第十話『自慢の両親』

「はい?じゃないわよ。わざわざ解散して明日また集まるとか馬鹿馬鹿しいじゃない」



「いや、確かにそれはそうだけど!泊まるって言ってもな、そんないきなりじゃいろんな人に迷惑が掛かるだろ?ほら、俺は近場の宿で寝泊まりするから!」



 何を言ってるんだ、という表情のネリンをよそに、俺は必死に泊まらないで済む言い訳を探す。だってそりゃそうだろ、緊張してロクに寝られる気がしない!



「別にいいわよ、うちのママとパパそういうの慣れてるし。いきなり人が増えるくらい、宴会が多いこの町じゃそう珍しい事でもないわよ」



 ネリンは何でもなさそうにそう返す。……畜生、ネリンの両親が有能すぎる!



「で、でもほら、ネリンの両親は俺のこと知らないだろ?娘が知らない男連れてきたら変な心配かけちまうかもしれないし……」



「むしろ喜ぶわよ。新しい友達ができたーって」


「純粋か!」



 もう少し警戒しろ!塩の一つでも撒いて追い払ってくれ!



「ああ、んじゃ、ええと……」



 俺は必死に言い訳を探すも、俺如きの頭ではすぐに限界が来る。くそう、さすがに図鑑にも『関係性の確定してない人からの誘いを穏便に断る方法』なんて書いてないぞ!



「あーもうじれったいわね!ほら、さっさとついてくる!」



 俺の抵抗もむなしく、俺の手首がネリンにがっちりと掴まれる。ああだめだ、このままじゃ絶対に緊張で眠れない夜を過ごすことになる!異世界初日から徹夜とか、そんなことあっていいのか⁉



「なあネリン、もうちょっとだけ考えて……って力強っ⁉」



 どうにか抵抗しようとしたが、予想以上に強いネリンの力に俺はずるずると引きずられる。……そういや、キヘイドリから逃げる時もこいつの方が足早かったっけな……



「あたしのことを怪力みたいに言わないでくれる⁉ 結構疲れるんだから! ほら、一晩の宿代浮かせてあげるって言ってんだからさっさと歩く!」



 そう言うと、ネリンはさらに力強く歩き始める。もう止めることをあきらめた俺は、その手にひかれるままに夜のカガネの町を歩いて行った。



 そして、歩くこと五分。



「……さ、ついたわ。ここがあたしの家よ」



 ……そう言って指し示したのは、さっき図鑑で見たばかりの宿屋だった。……それも、この町で一二を争うくらいの。



「……マジ?」



「大真面目よ。最近は観光シーズンでもないし、いい部屋の一つでも空いてるでしょ。……さ、こっち」



 手を引かれるがままに、俺たちは正面入り口を通り過ぎて裏門へと向かっていく。窓の明かりがついているあたり、今日も結構客でにぎわっているのだろう。……ふと疑問が浮かんで、俺はネリンに声をかけた。



「……なあ。さっき、ネリンの父親は冒険者とか言ってなかったっけ」



「ええ、そうよ。だからこの宿屋はママが基本経営してるの。あたしが生まれてパパの生活リズムが変わってからは、パパもたくさん手伝うようになったんだけどね」



 へえ……これほどの宿を一人で切り盛りできるもんなんだな。もちろんバイトとかもいるだろうが、個人経営でここまで大きな宿にできるのは素直にすごいと思う。



「……いい両親なんだな」


「そうよ、あたしの自慢のママとパパ。だからあたしも、二人みたいにかっこよくなりたいの」



 俺がふと呟くと、ネリンが弾んだ声でそう答える。前を歩いているから表情は見えないが、きっと笑っているのだろう。……本当に、心から尊敬してるんだろうな。



「……だから、俺のこともかばったわけだ」



「もちろん。あそこでそのまま逃げだすなんてカッコ悪いこと、パパとママなら絶対にしないもの。……さ、こっから入るわよ」



 そう言うと、ネリンは俺の手を放して裏門をさっとくぐる。その弾んだ足取りを追って、俺も質素なつくりの裏門を抜けた。そこから少し歩いて、勝手口のような作りのドアの前についた。ネリンはポケットから鍵を取り出し、ガチャリとドアを開ける。そのまま家の中に入っていこうとして、俺の方をちらと振り向いた。



