第五話『初クエストも図鑑とともに』
「転生初日で初クエストとか、あまりにもテンポ早すぎじゃね……?」
お姉さんから初クエストをもらってから小一時間位したのち、俺はマルデロ平原のど真ん中でそうぼやいていた。……このつぶやき、そういや前にもした気がするな。
『イリナ草十本の採取』。それが、俺に与えられた初めてのクエストだった。図鑑によれば、イリナ草はマルデロ平原を少し行った先に群生している植物なんだそうだ。薬草であると同時に食材としての価値も高いらしく、取れる量の割にはいつも需要が多いんだとか。マルデロ平原には凶暴な魔物も少ないし、初仕事としてはもってこいというわけだ。
「……えと、あっちの方角か」
図鑑に書かれた地図とにらめっこしながら、俺はイリナ草の生えている方角へと歩き出す。植物の背も少しずつ高くなってきたが、神が与えてくれた初期装備のおかげでそこそこ快適だ。革のブーツにズボン、そして少し防刃加工が施されたロングコートとそれほど高級なものでもないが、それでも転生したてのスニーカーとブーツ、それに少しヨレたシャツに比べればその差は歴然だった。腰にぶら下げた短剣も、護身用にと神が与えてくれたものだ。
「そう考えると、アイツも結構至れり尽くせりだったんだな……」
RPGなんかの初期装備に比べると俺のそれはかなり豪華だ。手入れをしっかりすればしばらく使えそうだし、短剣もよく手になじむ。いきなり大振りの剣とかもらっても困るだけだしな。……そんなことを考えていると、目の前の草むらからガサっという音がした。
「……おっと」
思わず足を止めると、そこから飛び出してきたのは小さなイノシシのような生物だった。茶色の毛皮に身を包んだ小柄な体は動物園のふれあいコーナーにいても違和感がないが、それにしては不釣り合いなくらいに牙が大きい。……それに、なんだかこちらをにらんでいる気がする。その違和感に、俺はとっさに図鑑を開いた。えーっと、これは魔物の欄で調べた方がいいのか……?
「えと、小型の魔物の欄は……」
ページをぺらぺらとめくるも、なかなかそれっぽい欄が見つからない。ページを前後しながら四苦八苦していると、ザッと地面を削る音が聞こえた。……いやな予感が、する。
『ピギィーーッ!』
俺の予感通り、茶色の塊がひときわ大きな鳴き声を上げて俺に向かって突っ込んできた!
「うおわああっ⁉」
とっさに横にずれると、イノシシ(仮)はその横をすり抜け、二十メートルほどオーバーランした。やっぱりその見た目通り、突進はまっすぐにしかできないのだろうか……?
「ってそうだ、この隙に図鑑……‼」
考えるよりも調べる方が今は断然確実で安全だと気付き、俺は魔物のページをもう一度開きなおす。どうにかアイツが振り向く前に、アイツの記事を見つけないと……!
「……あった!」
魔物の動きを横目に見つつ、俺はページをめくり続ける。その結果、どうにか第二波が来る前に情報を探し当てることができた。名前は……『キバブタ』。
「えーっとなになに……『背の高いものを見ると突き破りたくなって突っ込んでくる』……⁉」
ただの大迷惑じゃねえか!
