帝国へ⑨

 ◆


 ヨハン達は気絶した掏りを路上に放置…する事もなく、道の脇に避けた。

 掏りの左右の腕をヨハンとヨルシカが一緒になって引っ張り、路傍に捨てる。

 二人の共同作業だ。


「これでよし。これで馬車に轢かれる事もないだろう」


 ヨハンが言うと、ヨルシカはやや小首を傾げながら言う。


「彼はなにか…その、重要人物だったりするの?」


 ヨルシカの問いに、今度はヨハンが小首を傾げた。


「いや?俺は彼が明日死んでも悲しくもなんともないし困る事もないが」


 結構面倒見がいいから…、と言うヨルシカにヨハンは苦笑混じりに答えた。


「おいおいヨルシカ。君はなんだ、アシャラじゃなくて極東の出身か?極東は無礼討ちという野蛮極まる風習があるらしいが。彼も一応同業者だからな…まあ歩きながらでも話そうか」


 ヨルシカは"君はそれをヴァラクでやろうとしてたよね"と言う言葉を飲み込んだ。


 そんなこんなで二人は肩を並べて帝都の宿へ向かって歩きだす。

 これはレナードが取ってくれた。

 レナード・キュンメルは帝国宰相ゲルラッハの弟子であるため、この帝都では相応に顔が広いのだ。


 "宿というより迎賓館だったのですが、新しいものが建てられましたので、古い方は少し高級な宿として一般開放されているんです"


 とはレナードの言だ。


 ◆


 道すがら、ヨルシカがふとした疑問を口にした。


「そういえばヨハンって銀等級なんだっけ?私もだけどさ。等級を考えると結構無茶してきたよね」


 ヨハンが答える。


「そうだな。銀以上はその地域のギルドマスターに推薦されないといけない。君だったらアシャラの現ギルドマスターのボロは喜んで金等級へ推薦するんじゃないのか?俺も頼み込めば金等級ならなれるかもしれないが…ただ、俺を推薦してくれる者はいないかもしれない…というより、連盟の術師を推薦する者はいないだろうね。推薦された者が問題を起こせば、推薦した者の責任が問われるからだ」


「でもヨハンって別にいきなり暴れだすとか、理由なく人を殺すとかそういう粗暴な感じではないよね。私はヨハンよりもっと粗暴な銀等級の人を何人も知っているけれど」


「ああ。俺は極力法の類は守ろうと努力するし、物事は公正でなければならないと考えているから滅茶苦茶な事はやらない。だが理由さえあって、それに俺自身が納得するなら街1つ、そこの住民を皆殺しにしても良いとも考えているから、責任を問われる立場にはいるべきではないと思う」


 エル・カーラで講師なんてやった時はやりすぎないかヒヤヒヤしてしまったよ、などというヨハンに笑みを返し、ヨルシカの指が何だかやたら豪華な建物に向けられた。


「確かあの建物だよね。大きいなあ!貴族の御屋敷みたいだ」


 ヨルシカがやや弾んだ声で言うと、ヨハンは三回頷いた。

 宿が想像より上等だった事に二人の心が浮き立つ。


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「寝台も大きい!凄い!ベッドの裏はどうかな…アレはいなさそうだけど」


 ヨルシカがベッドの裏を覗き込む。

 アレと言うのは血吸塵虫だ。

 爪の先程に小さい虫だが、生物の皮膚を細長い針管で刺し貫き、血液を吸い取る。

 この吸血行為は痒みを伴う為に忌み嫌われている。


 ヨハンの目がちらりとヨルシカの腰に佩かれているサングインに向く。

 だが賢明にも口を閉ざしたままであった。


 ◆


 レグナム西域帝国、帝都ベルンを見下ろす小高い丘の上に帝城イヴィレイタール。

 初代皇帝ソウテキの時代に建てられ、爾来戦火や老朽化に屈する事なく帝国の象徴としてあり続けている。


 そして帝都ベルンは四方を帝国軍第一軍から第四軍が守護しており、第五軍から第九軍までは帝国領土の要所に配置されていた。


 また、一軍から四軍を帝国の慈愛と呼び、そして五軍から九軍を帝国の怒りと呼ぶ。

 帝国の慈愛はその圧倒的な帝国への忠愛により帝都を守護し、帝国の怒りはその圧倒的な帝国への忠愛により周辺地域を侵略するのだ。


 ただ現在では帝国の政戦両略は穏健なものを旨としており、帝国の怒りたる第五軍から第九軍が周辺地域を侵略する事はないが。


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 帝城イヴィレイタール、大望の間


「……という事になります。水鏡での交信によれば、アリクス王国は東西を繋ぐ転移門を開くとの事。これはアリクス王国にとって大きな痛手となるでしょうな。転移に求められる代償は非常に大きい。戦後、帝国はアリクス王国への政戦双方において十分な支援をする必要があります。こちら側から開けるのならばまた話は変わってくるのですが、転移の核となるモノはアリクス国王であるルピス陛下の私物ですからな」


