第2話 ゲームでも人間関係って難しい
プレイヤーであるパキラはいつもの時間よりも少し早くVRゲーム神ノ箱庭を冒険するためにログインしていた。気晴らしで入った銀の獅子商会の衣装店は相変わらず、プレイヤーで溢れている。
試着受付がかなり混雑している様子にがっかりしたパキラは大きなため息をついた。お目当ての衣装を着ているマネキンがどこかにいるかもしれないーーキョロキョロと探していたが、店内の壁にかけられている時計を見て慌てた。
「あっ、もう約束の10分前かぁ。新作を間近で見てみたかったけど……明日にしよっと」
今日はパーティメンバーと待ち合わせをしていたが、なんだか気分が乗らなかった。ーー足取りが徐々に重くなっていっていくのを感じている。
「ゲームでも人間関係って難しいな……」
パキラは西部劇映画で見るような解放し放題の扉を通り抜けて、この街で2番目に大きい酒場に入った。ここは軽快な音楽とNPCプレイヤーが入り乱れたにぎやかな店で、冒険者ギルドにあるメンバー募集掲示板で連絡を取り合ったプレイヤーが、待ち合わせ場所として利用することが多かった。
入ってすぐ左側にある席で、パーティメンバーのリンジェとゲイルが談笑していた。パキラと出会う前からペアを組んでいた彼らはとても仲が良かった。パキラの姿に気が付いたゲイルが手を振っているが、リンジェはーーパキラをに目を向けることなく、ゲイルに話しかけていた。
出会った頃は、後輩ちゃんだからいろいろ教えてあげるね、と優しかったが、最近のリンジェはちょっと冷たかった……。以前のように彼女と仲良くしたいパキラは、ゲイルの横にあった丸椅子を取って、リンジェの隣に置いたーー。
「パキラちゃん、何か飲み物を買ってきたら? 」
椅子に座ってすぐにリンジェに促されしまったパキラはしぶしぶ席を立った。素朴で小ぶりな円卓テーブルにはアルコールではなくコーヒーが2つ乗っている。同じものでいいかと考えていると、噂好きのスタンピートが遅れてごめん、と言いながら、パキラが置いた椅子に座ってしまった。
ーーなんでそこに座るのよ……。
パキラは、ぷぅと頬を膨らませたい気持ちでいっぱいだったが、ぐっとこらえて……息をつく暇もなく大げさな身振り手振りで話しているスタンピートを立ったまま無表情で眺めた。
「ーーってなわけよ。すげぇ、おもしろ情報だろ? 」
スタンピートはどこからか手に入れたのかわからない情報を、さらに自慢げに語り始めた。
「それと、翡翠湖にいるドラゴンが『使い魔の宝玉』をドロップするらしいよ。しかも、レアランクボスだからそんなに強くないらしい」
パーティメンバーにポーションを投げて回復する役割を担当しているリンジェが、くりくりとした緑色の瞳を輝かせた。興奮しているのか、両手をぎゅっと握ったまま早口で喋っている。
「それ欲しかったヤツ! すっごい欲しかったヤツ! ほんとに? ほんとに? ピートってば、すっごい情報じゃん! 」
聞いたことがないアイテム名を不審に思ったパキラは訝しげな顔をしていた。隣のテーブル席から持ってきた椅子をスタンピートから少し離した場所に置いて座ると、少し低めな声を意識して口を開いた。
「それって何ですか? 」
「ええ!? ペットアイテムだよ! パキラちゃん知らないの? 」
リンジェは信じられないといった表情をしながら、すぐにどんなに素晴らしいアイテムかをわざとらしいジェスチャーを交えて話し始めた。
「宝玉はキラキラと虹色に光って綺麗でぇ、ペットは、すっごく可愛くてぇ、すっごく強いらしいのっ! テイマー職じゃなくても、使役できる特別なペットアイテムらしいのっ。ずぅっと欲しかったんだぁ」
