転移門

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「やあやあ!そんなに膨れ上がる事もないだろう!一刻を争う状況だから仕方のない事さ!」


 小さい人影の声色は快活という色に染め上げられていた。

 元気一杯、と言い換えても構わない。


 ケロッパは小人族の中でも特に優れた術師の一人だ。

 小人族の特徴としてはやはりその矮躯だろう。

 彼らは一般的な純人間よりも遥かに小さい体格を持ち、大抵が平均身長が1メートルを切っており、ケロッパも例外ではない。


 小人族の気質として、“自然”というものに対して畏敬の念を抱いているというものがある。自然には“良き霊”が宿り、その霊が自分達を見守っていると言うのだ。

 良い事は良き霊のおかげ、悪い事は悪い霊のせい、それが小人族の基本的な考え方であった。


 人間のみならず、動植物、はては無生物に至るまで、あらゆるモノに霊魂が宿ると考える信仰体系をアニミズムと呼ぶが、小人族のそれもアニミズムに近いのかもしれない。


 だがケロッパは他の小人族達とはやや気質を異なるものとしていた。何故雨が降るのか?何故雪が降るのか?雲とは何か?太陽とは何か?何故高い所から物を落とすと落ちていくのか。


 ある日、一本の樹木からはらはらと舞い落ちる葉を見てケロッパは一つの気づきを得る…


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「それにしても大変な話になってきたね!でも実はちょっとだけ楽しみなんだ!というのも、僕は以前から果ての大陸へ渡ってみたくってね!あの地は呪われていると誰もが言う!しかし伝聞も文献も、それ以上の事を何も伝えないんだ!おかしい話だろう?呪われている!だから危険だァ!…ってね!だったらなぜ、どのようにして危険なのかを説明しなきゃいけないと思わないかい?もしこの話がなかったら、僕は一人でも果ての大陸へと渡ったかもしれないな!魔族が、魔王が恐ろしいと皆は言うけれど、恐怖とは未知から来るものさ!知ってしまえば案外恐ろしくはなかったりするものだよ!そう、あれは13年前の事だった…」


 ケロッパは小さい手を振り乱しながら、延々と何かを語っている。ラグランジュは、そんなケロッパにやや辟易としている様子だった。


 やがてラグランジュが意を決したように口を開いた。

 流石にしゃべくりすぎだと思ったからである。


「ちょっといいかな、ケロッパ…殿。その、もう少し静かにし…」


「魔族は“魔法”を使うという!我々が扱うものは魔術だが、この違いはなんだと思うね?魔術と何がどう違うのか、魔法につけ入る隙はあるのか、僕なりの考えがあるんだ…ってラグランジュ殿、どうしたんだい?」


 ケロッパがきょとんとラグランジュを見つめながら言った。


「…いや、何でもない、先を話して貰えるかな」


 ケロッパは満足気に頷き、すぐに続きを話し出す。

 先ほどからずっとこの調子なのだ。

 ケロッパが何かを延々としゃべくり、それを見かねたラグランジュが彼を制止しようとすると、魔王討伐に当たって重要そうな事をぽろりと零す。聞いておけば何かの役に立つかもしれない重要な事であるために、ラグランジュはそれを制止できなくなる。


 彼女は助けを乞うようにゴッラを見るが、内心では無意味な事だと分かっていた。

 なぜならゴッラはケロッパに、尊敬の念がたっぷり込められた視線を送っているからだ。


「せ、センセ。アタマ、いいな」


 ゴッラがたどたどしく言うと、ケロッパはにっこりと笑ってゴッラの腕をぽんぽんと叩いた。


 ゴッラは不器用そうな笑顔をケロッパに向ける。

 彼は知恵者でこそないが、それは愚鈍を意味しない。

 むしろ相手の振る舞い、気配から何を考えているのか洞察する事は彼の得意分野なのだ。


 ケロッパを三人並べてかろうじてゴッラの身長を追い越す事が出来るだろう、彼は大きく、そして強かった。

 南域出身の者特有の黒く焼けた肌は生半可な刃物を通さず、太い二本の腕はまるで黒い大こん棒のようだ。

 両の腿はパンパンに張っており、そこには爆発的な力が込められている事が見て取れる。


 彼を見た人々は皆恐れと畏れ…そして忌避感を彼に対して抱いた。

 なぜなら彼の黒い肌がとある存在を想起させるからだ。


 それは──魔族。


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 ゴッラの境遇というのは一言で言えば“悲惨だった”に尽きる。


 彼の母親はエイダという女で、彼女は南域のとある王国で娼婦をやっていた。

 娼婦という職業に関して、多くの者がそれぞれの意見や考えを持つが、少なくともその王国では娼婦は極一般的な仕事として認知されていた。


 この理由を後世の学者は“過酷な環境下の人間の娯楽というものは、往々にして三大欲求のどれかに直結しがちだからだ“などと語る事になるが、これはあながち間違ってはいないだろう。


