集めなきゃ良かった! 」


 無敵時間が消えた瞬間に1匹のワイバーンが甲冑に覆われているふくらはぎに鋭い牙をねじ込んだ。痛みに耐えきれなかったゲイルは思わず、右膝をついてしまった。


「くそっ! 大神の鎧を使っているのに……。まさか、無敵スキル以外役に立ってないのか」


 ワイバーンは獲物の体勢を崩すことに成功したことに喜んでいるのか雄たけびを上げていた。ゲイルは苦々しい気持ちで、自分が用意していた回復ポーションの強く握った。パリンと割れる瓶の音を聞いた直後に、今度は右腕を食いつかれてしまった。


 ガシャンという独特の音が蠢くワイバーンの声にかき消されている。ゲイルは身を守るスキルだけを使いながら、赤い鱗の渦中でなんとか逃げる方法を模索した。しかし、アタッカーではない彼は1匹倒すことすら難しかった。


 その場で大楯を構えたまま、ディレイが終わったスキルを使う事以外何もできない。そんな自分を、もう1人のゲイルが何をやってるんだと責め立てた。


 ーー何が最強の盾だ! 何が最強の防御だ! カンストじゃないパラディンが偉そうに言うな!

「今回も今まで変わらず同じだと思ったんだ! 」


 ーーパーティリーダーなのにメンバーを守らないのか?

「皆んなを助けるために撤退を選んだ……俺は動けないけど、きっともう逃げ出せているはずだ」


 ーー事前に調べもせずに、リンジェの言葉に乗せられたお前は大馬鹿ものだ。

「調子にのりすぎだと後悔している……本当だ! 」


 ゲイルは防御力を高める天神要塞スキルを発動した後に、最後の回復ポーションを叩き割った。


 ーーデスペナもらって反省するんだな。

「畜生ぉお! やっとここまで、キャラが育ったのに! 」


 鬱憤を晴らすかのようにゲイルは目の前にいるワイバーンに片手剣を振り下ろした。何度も斬りつけたが、硬くて赤い鱗には黒板を爪でひっかいたときのような白い筋しかつかなかった。集中力が切れてしまったゲイルの後頭部にワイバーンの太い尻尾が当たった。


 何か硬いものがぶつかったがなんだろうか……視界が歪んでよろけたゲイルは力が抜けて為す術が無かった。そして、彼は……タンクの象徴である大楯とともに、赤い鱗が蠢く海に飲み込まれていった。



 ひと仕事終えたワイバーンたちは耳に心地よく響いている足音に気が付き、まだ倒すべき相手がいることを大いに喜んだ。ギャーギャーと騒ぎながら、がくがくと膝が震える音を探している。獲物を見定めた彼らは恐ろしいほどのスピードで、1番旗を得ようと次々に飛びついた。


 ーーあ、と小さな声を発したリンジェは、大きな悲鳴をあげる事もなく、一瞬のうちに食らいつくされた。


 恐竜映画のようなワンシーンを見てしまったスタンピートは恐怖に怯えながら仲間と歩いてきた道に戻ろうと走った。だが突然、柔らかい壁のようなものにぶつかり、吹き飛ばされて尻もちをついてしまったーー。


「ざけんなっ! やべっ、ワイバーンがーー」


 すぐ左に見える森の中にスタンピートは慌てたように駆け込んだーー。その一方でパキラは光の線が交わり淡く光る壁を手のひらで触っていた。ぐっと押すと弾力があり、押し戻される様を不思議そうに眺めている。


「え? 何これ……? 」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る