第四話『街一番の冒険者』
「ここはこのあたりでも一番でかいギルドでな。経済も安定してる分羽振りもいいんだ」
――ギルドカウンターの列に並んでいる間に、ベレさんが唐突にそんなことを教えてくれた。
「羽振りがいい、ですか」
「そうだ。ギルド側も商売だからな、どうしてもシビアになっちまうところもある。他の町に行けば、もう少しピリピリしてるギルドもあるって聞くしな」
俺が聞き返すと、ベレさんが少し神妙な顔をしながらそう言った。……なるほど、ここのギルドみたいな環境がどこでも当たり前ってわけではないらしい。
「かくいう俺もほかのギルドとはなじみが薄いんでな、一概に物は言えねえが。……安定した生活をしたいなら、この街に定住するのを俺はお勧めするぜ」
「なるほど……ありがとうございます」
「いいってことよ!右も左もわからねえガキを守るのは俺ら老いぼれの役割でもあるからな!」
ぺこりと頭を下げると、ベレさんは豪快に笑う。……さっきの門番さんといい、この街は本当に暖かいな。初対面の人間になんかもっと警戒してもいいだろうに、いやな顔一つせずにこうやって助けてくれるのだから。
「……いずれ、ベレさんとも一緒にお仕事をしてみたいです」
そんなことを思っていると、ふとそんな言葉が口をついて出てきた。それを聞いたベレさんは一瞬きょとんとして、
「……そうか!その時は全力でサポートしてやるからな、よろしく頼むぜ!」
それまで引退できねえな、とベレさんはうれしそうに笑う。ほぼ無意識に出てしまった言葉だったが、失礼にならなくて本当によかった。
そのほかにも他愛のないやり取りをしていると、列を待つ時間も一瞬だ。てくてくと前に進んでいくと、赤髪のお姉さんと目が合った。
「おう姉ちゃん、素材の買取と依頼の達成処理を頼む!」
ベレさんはそう言いながら、少し大きめの革袋をカウンターの上に乗せた。
「ベレさん、依頼の方ご苦労様でした!……そちらの方は……?」
お姉さんはにこやかにそうあいさつすると、俺の方に目線を向ける。とっさに軽く会釈をすると、ベレさんが俺の肩を抱いた。
「おう、こいつはヒロトってんだ!職を探してこの街に来たらしくてな、清算の後に冒険者の登録手続きをしてやってくれや!」
「……大体そんな感じです。よろしくお願いします」
自己紹介をほぼ取られた俺はもう一度深く頭を下げる。冒険者になると完全に決めたわけではないが、『冒険者免許は取って損なし』って図鑑にも書いてあったからな。こうやって取り持ってくれるのは素直にうれしかった。
「なるほど、了解しました!それでは、素材の清算の方させていただきますね!」
「おうよ、今回は豪華だぜえ?なんせ遠出だったからな!」
革袋を受け取るお姉さんに、ベレさんは満面の笑みでサムズアップ。さっきもしていたし、この人の癖なのかもしれない。それにしても……遠出か。ここを拠点としながら狩場を遠くに定めてる人もいたりするのかな。車とかないこの世界だとそれなりに大変そうだ。
そんなことを考えている中、お姉さんの手で革袋が開封される。その中に入っていたのは……
「……わあ、ワイバーンの牙ですか!こっちは……キラータイガーの毛皮!」
…………え?
「いや、ワイバーンって、あの……?」
「そうさ!苦労したぜ、なんせ全然降りてきてくれないんだからな!」
「苦労するのそこじゃ無くないですか⁉」
ライトノベルやらファンタジーにそんなに詳しくない俺でも知っている。ドラゴンと区別されることも多いが、それでもそんなに簡単に狩れる生き物ではないのは確かだろう。……それを、狩った?
「いやー、さすがはカガネの筆頭冒険者さんですね!今回もソロでの狩猟ですか?」
「あいや、さすがにそれは買いかぶりすぎだぜ姉ちゃん!これは行きずりの弓師と手を組んで狩ったやつでな、その分報酬は山分けってわけだ!」
交わされる会話に、俺はあんぐりと明けた口を閉じることができない。……俺、とんでもない人にとんでもないこと言っちゃったのでは……?
「いやー、これは鍛冶職の方も大喜びですよ!……少し色を付けまして、こちらが報酬になります!」
手を合わせて喜びながら、お姉さんはカウンターの下から袋を取り出す。……それをカウンターに置いた瞬間、ジャラっと大きな音がした。……いや、どんだけ入ってるんだ……?
