"澱み血の魔竜"シルマリア

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 金等級冒険者"探索者"カッスルは楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 魔族のねぐらに殴り込むに行けなどという依頼は自殺同然だと理解はしていたが、それでもなお是と応じたのは彼の性分によるものだ。


 ──酒を飲むのもいい、美味いメシを食うのも、女を抱くのもいい


 ──でもよ


 ──俺が知らねぇ場所で、知らねぇものを見る事に比べたらよ


 カッスルは酒の席で冒険者達に自身が何を見てきたのか、どこへ足を踏み入れたのかを偉そうに、そしてどこか嬉しそうに語るのが大好きだった。羨望の視線、嫉妬の視線、どんな視線でも構わない、カッスルにとっての既知が他者にとっては未知であることに大きな優越感を覚えるのだ。


 彼は生粋の冒険者…いや、探索者であった。


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「さて、ここからは俺の仕事だな?帝国からは俺の探索者としての経験を活かして皆を先導しろって言われてるからよ。というかよ、クロウ。お前は俺より前に進むんじゃねえよ、罠が張られていたらどうするんだ?こんな砂漠じゃあ何があるかわからねえからな…考えられるのは流砂だが…うん、例えばあの辺だ」


 カッスルは砂漠の一辺を指した。


「え?流砂っていうと砂が渦巻いて…っていうやつよね?あそこには何もないわよ」


 タイランが疑問の声をあげる。

 声こそあがらなかったが、他の者達も同じ疑問を抱いているようだ。

 やがて、ケロッパが何かに気付いたらしい。


「ああ、なるほど。何も無さすぎるというわけだね?」


「そういうことだな、木も無ければ岩もない。砂漠っていってもな、ほら見てみろ。何もかもが砂ってわけじゃないんだ」


 カッスルの言う通り、紅い砂漠地帯の各所には枯れ木や赤黒い色をした植物、頭蓋骨が肥大化したような不気味な形をした岩が鎮座している。しかし、先ほどカッスルが指したあたりにはすっぽり抜け落ちたかのように何もなく、血に濡れたような色をした砂だけが広がっていた。


「投げるものはねえかな、手頃な大きさの石でもなんでも…」


 カッスルが呟きながらうろうろしだすと、ゴッラが近くにあった岩を殴り砕き、いかにも投げやすそうな石をカッスルへ手渡した。


「おお!助かるぜ…って重いな!なんだぁこりゃあ?」


 カッスルはゴッラから手渡された石をマジマジと見遣る。

 拳で二、三度叩くと、ひどく硬質な感触がカッスルの骨を伝導した。


「これは石っていうより鉄の塊…みたいな感じだな。まあいいか、なあゴッラ。あの辺だ。分かるか?あそこ目掛けてこの石を投げてほしいんだ」


 ゴッラは頷き、カッスルから石を受け取り半身の姿勢を取った。

 次の瞬間ゴッラの腕が振り切られ、一握の岩鉄はまるで大砲の弾もかくやという勢いで砂漠へ飛翔していく。


 そして着弾。

 砂柱が激しく立ち昇る。


 それをみてラグランジュが怪訝な表情を浮かべた。


「妙だな、確かに凄い勢いだったがあんなに激しく砂が…いや、す、砂じゃないッ!?」


 血の柱のような砂が天に立ち昇っていく。

 だがラグランジュの言う通り、それは砂ではなかった。

 大口を開けた怪物の頭部が砂漠から飛び出し、続いて長大な胴体がうねり狂いながら天に昇っていく。


 勇士一行は冷たい汗と熱い汗を同時に触感しながらその様子を見ていた。


「おい、おい…こりゃあ…」


「龍種か。いや、でかい蛇か?わからん。だがこの威圧感はただ事じゃあないな」


 ランサックは慄くが、ザザは沈着冷静といった様子だった。

 その余りの冷静さに一行からいくつかの期待の視線がザザに向く。


「おい、ザザ。なんだってそんな冷静なんだ?まさかアレをどうにかできる算段があるってんじゃないだろうな?」


 ランサックは言葉とは裏腹に、その態度には一握の期待が滲んでいた。それを見たザザは鼻で嗤って否定する。


「そんなわけないだろう。見ろ。…見たか?なら分かっただろう。剣士がどうにかなる相手じゃない。でかすぎる。だから俺の仕事じゃない。魔術師連中が何とかするか、もしくはカッスルやカプラが逃走の手筈を整えるのを期待するんだな。俺が冷静なのは出来る事が一切ないからだ。クロウを見てみろ。泰然自若としているじゃないか。それに比べてお前はなんて情けないんだ。手が震えてるぞ。ビビってるのか?負け犬め。最初に死ぬのはお前だな。醜態を晒す前に今死んだらどうだ?」


「お、おま…お前は本当に、ザザ…口も性格も悪い野郎だ、く、くたばれ風俗狂がッ!…だが、そうだな、考えるのは俺たちの仕事じゃないか」


 ランサックの視線がケロッパとヨハンに注がれる。

 ザザの容赦のない罵詈雑言がランサックを冷静にさせた。

 ランサックとそれなりに付き合いのあるザザは、彼が強度の被虐体質であることを見抜いていたのだ。


 ランサックはルイゼと知り合う前は中央教会に所属し、二等異神討滅官として異端者狩りをしていた。

 しかしある日、運命とも言うべき出会いを得る。

 それがルイゼとの出会いで、彼は崇拝の対象を法神からルイゼへと変えた。神の犬からルイゼの犬になったのである。

 そんな根っからの奴隷犬的気質のランサックは、雑に扱われる事で本領を発揮するという変態であった。


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 やがて砂海から現れた"ソレ"の全容が一同の視界に飛び込んできた。


 全長63m、砂漠の色に溶け込むようなダーククリムゾンの鱗は不吉な死の予兆を思わせる。

 身体は長々としており、例えるならば巨大な大蛇だ。

 なにより特徴的なのはその口である。

 あの巨大な暗渠に呑み込まれてしまえば、死ぬ事よりも悍ましい事になる…そんな予感が一同の脳裏を過ぎった。


 彼女こそが赫々と輝く血砂の砂漠の女王。


 ──"澱み血の魔竜"シルマリア

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