第八話『祝杯と予感』

「「かんぱーーーーーーーい‼」」



――キヘイドリとの激戦からしばらくして。無事にカガネの町まで帰り着いた俺たちは、ギルドに着くなりこうして祝杯をあげていた。



「ぷはーっ、おいしい!こんなにおいしい紅茶は初めてね!今最っっ高にいい気分よ!」


「俺もだよ!こんなにうまい麦茶は初めてだ!……っはー、うめえ‼」



 ……お互いに未成年のためお酒での祝杯じゃないのは、少々締まらない部分だけどな。それでもなんだか気分がほわほわしてきてるんだから不思議なものだ。これが雰囲気に酔う、というやつなのだろうか。麦茶がこんなにうまい飲み物だなんて、日本にいる頃には想像もつかなかったな……



 と、俺たちがぎゃいぎゃいとにぎやかに祝勝会をしていると、



「おう、いい飲みっぷりだなヒロト!その顔は……首尾よくいったか?」



 横合いから、聞き覚えのある豪快な声が聞こえてきた。振り向けば、予想通りそこにはベレさんの姿が。顔に少々赤みがさしているところを見ると、ベレさんも依頼達成の祝賀会を行っているところだったのだろうか。



「ベレさん!ええ、何とかうまくいきましたよ!」


「それはいい!隣にいるのは……ああ、ネリンじゃねえか!」



 笑顔で応えた俺の背中をバシバシと叩くと、その視線がネリンへと移る。



「昔からドジっ子ドジっ子言われてたが、ついに冒険者デビューとはな!時がたつのは早いもんだなあ!」



 俺も年を取るわけだぜ、なんて締めくくってベレさんは自分の頭をペチンと叩く。……かなり若々しく見えるけど、父さんたちと同世代だったりするのかな……



「そうよ!あたしだってもう一人前なの!あたしの魔術がキヘイドリを追い払ったのよ?」


「おお、そりゃすげえ!ドジっ子だから間違えて変な方向にぶっ放さないか心配していたが、どうやら杞憂だったみたいだな!」



 ネリンが誇らしげに胸を張ると、ベレさんはその頭をガシガシと撫でる。力強いがしっかり気遣いもうかがえるそれに、ネリンも満足げに目を細めた。



「しっかし、ネリンとヒロトがこうして知り合うとはな……クエストでかち合ったか?」


「そうなんですよ。二人してキヘイドリに襲われちゃって」



 一通り撫で終えて満足したのか、ベレさんが感慨深げにそう質問してきた。本当はネリンがキヘイドリに襲われていたのを俺がかばって巻き込まれた形だが、ネリンにも見栄があるだろうからな。



「そうなの!危ないとこだったわね……」


「ああ、そうだな……」



 キヘイドリとの激戦を思い出し、俺たち二人は深々とため息をつく。本当に、ぎりぎりの戦いだったな…………。



「俺の図鑑が無きゃ終わってたな……」


「あたしの魔法が無きゃ終わってたわね……」





「「…………ん?」」





 ……今、俺とネリンで見解の相違があった気がするぞ。



「いやいやいやちょっと待て、さすがにこれは俺の図鑑の功績だろ」



 図鑑が無ければ、俺は突破口を見つけることができなかった。もしそうなっていたら、もちろん俺たちは今こうして祝杯を挙げることはできなかっただろう。ネリンの魔法がすごかったのはもちろんだが、それより前に語るべきはこっちのはずだ。



「何言ってるの、直接キヘイドリを追い払ったのはあたしでしょ?いくら弱点が見つかったところで、それを的確につけるあたしがいなけりゃ無駄だったじゃない」



 そんな俺の主張に、ネリンは真顔で首を振りながらそんなことを言って見せる。……こいつ、どうして俺が巻き込まれたのかを忘れてるな……?



「ネリン、どうして俺らが二人してキヘイドリに襲われたか覚えてるか?」


「ええ覚えてるわよ、アンタのお節介でしょ?」



 ……そう言い放つネリンの姿を見て、俺の中で何かが切れた。



「言ったなお前⁉『来ないでえええ‼』とか言ってるやつを尻目に帰れとか、そんな薄情なことができると思うか⁉」



 椅子を立ち、俺はネリンの方へ身を乗り出す。……後になって思うことだが、俺もネリンも完全に雰囲気に酔っていたのだろう。よくよく考えてみれば、ネリンにはベレさんの手前プライドがある。俺への発言は、周りの人を不安にさせまいとしての強がりだと、今となってはよーーくわかった。アイツが素直じゃないことも含め、なんとなく察せる部分もあったしな。



 ……だが、俺は止まらなかった。それに呼応するようにして、ネリンも立ち上がる。言ってしまえば、たちの悪い酔っ払い同士のけんかだった。



「そっ……それは作戦だったのよ!ああやってキヘイドリの油断を誘って、ぼかーんってする予定だったの!それをヒロトがひきつけちゃうから狙いがつけられなくて、暴発しないように制御するのも大変だったのよ⁉」