だが、俺のそんな心の叫びは当然届かない。完全に俺をロックオンしなおしたキバブタは、また俺の方に突っ込んできた。
「……だけど、お前のことはわかったぞ!」
かなりのスピードで突っ込んでくるキバブタだったが、情報を得たならばもう怖くない。さっきと同じように一歩ずれると、キバブタはまたしてもその横をすり抜けていった。……やっていることは同じだけど、情報に基づいた確信のもとにやるとやっぱ安心感が違うな……
キバブタはというと、またしても勢い余って俺と二十メートルほどの距離が生まれている。それをしっかりと確認してから、俺はふっと目を閉じた。
……マルデロ平原に出る前に、三十分ほど図鑑を読み漁った。……主に読んだのは、『魔術』の欄。それによれば、この世界に決まった魔術の形はないらしい。すべては術者の想像次第。あとはそれをやるだけの魔力と、魔術の腕があるかにかかっているそうだ。だからこそ、今の魔術はいくつかの体系に大別されるんだとか。……まあ、そこまで詳しくは読み切れなかったが。
大事なのは、『想像できればあとは魔力の量と腕だけ』ということだ。それならば、俺にだってできる可能性は十分にあった。……なら、試してみない理由はないだろう。
目を閉じた先で、魔法がもたらす結果を明確に想像する。キバブタが突っ込んでくるのを足音で確認し、俺は一歩横にずれながら……
「……出でよ、土壁!」
――俺がそう叫んだのと、『ピギイッ!』というキバブタの悲鳴が聞こえたのは同時だった。想像通りと、俺は目を開け……
「…………あれっ」
……目を回すキバブタと二十センチほどしかない土壁を見て、思わず声を上げた。
……いや、確かに作戦は成功したのだが。走る軌道に合わせて土壁を設置して衝突させる――そこまでは、確かに作戦通りなのだが。その……土壁が、しょぼい。
あれ、俺ちゃんと二メートルくらいの土壁想像したよな?壁というよりは段差というか、そんな感じのヘボい壁を想像したわけじゃないよな……?
「まあ、とりあえずピンチは凌げたからいいけどさ……」
納得はいかないが、一まずはこれで満足するしかないだろう。魔法の修業はいつか機会を見てやるとして、今はクエストの達成が先だ。
「……っと、これは拾っとかなくちゃな」
ふと目を回しているキバブタを見やると、折れた牙が落ちていたので拾ってアイテムボックスに入れておく。図鑑によれば良質な細工の素材に使われるためそこそこ値が付くんだとか。牙はほぼ根元から折れていたが、自然にまた生えてくるということだったのでありがたくいただいていこう。
「さて、イリナ草は……っと」
何とかハプニングをを乗り越えた俺は、もう一度図鑑を開く。手間のかかる作業だが、ここで方向を間違えるのが一番悲しいやつだ。
もう一度方角を合わせ、俺は歩き出す。この世界の太陽に当たるものも地球と同じ軌道をしてくれるのがありがたかった。それが分かれば、コンパスがなくてもどうにか方角を定めることはできるからな。そんなこんなで、十分くらい歩いていると……
「……おお」
草原の一帯が、雪が降り積もったかのように白く染まっていた。青々とした草原の中でそこだけが光を反射してキラキラと輝いていて、その光景に俺の口から思わず歓声が漏れる。
図鑑には記述があったが、実際に見ると圧巻の光景だ。草原に点在するのではなく、こうやって群生することでメリットを多く得るらしいが、その合理的な原理がこんなにも美しい光景を生み出すのだから自然ってやつは面白いな。『植物はいまだに新種が多い』って、日本の図鑑にも書いてあった気がするし。
そんなことを思いながら、俺は白い一帯に足を踏み入れる。クエストに必要とされているのはイリナ草の葉の部分だけで、根っこの部分はまた成長させるために残しておいてほしいんだとか。そう言われたことを思い出し、俺は腰から短剣を引き抜く。まさか初めての使用がここになるとは思っていなかったが、今の俺の腕では短剣で戦うなんて到底無理だった。
「しばらくの間は、ちょっとでかいサバイバルナイフくらいに思ってた方がよさそうだなあ……」
たとえ俺にその手の才能があるにしたって、出来れば接近戦なんて仕掛けたくない。魔法で遠くからしのげるのが理想だし、何なら戦わないのが一番完璧だ。
……と、そんなことを思っていると、十本分の葉の採取はあっという間に終わった。引っ掛かりもなくすっと切れたし、もしかしたらこのナイフはかなり切れ味がいいのかもしれない。
「これで良し……と」
切られても白く輝いているその葉をアイテムボックスに詰め込み、俺は立ち上がる。……道中キバブタの一件はあったが、どうにか平穏にクエストを終われそうだ。
そう、胸をなでおろそうとしたとき――
「きゃあああああっ⁉」
その考えがフラグになったかのようなタイミングで、悲鳴が草原に響き渡った。
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