異世界の推理 〜イミテーションスライムが綺麗だが君も素敵だよと言いたかった〜
キハンバシミナミ
異世界の推理 〜イミテーションスライムが綺麗だが君も素敵だよと言いたかった〜
小屋が燃えていた。全てを拒む激しい炎だ。
木が燃える焦げ臭い匂いが辺りに漂っている。
近づくことも、まして火の中に飛び込むこともできず、火を消すこともできない。
こうして見守ることしかできないことがただ歯痒かった。
沸き起こる苛立ちに地面を蹴り飛ばす。乾いた土塊が舞い、それは風に巻かれて空へ飛んでいった。
——
喧騒と商人の掛け声が支配する通りを三人は歩いていた。道の両端は本来の建物より木の柱や布で陣地を取るように迫り出した店屋が所狭しと商品を並べている。
その店屋の一つで二十歳くらいの冒険者達が商品を物色していた。市が立つ日に来るのは久しぶりなのか、紅一点の冒険者が随分とはしゃいでいる。
女冒険者の名前はショーラ。そのショーラは動きを重視した丈夫な冒険者の服に短剣を二本ぶら下げている。背中の荷物入れにはロープや乾燥食料、薬草などが詰まっている。正当に探索を重視した格好だ。
「わぁ、綺麗。ケッタ、アシェア。あれ買って」
ケッタと呼ばれた冒険者が値札を見たのか、顔が歪んだ。見ているのはおしゃれな鍵が付いている小箱だった。
ケッタは革の胸当てに
その箱を手に持ったケッタの横にいるもう一人の男冒険者アシェアにも値札が見えた。箱一つで銀貨十枚だ、
アシェアは手に中古の樫の杖を持っていて、その杖で魔法を操る。いわゆる魔術師だ。アシェアの自慢は高価な白銀糸を織り込んだローブである。
「何言ってるのさ、箱くらい自分で買いなよ。この間の報酬はどうしたよ」ケッタが否定した。うんケッタ、その通りだよ。アシェアも同感だった。
「何言ってるの。その日のうちに消えたわよ」ショーラが意味のない自慢をしている。
「威張って言わない。その日のうちって、何に使うんだよ」ケッタがすかさず反論している。
「……乙女の秘密よ、ひ・み・つ」
ショーラはちょっとだけ間をあけて答えた。考えるフリをしたのかな、アシェアはショーラが考えなしなことを知っている。
「さては落としたな。それともスられたか?」
「んもう。どっちでもないわよ。あっ、あのスライムすてきだわーー、あんなのプレゼントされてみたい。アシェア買って」
ショーラは店の奥にある棚の上を指さしていた。まったく気が変わるのが早い。よく探索でミスしないな。アシェアは溜息を吐いた。
「スライムって、あれ何?」アシェアは目を凝らした。どちらにしてもお金はない。冷やかしだけだ。
「知らないの? あれはイミテーションスライムっていうのよ。体内にああやって宝石とか細工物とかを取り込んでいて、それが綺麗に輝くの。お貴族様で大流行りらしいわ。そのせいで小さいのでも金貨二、三枚はするんだから」
スライムは透明で不定形の粘性動物だ。大きさは指先から荷車ほどある大きいのまでいる。体の中に何か取り込むとそれを溶かしてしまう。溶けないものは吐き出すけどね。
それだけに飾られているスライムは奇妙だった。体の中心には首飾りだろうか、アクセサリーを浮かべている。溶けていないが吐き出してもいない。
スライムが光らせているのだろうか? アクセサリーは光っている、見るほど不思議だ。店の奥に置かれているのに目立っている。アシェアもしばし見入った。
「金貨二、三枚って、Cランク冒険者に買えるわけないよね。この間の報酬だって一人銀貨二十枚だったのに。百倍はするよね」
「アシェアはすぐ現実を見るんだから。ロマンよ、ロマン」
「どこにロマンがあったの。現実見ようよ」アシェアはため息をついた。
「なんであんな高いものがこんなところに飾ってあるのかな」ケッタが言った。
他のお客の相手をしていた店の主人、エプロンしたおばさんがアシェア達を見た。
「ふふん、お客さん知りたいかね。知りたいよね。このイミテーションスライムなんだけど、作っている職人が知り合いで、よく犬の散歩に来るのさ。その犬が店の商品を黙って食っちまったときに、弁償代わりにくれたのさ。値段なんか釣り合わないのにさ。気前いいっていうのはああいうのをいうのさね」
店屋のおばさんは食いつくように話してきた。自慢の品なんだろうな。いやお喋り好きなだけか?