「……どうしたのよ、そんなとこで立ち止まって」



 心配するような目は、一瞬で怪訝そうな目に変わる。……そりゃそうだ、俺は何度も深呼吸を繰り返しているのだから。



「いや、少し精神統一をな……」


「クエスト前じゃないんだからそんなことしなくていいのよ!ほら、さっさと行くわよ!」



「ちょまて、俺にも心の準備ってやつがだな……!」



 俺の叫びもむなしく、ネリンは俺を引きずりながら勝手口のドアを開けた。半ば連行されるような形でネリンの家の敷居をまたいだ俺だったが、幸いというべきか勝手口の付近には誰もいなかった。良かった、これなら心の準備が……



「ただいまー!ママ―、パパー、いるー?」


「ちょっ⁉」



 おい待てネリン、そんな大声で呼ばないでもいい!てか呼ばないでくれ、まだ心の準備は少しもできてない!もうちょっと、俺に情けを……



 なんて、俺が考えているうちに。



「お帰りー!今日は遅かったわね……って、そっちの人は?」


 赤毛の女の人が奥から手を振りながらこちらへと向かってくる。その髪色も背格好もネリンにそっくりで、血のつながりを容易に感じさせた。



「ただいまー!今日クエスト行ってきたじゃない?その時に協力した人なの!」



 ネリンも手をちぎれんばかりに振り返してから、俺の背中をグイッと押して前へと出させる。……ええい、こうなったら出たとこ勝負でやるしかない!



「……えと、花谷大翔といいましゅ」


 ……って、盛大に噛んだ!なんだ「いいましゅ」って、そんなテンプレみたいな噛み方があるか!



「……ましゅ?」



 やばい、ネリンのお母さんも怪訝そうな顔してる!そりゃそうだよな、初対面の人がいきなり噛んだら反応に困るよな!あー、完全にやらかした……



 ……と、俺が頭を抱えていると、



「……ふふっ。そんなに気負わないでいいのよ?」



 ……ネリンとよく似た、しかし少し低めな声が、俺の耳に届いた。



「ネリンがこうして連れてきたってだけで、あなたのことは信用できるから。……大したおもてなしもできないけれど、ゆっくりしていってちょうだいね」



「……!ありがとう、ございます」



 優しく笑うネリンのお母さんに、俺はとっさに頭を下げる。くすくすと笑うその雰囲気は暖かくて、これは確かに宿屋のおかみさんにぴったりだと強く思った。



 こりゃネリンも尊敬するわけだ……いきなり娘が連れて来た見知らぬ男をここまで信用して歓迎するとか、よほど大きな器が無きゃできやしない。それだけ信頼されてちゃ、意地っ張りなネリンも素直に接することができるのも納得だよな……



 と、俺が感動していると。



「…………お帰り、ネリン」



……今度奥から現れたのは、灰色の髪をした大柄な男の人だった。少ない口数や無骨な見た目は、ネリンとは似ても似つかないが……



「あ、パパ!ねえ聞いてよ、あたしクエストクリアできたの!この人と協力もできたのよ?」



 やっぱりお父さんだったか!そりゃそうだ、こっちは明らかに家族用の入口なんだから!よし、今度こそ噛まずに挨拶するぞ!



 しっかり深呼吸して、大きく息を吸い込む。そして、軽くお辞儀をして――



「……花谷ひりょとです」



 ……って、今度は名前かよ⁉誰だ「ひりょと」って、そんな噛み方生まれてこの方したことなかったのに!俺って実は滑舌悪かったのか⁉



 ……うわ、ネリンがこっち見てる!どう考えても「何やってんのよ」って言いたげな目でこっち見てる!やめてくれ、「何やってるの」は俺が一番言いたいんだから!



「……ひりょとか」



 ずい、とネリンのお父さんが一歩こちらに近づいてくる。何をされるんだと、一瞬俺は身構えたが……



「……娘が世話になったな。ありがとう」



 わしゃわしゃと頭を撫でられ、俺は思わず目を丸くした。その手はざらざらとしていたが、手つきはひどく優しい。冒険者の手ってこんな感じなんだな……たくさん武器を振ったりしてればそれも納得か。



「ヒロトなんだけどね、この町に来たばかりで宿も見つかってないらしいの。何とか部屋をあてがってあげることはできない?」



 ネリンの両親との初対面が終わった後、ネリンがおずおずとそう尋ねる。流石に少しは悩むだろうと、そう思っていたが……



「もちろんよ。ネリンの恩人だもの。ねえあなた?」



「……当然だ。娘の恩人は丁重にもてなす。……空き部屋を確認してこよう」



「え、そんな即答でいいんですか……?」



 マジで一秒も悩むことなく、二人はネリンの頼みを快諾した。……つまり、俺は今日の寝る場所を確保することに成功したわけで。



 ……俺の異世界生活、滑り出しは案外順調なのかもしれない。

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