 娼婦とはどのような仕事かを語る必要はあるまい。

 しかし前述する理由により、エイダは虐げられていたわけではなく、社会にもきちんと居場所があった。


 そんなある日、エイダは馴染みの商人から一つの仕事を頼まれた。

 商人は自前のキャラバンを持っており、アリクス王国との交易でかなりの稼ぎを手にしていた。仕事内容は旅の最中、疲れ切ったメンバーを相手に慰安をしてほしいというものだ。これ自体は珍しいものではなく、むしろ身入りが良い部類だ。商人はエイダの他にも数名の娼婦に声をかけているらしい。


 エイダとしては断る理由はなかった。

 金はいくらあっても困らない。


 結局の所、それがエイダの運の尽きであった。

 アリクス王国での取引を無事に済ませ、ほくほく顔での帰路。

 とある荒野を縦断中、巨鬼の襲撃に遭った。


「く、くそ!ここを越えれば砂漠だってのに!」


「砂漠までは追ってこない!騎獣が潰れてもかまわん!走らせろ!」


「は、早い!いくら荷物を乗せているからといって砂鳥より早いなんてことあるか!?」


 ただの巨鬼ならば振り切れただろう。

 男たちが騎獣と呼んでいるのは砂鳥と呼ばれる巨大な鳥の魔獣で、この鳥は空を飛ぶ事はできないが走る事に特化している。

 賢く、人によく懐く。


 馬より長い距離を、馬より速く走り続ける事ができる。

 ただこの鳥は南域に生えている特定の植物しか食べないため、必然的にこの鳥を乗り物として利用しているのは南域の人々のみという事になる。


 砂鳥たちはその賢さゆえに、自分達を追ってきているモノの危険性がよくわかった。捕えられればどうなるかも。

 だから嘴から血を吹き出そうとも全力で駆け…結果として、その荒い走りが悲劇を生んだ。


「エイダッ!!!」


 商人が叫ぶ。

 エイダが落ちたのだ。

 無論故意ではない。

 確かに“人”という荷物をおろしてしまえば砂鳥たちへの負担は減るだろうが、商人はそこまで悪辣な男ではなかった。


 しかし落ちたエイダを拾う事はしなかった。

 すれば全員が死ぬ事は分かっていたからだ。

 商人も護衛を雇っており、彼自身も多少は腕に覚えはある。

 しかし、あの赤い角の恐ろしい巨鬼を退けられる気は全くしなかった。


 痛みに呻きながらもエイダは生きていた。

 霞んだ視界に映るのは遠ざかっていく鳥車だった。


 エイダは自身に近づいてくる赤い角を持った巨鬼を見る。

 血の様に赤い角は何十人、何百人もの血を吸ったかのように禍々しい。


 巨鬼の荒々しい視線がエイダの黒く焼けた肌を舐めまわす。


 ──この怪物もかわいそう、ほら、私って痩せてるから


 エイダは自身の思考が緊張感のない戯言を勝手に呟くのを聞いた。

 気が狂いかけているのだろうか?と思いつつ、エイダは目を瞑った。


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 結論から言えばエイダは生きていた。

 ただし、その胎に巨鬼の子を宿して。


 エイダ譲りの黒い肌、黒い瞳。

 そして巨鬼譲りのたくましすぎる体躯を持って彼は、ゴッラはこの世に生まれ落ちた。


 母の腹を破り殺して。

 ゴッラは赤子のまま生まれてきたわけではなく、ある種の獣のようにある程度成長をしてから生まれてきた。


 巨鬼は赤子のゴッラを見て、その儚い命を吹き消す事なく去っていった。多少なり成長しているとはいえ、幼いまま荒野に放り出されたのだ。

 これは死ぬ。

 普通は死ぬ。

 放り出された場所が荒野でなくとも、例えば平原であっても森林であっても死ぬだろう。


 普通の子供ならば。

 だがゴッラは死ななかったし普通でもなかった。


 赤子に牙を突き立てようとする小型の肉食動物を逆に小さい手で捕え、そして食いちぎった。

 その精神の逞しさは恐らくは母譲りであっただろうが、その肉体の逞しさは父…と言ってもいいのかわからないが、赤角の巨鬼譲りであろう事は想像に難くない。


 勿論荒野には幼いゴッラをあっさりと殺害しうる魔物もいた。

 しかしゴッラは幼いながらもそれらを避けようとするだけの知能をもっていた。

 野生動物は生まれたばかりでも生物としての完成度はそれなりに高いが、ゴッラにもその特性が受け継がれたのであろうか?