「あっ、この乾燥ポーションいいんじゃない」ショーラは話を聞いていなかった。
「お客さん聞いてた?」おばさんの声音が変わった。
「おばちゃん、これいくら?」空気が白い。
アシェアはそこで聞くかと耳を引っ張りたかったが我慢した。
「うん、これなら一束で銅貨二十枚ってところだね」アシェアは普段はもっと安いだろうと思った。
「買うから負けてよ。十四枚でどう」ショーラが食い下がる。
店屋のおばさんは首を振っている。いい話しているとこに水を差すなんて、顔に出してないだけでおばさん機嫌悪いと思うよ。声音低かったし。アシェアは交渉を諦めてケッタの方を見た。
ケッタはケッタで店先で何かに見入っている。
遠くから男の人が走ってくるのが見えた。格好を見るに何処かの店の使いだろうか、この人混みで危ないなとアシェアが思う間もなく、ケッタにぶつかった。ように見えたが、男の人はそのまま行ってしまった。
「危ないなぁ、この人だかりのなかで」ケッタは言った。
「ケッタ、相手の腕を折ろうとしていなかった?」
アシェアには男がケッタにぶつかる直前でケッタに腕を取られ弾き飛ばされているようにも見えた。しかし実際にはケッタは腕を取らず、体を躱しただけだった。寸の間だけ気合でも放ったかもしれない。
「すんででやめたじゃん。この自制力。凄いでしょ」ケッタは意味もなく力こぶを作ってみせた。
「冒険者は不用意に暴力を振るうべからずでしょ。常識じゃないの」ショーラが言う。
「そうだけどね。正当防衛は許されるでしょ」ケッタはショーラに反論している。
「ぶつかったくらいで骨を折られてたんじゃ堪んないわ」
「まぁ骨折くらいなら僕の治癒魔法で治せるけどね」アシェアが言った。
「よく言った。それでこそ親友。アシェアの言う通りだよ」ケッタがアシェアを見て笑顔をみせた。
「いやケッタ、不用意な暴力はだめだよ」アシェアはちょっとだけ呆れた。
顔を上げるとまた誰が走ってきている。またこっちに来たよ。アシェアは声を上げた。
「ショーラ危ない」男はショーラにぶつかってきた。今日は厄日か。
アシェアは溜息が出かかったが止めた。ショーラが相手の腕を取り、瞬きする間に腕を極めていたからだ。
「ちょっと、危ないでしょ」
「痛タタタタ。おい女、殺す気か」ぶつかってきた大人しそうな兄ちゃんが呻いてる。
「ショ、ショーラ、腕が変な方向に曲がってる」
「えっ、あ、ごめんあそばせ。ホホホホホッ。折れやすい腕だこと。ホントに困っちゃうわ」
大人しそうな兄ちゃんは腕をプラプラさせている。
「上品ぽい笑い方してもダメだよ。すみません。今治すんで腕を押さえててください」
骨が折れたくらいなら魔法一つですぐ治る。それはそれでいいのだが、怪我を簡単に考えるショーラには困ったものだ。
世間でも魔法使いがいればちょっとの怪我くらい気にしない奴らが多い、なんでも屋じゃないんだからとアシェアはぶつぶつとつぶやき、杖を振り上げた。集中だ。
『再生を司るアナヴィオスィよ、かの慈悲なる聖霊はいにしえの約束と再開し、その成長に目を見張るであろう、その出会いに喜びを、そして分かち合わん』
杖に宿った光を折れた腕に吸い込ませると、湯気のようなものが立ち上った。腕は治ったようだ。
「助かった。おい姉ちゃん、人の骨を折っておいてそのまま済まそうってんじゃねぇだろうな。可愛い顔をしているからってなんでも許されるわけじゃねぇからな」
見た目に合わず口が悪い兄ちゃんが喚いている。アシェアはそうだよねと思った。
「えっ、可愛いなんて本当のこと言われても。アシェアが治したからチャラでいいわよ」
「そうか。自意識過剰かよ。……そう言うことじゃねぇ」
「治したんだからいいだろ。それともスリの現行犯で突き出す方がいいか?」ケッタが腰の剣に手を当てている。
「わ、わかったよ。……あばよ」その男は去って行き、アシェアはやっとわかった。
店屋のおばさんが口笛を吹いた。
「あんた達、なかなかの腕前のようだね」
「いや、まだ駆け出しです」アシェアは謙虚にそういった。
