帝国へ⑤
◆
――て
――起きて
肩を揺すられ、ヨハンが目を開くとそこには見慣れた顔があった。
「ああ、君か。帝都についたのか?」
ヨハンの質問にヨルシカは首を横にふる。
「まだだ。でももうすぐつくらしいよ。それこそ1、2刻中には。荷物とかを纏めておいてくれって言われたから起こしたんだ。それにしてもよく眠っていたね」
「帝都も安全かどうか分からないからな。いや、むしろ危険地帯かもしれない。俺達のこれまでの実績を鑑みると…そうだな、帝都に魔王軍が強襲し、血で血を洗う市街戦が展開されるだろう…ってまさかそんな事はありえないか。帝都ベルンの守りは堅い」
ヨルシカはヨハンの言葉を目を細めながら聞いていた。余計な事を言うなといわんばかりの責めるような視線がヨハンに突き刺さる。
「おいおい、何だその目は。ヴァラクで初めて出逢った頃のような鋭い目つきじゃないか」
ヨハンが言うと、ヨルシカは処置なしという風に首を振った。
ヨハンの罪状は重い…とヨルシカは考えている。
なぜならばヴァラクからずっとヨハンが口に出す嫌な予感の類は、ほぼほぼ的中してきたからだ。この点についてヨハンに悪意はない事はヨルシカにも分かってはいるが、それにしたって出来すぎであった。
まあ彼の名前、ヨハンという名の由来を知れば納得するかもしれないが。
◆
窓から外を二人が覗けば、帝都ベルンの大門には夥しい行列ができていた。
うわ、とヨルシカが呟く。
ヨハンも同様である。
此れに並ぶというくらいならアンドロザギウスともう一度戦うほうがマシかもしれないな、とヨハンが思いながらも馬車から降り、二人間抜けなツラをして途方にくれていた時…聞き覚えのある声がした。
「おい!ヨハンか?」
「あっ…!」
振り返ればそこに居たのは…
「…ロイ、か?それにマイアも」
ロイはヨハンの最初のパーティメンバーにして、彼が教導した教え子…のような存在である。
マイアはロイの恋人で、中央教会の聖職者だ。
派閥などには属してはいない。
なぜヨハンがロイ達に教導をしたかといえば、それがギルドからの依頼であったからであり、なぜギルドがそんな依頼を出してくるのかといえば、それはロイが貴族の三男…すなわち、レグナム西域帝国のとある貴族の三男であるからだ。
彼がなぜベルンにいるかといえば、それはイスカでの死闘を乗り越えた事が影響している。
つまり…
◆
「なるほど、そんな事があったのか。それで君はマイアとすっかり出来上がってしまい、結婚を決めたと。それで挨拶しにベルンへ戻って来ていたわけか」
こいつの強運も相当だな、と思いつつヨハンはロイと話していた。
この世界情勢ではベルンは安全圏ランキングの上位に位置するはずだ、普通なら。
(よほど想定外の事が起こらない限りは)
ヨハンは内心付け足すが、何も水を差すことはあるまいと黙っている。
「ああ、そうなんだ。それにしてもシェイラとあっていたんだな、すると僕達は入れ違いだったわけか」
ロイが言うが、その手はマイアの手を握り締めていた。
ヨハンの視線がちらりとそちらへ向くが、ヨハンがそれに言及することはない。
なぜならこの場は戦場ではないし、奇襲を警戒すべき危険な場所でもないからだ。
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