第十三話『似た者親子』
「……ヒロト、大丈夫だった?」
バルレさんとの会話の後、先に上がった俺を出迎えたのはネリンの声だった。
「大丈夫……って?」
何も害意を感じたりとか、そういうことはなかったのだが――
「いや、パパったら口下手だから。『話を聞きたい』ってお風呂に入っていったはいいけど、ヒロトに迷惑になってないかなー、って」
「いや、それなら大丈夫だった……って、あれ偶然じゃなかったのかよ⁉」
単純に人がいないとこで入ってるだけかと思ってたわ!でもそうだよな、よく考えたらこんな時間まで起きてるのだって珍しいだろうし!
「パパってば人とかかわるの苦手なのよねー……。結構激しめの傷跡とかもあるから、それで怖がられちゃうことも多くて。パパ自身も気にしてるみたいなんだけど、なかなかうまくいかないらしいの」
「……まあ、いかつい見た目してるのは否定できねえな……」
見た目だけで物事を語るとは良くないとはいえ、あの見た目には委縮してもしょうがないからなあ……ガタイいいし、身長もかなり高い方だし。それで口下手ってなれば、確かに関係を築くのは難しいのかもしれない。
「でも大丈夫だ。バルレさんはいい人だし、めちゃくちゃいい親だってこともわかったからな。……羨ましいよ、こんないい両親に恵まれて」
そう言うと、ネリンは驚いたように目を丸くする。そのあと目をぱちぱちさせる仕草もバルレさんそっくりで、俺は思わず吹き出してしまった。
「……何笑ってんのよ」
「……いや、いい親子だなって思って」
「答えになってないわよ……でも、ありがとね」
ネリンは俺の答えに一瞬顔をしかめながらも、すぐに表情をほころばせる。……よほど心配だったんだろうな……
「お礼を言うのはこっちの方なんだよな……いや、マジでお礼はしっかりするから」
「いいのよそんなの。パパとママが嬉しそうにしてるのを見れればあたしは十分。パパとママも、同じようなこと言ってたと思うし」
「……大正解だよ」
そう答えると、ネリンは軽くガッツポーズ。その表情はいつもよりも無邪気で、年相応の子供に見えた。……いや、普段は違うベクトルで子供っぽいけどな。
「……そういや、ネリンもこの時間まで起きてたんだな。俺が言うのもなんだけど、もう結構いい時間だぜ?」
「ちょっと眠れなくって。……パパとママにも、いろいろ話聞かれてたし」
二人とも心配性なのよ……と、ネリンは少し呆れたようにため息をつく。何も知らなければ大変だなあと共感してやることもできただろうが、両親と先に会話してしまった身としてはな……
「お前のことが大事なんだよ。……たくさんたくさん、聞かされたからわかる」
「私だってそれくらい知ってるわよ……でも、もう少しくらい大人扱いしてくれてもいいと思わない?」
もう一人前の冒険者なんだし、とネリンは軽く胸を張って見せる。……まあ、言い分は分からなくもないが……
「……親からしたら、いつまでも子供は心配なもんだからなあ……」
「アンタはどこ視点で話してるのよ……パパとママの言い分よ、それ」
ネリンはそう言って肩を竦めるも、完全に俺の視点は親サイドに肩入れしている状態だ。あれだけ聞かされれば仕方ないと思いつつも、俺も心配される側だったんだろうなあ……と思うと自分の耳も痛い。
「……っと、そんなことは後回し。……明日、いつから出発する?」
本題はここからと言いたげに首を振って、ネリンはそう切り出した。……そういえば、お互いかなり遅い時間まで起きてるわけだもんな……早起きして回るのはかなりきついかもしれない。
「……そうだな。昼過ぎからでもいいなら、そうさせてほしいくらいだ」
「あたしもそう提案しようと思ってたとこ。……適当なとこでお昼ご飯食べてから回るくらいでちょうどいいでしょ」
「ありがたいよ。俺、この町のことあまりよく知らないし」
百聞は一見に如かず、っていうからな。図鑑で知識を得たとしても、読んだだけで味を知ることはできないし。そういう意味では、ネリンの提案はなおさらありがたかった。
「……決まりね。明日は一日回るつもりだから、覚悟しときなさいよ?」
「おう。……明日もよろしくな」
「ええ、よろしく。……まあ、楽しみにしてるから」
背を向けながら、ネリンはそう早口で付け足して足早に歩いて行った。……まあ、ネリン的には最後の一文は恥ずかしいセリフだったのかもな。バルレさんの言ってたことを考えると、こういう風に会話をした経験ももしかしたら少ないのかもしれないしな……口下手というか、素直に接しきれないのは親譲りなのかもしれない。
「……ふぁ」
そんなことを考えていると、唐突に眠気が襲ってくる。今までそれを感じる暇もないくらいにいろいろなことがあったからな……気が抜けてしまうのも仕方ない話か。もう少し図鑑を読み漁りたい気持ちもあるが、それは明日の楽しみにとっておこう。
「……しっかし、長い一日だったな……」
火事に巻き込まれたと思ったら異世界に転生して、町にたどり着いたと思ったらとんとん拍子に初冒険、そのまま宴会までして気が付けばこんな時間だもんな。多分、これ以上に長く感じる一日はなかなかないだろう……というか、あってほしくない。叶うならもっとのんびりとした毎日を送りたいものだ。
「……さて、帰るか……」
軽く伸びをして、俺は階段に向けて歩き出す。少し騒がしかった廊下も静まり、落ち着いた夜の雰囲気が包み込んでいた。この雰囲気の良さも、きっと人気の一つなんだろうな……
「……はあ、ねっっっみぃ……」
そのまま何事もなく部屋にたどり着いた俺はベッドにダイブ。そのまま倒れこんだままでいると、意識がどんどん薄らいでいくのを感じる。……もう、着替えもしたくない。このままどこまでも、柔らかい布団に沈み込んでしまいたいな……
……そんなことを考えているうちに、俺の意識は完全に眠りへと落ちていくのであった。
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