「ところで、これは買うのかい、買わないのかい?」店屋のおばさんは乾燥ポーションを指さしている。
「買う。十六枚でどう?」ショーラが言った。
「お嬢ちゃん、いい買い物したね。ところで提案があるんだけど、聞いてくれないかい?」
「何、提案って」ショーラは聞いた。ケッタもアシェアも同じ気持ちだった。
「今の感じなら頼めそうだと思ったのさ。そう警戒しないでおくれよ。あんたら人探しは得意かい?」
「俺たちは冒険者だぜ、まぁ頼まれればなんでもやるが。選ぶ権利もある」ケッタが言った。
「話が決まったらギルドに指名依頼を出しておくよ。あんたらを今ので見込んだ。お願いしたいんだ……」
「まずは話を聞きましょう」アシェア言った。
「アーテファという職人を探しておくれでないかい」
「誰?」ショーラが聞いた。
店屋のおばさんは店の上に吊るしてあるイミテーションスライムを指さした。
「あのイミテーションスライムなんだけど、あれを作った職人なんだ。話を聞いてくれるかい。アーテファを無事に探し出してくれたら指名依頼の報酬としてあれをあげるよ」
「聞きましょう」ショーラが乗り気になった。アシェアは店屋のおばさんの手の上に乗ったと思った。
店屋のおばさんの話は推測も繰り返しも多くて要領を得なかったが、アシェアが頭の中でまとめた。
イミテーションスライムを作ったアーテファの技術はすごく、おばさん評価では王国内でも指折りだそうだ。高級店での売れ行きもよくて、指名依頼も多く、この辺り出身の成功者としてアーテファは名前が売れている。
そのアーテファは犬の散歩でよくこの店に犬の餌を買いに来ていた。目的は特製干し肉……アシェア達が食べる干し肉より高級だ。
おばさんもアーテファを気に入っていたらしい。ところがそのアーテファの作業小屋が十日前に火事になった。それ以来、アーテファがいなくなった。
「それって焼け死んだんじゃ」ショーラが言った。
「焼け跡からは溶けたスライムしか見つからなかったらしいからね。それはないよ」
「そのアーテファさんて身内はいないのか」ケッタが聞いた。
「親も兄弟もいないって言ってたよ。結婚もしていないしね。でも恋人はいるよ」
「恋人?」アシェアは聞いた。
「いや、元恋人だね。アーテファが急に旅に出ると言い出して、サヨナラの一言で出て行った。どこにいるか知らないかって。小屋が火事になったすぐくらいかね。……ただね、旅に出るってのに、私に何も言わずに出てくなんてありえないさ。こんなに旅に必要な品を売っているのにさ」
店屋のおばさんは手を広げてみせた。確かにそうだ。アシェアも不審に思った。
「そのアーテファさんに何か特徴とかは?」アシェアは聞いた。
「そうねぇ、背格好はあんたくらいで、髪は緑で目は大きくて銀色、鼻は小さくて口は普通くらいかね。右手だけ翡翠の腕輪をしていたよ。左手は中指の先が無かった。事故で無くしたとか言っていたね。服は地味な作業服ばかりだったけど、中の布地はいい物だった。特徴って言うと、それくらいかね」
店屋のおばさんは言った。さすが商売に関する事なのか、背格好は細かいところまで見ているな。アシェアはそう思った。
「探すわ。イミテーションスライムのためにやるわよ。ケッタ、アシェア」
ショーラが目を輝かせている。あれは欲に溺れた眼だ。
「ケッタ、またショーラの悪い癖が始まったと思わない?」アシェアがケッタを見ていった。
「アシェア奇遇だね、俺もそう思ったんだ」ケッタはアシェアを見て頷いた。
「アーテファさんが何らかのトラブルに巻きこまれているのかも。放って置けないわ。それに助ければイミテーションスライムをもらえるかも。そしたらよ、スライムが二つよ。一つ売ったとしても一つ残るわ」ショーラの言葉に、ケッタとアシェアはため息をついた。
「もう一つ頼みがあるんだけど、その乾燥ポーションを一束サービスしてやるからさ」
店屋のおばさんの言葉に三人は顔を見合わせた。どうやらおばさんは他にも何か企んでいるらしい。そして三人をそこに乗せようとしていることも間違いなかった。