 帝国宰相ゲルラッハは帝国の重鎮達、そしてサチコ帝の前で状況の説明、今後の展望などを説明していた。


 サチコは泰然と話を聞いている。

 他の諸卿も既に自体を把握しているのか、特に口を出す事もなかった。


「腑に落ちぬ点もありますがな。四代勇者は既に斃れた…と帝国占星院が"見"を出しました。しかし、アリクス王国側の話では、魔王討伐に際して"勇者"を送るとの由。あくまで推測にすぎませんが、勇者の継承が行われたのではないか、と儂などは愚考します」


「この危急の事態において極めて短時間に五代勇者が選定されたと」

 第一軍軍将ギルダークが後を引き取った。


 第一軍将ギルダークは帝国の宿将である。

 齢60にしてその肉体には老いを感じさせない。

 彼はかつて先代皇帝ソウイチロウの時代には第5軍の将を務めていた。

 そして北方のオルド王国へ侵攻し、オルド王国騎士団長リリエイラと一騎打ち、これを討ち取ったという功績がある。


 しかしリリエイラの敗死により奮起したオルド騎士団の逆撃はすさまじく、第5軍は敗北を喫した。

 オルド騎士が今世に置いて未だ畏怖の念を向けられているのはこれが為だ。


 ちなみに先代皇帝ソウイチロウは敗北を喫したギルダークを処断しようとしたが、当時物心がついたかどうかというほどに幼いサチコが泣きわめき、ソウイチロウは処断を断念したという経緯がある。


 あるいはサチコの術というのはこの時から既に発現していたのではないか、とゲルラッハなどは思うが調べても詮無き事ではあった。


 ◆


 飄々とした老人が声を発した。


「ま、それはよろしい。問題は作戦が失敗した時です。魔族は我々の降伏を認めないでしょうな。彼らの目的は我々旧人類の末裔の殲滅です。ゆえに作戦が失敗したらどうすればよいのか、それは決まっておりますな。徹底抗戦か、あるいは逃げ回るか。その二者択一。民草は後者でもよろしいが、我々はそうもいきますまい。であるならば皇帝陛下には覚悟を決めて頂かなければなりません。つまり、帝国と共に滅び去る覚悟をです。御身の術は御身が帝国の象徴たるに相応しくあるならば、我々に狂気と力を与えてくださる。しかし、御身が帝国よりご自身の保身を優先したならば、我々は毒を体に流し込まれながら戦うようなもの。さぞかし無様に屍を晒すでしょうよ」


 白髪の老人がゲヒャヒャと笑い声をあげながらサチコに言った。

 その瞳孔はこれ以上ないほど開かれ、口の端から唾液が少量漏れている。

 狂気に侵されているのか、と彼を知らないものは思うかもしれないが、彼もまた帝国の重鎮であった。


 第四軍将オズワルド・オズボーン・オズモール。

 先帝の時代では数多の周辺諸国を焼き払った暴虐の老炎術師である。


 ギルダークもそうだが、第一軍から第四軍の軍将は皆"特別"殺伐としている。

 帝国宰相ゲルラッハはそんな彼等をサチコの身辺に置くことで、狂犬のような連中の行動に制限をかけようと画策し、それは今の所は上手くいっている。


 オズワルドの言にサチコは薄桃色のつぼみのような唇を開き、幼い声で、しかしはっきりと答えた。


「帝国は私であり、私は帝国である。そして貴方達は私の血にして肉。私の為に死になさい。私も貴方達の為に死にましょう」


 玉音である。


 指向性を帯びた強制忠国の波動がオズワルドが常時張り巡らせている防御術式を貫通し、その魂魄に放射された。

 同時に、鼻血を噴出しそうな程に自身の四肢を魔力が巡っていることにオズワルドは気づいた。


 オズワルドはヒャッと笑い、そして頭を垂れる。


 ――死にましょう、滅びましょう、御身の為に。帝国の為に。我らの屍を三千世界に積み上げ、それより遥かに高い敵の屍を積み上げましょう…










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最近更新頑張ってるのでクレクレします。

くれくれー!くれくれーーー!

くれくれくれくえー!

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