パキラは見たことがあるかのように話しているが推測で物を言っているようなリンジェと、スタンピートのセリフの語尾にも付いていた『らしい』という言葉がどうしても心に引っかかった。心の中にあるモヤモヤ袋が徐々に大きくなっている。
「そのドラゴンって、レベル30台の私たちでも倒せるんですか? 」
リンジェは立ち上がると、渋い表情をしているパキラに後ろから抱きついた。スタンピートはスタンプのアイコンのように親指を立てて満面の笑みを浮かべている。ゲイルはパラディン職の自分がいるから心配なんかないと言いながら、胸を張った。
「ボスが召喚する雑魚は弱いらしくて、簡単らしいよ。俺らでもイケるんじゃね? 」
スタンピートのセリフの語尾にーーらしい、がまた2つ付いたことに、パキラはさらに不安に駆られた。ゲイルは眉間に皺をよせているパキラを笑い飛ばすかのように、鎧の腕を叩いた。ガシャンガシャンと音を響かせて、自信満々な顔をしている。
「タンク役の俺がいれば、どこでも問題はない。なんってなっ」
「お、ゲイルさん、さっすがっ。頼りになる~。ヒューヒュー! 」
リンジェがいた席に座り直したスタンピートはゲイルの自慢の鎧を羨ましそうに眺めていた。腕の部位が鳴るのが特徴だと聞かされていた彼はーーちょっと鳴らしてもいい? と許可を求めた後に、軽く叩いた。
ガシャンと言う音を楽しそうに聞いていたリンジェはパキラに巻き付けていた腕をほどくと、スタンピートが座っていた椅子を手に取って、ゲイルの隣に座った。さりげなくスルリと手をゲイルの腕に滑り込ませて、彼にもたれかかっている。
「我らがゲイルぅ、頼もしいぞぉ。システム、リンジェはゲイルに惚れてしまった。まる。なんてねっ」
「おいおい、俺に惚れると苦労するぜ。キラーン」
満更でもない表情でゲイルはポリポリと頬を掻いた。リンジェは冗談ぽく、ますます惚れちゃうと言って、両手でぎゅっと彼の腕を握りながら、チラリとパキラの様子を窺った。
パキラはというと……ふざけあい、子犬のようにじゃれあっている彼らはあまりにも楽観的に考えすぎなんじゃないかと考え込んでいた。石橋をたたいて渡るタイプの彼女は憶測や推測だけで事前情報が非常に少ないこの狩りに気乗りがしなかった。
津波のように押し寄せてくる不安に溺れそうになっている。
ーー行くなら商会で情報を買うか、図書館でじっくり調べてからにしないと絶対危ないって……。
押し黙ってるパキラに我慢できなくなったのか、リンジェが頬を膨らませた。
「なんでそんな顔するの? パキラちゃんは私よりも強いじゃん? ーーねぇねぇ行こうよぉ、ねぇねぇパキラちゃぁん」
リンジェの甘ったるい声に、スタンピートとゲイルがすぐさま反応した。彼女のためにパキラを説得しようと必死になっている。
「パキラさん、何とかなるって! 俺さま、ピートさまの実力をご覧あれっ」
「そうそう、俺がタゲをとるからさ、パキラさんもピートと一緒にどんどん殴っちゃっえばすぐに終わる! 」
「さっすがぁ。つっよいピートくんと、ガチムチなゲイルッチは、最強だねっ」
すかさず、男性陣を持ち上げたリンジェに気をよくしたスタンピートが鼻高々に腰に左手を当てて、右手の親指をで自分の胸元を差した。
「リンちゃん、もっと俺を褒めてくれても、いいんだぜぇ」
「ぶはっ。ピート、調子にのりすぎんなよ」
「ゲイル兄さん、俺の実力してるっしょ? 任せろって」
「
「よろしくお願いしますわ。おほほほ」
スタンピートがお嬢様笑いをしたリンジェの真似をすると、ゲイルが同じようなノリで喋り始めた。パキラはドッと笑い声を上げる彼らを眺めながら、しわが寄っている眉間を手で直していた。これがマンガだったら、頭上にぐちゃぐちゃと書きなぐられた線がアイコンが浮いていることだろう。