とにかくと三人は場所を変えることにした。このままだと店屋のおばさんの手のひらでさらに転がされそうだったからだ。
しかしその努力も虚しかった。しばらく後、三人は乾燥ポーションを二束持ってギルドのテーブルに座っていた。
「探してくれるってんなら憲兵のアニードに協力してやっておくれよ。情報も早いから」という店屋のおばさんの声に抗えなかった結果である。
「あのおばちゃんが言ってたアニードなんだけど、はぐれ者で有名なんだ。はぐれ憲兵アニードって呼ばれているらしい。まぁ本人はいたって面倒見がよくてね。犯罪者の子供を孤児院に保護させる、小さい事件も嫌な顔一つしない、さらには台所の厄介魔虫の駆除から夕飯の献立の相談まで幅広く活躍しているらしいよ。ちなみにあのおばちゃんもそのはぐれ憲兵に世話になっている口だってさ」
少し姿が見えないと思えば、どこからか仕入れた情報を話すケッタ。ケッタが調べたわけじゃないだろうし、いつもながら不思議なことだ。
「で、そのはぐれ憲兵が目をつけているのが、アーテファさんが行方不明になっているこの事件なんだと。アーテファさんの小屋が丸焼けになった事件はただの火事じゃなくて、何かあると思っているらしい。妥当な考えだね。実際にアーテファさんが行方不明になっているわけだしな」
「ところでアシェア、どうやって探すの?」ショーラが聞いた。
「えっ、僕?」「そうよ」
ショーラの中ではアシェアが考えるとアーテファが見つかるらしい。アシェアは考えた。
「そうだ、犬だ」「犬?」
「アーテファさんは犬をよく散歩していたって言ってたじゃないか。アニードさんに会いにも行くけど。アーテファさんが攫われていた場合として、犬は逃げたか放置されて、その辺にいるかもしれない」
アシェアに自信があるわけではなかった。犬が手掛かりになると思ったのはただの勘なのだ。
アシェアはすでにイミテーションスライムを貰った気でいるショーラを横目で見た。
「こうと決めたら聞かないからな」思わずぼやくが運良くショーラには聞こえていなかった。
でも少なくとも遺体は見つけよう、人知れず死んでるなんて寂しすぎるじゃないか。アシェアはそう思った。
——
「んーー何だと、手伝うだと。青二才がいっちょ前だな」
アニードは憲兵らしからぬ格好だった。元は憲兵服であろうが、着崩しすぎてチンピラにしか見えない。三人には大丈夫かこのおっさん。という印象だった。とても町の人達に慕われているように見えない。
「そもそも俺のことを誰に聞いてきた。誰かに俺の邪魔をしろと頼まれたのか」
アニードは周りを信用していないようだ。評判と違うなとアシェアは思う。一匹狼という言葉がアシェアの頭に浮かんだ。
「そういうことならお手伝いはしません。僕達ならアーテファさんの行方に辿り着けると思っているのですが」
「ちょっと待て。自信があるのか?」
「どうでしょう。世の中で確実にそうだ。というものは多くありません」
アニードは顔を歪ませた。恐らく悩んでいるのだろう。アシェアは一押しした。
「何もしないより、進めることが大切だと思いませんか」
「……すまない。手伝ってもらえないか。実はお手上げなんだ」アニードは三人を見渡し、頭を下げた。
プライドより実を取ったのか。三人は同意し、アシェアは口を開いた。
「事件のこと、詳しく教えてもらえますか」
「あぁ、いいだろう。そう言っても調査はあまり進んでいないからな。イミテーションスライムを作っているアーテファの小屋が焼けた。そして火事の後からアーテファが行方不明になっている。失踪か殺害か攫われたか。怪しいのはアーテファの恋人だ。名前はモブタザル。そいつが殺したとする。しかし遺体がない」
「遺体などどうとでもできるのでは? それに攫われた可能性もあります」