 なぜ巨鬼がエイダを殺さなかったのか、なぜ子供を孕ませたのか。

 それは分からない。


 なぜ巨鬼が幼いゴッラを殺さなかったのか。

 それも分からない。


 ただ、長じたゴッラは自身の肌の色が他の者たちと違っているのを見て、肌の色が何か関係しているのではないかと薄ぼんやり思ったものだった。


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 それからゴッラはあちこちを放浪としつつ、東域の荒野から西域へと旅を続けた。

 旅を続ければ出会いもある。


 それは野盗であったり、冒険者であったり、行商人であったり。

 良い出会いもあったし悪い出会いもあった。

 だがその全てを糧として最終的にゴッラがたどり着いたのはレグナム西域帝国の一都市、闘都ガルヴァドスである。


 最初は路地裏を残飯を漁りながら。

 そして絡んでくるチンピラをぶちのめしている内にゴッラは悪たれ共の王となった。

 王といってもゴッラがチンピラに命じて何か悪事をさせたりしたという事はない。


 帝国のお膝元でそんな事をしたらどうなるか、それを当時のゴッラは理解していたのだ。


 その頃のゴッラはそれまでの出会いで培った多少の良識や常識、たどたどしいながらも帝国共通語などを身に着けており、その学習能力の高さは目を見張るものであった。


 やがて彼の存在に、ガルヴァドスに住む一人の帝国貴族が目を付けた。ゴッラの恵まれた体躯、怖気をふるうような体内魔力は貴族を歓喜させた。


 根っからの闘技マニアであるその貴族は、ゴッラを拾ってありったけの戦闘技術を身に着けさせた。

 結果として完成したのがガルヴァドスの覇王、絶対王者、“黒鬼”ゴッラである。


 ゴッラは帝国に感謝をしている。

 皇帝サチコなどという者は知らないが、ゴッラにまともな生活を与えてくれた貴族に報いたいと思っている。


 そんな恩を受けた帝国を脅かす存在がいるときいて、ゴッラは珍しく憤怒した。


 彼が魔王討伐隊に“志願”したのはそういう経緯による。


 ■


 やがて馬車はある場所に到着した。

 既にもう一台の馬車は到着しているようで、二人の男性、一人の女性が環になってなにやら雑談をしている。


「無事着いたか。襲撃の一つや二つはあるかと思ったのだが」


 黒の術衣を纏った青年…ヨハンが言う。


 みろ、とヨハンが周囲を指し示す。

 一同はヨハンにつられて周囲を見渡した。


 奇妙な場所であった。

 大きな石柱が円形に配置され、中心には大柄の男性が手をまわそうにもぎりぎり届かない程度の大きさの岩が鎮座している。


「ちょっと、知らないとでも思っているのかしら!石の柱は“放ち石“!そしてそこの大きい岩は“鎮め石”!特殊な魔術をかけられた特殊な材質の石を封印の触媒として、万が一にも月魔狼フェンリークが復活することのないようにと帝国が儀式級の施したのでしょう!?…え?他の者達のためにしっかり説明をしてほしいって?自分でやりなさいよ!仕方ないわね!よく聞きなさい!そこの大きい岩の下にはフェンリークの遺骸が埋められている筈!万が一にもフェンリークが復活するような場合、鎮め石が復活の魔力を吸収する…という事になっているわね!でも鎮め石に蓄積できる魔力にも限度があるわ!だから放ち石が鎮め石に干渉し、魔力を吸収して外部に逃がしているのよ!だから少なくともこの石柱円陣中は魔力枯渇空間となっているはず!わかった!?」


 金色の髪を振り乱して喚くのはラグランジュだ。

 彼女の視線はカッスルやヨルシカ、ゴッラあたりを行ったりきたりしている。


 ヨハンは軽く頷き、“説明感謝する!だがもっとよく視ろ”と言った。


 ハァ?と表情を歪め、またぞろヒステリーが爆発しそうになったラグランジュだが、陽気に弾む声にヒスが中断された。


「ほうほうほう!放ち石が感応しているね!」


 “地賢”のケロッパである。

 彼はなぜかゴッラの肩に乗っていた。

 肩車の態勢だ。


 ケロッパはつんつんと柱をつつく。

 その指先は微細な振動を捉えていた。


「放ち石の感応現象!それはこの周辺に大きな魔力が集まってきているということだ!しかし妙だね?それほど大出力の魔力が放射されて気付かないなどと言う事があるだろうか!いやぁない!これでも僕は一等術師さ!すごいんだぜ!そのすごい僕が、放ち石が感応するほどの大魔力に気づかないとは…いやまて!なるほど!なるほどね!つまり、内部からの魔力ではなく…」


 ケロッパの眼が虚空に集中する大魔力を捉える。

 わあ、とヨルシカの感嘆の声があがった。


 蒼い光が一点に集まり、うねり、楕円を描き。

 転移の大魔術がヨハン達の眼前で形を成そうとしていた。



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ケロッパとゴッラについては、近況ノートに近影あげておきます。

アンラス(生成通貨)の問題でかなり雑な生成ですが、まあイメージという事で…。

ケロッパはショタっぽいですが普通に爺さんです。

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