ーーうっわ、パキラってノリがめっちゃ悪すぎっ。ってかさ空気をほんと読めないんだから。いい加減んに早くパーティから抜けてくれないかな。
にこやかな表情のリンジェの心の中では、小悪魔ミニリンジェが思いっきり悪態をついていた。パキラをパーティから追い出したい彼女は、自ら抜けると言わせるために、じわじわと真綿で首を締めるような状況を作ろうとしていた。
このまま上手くいけば不参加を理由に追い出せるかもしれない。参加したとしても、パキラの力不足を理由にすれば……そんなことを考えながら、リンジェは優しく微笑んだ。
「パキラちゃん、スマイルスマイルっ! 」
「リンジェさん、もう少し詳しく調べてからの方がーー」
リンジェはパキラの眉間を手のひらでポンと軽く押して言葉を遮った。参加したくないので、パーティを抜けますという言葉を期待して、さらに満面の笑みを浮かべた。だが、パキラが言葉を発する前に、ゲイルとスタンピートが口を開いてしまった。
「パキラさん、初見を楽しむのも醍醐味のひとつだと思うよ」
「うんうん、ゲイルさんの言う通り! パキラさん、もっと気楽にいこうぜ。俺みたいになっ」
初見を楽しむ、というゲイルの言葉にパキラの心が揺れたーー。思えば、いつも攻略情報を集めてから進むようなプレイスタイルだったと、自分を振り返っている。
思惑通りにならなかったことにがっかりしたリンジェは狩り場でのパキラの失態を狙おうと切り替えた。早く追い出したい……という執念が彼女を急かしていたが、焦りはことをし存じるーーと言っている小さなリンジェが心の片隅にポツンと立っていた。
ゲイルにこんなことを考えているなんて絶対に知られたくない……リンジェはすくっと立ち上がると椅子を持ってパキラに駆け寄った。ストンと隣に座って、パキラの腕に手を回して小さな子のように甘えた。
「私たち仲良し4人組に勝てる敵なんかいないぞっっと。リンジェと遊んで欲しいなぁ。パキラちゃんがいないと、とっても寂しいよぉ。ーーいこ? ね、いこ? いこぉよぉ」
ぴったりとくっついているリンジェが出会った頃のような笑顔と優しい声で自分を誘ってくれている……そう思って、嬉しくなったパキラは思わずーー。
「うん」
ーーと、答えてしまった。
それを聞いたリンジェはヤッター! と言いながら両手を上げた。さらにその場で喜びの足踏みをしている。リンジェは軽やかにゲイルに駆け寄り、丸テーブルに乗っている彼の腕をポンポンと叩いた。ガシャンという音を聞いた彼女はゲイルの顔を覗き込んで微笑んだ。
「幸運の音を聞いたから、これで大丈夫っ! それで、いつ行く? 今からでもいいよっ」
「思い立ったが吉日っていうから、行こうか! 」
タンク役のゲイルが乗り気なことに安心感を覚えたしたスタンピートは調子よく、お道化ながら、親指を立てた。
「いいねいいね! パキラさん、頑張ろうぜ! スタンピートさまは準備オッケーですぞ」
「え? 今から、ホントに? 」
あわあわしているパキラに目もくれず、リンジェは酒場の出口を指差している。
「じゃぁ出発しよっ。私に続くのだ、皆の者! 」
パキラは、おぉ! 言い合う仲間の明るい雰囲気に飲み込まれて、笑顔になった。ーー皆んなと一緒だし、厳しかったらすぐ逃げればいい。それに……いままでにないドキドキな体験ができるかも。パキラのはいつも以上に心が踊った。
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