第九話『一日はまだ終わらない』

「……はい、お二人の納品、しっかりと受け付けました!クエストクリアおめでとうございます!冒険者免許は、また明日の朝支給させていただきますね!」



――ベレさんの号令によって宴が始まってから大体四時間くらい。バカ騒ぎが終わった後に、俺とネリンはクエストクリアの手続きをしてもらっていた。



「しっかし、こんな夜遅くにも手続していただけるんですね。てっきり夕方には終わるものかと」


 手続きの合間に俺がそう言うと、お姉さんは笑顔で答えてくれた。


「冒険者さんの中には夜間の依頼を中心にして生活していらっしゃる方もいますから。受注と手続きだけのためにお昼の休む時間を短くしてしまうのは私たちとしても不安ですしね」



 なるほど……そういう事情もあるのか。確かに夜行性の魔物もいるし、そういうのを狩るのを中心にしていれば夜型の生活になっていくのは仕方ないのかもしれない。冒険者という職業、確かに自由だけどそれ相応の代価もちゃんとあるんだな……



 しみじみそんなことを思っていると、ネリンが横から口をはさんできた。



「そうよ、うちのパパもそうだったもの。もともと夜型の冒険者で、あたしが生まれてからは強引に昼型のクエストをたくさん受けて矯正したって何度も聞かされたのよね……」


「そりゃ強引な矯正法だな……その分効果もてきめんだろうけど」



 なるほど、冒険者にはそういう事情もあるのか。そう考えると、夜型の冒険者ってのはなかなかにハイリスクな生活様式なのかもしれない。ベレさんも見た感じ昼型っぽいもんな……めっちゃ日焼けしてたし。



 しっかしネリン、父親のことをパパって呼ぶのな。なんとなく反抗期真っただ中だと思ってたから少し……いやかなり意外だ。平原では父さんって呼んでたし、そのあたりはうまく使い分けてるのかもな。



「……はい、こちらが報酬になります!キバブタの牙の分、ヒロトさんの分には少し色を付けておきましたので!」



 そうこうしてるうちに手続きがすべて終了したらしく、俺たち二人に報酬が手渡される。素材を入れていたそれよりも一回りか二回りは小さな麻袋だったが、持ってみるとそれはずっしりと重かった。……なるほど、これが自分で稼いだお金の重みか……



 ふと隣を見てみると、ネリンもどこか感動したような目で麻袋を見つめている。大げさな感動だったのかなと少し恥ずかしい気持ちもあったが、どうもそうではないらしい。



「やっぱり初めての報酬は感動しますよね……皆さん驚いたような顔するんですよ」



 そんな俺たちの考えはやっぱり見透かされていたのか、お姉さんがそう付け加えてくれる。初めて自分で稼いだお金に対する感動は、どうやら異世界だろうが変わらないらしかった。



「初めてのクエストってことで少し色を付けてあるので、有用に活用してくださいね!では、今日は本当にお疲れさまでした!」



 ありがたいことを言い残しながら、お姉さんはカウンターの奥へと消えていった。俺はとりあえずアイテムボックスに報酬をしまい込み、近場にあった椅子に腰かける。



「さて、これからどうしたもんかな……」



 俺は図鑑を取り出し、カガネの町のページを開いた。探す見出しはもちろん、『冒険者御用達の宿』の項目だ。



 冒険者はやはり収入が安定しないし仕事場所もまちまちであるため、自分の家を持つことは珍しいんだそうだ。その代わりに冒険者ギルドがある町には宿屋が多く存在し、その値段も安いところから高級なところまで幅広くあるらしいのだが――



「うーーーーん……」



 図鑑とにらめっこしながら、俺は今日の宿を探す。高すぎるところはさすがに無理だが、かと言ってあまりに安すぎるとこだと環境が少し心配だ。……この街自体治安はいい方らしいから、安い宿でも問題はないと思うのだが……



「……ねえ、宿を探してるの?」



 俺がうむむとうなっていると、横合いからネリンが声をかけてきた。



「……ああ、この町に来たばかりだからな。どうにか腰を落ち着けられる場所を探してるんだけどな……なかなか決めらんなくてさ」


「そうよね……多分アンタ、商店街とかも見て回ってないでしょ?」



 私たちギルドに直行したし、とネリンは腰に手を当てながら続けた。……確かに、今日行ったのってギルドだけだな。図鑑で大体の位置と特徴は理解していたが、そういえば自分の目で見えまわる時間は少しもなかった。



「そうだな……この街についてはまだわからんことだらけだ」



 少しずつ見て回るつもりだが、なんにせよ町が広い。すべてを回るのにはそこそこの時間がかかるだろうな……なんて、俺が思っていると。



「……なら、あたしがこの町を案内してあげるわよ。あたしはずっとこの町で育ってきたから、大体の場所なら知ってるし。ちょうど明日は装備を見に行こうと思ってたところだしね」



 ついでよついで、とネリンはそう提案してきた。俺からすると渡りに船、願ってもない申し出だ。



「すっげえ助かるよ……ありがとうネリン、恩に着る」


「ついでって言ったでしょ?たまたま用事が無きゃこんなことしなかったわよ。……それに、かばってもらった恩もまだ返しきれてない気がするし」


「んなこと気にしすぎないでいいのに……」



 助けてもらったってのはこっちも同じなわけだしな。それはお互い様だし、別にそれを引きずらなくてもいいとは思うのだが……



「あたしは気にするの!アンタがいなきゃきっとあたしはクエストクリアできなかったわけだしね……だから、これはあたしの買い物と恩返し、両方を兼ねた完璧な作戦なわけよ」



 少し顔を赤らめながら、ネリンはそう言った。……少し違う気もするが、まあそういうことにしておこう。



「……んじゃ、ありがたくお世話になるとするよ。明日何時に集まる?」


「……あー、そのことなんだけどね」



 俺が明日の予定を立てようとそう聞くと、ネリンは少し口ごもった。……こころなしか、さっきよりも少し顔が赤いような……?



「……あんた、宿決まってないんでしょ?……なら、あたしの家に泊まってきなさいよ」


「…………はい?」



………………いや、ほんとにどうしてそうなった⁉

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