「ところがだ、そうでもない。アーテファが最後に会話しているのは、お前達が行った店のおばはんだ。犬の散歩がてら餌を買いに来たらしい。それから小屋が火事になるまで約一時間だ。その間にもアーテファは何人かに目撃されている。火事は近所の奴らが協力して消した。モブタザルも一緒になって消火をしていたことがわかっている。まぁ奴が遺体を密かに運ぶのは無理だろう」
「魔法ならその時間で何とでもなる気もします」アシェアは言った。
「短時間で遺体を消し去るなら火魔法だろう。俺もそう思って検知魔法で調べさせた。魔法の残滓を調べるやつだ。それには火魔法の反応がなかった。それに肉が焼ける匂いってのは独特だ。現場にそんな臭いはなかった。ついでに言うとモブタザルは魔導師崩れなんだが、魔力が弱くて挫折した口だ。火魔法で遺体を消せるほどの火力は出せねぇらしい」
「少なくとも火魔法は使われてない」アシェアは聞いた。
「そう言うことだ。痕跡もなく遺体を消せるような都合のいい仲間が奴の周囲にいるってこともない」アニードは真面目な顔で言った。
「他の魔法はどうなの?」ショーラが聞いた。
「消火の時に水魔法と土魔法を使った奴がいたようでな、その二つは当然反応があったんだが。まぁ火魔法以外で遺体を消し去れるなら相当な使い手だ。ありえねぇ」
「それじゃあ、失踪したんじゃないのか」ケッタが言った。
「モブタザルが犯人だ。俺の勘がそう言ってる」アニードは言い切った。
「そうですか」アシェアは頷いた。アシェアもそう感じていたからだ。
「モブタザルがわざわざアーテファは旅に出たって触れ回っている。不自然だ。失踪と攫われた可能性も考えて調べたが、それはねぇだろう。これは俺の経験と勘だ」アニードはドヤ顔をした。
「だけど、殺したとして遺体をどうしたのかわからないと捕まえてもシラを切られる」アシェアは言った。
「そう言うことだ」
アニードは鼻の下を擦る。自慢げにすることじゃないよなとアシェアは思った。
「それで、お前達は何をするつもりなんだ」
「まず、僕達は小屋の焼け跡を調べた後に、犬を探します」アシェアは言った。
「犬って、アーテファが飼ってたっていう犬か? そんなの探してどうすんだ」
「わかりません。なんの手がかりにもならないかもしれません。アニードさんは出所の怪しい高級アクセサリーを捌けそうなところを張り込んでもらえませんか。モブタザルが現れると思います。ほとぼりが冷めたとモブタザルが思えばですが」
「状況証拠を集めるのか……わかった。小屋は片付ける人手もねぇから多分そのままだ」
——
アシェア達はアニードと別れ、焼け落ちた小屋の前に立っていた。
消火を手伝った人が水魔法や土魔法を使ったからだろう。焼け焦げた木材の上に土が盛られ、地面はまだ泥沼のようになっていた。片付けるのも一苦労だろう。
「あれ、犬だ」ショーラが指さした。
その犬は瓦礫の手前に陣取っていた。三人には犬が瓦礫を守ろうとしているかのように見えて顔を見合わせた。
「もしかしてアーテファさんの飼い犬かな。泥だらけだ」ケッタが言った。
ケッタの言葉を聞いていたかのように犬は吠え、その場で伏せてしまった。
アシェアは考えていた。まだ可能性はいくつもある。もう少しなんだが。
「腹が減っていそうだな」ケッタが荷物入れから干し肉を取り出した。犬に無造作に近づき、干し肉を差し出す。
犬はそれを無視していた。三人を観察しているようだった。
「私達は貴方の主人を救いたいの」ショーラが話しかけた。
犬はその言葉を聞いているかのように首を持ち上げショーラを見た。
「何か知っているなら教えてくれないか」アシェアは犬に語りかけた。知り合いの
犬はアシェアをもの言わず見つめる、そして立ち上がり、地面を掘り出した。土の中に隠していた物を咥え、三人の前に差し出した。そして久しぶりであろうご飯を咀嚼し始めた。
——(解決編)
「おい、放せよ。俺が何かやったみたいじゃないか」
「うるせえ、黙ってついて来い」
モブタザルはすぐに見つかった。案の定、イミテーションスライムを売りに現れのだ。アシェア達がアニードに真相が分かりそうだと話をしてすぐのことだった。