「おお、こいつは景気がいい!ありがとな姉ちゃん、ヒロトをよろしく頼む!」
「ええ、任せてください!……ヒロトさん、こちらに!」
俺があんぐりとしているうちに、ベレさんはこちらに手を振りながらどこかへと歩いて行ってしまった。その背中に慌ててお辞儀をしていると、お姉さんがそう声をかけてくる。どうやら業務をほかの人に任せて俺の担当をしてくれるらしかった。どんどんと歩いていくお姉さんを見失わないように、俺も足早についていく。
「……ベレさん、すごい人なんですね」
「ええ、間違いなくこの街一番の冒険者ですよ。王都でも立派に仕事ができるぐらいには実力があるのに、『しゃれた空気は合わねえ』なんて言ってここに残り続けているんです」
ついていく道中でふと尋ねると、お姉さんはどこか誇らしげにそう語ってくれた。……あれだけの人格者が筆頭冒険者なんだ、そりゃ誇りたくもなるか。
「ヒロトさんみたいな人を連れてくるのも今回が初めてじゃないんですよ。『俺は満足に装備がなくて大変だったから』って、初級の方に防具を見繕ってあげたりもしているんです。……この街のギルドが平和なのは、間違いなくベレさんのおかげでもあるんですよ」
満面の笑みを浮かべて、お姉さんはそう締めくくった。
「……すごい人、なんですね。月並みですけど」
そうとしか表現できない自分を悔しく思いつつも、俺はそう返した。知れば知るほどいいところしか出てこない人間なんて、きっとそういないだろう。俺は図鑑オタクだし。少し仲良くなれたなーと思った人に図鑑の話をしたらかなり引かれた、なんてことしょっちゅうだったからな。……なんか、悲しくなってきた。
「ヒロトさん、こちらに!」
苦い記憶を思い出して俺が泣きそうになっていると、お姉さんがドアを開けて俺を誘導してくれる。軽くお辞儀をしながらドアを抜けると、そこには机があり、その上にはバレーボールくらいはあろうかという水晶玉がおかれていた。
「これは……」
「冒険者になっていただくときには、魔力適性検査を受けていただくことになっていまして。……といっても、これに触れるだけですからそう身構えなくても大丈夫ですよ」
お姉さんは水晶玉を指さしてそう言った。……まあ、才能がない人間を冒険に送り出すのは危ないからな。健康診断のようなものだと、俺はそう解釈しておく。
「こちらに触れると、魔力の量と適性のある魔法の属性が分かるんです。簡単なつくりのものですが、それだからこそごまかしは効かないんですよ」
間違いがあってはいけませんからね、とお姉さんは胸を張った。きっと俺のほかにもたくさんの人の魔力をこうやって測ってきたんだろう。
「……じゃあ、俺は手を触れるだけでいいんですね?」
「ええ、情報はこちらで記録しますので。……結果は、お伝えしたほうがよろしいですか?」
「はい、ぜひ」
結果に少し怖さはあるが、自分の適性が分からないのはもっと怖いからな。……それに、自分がどんな魔法を使えるかにも興味があるし。……深呼吸を一つ入れて、俺は水晶に触れる。……少しすると、おもむろにそれが光りだした。
「ほう……なるほど……へえ……」
光り方を変えるそれを観察して、お姉さんはメモを取っている。水晶に触れている掌が、どうしてかくすぐったかった。
「……はい、記録は終わりました。手を放していただいて大丈夫ですよ」
一分ぐらいたった後に、お姉さんの合図に合わせて手を放す。……その瞬間、水晶玉の発光はやんだ。……今の、ほんとに俺の魔力で光ってたんだな……
「ありがとうございました。それで、結果の方なんですが……」
お辞儀をしたのち、お姉さんがそう前置きして言葉を切る。何かあったのかと、俺は息を呑み――
「…………言いにくいのですが、ものすごく平凡です」
「……へ?」
そう、間抜けな声を上げた。
「全属性どれも飛びぬけて得意って属性もなくて……あ、火属性はほんのすこし適性がありますね。でもそれ以外はどれも普通くらい……むしろこんなに癖もなく基本属性を扱えるのが珍しいというか」
フォローの意図もないであろう最後の一言が痛い。なんだろう、そういうのを珍しいって言われたらもうおしまいな気がする。……とどのつまり、俺の才能は中の中だったと、そういうことだった。まあ、圧倒的な才能の代わりに図鑑をもらえたのなら安い買い物……なのか?
「でも、冒険者になるための条件はしっかり満たしていましたのでご安心してください。ベレさんの推薦ですし、今ここで冒険者登録をしてあげたいのですが……」
俺が少しだけ落胆していると、励ますような表情を浮かべたお姉さんが俺に向かって一枚の紙を差し出してくる。そこに書かれているのは『冒険者認定クエスト』という単純明快な文章だった。……え、まさか……?
「こちらのクエストを、無事にクリアしてきてください。……それが、冒険者として登録していただく最後の手続きになります」
真剣な顔で、お姉さんは俺の想像を肯定して見せた。……どうやら、俺の異世界生活はかなりハイテンポにできてるらしいな……。
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