閑話:果ての大陸の邪悪

 ◆◆◆


 魔族は果ての大陸に押し込められ、魔法という神秘を自在に操り、その姿も雑多…共通していえるのは人類へ深い憎悪を抱いており、いずれも生物の格として人類種を超越している


 というのが共通認識である。

 これには正しい点もあれば誤っている点もあったが、語られていない点も多くあった。


 例えば政治体系などだ。


 魔王をトップとした専制君主制であるのか?

 あるいは意外にも民主共和制であるのか?


 魔獣が魔力を宿した獣であるなら、魔族とは魔力を宿した人類種であるといえる。

 しかしそれでは現在大陸で暮らしている人類種も同じで、もしや魔族とは単なる異民族に過ぎず、邪悪な存在という解釈は誤っているのではないか?


 様々な説がある。


 ちなみに政治体系については専制君主制とも言えるし、民主共和制とも言える。


 魔王は魔族の王であるという意味なのだが、これの意味する所は魔族の中でもっとも強い権力を持つ者という意味ではなく、魔族の中でもっとも強大な者を意味する。


 果ての大陸には様々な魔族の部族が存在するが、それら複数の部族がよりあつまったのが所謂人類種の言う“魔族”なのだ。


 魔王とはこれらの部族全体でもっとも強い固体が名乗る称号であり、正確にいえば人類の考える王という意味合いはない。


 だが魔族は魔王に従っている。

 なぜかといえば魔王が最も強いからだ。

 なぜ強いものが偉いかといえば、強くなければイム大陸を再び魔族の手に帰すことが出来ないからである。


 人類種からみれば魔族は侵略者でしかないが、魔族からみれば人類種こそが侵略者なのだ。


 しかし果ての大陸に押し込められたといっても、これまで普通に生活が出来ているではないか、と言う者もいる。


 そういう者は血を流してまで人類種と戦争をする必要があるのか、と言うのだ。


 だがそういった者の殆どは果ての大陸の過酷さを知らない。


 魔族とは決して果ての大陸の覇者などではない。


 むしろ音をあげかけている。これ以上果ての大陸に押し込められれば、魔族は磨り潰されてしまうだろう。


 だからこそ彼等は安寧をもとめて何度も人類と戦争をしてまでイム大陸へ進出しようとしているのであった。


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 果ての大陸の北端にその城はある。


 作文能力が野良犬並で、更に詩的センスが失調している者ならばその城をこう呼ぶだろう。


 ――魔王城、と


 ◆◆◆


「陛下、転移雲の維持は後三月が限度との事です」


 夜と朝の境の僅かな時間、空に広がる至極の紫を肌に纏った女性が玉座に座る魔王に向かって報告をする。


 転移雲とはイム大陸全土へ展開された黒い雲の事である。


 侵攻にあたって非常に有用な術だが、当然これは無制限に使えるものではない。


 特定の星の運びを選び、魔王の大魔力でもってイム大陸各所の地脈に溜まった魔力を励起し、その地に転移雲を生成する。


 天と地、そして魔王の魔力があって初めて為し得る大魔術なのだ。


 一度開いてしまえば後は魔法に長ける魔族達がそれを維持する。

 何事も走り出しがもっとも労力を必要とする事は万象変わりはない。


 魔王は肩肘をつきながら報告をしてきた女魔族をその複眼でもってただ見つめるのみだった。


「は。東へも送っております。マギウス、デイラミの2名です。西につきましてはシャダ…そして僭越ながらわたくしが。しかし良いのですか?我等4名、みな陛下の下を離れてしまっても…。いつぞやの勇者は我等が出払っている時に強襲を仕掛けて……は、確かに。確かに当代の勇者はもうおりませぬ。しかし気になる事もございます。陛下やマギウスの分け身が滅ぼされた事です。たとえ当代の勇者が生きていたとしてもそれは可能なものなのでしょうか…?は、仰る通りです…」


 魔王は何も言葉を発しないが、女魔族は魔王の意思を理解しているようであった。


「は…私サキュラ、そしてシャダの両名が帝国へ向かいますれば。“指”共も連れていきますので、遠からず陛下へ吉報をお伝え出来るかと思われます」


 ◆◆◆


 魔王を除く魔族の最高戦力は、といえば4名に限られる。右腕、右脚、左腕、左脚…人類種の分類に従えば上魔将とよばれる者達だ。


 不死王 マギウス

 魔元帥 デイラミ

 悪獣 シャダウォック

 蛇の魔女 サキュラ


 この内、当代勇者を殺害したのは上魔将マギウスであるが、残る3名もその力に遜色はない。


 彼等はそれぞれ2名ずつに分かれ、イム大陸の西域、そして東域へ出撃する。

 彼等の行動を補佐するのが指とよばれる20名の魔族の上級戦力である。


 人類種の分類で言うなら下魔将とよばれる者達は、小国程度であるなら単騎で落とす事が出来る。当然いずれも猛者であった。


 当然魔族の戦力はこれだけではなく、彼等のさらに手足となる魔獣や魔族の尖兵も雲霞の如く存在する。その姿は多種混合といった有様で、人の姿をしているとは限らない。


 これは異形の魔将達も同様であった。

 魔王もそうだ、人の似姿をしているがその頭部を見れば分かるだろう。

 目も口も鼻も、本来あるべき場所にはない。


 だが、そんな彼等とて元は人類種のような姿だったのだ。

 まつろわぬ女神に力を与えられ、肌の色こそ青く染まったが、それでも人の形を崩す事はなかった。


 しかし、果ての大陸はそんな彼等を異形へと変えてしまった。

 魔族の中でも強者に位置づけられる者達は姿が変容してもその理性や知性を失うことはなかったが、多くの魔族が獣のような知性、理性へと堕した。


 魔王には、魔族にはその元凶が何か分かっている。分かってはいるが、対峙する事を避けて人類種へ矛先を向けている。


 なぜならば、“それ”が恐ろしいから…


 そしてその恐怖は、イム大陸に住まう人類種への憎しみ、人類種を外大陸から導いてきた光神への憎しみと変容した。


 魔族が法神という仮初の神を造りだし、光神の力の源泉…信仰を奪ったのはそれがイム大陸侵攻の仕込みの1つであるという点ではその通りだが、多分に復讐心のようなものが含まれていた事も否めない。


 何に対しての復讐心かといえば、それは光神がその強権でもって魔族を果ての大陸へ押し込めた事への復讐だ。

 いや、押し込めた事自体が問題なのではない。

 押し込め、“当て馬にされた事”が問題なのだ。


 光神は魔族の強さを理解していた。

 その強さが果ての大陸の、いや、“それ”に対しての一時の抑止力たりうると考えていた。


 “それ”とはなにか?


 話は変わるが、アステール王国の始祖は空より現れたという。


 人が空から現れるならば、人以外のものだって空から現れる可能性はないだろうか?


 例えば外の世界の、神だとか。

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