この場にいるのは、モブタザル、アニード、そしてアシェア達三人、そして犬だ。
「アシェア、連れてきたぞ」
いつの間にかアニードに名前で呼ばれるようになっていたが、アシェアは気にせず杖を構えた。推測どおりなら見つかるはずだ。言い逃れはさせない。
『天空を這う聖霊アネモスよ、頬を撫でる優しき御身、全てを払う気高きその風を我が手に我が息吹に、そしてかの者に捧げん』強い風が巻き起こった。
生じた風を操作し、瓦礫の一部をどかす。汗がアシェアの頬を伝う。瓦礫を風の力でどかすのは予想より大変だった。少し休憩したいところだ。でもあと少しだ。
「それがどうしたってんだ」モブタザルは強気だ。ただ言葉が震えている。アシェアにはそれが滑稽だった。
「瓦礫の中に遺体がないかは火事を消したときに確認したぞ」アニードが言う。
「いえ、ここからです」アシェアは言い、再び杖を構えた。
『全てを支える聖霊トルバよ、その堅き誓いは誇りを纏う、守られる我らにその慈悲を、そしてその声を聞かせよ』
杖の先に宿った黄色い光、アシェアは杖の先に宿ったそれを地面に触れさせた。中にあるものを壊さないよう、静かに、そっと。
地面が細かい破片となって舞い上がった。アシェアはその中に光り輝く何かがあることを確認すると、
残った輝き、それは横たわった女性だった。彼女は最後の姿のまま、腐ることもなく、溶けることもなく、スライムに包まれ輝いていた。胸にナイフと赤い滲みが広がっていなければ女神と勘違いしたであろう。
アシェアはモブタザルを見た。
「あなたはアーテファさんと喧嘩になったのでしょう。どうしてかはわからない。でも少なくとも彼女を刺し殺したのは間違いない。計画性があったとは思えません。彼女を刺し殺したあなたは動揺したことでしょう。死体を隠す方法を考え、地面を土魔法でえぐった。そして彼女を土の中に埋めたんだ。その時、スライム達は土に紛れてしまったのか彼女と一緒に埋葬された」
モブタザルは呆然としながら輝くアーテファを見ている。彼女の死体がここにある。贖罪はどこにあるのか。
「ただ埋めたのではすぐに捕まったでしょう。彼女がいないことに気づいた者が小屋を覗けば、地面の不自然さに気づき、死体も発見されるでしょうから。そこであなたは小屋に火をつけたんだ。そして他の人達と消火作業をするふりをしながら、水魔法と土魔法で地面をそれとわからないように隠蔽した。あなたの目論見どおり、埋めた痕跡は無くなった。死体が見つからなければ追及も躱せると考えた」
「どうして、どうしてわかったんだ」モブタザルは言った。
「僕がそうだと気づいたのは、この犬のおかげですよ」
アシェアは犬を撫でた。
「この犬はこの場所を動かなかった。そのためあなたは迂闊に近づけなかった。その間に犬は地面を掘り、やっと掘り出したんだ。それを今も大事に守っています」
ケッタが犬の前に手を出した。犬は大人しくケッタの手の上に咥えていたものを離した。干し肉を文字通り餌にして仲良くなった成果である。
翡翠でできた腕輪だった。アーテファが常に右手に付けていたという腕輪だ。
「貴方は犬に負けたのですよ」
——
「全てを白状したぜ。世の中は怖いね。まぁ彼女のあの姿を見れば誰もが思うだろうよ。許してくれってな」
アニードは三人に礼を言いにわざわざギルトで待っていた。モブタザルがアーテファを殺したのは金の無心を断られカッとなったからだった。
店屋のおばさんは哀しんだ。ただ約束は『アーテファを無事に探し出してくれたら』なのでショーラはイミテーションスライムをもらえなかった。そこは店屋のおばさんの勝ちだ。
つまり三人はちょっとの名声と伝手、そしてわずかな指名依頼料を手に入れたが、まぁ実質タダ働きだった。
三人の冒険は続く。
異世界の推理 〜イミテーションスライムが綺麗だが君も素敵だよと言いたかった〜 キハンバシミナミ @kihansenbashi
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