「お―それはご立派な作戦だな!……声が震えてること以外は!」



「ふるえてなんかないわよ!大体、アンタがあたしをかばって追い込まれたせいであたしも帰るに帰れなかったんだからね⁉度胸だけで突っ走るんじゃないわよ!」



「ああそれは失敗だったよ、お前が来てくれて助かった!感謝もしてる!ただお前もお前で意地張りすぎるんじゃねえよ!」



「わかってるわよ!でもそうしないと頑張れないの!アンタがそうしてくれたみたいに元気づけてくれなきゃ、あたしは一度くじけたら一人じゃ立ち上がれないの!」



 俺たちの口論は過熱し、たがいに身を乗り出したせいで今にも額がぶつかりそうになっている。それに論点もずれている気がするが、そんなことは今はとりあえずどうでもいい。次の言葉を探そうと思案を巡らせていると、硬くてざらついた手が俺の額を押した。



「……お前たち、ずいぶんとお似合いみたいだな!知り合って早々痴話喧嘩たあ資質あるぜ?」



 ベレさんが、俺とネリンの間に割って入ってそうわらいかける。しかし、その表現はいささか頂けないな。……全面的に信頼している人の言葉だが、言いたいことはしっかり言わせてもらおう。



「「痴話喧嘩じゃないっ!」」



 ……しかし、皮肉にもその主張がネリンと被った。



「ほら、やっぱりお似合いコンビじゃねえか!そこまで息が合うことそうそうねえぜ?」


「そんなこと…………あれ……?」



 ない、と言おうとして、俺は言葉を詰まらせる。……キヘイドリとの戦い、そういえばいい感じに協力できてたよな……



 ふとネリンの方に視線を送ると、俺と同じようにネリンも何か考えを巡らせているらしい。……事実、俺だけでもネリンだけでもキヘイドリには勝てなかったわけだしな。熱くなっていた思考が、ようやくクールダウンしてくる。



「コンビは仲いいだけが美徳じゃねえ。こうしてまっとうに喧嘩できるのも立派な資質だぜ?なんせ俺も相方とはしょっちゅう大喧嘩するからな!」



 がっはっは、とベレさんは豪快に笑う。……その様子に、俺もネリンも気が抜けたようだった。



「……アンタがいなきゃ、あたしは無事じゃすまなかった。……言いすぎて、悪かったわよ」


「んや、俺こそネリンの魔法がなきゃ詰んでた。……お互いさまってことで、どうだ?」



 仲直りの意志を込めて、俺は左手を差し出す。……しかし、すぐに反応が返ってこない。勢いでやりすぎたかなと俺が手を引っ込めようとした、その時――



「……言いたいことはいっぱいあるけど、そういうことにしてあげる」



 そんな言葉とともに、キュッと軽く俺の手が握られる。口調は少し生意気だったが、きっとそういう性格なのだろう。無意識に見栄を張ってしまう気持ちは、俺にも少しわかるからな。



「ああ。……助けてくれて、ありがとうな」


「ええ……こっちこそ、ありがと」



 俺が腕を軽く上下させると、ネリンもそれに続く。ぎこちない握手だったが、仲直りの証としては十分だろう。



「おお、名コンビの誕生じゃねえか‼ おいお前ら、ヒロトが早速幸運を呼んだぞー!」



 その光景を見ていたベレさんが、目を潤ませながらそう叫んだ。……いや、もしかしたらもう泣いているかもしれない。その叫びを聞きつけた酒場の人々が、見る見るうちに俺たちのテーブルに集まってくる。



「おっ、祝い事か⁉」「ネリンちゃんも立派になったわねえ……‼」「こいつはめでてえ、今日はたくさん飲むぞ!」



 そう言って集まってくる人たちの手には、ほとんど酒と思われるカップが握られている。……本当に、ノリがよくて暖かい人たちだ。



「よーし、今日は俺のおごりだ!思いっきり飲むぞー!」



 ベレさんがそう叫ぶと、酒場が歓声に包まれる。……俺たちも、それに続かせてもらおう。


 ふとネリンの方を見やると、同じようにしていたネリンと視線がぶつかる。それがなんだかおかしくて、俺たちは笑みを交換した。



「「「「「「宴だあああ!!!!!」」」」」」



 笑顔が飛び交い、歓声が酒場を彩る。それは、異世界ならではの暖かな光景だ。それを見ると、ふと頑張ってよかったなあと思えた。……きっとそれが、冒険者たちがここに集まる理由でもあるのだろう。



「……っはー、麦茶うめええええええええーっ‼」



――異世界初めてのバカ騒ぎは、夜が深まるまで続いた。

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